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第17話


しばらくその場で固まっていたレオノーラだが、やがてその大きく開けた口を閉じて沈黙した。

「……………犬?」

驚きが抜けきらないまま、レオノーラは呆然と呟いた。

「ええ、犬ですわよ」

黒い毛並みを優しい手つきで撫でながら、イザベラは平然と答える。

もう一度確かめるように目を細めてレオノーラは目の前の犬たちを凝視した。

「…………本当の犬、ですね」

「嘘ものの犬ってありますの?ああ、ぬいぐるみのこと」

すぐに納得がいったように自分の言葉で頷いているイザベラを、信じられないものを見る目でレオノーラが見つめた。

「あの……待ってください。整理させてください……つまり、イザベラ様。あなたが飼っている犬とは……この大型犬たちのことですの?」

「ええ。それ以外何があります?」

振り向きもせず当たり前のようにそう言って、イザベラは5匹の頭を順番に優しく撫でた。

「そ、そんな馬鹿な………」

衝撃を受けたようにレオノーラはふらふらとよろめいて、屋敷の外壁にゴンと頭を打ち付けた。

「大丈夫?」

その時、誰かがレオノーラに心配そうに話かけた。

顔を上げたレオノーラの視界に、緑の瞳の可愛らしい顔立ちの少年の姿が映る。

「……さ、さては、あなたがイザベラ様の犬なんですの?」

ハッとした顔でレオノーラは少年を見た。それ以外もはやありえないという気持ちで、半ば納得したように少年を眺める。

「は?いや、俺は…」

突然訳の分からぬ不名誉な疑いを書けられて、焦ったように少年はちらりと侍女を見た。

助けを求められているのに気づいているのか、知らぬふりをしているのか、侍女は平然としている。

少年は拗ねたようにくすんだ金色の頭を掻いて、レオノーラに向き直った。

「俺はハロルド、ベラとはただの従兄弟同士だよ」

「従兄弟……いいえ、そんなはずは…!」

「そんなはずはって、どんなはずだろ…」

自分の中に確固たる前提があったため、頑なに信じないレオノーラにハロルドは呆れたような顔をした。

一通り愛犬たちを構って余裕が出てきたイザベラは愛犬を撫でる手を一旦止め、何故か背後でショックを受けたように立ちすくんでいる少女をちょいちょいと手招きした。

「レオノーラ様、どうぞ。マリーは老犬ですがとても優しい犬ですので、よろしければ触ってごらんなさいな」

5匹の中で1番の年長である、クリーム色の毛並みの今年10歳になるゴールデンレトリバーがイザベラの足元で行儀良くおっとりとお座りして待っていた。

マリーの輝く黒い瞳が期待するようにレオノーラを見上げている、その純粋な瞳に少したじろいだ。

「え、ええ……それでは失礼します」

「急に上から手を出されると驚きますので、くれぐれも下からそっとお願いしますわ」

白い指がおっかなびっくり、あごの下あたりに触れる。

その上質な手触りに単純に少女は、まあと声を上げた。

「滑らかな毛並みですのね、それにとても大人しいですわ…」

「うちの犬は皆、きっちり健康管理と躾がされてますのよ」

ふ、と自慢げにイザベラは目尻を釣り上げた。そして唇を歪めて凄みのある笑みを浮かべる。

「どう、癒されました?ご満足頂けたのなら……」

「わかりましたわ」

「あら、良かった」

率直に帰ってとは言いにくいため、理解してもらえたなら話が早いとイザベラは安堵の息を漏らした。

しかし、次の言葉に耳を疑う。

「私、明日は1日イザベラ様とご一緒させて頂きます」

「そ……なんですって?」

聞き間違いかと思って怪訝な顔でイザベラはもう一度聞き返したが、レオノーラは一人真剣な顔で頷いている。

「1日中一緒に居れば、犬の正体も自ずとわかると思いましたので」

「犬の正体…?犬はこの5匹だけですが」

「まあ、イザベラ様は意地悪ですわね」

困ったようにムッと口を尖らせるレオノーラに、イザベラは諦めた。

「もう、お好きなさって……」

恋に破れた乙女は無敵すぎる。

イザベラは疲れたように溜息をついた。



次の日、朝食を食べ終えるとすぐさまレオノーラは切り出した。

「イザベラ様、本日のご予定はどのようなものですの?」

イザベラは光の消えた赤い瞳でレオノーラを見て、諦めたように口を開いた。

「今日は、午前中は刺繍の続きをした後、昼食を取ります。午後からは家庭教師によるダンスのレッスン、先生がお帰りになられた後は読書、その後犬を運動させて夕食を取ろうと思います。いいですわね、異論は認めません」

「は、はい」

強い眼光で鋭く少女を射抜きながらイザベラが淀みない口調でそう言い切ると、レオノーラはその勢いに飲まれるように頷いた。

「あなたのお部屋で刺繍をすることにします、さあ行きましょう」

そうして現在、2人は客間のテーブルを挟んで向かい合っている。

椅子に腰掛けて優雅に針を持つイザベラをしばらく眺めていたレオノーラだが、ふと不思議そうな顔をした。

「あら……この刺繍、もしかして休暇中の課題のものですか?」

ギクリと体を一瞬強張らせたイザベラは、すぐに涼しい顔をして首を傾げた。

学園では休暇中に課題の出されている授業がいくつかある。その1つが刺繍課題で、花をモチーフにした刺繍作品を仕上げるというものだ。

「ええ、それがどうかなさいまして?」

「いえ、…ただ、少し意外でしたので。イザベラ様のことですから、授業の課題など早々に終わらせていらっしゃると思ってましたわ」

当たり前のようにそう言ってのけて、レオノーラは肩をすくめた。

その言葉にピクリとイザベラの片眉を上がる。

「レオノーラ様、刺繍というのは奥が深いものですわ。たかが課題だという意識で手早く作ってしまうのは、少し情緒に欠けるとは思いません?」

「情緒、ですか?」

目から鱗、という表情のレオノーラに、畳み掛けるように告げる。

「ええ、ひと針ひと針に想いを込めて時間をかけて完成されたものに、意味があるのです。ですから私は毎日少しずつ時間をかけて作り上げることを大切にしてますの」

さも正しいことのように言っているが、詭弁である。

実際のところは毎日犬との触れ合いにかなりの時間を費やしているため、課題の進みがのろいのだ。

その内心をおくびにも出さずに、口元を歪ませてイザベラは微笑んだ。

「イザベラ様、流石ですわ……」

ほう、と感嘆の溜息を零してレオノーラは首を振った。

「私は淑女としてまだまだですわね……私なんて、セドリック様とお会いするまでに全て終わらせてしまおうと急いで仕上げてしまいました。やり残したものがあると落ち着かない性格で…」

「早く仕上げられるというのもある種の美徳ですわよ。とはいえ私たちはお針子ではありませんから、一つ一つを丁寧に仕上げることが先決だと私は思いますの」

「素晴らしいお考えですわ…」

尊敬の眼差しでブラウンの瞳がイザベラを見つめている。イザベラは使用人に裁縫道具を少女の侍女に渡すよう指示を出した。

「そちらで見ているだけというのも退屈でしょうし、あなたもおやりになってはどうかしら」

「ええ、ありがとうございます!」

嬉々としてレオノーラも刺繍をし始める、ようやく黙ってくれてイザベラも課題に専念出来るようになった。


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