第3話『異世界のお葬式事情』
俺は今、異世界にある国の一つ、ポラド共和国にいる。
大陸の最南端に位置するこの国は、現在魔物たちが住んでいる国の隣に位置しているそうだ。
もともと人柄がよく、争いを好まぬポラド共和国の民達は、戦に敗れて流れ着いてきた多くの魔物たちを匿うようになった。
魔物の国とポラド共和国は友好的な関係を結んでいる。
ここには種族として、全て魔物ということにされている”獣人族”も多く住んでいる。
様々な種族の者たちが、手を取り合って暮らしてるのだ。
俺のことを助けてくれたシーシャとお爺さんは、特に人間が多い地区でお香屋を営んでいる。
この国は、少し暑い気候をしていることもあって、食べ物が腐りやすい。
そういった悪臭などを消臭するためにも、ここで売っているお香は生活必需品だそうだ。
近隣の獣人にも配慮するように抑えめに調合した天然ハーブのお香は大人気で、
ニオイに敏感な獣人族たちはキャットニップみたいなものを購入していくらしい。
また、調合によっては様々な効能を持つとされ、嗅覚をリセットするためや、自分の潜在的能力を引き出すことができるものなどもあるんだと。
漢方薬的な民間療法が、この国では重宝されている。
ためしに商品棚においてあった、濃い茶色のお香を拝借してニオイを嗅いでみた。
んお!?この香りは… なんだか嗅いだことがある?
これは…葉巻のニオイ?
ナッツをローストしたような香ばしい香りが、鼻から脳を刺激する。
なんだか煙草が猛烈に吸いたくなってきた。
少年の体に乗り移っても煙草を欲する感じは変わらない。
このお香の原料をもらって刻めば煙草のかわりにならないだろうか。
喫煙者の必死の考えが頭を駆け巡る。
そんな馬鹿なことを考えていると、買い物に出かけていたシーシャが市場から帰ってきた。
「ただいまー!」
なにやらトロピカルな鳥と変な形をしたエグい野菜を両手いっぱいに抱えている。
「今日はトサカツツキ鳥の肉と新鮮なお野菜が手に入ったよ!さぁ、腕をふるっちゃうわよ!」
そう息巻くと、シーシャはさっそく調理に取り掛かった。
やっぱり見慣れない鳥や野菜を手際よくカットしていく。
見た目は悪い食材達だが、中身はそこまで悪くないようだ。
「ね、ねぇ、シーシャさん。あの豆を香ばしく炒ったようなニオイがする、アレなに?」
俺は目をキラキラさせながら、頭の中は煙草のことでいっぱいだった。
「んー?あぁ、あれは乾燥したソコナシソウを粉状に磨り潰して固めたものよ。お茶やお灸にも使えて、体内魔力量を調整してくれる私たちに欠かせないものよ」
ソコナシソウとは、地中深くまで根を張って大きな葉を付ける薬草の一つだ。
その名の通り、底が見えないほど根が伸びるらしく、根が枯れ果てるまで花を永遠に咲かし続ける長寿草だ。
栽培は放っておいても地中の水分を吸い上げて勝手に育つため、とても簡単に手に入るらしい。
「そうなんだ、じゃあソコナシソウの乾燥させただけの物ってもらえないかな?」
「別にいいけど?たくさんあるし。何に使うの?」
「ん…ううん、あの香りを嗅ぐとちょっと落ち着くんだ」
「そっか〜、乾燥した在庫が裏庭の納屋に吊るしてるから、少しなら持っていってもいいと思うよ」
「マジ!?」
これで煙草問題は解決しそうだ。
少年の体で喫煙するなんて、この世界でも非常識極まりない行為だと言われるかもしれないが、お香みたいに使ったと言えば指摘されることはないだろう。
それに、薬効成分が上手く働けば、本物の煙草なんていらなくなっちゃうかもしれないし…。
ルコ少年と、全世界の嫌煙者の皆さんには悪いが許してくれ!
きっとこの中毒からいつか抜け出してみせる!
