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One step to the future

作者: 青木森羅


「アイ、たまご取って」


 油をフライパンに入れながら、同居人のアイにお願いする。


「オッケー。いつも通りに二個で良い?」


「うん」


 アイはカンカンとたまごを打ちつけると、二個のたまごを同時に割り、フライパンの上へと落とした。


「サンキュ」


 そして、いつものように冷蔵庫の中からつけあわせのソーセージとアスパラガス、それにトマトを取り出していた。


「トマトはいらないって」


 僕は毎朝のように言っている事を、今日も繰り返す。


「駄目です。トマトに含まれるリコピンには抗酸化作用があるんだから……」


「病気にかかりづらくなる、だろ? もう、耳タコだよ」


「なら、食べないと」


 僕はわざとらしく嫌な顔をしてみせた。


「まったく。ミライは、トマトの何がそんなに気に入らないんですか?」


「食感に味」


 彼はいつものように首を振って、


「それじゃ、食べれないじゃないですか」


 と、呆れていた。


「いいよ、別に。トマトが食べられなくたって、死なないし」


「……仕方ないですね」


 アイはトマトを冷蔵庫に戻すと、小瓶を取り出してテーブルの上に置いた。


「いつものトマトケチャップ。これならいいんでしょう?」


「分かってんじゃん」


 それは、アイが作ってくれたお手製のトマトケチャップだ。小さな頃から一緒に暮らしてきたアイだから分かる、僕の好みに合わせたモノだった。


「今日くらいは、生のトマトを食べてもらいたかったんですけどね」


 ソーセージとアスパラガスを炒めながら、彼は喋る。


「今日だから、ケチャップの方が良いんだよ」


「……そういうものなの?」


「人間ってのはそういうものなんだってさ。過去の事を懐かしく思って、それを糧に先に進んでいく。そういう生き物だって」


「ふーん……目玉焼き焦げるよ」


「あ、やべッ!」


 僕は急いで電気コンロのスイッチを切った。



 いつものように朝食をとりながら、いつものようにどうでもいい話をして、いつものように二人で家を出る。


「おはよう、ふたりとも」


 そして、いつものように僕の彼女と駅前で合流した。


「おはよう、マイ」


「おはようございます、マイさん」


 僕は右手を上げて、アイは頭を下げて挨拶をする。


「うん、おはよう」


 全て、いつも通りだ。

 だけど、


「マイ、どうした?」


 なんだか彼女の顔が曇って見えた。


「ん。なんでもないよ?」


 いつもの強がりだとすぐに分かり、僕は話題を変える事にした。


「そういえば、アレってつけてる?」


 彼女は顔を少し赤らめながら、首元からチェーンを引っ張り出して僕達に見せた。


「もちろん持ってるよ」


 チェーンにぶら下がった指輪、それは僕が彼女に送った物だった。とはいえ、学生の僕に高価な物は渡せないので物凄く安いものなのだけど、それを知っても彼女は大切にしてくれていた。


「ミライは?」


 催促されて、僕も首からかけたチェーンを取り出した。そこには彼女のつけているモノと同じ指輪がついている。それを見て、彼女は安心したようにいつもの笑みを見せてくれた。


