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第32話


目の前で大きなどんぐり目玉をパチクリとさせて、興味津々に部屋を見回すご令嬢らしくないご令嬢に、イザベラは無表情で向かい合っていた。

模範生徒(ノウブル・ローズ)たる身、1年生の粗相を咎めるのも上に立つものの役目である。

ただ、この少女の場合に限り規格外の無作法っぷりであるから、未知の生物を相手にしているような気分に度々陥るが。それでも、クラウスやセドリックたちのように見逃してやる、と言うのが最善とは思えない。結局、何だかんだ言って根が真面目すぎるからこそ、イザベラは思うように仮面を取ったり付けたり器用に出来ないのだろう。

「ルーナ様」

「はい!」

ルーナが突撃するような勢いで部屋に入ってきてから、仕方なく椅子に座らせて、仕方なく侍女にお茶の用意をさせている。

冷ややかに名前を呼ばれて、少女はぴっと背筋を伸ばして元気に返事をした。……良い子の返事だ。

「ご自身がありえないほど無作法であることに対して、どうお考えですの?」

「えっ」

その時は叱られた子犬のようにシュンとしても結局根本的に理解しない少女に、いくら正論をぶつけようが無駄だとこの半年でイザベラも理解してきていた。出来の悪い子に何が悪いのかを自分で考えさせるため、比較的優しく問いかけてみると、授業中にぼんやりしていた時に急に教師に問題を当てられたような顔で目をまん丸くする。

「…………イザベラ様のお部屋、とっても広くて素敵ですね!私の部屋とは全然違います!」

少女は合点したとばかりに身振り手振りを使って、イザベラの部屋の内装を褒め始めた。

誰が部屋を褒めろと言った。

イザベラはこめかみを押さえて目を閉じ……カッと赤い目を見開いた。

「いい加減になさい!」

「ひぇっ!!!ごめんなさい!!」

目を釣り上げて怒りを露わにするイザベラに、ルーナは怯えたように縮こまった。

「まず一つ、淑女たるもの、廊下をあのようにはしたなく音を立てて走り回るなど、恥を知りなさい」

「そ、それは……2年生の寮なんて初めて来たので…イザベラ様のお部屋がどこかわからなくて、迷子になってしまって…」

しょんぼりとしながらルーナは泣きべそをかく。

「二つ目は、淑女たるもの、あのように大きな声を廊下に響き渡らせるなど言語道断ですわ」

「だ、だって……イザベラ様の侍女の人を見つけて…ホッとして…」

少女の空色の瞳がじわじわと水気を帯びていく、庇護欲をそそるその表情にイザベラは何とも言えない罪悪感を覚えながら、それでも責務のように厳しい表情を貼り付けて問いただした。

「そして、最後に。いくら学園内だからと言って、連絡もせずに上級生の部屋に押しかけるとはどういうおつもりですの?」

「あっ、そうです!聞いてください、イザベラ様っ」

イザベラの言葉に何かを思い出したのか、ルーナは悲しげな顔をさらにクシャリと歪めた。聞いてくださいと言いつつ、イザベラの返事を待たずに少女は口を開いた。

「クラウス様が、何だかよそよそしいんです」

「……急に、何のお話ですの」

大きな瞳に涙を溜めて、ルーナは目を伏せた。

この少女は本当に人の話を聞かない、イザベラは疲れたように溜息をついた。

「私……休暇中にクラウス様にお礼のお手紙を書いたんですが、返ってこなくて」

その言葉にイザベラはハッとして一瞬息を止めた、ルーナはそれに気づかず眉を下げて空色の瞳を揺らす。

「お礼……?」

「はい!私、昔誘拐にあって、その犯人をクラウス様が捕まえてくださったんです!!」

頬を赤く染めて、夢見心地の表情でルーナは濡れた瞳を宙に向けた。

誘拐、と聞いてイザベラの頭の中でパチリとピースが嵌まる。そう言えば、ルーナは10年程前に誘拐に遭って、運よく逃れて平民として生きて来たと聞く。イザベラが考え込んでいる間も、ルーナは1人で喋り続ける。

「行き違いがあったのかと思って、じゃあ直接お礼を言おうと今朝、クラウス様に寮まで会いに行ったんですが……」

イザベラは耳を疑った、3年生の男子寮に行った?そんな馬鹿な。

「どうやって…男子寮に女生徒を乗せて行けば、やむを得ない事情がない場合、御者は処罰の対象になりますわよ」

「そうなんです、誰も連れて行ってくれないので、学園の地図を見ながらクラウス様の寮まで歩いて行ったんです!」

「歩いて行った…?」

胸を張る少女を、イザベラは疑問符いっぱいの頭でまじまじと見つめた。学園の敷地はとてつもなく広い、男子寮と女子寮がそんな簡単に行き来できるような距離にあったとは記憶していない。

()()の令嬢であれば、足が痛くなってたどり着けないだろう。

たくましすぎる少女に、イザベラはもはや言葉が出ない。

「でも、もうすぐ寮に着くってところで、警備の人に止められて……」

またもやしょんぼりとしている少女に、イザベラは遠くを見つめた。わけわからん。

その四方に綿毛のように跳ねたふわふわの栗毛を見ていると、なんとなく犬っころを彷彿とさせて頭の中で連想ゲームが起こりイザベラの心は静かに領地へと飛び立った。

しかし、素っ頓狂な声がすぐにイザベラを現実に引き戻す。

「でも、その時偶然クラウス様が馬車で通りかかって、窓から挨拶して下さったんです!」

「そう……良かったですわね」

それ以外もう感想が出ない。

「で、その時お礼を伝えて、“気にしないでいいよ”って優しく言って下さったんですけど、何だかいつもより素っ気なくて……それに手紙もやっぱり届いてたらしいんです、……私、もしかして何か怒らせちゃったのかなって思って、聞いても“怒ってないよ”って…」

思い出すうちにどんどん落ち込んで来たのか、俯き震える少女をイザベラは困惑しながら眺めた。

「じゃあ何か、嫌われるようなことをしてしまいましたかって聞いたら、“別に、嫌いじゃないよ”って言われて、最後に“父君の言うことをよく聞いて、頑張ってね”って、そのまま寮の方に行っちゃったんです」

ほろり、とついに少女の目から雫がこぼれ落ちた。その純粋な輝きに、イザベラは目を細める。

「私、ショックで……休暇に家に帰ったら父様も怒ってて大変だったのに、…クラウス様はわかってくれると思ってたのに」

目の前に入れられた紅茶の水面が、揺れる。

ぽと、ぽと、と涙が溢れて少女の膝を濡らしていく。

この少女は、どこまでも愚直だ。

嬉しい時は全身で喜び、怯える時は全力で縮こまり、悲しい時は顔をくしゃくしゃにして泣く。

「そ……」

言いかけた言葉が、宙を舞う。あまりにも、異質だ。この学園において、この貴族社会において、この少女はあまりにも。

「イザベラ様……私、間違っているんですか?」

煌めく空色の瞳が、イザベラの目をまっすぐに見つめていた。

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