第6話『ほろにがい一服』
俺は、死んで異世界に転生した。
だが、そんな事実をパラテラから教えてもらっただけで、実はまだ実感が湧いていない。
俺にはルコ少年として生きてきた、15年間の記憶が全く無いのである。
当初は、何かが原因で少年の体に乗り移ってしまっていたと思っていた。
だから、救ってくれたお爺さんやアーシャには、記憶を無くしているという嘘を付いていたがそれは事実だったのだ。
つまり、前世の記憶を思い出したかわりに、少年として転生した人生を忘れているのである。
ややこしいが、それもこれもあの事故の影響なのだろうか?
パラテラは、”最近思い出した”といっていた。
なら、彼女もハーフエルフとしてこの世に生を受けた115年の長い月日を忘れているのだろうか?
いや、彼女は100年以上も前に亡くなった勇者のオーラを見たと言っていた。
だとしたら記憶を失っていたが、取り戻したという可能性も…。
俺はいままで他人に対して、そこまで踏み込むようなことはしてこなかった。
聞いたところで、他人は他人だからである。
そんな相手の顔色を伺いまくる人生を前世で送ってきたせいで、損をしたようだ。
もう少し彼女に詳しい話を聞くべきだったと後悔した。
どうせこうしてあとで疑問に思ってもやもやするくらいなら、その場で解決するべきだからだ。
まぁ、急ぐことはないだろう。
今度ゆっくり話してくれるって言ってたし、とりあえず今は一服がしたい。
前世の記憶が戻ったことで、俺のタバコに対する欲求も蘇ってしまったようだ。
あらためてニコチンの依存性について恐怖を抱く。
そう言えば、シーシャが裏庭の納屋でお香に使う葉っぱを乾燥させていると言っていたな。
葬儀も終わったし、行ってみるか。
「うぅ…さぶっ。この国は夜は冷えるんだな」
みんなが寝静まったころを見計らって、俺は納屋へと忍び込んだ。
天井から垂らされた紐に、数多くの薬草やら何かわからない葉っぱなどが吊るしてある。
俺は、シーシャから借りたランタンを片手に持って、お目当てのものを探し始めた。
葉巻のような芳醇な香りを探しては、いろんな葉っぱを嗅ぎ回る。
あった。朝にお香棚に置いてあった葉巻の香りがする葉っぱだ!
シーシャも1つくらいなら良いと言ってたし、お言葉に甘えて拝借する。
ニコチンが入っているかどうかは分からないが、物は試しだ。
お目当てのものを見つけて納屋を出ようとすると、一つだけ気になる葉っぱを見つけた。
「こ、これは!?」
間違いない。
この独特に細い葉の集まりが広がっている形状。
麻の葉だ。
いや、ここは異世界だ。
俺が居た世界とは全く常識が違うはず。
これは麻に外見が似ているただの薬草に違いない。
こればかりは物は試しと手を出そうとも思わなかった。
ーはずだった。
興味が無いと言えば嘘になる。
俺は生唾を飲みながら、そっと手を伸ばした。
「こんな時間に何してるのよ」
「うわっ!って、パラテラかぁ…。じゃない!なんでこんなところにいるんだ?!」
「べつに。夜は唯一わたしが羽を伸ばせる時間なのよ」
「ここに居る理由になってないんだけど…」
「それは… ちょうどこの辺を通りかかったら、あなたの姿を見かけたからよ」
相変わらず表情を変化させずにどういう感情なのか分からない。
顔を合わせず、チラチラとこちらを見ている。
なんなのだろうか…。
「それ、ソコナシソウの葉かしら。教会で言ってたように、タバコにして吸う気なの?」
パラテラは、俺の抱えていた大葉を指差して言った。
「あ、ううん。たぶん、っぽいってだけで全然違うんだろうけど、試してみようかなって」
「そう。お香として焚くのは一般的だけど、喫煙という文化がないこの地域では珍しい試みかもね」
この世界の人達は、お香を焚くことを考えつくが、未だ”喫煙”という手段には疎いようだ。
まあ普通は、焦げ臭い煙を肺一杯に入れて味わおうと考える人はなかなか居ないだろうし、当たり前かもしれない。
「あ、やっぱりそうなの?じゃあ、人気のないところで試したほうがいいな」
「そうね、特別にわたしのとっておきの場所を教えてあげようかしら」
「いい場所知ってるの?」
「これから行こうと思ってた場所よ。こっち」
彼女は俺の手を掴んで引っぱると、駆け出した。
俺はなんだか夜更けに悪いことをする子供みたいな気持ちになり、すこしだけワクワクした。
ーーー
城下町の外壁に立った物見櫓は、この街で一番高い建物だ。
普段は、敵兵がせめて来ないか監視するためのものだが、この国では治安が比較的良いため登ってくる人は少ない。
その代わりに、主要な街への入り口には申し訳無さ程度の民兵が守ってくれている。
それにしても、いい眺めである。
ちょうど、父・ガラムの葬儀を執り行ったエステルの樹を正面に見える。
夜は明かりがないため、エステルが放つ緑の光が淡く輝いて、とても幻想的な光景だ。
「わたし、ここからの眺めが好きなの」
「たしかに、落ち着く感じがする」
「そうでしょう。今日みたいな晴れた夜にしか見れないのよ」
少し冷たい風に金色の髪を揺らしながら、黄昏る彼女の姿に俺は目がいっていた。