「よかった……。それにしても、すごく幻想的なネックレスだよね。それ」


 マイは僕の首にかかっているもうひとつの物を指差して話す。それは、十字の台座に男の人が寝ている変わったものだった。


「元々は母さんのなんだけどね」


 今は遠くに旅立った母さんが、家に忘れていった物だった。母が、このネックレスを肌身離さずつけていたのを今でもよく覚えている。


「綺麗だね」


 銀で出来たネックレスを、彼女はうっとりとした表情で見ていたが。


「ふたりとも、そろそろ行かないと遅刻しますよ」


 いい雰囲気の僕らを遮るように、アイが時計を見せてきた。


「マズい、急がないと! 走るぞ!」


「あ、待ってよ」


「ふたりとも、あまり慌てると危険ですよ」


 僕に続くように、マイとアイは走って追ってくる。



「終わったー!」


 背筋を伸ばして、長時間座ったままの体をリフレッシュさせる。


「ミライ。今日は、いつもより授業が短いんですからそんな大仰にしなくても」


 いつの間にか僕の席に近づいて来ていたアイが話しかけてきた。


「長かろうが短かろうが、疲れるものは疲れるんだよ」


 僕は、開きっぱなしだったノートを左にスライドして片付けた。


「あ、そうだった」


 と、僕は筆箱からコンパスと定規を取り出して、アイに渡した。


「ずっと返すの忘れてたよ」


「今ですか? 別にいいのに……って、訳にもいかないですね」


「うん」


 彼はそのふたつを受け取ると自分の筆箱にしまった。

 その時、プルルと電話が着信を告げる。


「もしもし」


 僕は人差し指と中指を耳に当てて、返事をした。


「マイだけど、授業終わったんだよね?」


 なんだか寂しそうな声がした、僕は出来るだけいつもと変わらないトーンで話した。


「うん。これから、先生に説明を受ける所だよ」


 その内容は『これから先に進む、君達の事について』


「じゃあ……説明が終わるのを待ってるね」


 彼女は涙声で、そう返してくれた。



 超音速機に乗って、僕達はアメリカのケネディ宇宙センターに降り立った。


「とうとう……だね」


 マイはすぐにも泣き出してしまいそうだった。


「大丈夫だよ」


 僕は彼女の頭を優しく撫でた。


「うん……」


 必死に涙を堪えているようだった。


「それにしても、凄い風景だな……」


 空に向いた円筒形ロケットが十台以上ところ狭しと直立していた。


「こんな景色を見る事は、もうないでしょうね」


 アイが答える。


「そうだな……」


 ここまで来て、ようやっと実感が湧いてくるだなんて。


「アイ……」


 僕はマイから離れると、彼に向かって右手を出しだした。


「元気でいてください」


 彼の冷たい手と、僕の暖かい手が触れ合う。


「一年の間だけどマイの事を頼んだよ」


 彼女も来年には、僕と同じ所へ来ることになっている。


「アンドロイドにだって、そんな事は分かってますよ」


『12月18日6時6分発、火星行きロケットが発射いたします。搭乗の方はお急ぎください』


 宇宙空港内にアナウンスが流れた。


「これに乗って行くんですよね?」


 アイは分かっているはずなのに、わざとそう尋ねたみたいだ。


「ああ……」


 マイの涙は止まりそうになかった。


「じゃあ……行ってくるよ!」


 心配させてもいけないと、出来るだけ笑顔を作ってみせ二人に背を向けた。


「……ミライ!」


 アイの言葉に振り返る。


「僕は君の事を忘れない。もう二度と会えないかもしれないけど、それでも絶対に忘れないから!」


 アンドロイドなのに、やけに人間みたいな事を……!


「ああ! アイ、お前は俺の親友だ! いつまでもな!」


 拳を突き出すと、アイも同じように返してくれた。


「地球の事は任せたからな! 新人類!」


「僕達を生み出してくれてありがとう! 人間さん!」


 それから僕は振り向かなかったけど、肩が震えるのを止める事は出来なかった。



 いまは、人間とロボットが対等に暮らす社会の到達点の時。

 けど、僕ら古い時代の人類は未来の為にここ、母なる地球と新たな人類の為にも去らないといけないんだ。

 その時を、いま僕達は出会い、生きている。

 去っていく僕らの事を、彼らロボットは創造主と敬ってくれているが、僕らはただの人間ヒトだ。

 彼らのように万能ではない。

 それでも、その感謝をやめはしない彼らを見ていると、かつて僕ら人間が崇めていた「神」の気分というのが少しは理解出来るのかもしれない。

 いや、これから「人間ヒト」はロボットの「神」になるのだろう。

 遥か未来に住む、もう「人間ヒト」という存在を知らない彼らの子供達は、創造主「人間ヒト」を「神」として認識するのだろう。

 僕らの先祖がそうであったように……



「ミライ、いいか?」


 ロケットの中で、先に火星へ旅立った父が言った事を思い出していた。


人間ヒトは過去の事を思い出しては、その事から学んで先に進んでいくことが出来る。でもな、それが足枷になってしまう事があるんだ。だけど、アイのような新人類アンドロイドは違う。過去との違いを見つけて、そこを足がかかりとしてミライを見るんだ」


ミライ?」


「ふふ。難しかったかな? でも、覚えておくんだ。僕達はこの地球から出て行かなくてはいけない。それは、昔もあった事なんだ。だけど、それは別れじゃなくて出会いの為になんだ。その中で、もう一度懐かしい顔に出会うかもしれない。それは希望なんだよ」


 一緒に話を聞いていたアイは、なんだか寂しそうに見えた。

 けど、今思い返すとアレは憧れの眼差しだったのかもしれないと思えた。



「久しぶりね、ミライ」


 火星で待っていたのは両親だった。


「ここが……人間の新たな母星か」


(アイ。僕達はもう会う事はないだろうけど、いつか会う僕達の子孫コドモをよろしく頼むよ)


 僕はもう見る事が出来ない、遥か彼方のちきゅうにいる友人(AI)に願った。

※注意!


この作品はフィクションです。

実在する団体、人物、地名、宗教などとは一切の関係はありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] スゴく良かったです。 短編の中にキッチリと物語が収められていて想像力が広がっていきました。 次の新作を心待ちにしています。 では、良いお年を
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