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晴れ男の気持ち、雨女の涙

起きるともう昼前だった。

 そういえば今日は朝早くからお母さんが出かけるから起こす人が誰も居なかったんだ。

 久しぶりの一人。遊びに行くのもめんどくさいから宿題でもしようか。

 そんなことを考えていた。

「お風呂、入ろ」

 日課の朝風呂。今日はちょっと昼風呂って感じだ。

 いつものようにバスタオル一枚で遅めの朝食を食べる。

 静かなものだ。

 せみの声しか聞こえない。ほかは、何にも聞こえない。

「ピンポーン」

 突然、機械音がしてはっとする。

 誰だろう。宅配便かなあ。

「はーい」

 その場においてった適当な服を着て、印鑑を片手にインターホンの受話器をとる。

「宅配便でーす」

 あ、やっぱり。予感が当たって香織は内心嬉しかった。

 ドアを開ける。

 ……閉めた。

 見間違いだよねと思って、もう一度開ける。

 ……閉めた。

「おいー。なんで開けたり閉めたりするんだよー」

 ……ケン。

「……なんで来てるの。ていうか、あんた宅配便って何よ」

「え、だって、健ですって言ったら、お前出てきてくれない気がして。

 あ、でもお母さんに言ったら大丈夫だったかな。

 ……ていうかさ、ものすごく悪いんだけど、トイレ貸してもらっていい?

 やばいの。我慢できねーのよ」

 あつかましい奴。全然懲りてないんだから。

「何にもしないって約束するんだったら入れてあげてもいいけど」

「する、する。約束します」

「……じゃあ、上がっていいよ、別に」

 あたしって何でこんなに甘いんだろうか。香織は大きくため息をした。

 でも、ずっと思っていたことがある。

 胸の奥のずーっと奥が。痛い。

 この気持ちは、何?

 もしかしてこれが?

 分からない。でも、可能性は……ある。

「……あれ。なあお前の母さんまだ寝てるのか?」

 トイレから出てきたケンが言う。 

「ううん。今日はなんかの用事で朝から出て行った」

 言って、気付いた。

 何て迂闊なことをしたのだろう。

 この変態と……香織が二人きり。

 でももう手遅れである。もうすでに変態は香織の家の中に入っているわけなのである。

「ね、ねえ。あんた、なんでうちに来たのよ。

 なんか用でもあるの?」

「うーん? 別にないな。だめ?」

「用事もないのに何でうち来るのよ。馬鹿じゃないの」

 そう言いながら、香織は今の自分に戸惑っていた。

 この気持ちは、何?

 不意に、ケンと目が合った。いつもの調子ならなら「こっち見るな」

 くらい言えるはずなのに。

 そらせなかった。吸い込まれるような黒目に、本当に吸い込まれそうだった。

 今、分かった。

 自分のこの気持ちの正体。会ったときからそれは分かっていたのかもしれないけど、

 今、分かった。

 恋。

 好きだという。こと。

 そうと分かると、急に恥ずかしくなってきた。

 二人で居ること。

 いまだに目がそらせないということ。

「もう、無理だ」

 突然、目をそらされて戸惑う。

「馬鹿だよ、お前……。馬鹿だ」

「何よそれっ。馬鹿はあんたでしょ、バカっ」

 さっきまでのときめきを返せと思う。

「じゃあ……そろそろ帰るわ、俺」

 そそくさと立ち、リビングを出ようとするケン。

「やだっ。待って」

 反射的に、香織はケンの足首を掴んだ。

 どかん。そんな音と共にケンがうつぶせに床に激突した。

「あ……ごめんなさい」

 そう言うと共に、帰らないでという心の中の叫びが、聞こえてきた。

「何で、引き止めるんだよ」

「え?」

「勘弁してくれよ、何で引き止めたんだよ、バカっ!」

 とっさに答えていた。

「好きだからに決まってんでしょ、このクソバカっ!」

 リビングが、静まり返った。

 時間が止まるというのはこのようなことなのだろうか。

 悔やんだが、もう遅かった。

「……ははっ」

 突然、ケンが笑い出した。

「お前、冗談うまいな。俺は今から用事なの。好きなら初めから言えばいいのに。

 可愛いやつだなあ。ははは」

 え、と香織は思う。

 さっきの雰囲気は、嘘じゃなかったはずだ。

 何故、どうしてそんな事言うの。

「……もういいっ。

 帰れ、バカっ! 用事があったんだったらうちになんか来ないでよっ。

 あんたなんか大嫌い、最低!」

 振り返らず、ドタドタと二階へ駆け上がり、自室の鍵を閉めた。

 ムカつく。ほんと、意味分からないやつだと思う。

 なのに……。

「何で……。嫌いにならないの……。ムカつくのに」

 いつの間にか、泣いていた。

 香織自身も気付かないうちに、泣いていた。

―コンコン―

 部屋のドアがノックされた。

「なあ……」

「帰ってよ……。何か、もうやだ」

 言いながら、心の中では帰ってほしくない。そう思っていた。

「用事があるんでしょ、帰ってよ」

 言うな言うなと思えば思うほど、言ってしまう17歳。

 何も、聞こえなくなった。

 帰っちゃったんだ。あんなに帰れって言ったんだ。帰るに決まってる。

 香織は、ため息をつくと立ち上がった。

 ドアノブに手をかける。

 ケンが居ないのなら、自室に居る必要はない。

 リビングに戻ろう。

 そう思って、ドアを開けた瞬間。

「騙されたなー」

「きゃあっ!?」

 居ないと思っていた人間の腕の中に、香織は居た。

 抱きすくめられている状態。

 抵抗しても、その手は少しも緩むことがなくて。

「いやだ……。……離して」

「離さない」

「何でこんなことするのよっ。バカっ」

 必死にもがく。けれどやっぱりその手は少しも緩むことがなくて。

「好きだからに決まってんだろ。クソバカ」

 優しく言われて、香織は一瞬にして抵抗ができなくなってしまった。

 力を抜いた瞬間、もっと強く抱きしめられて

 もう何が何だか分からなくなってしまう。

「じゃっ。俺そろそろ帰るわ」

 そう言って、次は本当に、ケンは帰ってしまった。

 香織はその場から動けず、玄関のドアが閉まる音と同時に床にぺたんと座り込んだ。

 帰り道、やけに歩くスピードが速くなる。

「好きだからに決まってんでしょ、クソバカっ」

 その言葉が頭から離れなくて。

 何が何だか分からなかった。

 この何年間か、こんな気持ちになったのは久しぶりで。

「告白……。俺からするとか、まじどうなってんだよ、自分」

 呟きながらも、自分がどうなってるかくらい、健にも分かっていた。

 あの子に、惹かれている。他人以上のことを求めている。

 それは確かな事実だった。あの子が、欲しいと思っていた。

 そんなことを平気で思う自分に腹が立つ。しかし、これは変えようのない事実で。

 否定しようとすればするほど、あの子に対する気持ちは反比例して膨らむ。

「まだ17だぞ……。どうすりゃいいんだ」

 そんなこと、健には分からなかった。


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