俺は女性というのが一応苦手である。
何故かと言うと、自分勝手に自分目線の話しかせずに、全てを分かれという態度で向かってくるからだ。
だが、彼女は違っていた。
無駄な話を一切せず、こちらの雰囲気に合わせてくれる数少ない女性だ。
そんな彼女に対して、俺は落ち着きを得ていた。
無造作に置かれた机の上で、ランタンを置いてソコナシソウの葉を巻いた。
この景色と彼女を見ながらの一服はさぞ最高なものになるに違いない。
「そういえばさ、パラテラはこの世界で生きていた記憶はあるの?」
「ん、あるわよ。それがどうかしたの」
「いや、俺さ。どうやら事故って記憶なくしてるみたいなんだわ。パラテラなら同じ転生者として、なにか解決策を知ってるんじゃないかなと思って」
「分からない。わたしの場合は、”前世”を思い出した口だから、この世界で生きていた記憶は最初からあるの」
「なるほど。このもやもやした状況が打開できると思ったんだが」
どうやらパラテラの場合は、俺の真逆の現象が起きたらしい。
「まったく、難儀だな」
俺はソコナシソウの葉巻を咥えて、火を付けた。
喉へのニコチンキックはもちろん無い。
一口目はどこか独特な青みがかった臭いがするが、吸い進めると甘い香りが出てきた。
5分ほど経つと、少し体がポカポカしてきた。
ソコナシソウの薬効だろうか。
「いい香りね。この世界で、初めて一服した感想はどうかしら」
「少し青臭い感じはあるけど、これはこれで良いかも」
「そう、良かったわね」
ゆっくりと紫煙が立ち上り、ゆったりとした時間が過ぎていく。
この時間が永遠に続けばいいと思った。
「そうだ、パラテラがカタコンベで俺のオーラを勇者と同じって言ってたけど、あれって俺も召喚された勇者と同じ立ち位置なわけ?誰かの召喚に応じて生を授かったみたいな?」
彼女はこちらをじっと見つけて、オーラを読み取っているみたいだ。
「どうかしら、わたしの場合と一緒ならそうと言えるわ。でも、やっぱりあなたはどちらかと言うと彼らに似ているわね」
「聖者コパが召喚した勇者ってやつに?」
「そう。だけど、あなたのオーラは灰色のモヤがかかってよく見えないの。まるで煙で何かを隠しているようだわ」
「自分でも分からないモノを、そんな感じで言われるとちょっと怖いんだけど…」
「でも、勇者たちほどでもないから安心して」
聞くところによると、オーラというものはその色彩でだいたいのことが分かるらしい。
たとえば、情熱の赤は未知を探求する学者に多いもので、黄金に光る色は指導者としての王を表す。
俺の場合は、モヤがかかって色が見えないらしい。
ただ、気になるのは勇者たちほどでもないということは、勇者の色もわからなかったということだろうか?
割と重要なことなのかもしれない。
「実際に会ったわけじゃないからなんとも言えないんだが、幸か不幸かわかんないなぁ。この世界に産まれてきた意味もさっぱりだしなぁ〜」
「まずは、あなたがこの世界に産まれてからの記憶を取り戻さないと」
「ってことは、何か記憶を思い出す方法があるってこと?」
パラテラは、何かを懸念している様子だったが続けた。
「えぇ、あなたが望むなら一つ試してみることがあるわ」
「それって危険な方法なの?」
「少しね。エステルに触れるのよ」
星の樹エステルに触る。
正直、葬儀の際に棺を取り込む様子を見てから、ちょっと畏怖の対象になっている。
ましてや、触ったら取り込まれるんじゃなかろうかと彼女に反論した。
「そうね。下手したらそのまま死ぬと思うけれど」
「ダメじゃん」
「でも、上手く行けば身の振り方も決まるかもしれないわよ」
確かに、自分が産まれてきた何かしらの意味を思い出すことができるかもしれない。
パラテラのように、自分の因果と向き合って生きていくこともできるだろう。
だが、まだそんなリスクを犯すには時期早々な気もする。
慎重で臆病な俺は、回答を出せなかった。
「気が向いたら…」
彼女は小さく頷くと、いつでもいいわと言ってくれた。
1時間ぐらいが過ぎただろうか。
ちょっと体温が下がってきて、そろそろ解散という具合なときに、ちょうどソコナシソウの葉巻が役目の終えた。
木の板でもみ消そうとしていると、反対側に見える街の方から転々と小さな明かりが動いているのが見えた。
パラテラも気づいたようで、一緒に目を凝らした。
マントを被った人たちが、なにやら慌ただしく動いている。
その数は、秒数を数えるごとに1つや2つと増えていく。
「なにかあったのかな?」
「ここには頻繁に来ているのだけれど、この時間にあんなことしてるのは見たことがないわ」
何か嫌な予感を感じる。
彼女も、なにか不安げな様子をしていた。
俺はパラテラに、早めに教会へ戻ったほうがいいことを伝えようと、彼女の方を向いた瞬間。
先程のマントの人たちが後ろに立っていた。
どうやら気配的に俺の後ろにも誰かいる。
身の危険を感じた俺達は、とっさに逃げようと思ったが、戦闘スキルの皆無な俺達である。
そのまま顔に布を被されて、何が起きたのか分からないまま連れ去られてしまった。
<第6話『ほろにがい一服』 おわり>