第4話『星の樹エステル』
俺は、爺さんとシーシャに連れられて、ルコの父さんが安置されている教会へ向かった。
というか、今向かっているんだが、非常に気まずい状況である。
何故かと言うと、この世界の風習なのか知らないが、俺達の後ろに知らない人達がわらわらと付いて来るのだ。
人間や魔族など関係なく、お前絶対に関係ないだろと突っ込みたくなる人たちが、当たり前のように付いてきている。
「お爺さん、この謎の行軍はなんですか? この土地の風習みたいなものですか?」
「うむ、昔に大きな戦が合ったことは知っておるかの?」
「えぇ、それなら本で見ました。たしか、聖者コパの伝説」
「さよう、先の戦いから100年が経った今でも、その影響が今も色濃く残っておってのう」
爺さんは若い頃を思い出すように語った。
というか今何歳だ、というツッコミはあえてしない。
「この土地のもんは皆、あの戦いで家族を失ったものがおらんくらい悲惨な過去をもっておる。魔族は弱い種族から根絶やしにされ、戦いに巻き込まれた人間も、今のお前さんのようになることが珍しくなかったんじゃ」
人間族と魔族の戦いは、数百年行われてきたわけで、今も激しい戦いの爪痕がいたるところに残っているという。
魔族は負けた。
戦いが終われば、あとは心に虚しさが残るだけだ。
こんな状態で独り身となると、やっぱり自殺者が耐えなかったそうだ。
根の優しい、ポラド共和国の先住民である人間たちは、家族を失った魔物ものたちが悲しまぬように囲ったことがこの行列の起源らしい。
つまり、この人達は助け合い精神の元、見ず知らずの人の葬儀に参列してくれるらしいのだ。
こう見ると、激しい戦争をしてきた種族とは思えない。
この土地の人達はなんて人ができているんだろうか。
いや、魔物ができていると言うべきだろうか?
「アタシ達は、魔物と人間の種族間を超えて助け合うのよ」
シーシャも爺さんの後ろから誇らしげに笑った。
「それでこの行列なんですね、僕のお父さんも安心してくれると思います」
「…うむ」
こうして葬儀へ向かう俺達は、異様な行列を引き連れて教会へ足を運んだ。
街から5キロほど離れると、森が見えてきた。
この先が神聖な場所を意味するかのように、入り口には大きな石積みの門が立てられている。
そしてこの森をぐるっと囲むように石の壁と木材で建てられた柵が設けてある。
とても厳重に守られている様子だ。
門をくぐると、すぐに凄まじい程の墓標が作られていた。
日本の墓のように、どんよりとした空気は感じない。
むしろ、空を覆っている木の葉から漏れ出る光が幻想的にあたり、神聖な土地を思わせる。
ちょっとした小山を登るようにして進むと、ようやくお目当てのものが姿を表した。
星の樹エステルだ。
その佇まいは、少しの枯れも許さず、ずっしりと身構えたまさに神樹である。
ひとつひとつの枝が力強く伸び、黄金の脈が打っているように輝いている。
ちなみに俺が見ている景色は、まだまだ樹の根元から離れているのだが、
そのことから、この樹がどれだけ大きいか想像できると思う。
徐々に近づいていくと、お次は鉄条網が幾層にも建てられていた。
まるでこの先には来るなと言われているようだ。
その予感が的中したように、奥の方から白銀の鎧を着た騎士たちがぞろぞろとやってきた。
『この先は人間の参列者のみが入られよ!魔物参列者は、ここで待たれよ!』
そう怒鳴ると、騎士たちは威圧感たっぷりに剣を互いに重ね合い、入り口を守るように動いた。