アホみたいな煙草脳で俺のワクワクは止まらなかった。
食事の後にちょこっと拝借して吸ってみよう。
シーシャが料理を終えるとタイミングよくお爺さんも戻ってきた。
朝ごはんは肉をサイコロ状にして香辛料と一緒に煮込んだスープと、野菜のサラダだ。
ちょっと物足りない感があるが、病み上がりにはありがたい気遣いである。
「いただきま〜すっ!」
「どうぞ召し上がれ〜」
「ワシもいただこうとするかのう」
あれから何も食べてなかったから、味覚や舌が研ぎ澄まされて味は数倍にもウマく感じた。
少年の健全な体がそうさせるのかもしれない。
そして温かいスープが五臓六腑に染み渡る。
「ふは〜うまい!!おいしいなぁ」
「フフフッ、ルコったら可愛いっ おかわりたくさんあるからたんと食べてね」
シーシャは美味そうに食べる俺の顔を見て、笑顔になった。
どんな状況にせよ、飯はやっぱりうまいに限る。
シーシャの料理に舌鼓をうっていると、爺さんが話をし始めた。
「ルコや、おぬしの父さんのことじゃが〜」
「あっ…」
俺はスプーンをポロッと落とすと、重大なことを忘れていたことに気づいた。
そういえば、異世界での葬儀とかどうするんだろうか?
日本の基準でいくと、坊さんを呼んだり通夜と葬式に墓を契約したりとやることは山積みだろう。
しかも相当な金がかかると思った。
やばい、どう考えても無一文な今の俺には厳しい。
かといって爺さんに金を借りるってのも、これ以上は世話になれない。
ルコの親族とかがいれば良いんだが、今は天涯孤独の身だ。
「送り身の儀を済ませたら、星の大樹エステルに還そうと思うておる」
「星の大樹?」
「太古の昔、この世界に無数に降り注いだ星屑からなる樹のことじゃ。ワシらの祖先はそこから産まれ、そこへ還るとされておるんじゃ」
話を噛み砕くとこうだ、この国の神話では神が花さか爺さんのように空から多くの星を降らせた。
その星々はやがて大樹となり、複数の巨大な実を育てた。
数千年の時間をかけ、その実は様々な種族の二人の男女をこの世に産み出した。
よくファンタジーであるような”世界樹”の概念と似たような感じだ。
そこから繁殖していったものが、今の全種族の根源といわれてるらしい。
だから、人間も魔物も産まれた星の樹へ最後は還すのが全世界の習わしとなっているそうだ。
ちなみにお金がかかるのは、教会でやってくれる”送り身の儀”というものだけらしく、あとは星の樹のもとに埋葬するだけである。
この世界にはそれぞれの国家ごとに、ユニークな星の樹が存在する。
例えば、俺が今いるポラド共和国にある星の大樹エステルは、土属性を司る大地と強く結びついた大樹だ。
ちなみに火属性の星の大樹は火山地帯にあり、水属性は海にあるらしい。
そしてその属性というのは、さっきみた本に書いている魔力の属性にかかわってくる。
つまり、どの大樹から産まれてきたかで孫の代まで属性が決まってしまい、この世界の全ての人たちが全員魔法使いと言える。
常人は、シーシャのようにチャッカマンみたいな火を出したりすることが精一杯だが、
それを補って余りある”ユニークスキル”を持つものがまれに存在する。
今思えば、聖者コパもその一人だろう。
それでも、複数の属性を一人の者が持つことは過去に例がなく、異なる属性同士が交わりあったところで子供が生まれることはないため、自然と同属性の結婚がポピュラーとされている。
1つの家系に属性は決まったものしか受け継がれない方式である。
あと気になるのは、土属性の星の大樹に風属性であるルコの父ちゃんを還しちゃってもいいのだろうかという疑問。
俺はそのままお爺さんに質問をしてみた。
「うむ、数百年前では考えられんことじゃったそうだが、今では全ての星の大樹は地底で繋がっておるようなのじゃ。そのおかげで他の土地で亡くなった者でも、結果的に自分の故郷の大樹にその身を還すことができるようになったのじゃ」
なるほど、それなら安心である。
ルコの父さんは、爺さんの手回しで既に教会へ運ばれており、儀式も済ませて葬儀を待機してくれていた。
「おぬしが動けるようになるまで待っておったからのう、急かすようで悪いんじゃが飯を食うたらすぐに教会へ向かうぞ」
「はい、お願いします」
俺はシーシャの飯を綺麗にたいらげると、教会に行く準備を始めた。
煙草は帰ってきてから、夜更けにこっそり吸ってみよう。