『クソッ、俺たち魔物に権利はないのか…』
『わたしもエステルの麓に行きたいわ…』
いつものことなのか、参列してきてくれた魔物達がそれぞれぼやき始めた。
「お爺さん、これは一体どういうことですか?」
「恥ずべき決まりごとじゃ、この先は人間のみが入れる決まりになっておる」
「ということは魔族の人たちは?」
「エステルの麓には行けず、ここまでじゃ」
魔族との戦争に勝った人間たちは、まずはじめに3人の英雄と聖者コパを称える国教を作った。
そして、人間は魔族よりも優るために身分制度を作ったことが原因である。
「え、じゃあ人間と魔物は必然的に入るお墓が決まっているんですか?」
「さよう、恥ずべき制度じゃが人間はエステルの根に一番近い場所まで行けるが、魔族は入り口の末端でしか墓を立てることが許されぬ」
「元はみんなここから産まれたとされているのに、それはあんまりじゃないですか?」
「全くおぬしの言うとおりじゃ」
俺はせっかく付いてきてくれた魔物の参列者たちに礼を告げると、申し訳ない気持ちにいっぱいになった。
すると、爺さんも申し訳なさそうに謝った。
「シーシャよ、いつもここで待たせて悪いのう」
「いいの、私はもう慣れっこだから」
「えっ」
俺はわざとらしく驚いた。
「はて、まだ言っておらんかったのか?」
さっきから大人しいシーシャは、うつ向きながら告白した。
「うん、ごめんね… ルコ。わざわざ言う必要はないかな…って、私、ほんとは魔族なの」
予想してたことが確信に変わった。
出会った当初からずっとシーシャは不自然に帽子を被っていたし、
そもそも爺さんは人間で風属性の魔力を持っているに、その娘であるシーシャは火属性の魔力を持っているのだ。
魔力の性質上から考えて、本当に家族ならば属性も一緒のはずである。
そんなひと目でわけありと分かる二人の間柄に、助けてもらっている身である俺がわざわざほじくり回すような真似はしまいと思っていたのだ。
「僕はそんなこと気にしませんよ」
精一杯配慮して答えたが、正解がわからん。
まあ、世の中色々あるよね。
「じゃあ、シーシャさんにも悪いけれど、行ってくるね」
「うん、待ってる」
シーシャは寂しさを隠した笑顔を見せると、俺達を見送った。
もし、爺さんが亡くなった時を思うと、この差別制度について怒りが湧いてくる。
そんな感情を騎士に向けるよう睨み付け、ここから先に入る参列者達は人間かのチェックがされた。
その後、4つの鉄柵を越え、ようやくエステルの麓に辿り着いた。
まるで、いけすかない王様に謁見しにいくような気分だ。
エステル自体の根元を覆うように建てられた、周りの景観を崩すような真っ白な教会。
その中から中年ぐらいのおじさんが出て来た。
「スワニ様、お待ちしておりました」
「これはダビド神父殿、本日はよろしく頼みますぞ」
「ええ、こちらこそ。ところで、その子が御親族で?」
「うむ、故・ガラムの子じゃ」
初めて知ったが、ルコの父の名前らしい。
すげごく今更すぎて… とりあえず俺は挨拶がわりに軽く会釈した。
「ど、どうも。ルコ…えーと…」
やべえ、そういえば名字は知らねーぞ!?
お爺さんに自分の名前だけ聞いて安心しきってた!
「(ランクール…貴方の名字よ…)」
どこからか女の子の声が聞こえて来た。
シーシャは居ないし、周りにいる参列者達ではない。
俺以外には聞こえていないようだった。
ルコ少年を知る誰かがここにはいるのか?
とりあえず、今はとりあえずはそう名乗ってみよう。
「ル、ルコ・ランクールです」
「これはこれは、ランクールさん。まだ子供なのに大変なことでしたね、我々星の教団はいつも貴方の味方ですよ」
「ど、ども。本日はよろしくお願いします」
礼儀正しい人で、全く嫌な感じがしない人だ。
星の教団とは、その名の通り星の樹を崇める一大宗教である。
ちなみに、聖者コパと3人の勇者を祀っている教会とは別口だ。
「はて、そんな名字じゃったかのう」
「はい、お爺さんが教えてくれたんじゃないですか〜」
爺さんの方は、不思議そうに髭をさすりながら首をかしげた。
それもそうである、お爺さんからは聞いてないのだから。
だが、嘘というのはこちらが絶対的自信を持って強気で行けば真実になる。
「それでは、中へお入りください。水でもお出し致しましょう」
さっきの声が気になるが、神父の後を追った。
教会の聖堂に進むと、エステルの樹を中央に構えた祭壇が見えた。
その前に、ルコの父ガラムの棺が安置されている。
付き添ってくれた参列者の皆さんは、教会の椅子で祈りを捧げはじめた。
葬儀に参加してくれたわけは、自らの家族への墓参りも兼ねるらしい。
なんと合理的なのだろう。
「送り身の儀は終わっております。これより親族の方のみ、巫女とともにエステルに還すために地下道のカタコンベへ御同行願います」
送り身の儀とは、いわゆる通夜である。
執り行われる意味も同様、人間が生き返ったりする可能性を考えているからだ。
エステルに還すときに生き返ることは、日本でいう火葬中に―ということ、あえてそこは濁しておく。
「というわけじゃ、ワシはおぬしを引き受けた身じゃが血のつながる家族のみが同行することになっとる」
俺がやれやれという表情をしてしまっていたのを見られていたのか、
ダビド神父が気を回してくれた。
「本来は、このように複雑なものではないのですが、今や王国側の形式でしか執り行えないのです。誠に不快な思いをさせて申し訳ないですね」
「い、いえ。そんな、すみません…」
ポラド共和国は、シアンダ王国に支配されているわけではない。
だが、シアンダ王国としては戦いをしていた魔物族を匿っている国家を良くは思っていないのだ。
そこで、王国側は魔物族が再び戦いを挑んでこないかを事前に察知するため、無理やりポラド共和国に対して宗教儀礼の統一を迫った。
魔物族を匿っていることに触れないかわりに、王国側から協会に対して神父や監視役の騎士達を派遣したのだ。
ポラド共和国には、楯突くような兵力が一切ない。
そのため、このように半ば脅しのような侵略行為がまかり通っている。
本当に人間というのはつくづく傲慢で臆病な存在だろうか。
ダビド神父は元からこの地にあった、星の樹の教団に所属している神父である。
普段であれば、王国の神父がその殆どの役割を持っていくそうだが、魔物族とつながりのある民と分かるとバトンタッチをするらしい。
それぐらいにこの世界を取り巻く迫害は大きい。
俺としてはそんな嫌味な連中に式を行われるより、逆にダビド神父にやってもらうほうが嬉しいのは言わずもだった。
「ダビド神父。準備ができました」
カタコンベにつながっていると思われる階段から、一人の少女が出てきた。
さきほど聞いた声の主だ。
「こちらは、パラテラです。私の娘で、巫女です」
「初めまして、パラテラです。本日はエステルへ還す儀を担当いたします」
「ルコです。本日はよろしくお願いします」
くりくりした目にふわふわな金色の髪をしていて、エルフのように長い耳が特徴的で可愛らしい女の子だ。
が、いかんせん表情が変わらず真顔なのがちょっと怖い。
「付いてきてください」
一瞬、彼女は俺に対して目で合図をすると階段を降りていった。
「え、棺は?」
「大丈夫ですよ、棺はカラクリで下に下ろせるようになっています。先に進まれてください」
ダビド神父が祭壇の仕掛けスイッチを押すと、床が揺れて棺が下へ降りていった。
俺はその通りに彼女の後を追った。
階段の先は螺旋になっていて、結構深くまで降りるようだ。
ランタンを片手に持った彼女は、急に喋りかけた。
「あなた、転生者ね」
「…えっ、はっ? え?」
いきなりの指摘に俺は戸惑った。
何故そのことを彼女が知っているのだろうか。
「わたし、人のオーラが見えるの。勇者たちと同じオーラがあなたに見えたのよ」
オーラ…?勇者…?
なんのことだかわからず更に戸惑っていると、彼女は言った。
「わたしも転生者なの」
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