ーーー
俺は身を清めるため、店の庭先で湯浴みをしていた。
この世界はドラム缶風呂みたく、お湯を薪で沸かしてかぶるという風呂事情のようだ。
釜で炊いたお湯を井戸水で割るのが面倒くさい。
「ルコ、湯浴みが済んだらアタシの部屋に来てねー」
「あ、はーい! あともうちょっと―」
ルコ少年の体に付いた薄い傷跡を確認しながら、水滴をタオルで拭いていく。
生きているのが不思議なぐらいの重症だったことを思い返すと、また少し手が震える。
他の着替えを持っていない俺は、タオルマントと呼ばれる”着るタオル”を羽織って彼女の部屋へ向かった。
「これね、私の弟が子供の頃に使っていた礼服なの。ルコに着てもらおうと思って」
その子供用の礼服は、ベレー帽みたいな帽子に立派な赤い羽を付けたものを頭に被り、赤と黒の色が映えた美しい布で作られたものだった。
「これちょっとサイズ大きいかも…」
試着をさせてもらうと、一回りぐらいサイズが大きかった。
しっかりと着こなせれると、ちょっとした軍隊の礼服コスプレみたいで格好がよさそうだ。
「ううん、大丈夫。この服はね、魔力を込めるとある程度伸縮が自在にできる特殊な繊維で編み込まれているの」
「魔力を…込める?」
「そう、魔力を服に込めると来ている人の体にフィットするようになってるの」
「シーシャさんの属性は火で、弟さんの属性も火だとすると、風属性の僕じゃダメなんじゃないの?」
「それも大丈夫。属性は関係なくて、使うのは純粋な魔力だけだから」
「だとしても、魔力とか魔法とかさっぱりなんだけど…」
「あ、そっか」
ルコ少年の体に乗り移ってから、シーシャの簡単な火の魔法やお爺さんの浮遊魔法とかを見たことはあったが、自分で魔法を使ってみたことはまだ無かった。
というか、五大元素の本を読んでもやり方がさっぱりわからんかった。
やっぱり感覚的な要素が強いんだろうか?
「うーん、どうしようかしら。私の場合は体中に温かい炎が血のように流れるイメージで発動するんだけど、風はわかんないなぁ…」
「あっ、そういえばお爺さんって風属性なんじゃ?」
「そっか!お爺ちゃんに聞けばわかるかもしれないね!」
俺達は爺ちゃんを呼んで魔力の使い方を教わることにした。
内心はちょっとドキドキしている。なにせ初めて魔法を使うのである。
「二人とも用意はできたのかのう?」
「あっお爺ちゃん!良いところに来たわ。ルコに魔力の使い方を教えてあげてよ」
「うむ?」
「魔力を使わないとこの服がちょっとぶかぶかで…」
「ホッホッホ。いいじゃろう、ちょっと上に来なさい」
そう言うと、お爺さんは俺を屋上に連れて行った。
風の魔力を使うには屋外に出なければいけないんだろうか?
「まず、風魔法はシーシャのように体から直接生み出すことはできぬ。今もこうして吹き荒れる自然の風エネルギーを掴む感じじゃ」
「風のエネルギー? 掴む???」
やっぱり感覚的すぎてちょっと俺には理解できない。
はじめから上級すぎないかこれ…。
「まぁなんじゃ、風を横になびく糸のように思うと良い。風の吹いている方向に糸が垂れていて、それを手でつかむイメージじゃ」
「な、なるほど… こ、こう…?」
言われたとおり、目を閉じて風の糸を掴むイメージをしながら手を伸ばしてみた。
すると、手のひらにあたっていた風が手のひらを包むようにして広がっていき、体を巻き込んで優しく吹き荒れた。
同時に着ていた礼服もしゅるしゅると布を擦り合わせながらサイズ調整をし始めた。
「うむ、あの父にこの子あり…じゃな。上手く魔力を制御できておる」
あれ、俺って実はすごい?
爺さんは高等であろう浮遊魔法を使えるだけあって、教え方も上手だ。
そのおかげかもしれないが、礼服のサイズも文句なしにぴったりフィットした。
お爺さんとシーシャもそれぞれの礼服を着て用意が出来た。
シーシャは弟さんの洋服とは少し系統が違うが、赤と黒の綺麗なドレスが似合っている。
いつもの帽子は被っておらず、今日は黒のベールのようだ。
爺さんは仙人のように真っ白なローブに緑の文様がかかったものに、木の杖という具合。
こうして3人を並べると、今から戦いに行くパーティーに見えなくもないのは気のせいだろうか。
俺達は星の樹エステルの麓にある土の教会へ足を運んだ。
<第3話『異世界のお葬式事情』 おわり>




