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矛盾、晴れ男の傘

「最低……最っ低」

 痛くてほとんど進めない足を必死に引きずりながら香織は歩いていた。

 どうして、こんなことになったのだろうか。

「あたしが……雨女じゃなかったら……。

 Tシャツなんか借りなくて良かったのに」

 馬鹿みたい。香織は呟く。

「……痛い……」

 家までまだ少しある。

早く帰らないと、早く帰らないとまた……。

 遅かった。

「なんで……降ってくるのさ」

 雨女。

 雨は強さを増して。

 悲しいほどに強さを増して。

「どうしてっ……こんなみじめな思いをしなくちゃならないのさっ……

 あたしが……何をしたって言うの……よ」

 香織の声は、小さな呟きのようにしか聞こえなかった。

 途端、雨が止んだ。

 いや、香織の目にはとどまることのない雨が降り注いでいた。

「傘……?」

 はっとした。

「何にもしてねえよ、お前は。なーんにも悪くない」 

 なんで……のこのこと。よく来れたよね。

 そんな言葉が頭の片隅に浮かび上がったが、心の中はそんな気持ちじゃなくて、

 もっと違う気持ちが、今の香織の中にはあって。

 少なくともそれは、嫌悪とかそういうものじゃなくて。

 一言で言うなら、とてつもない安心感。

「さっきは、ごめんな」

「許さない」

「許さない……もん」

 下を向いて言った。言うしかなかった。

 しばらく沈黙だった。が、ケンが口を開く。

「送ってく。家、知ってるし」

 いやだって言いたかった。いらないからどこかへ行ってと言いたかった。

でも、なぜか香織はうなずいていた。

「……お姫様抱っこはやだ。絶対」

「え、じゃあおんぶは?」

「やだ」

「じゃあ抱っこ」

「絶っ対やだ」

「……じゃあ」

 ふと、手が繋がった。

 軽く、だけど力強く。

「これは?」

 微笑まれて、香織はまたうつむく。

「……これなら、いい」

「隙アリッ」

 その瞬間、香織は掴まれた手をひょいと持ち上げられてなぜかおんぶされた状態になってしまった。

「やめてっていったじゃん」

 ばたばた暴れる香織。にこにこ笑うケン。

「アホか。そんな足で手繋ぐだけで歩けるわけねえだろ。

 それくらい分かってるつーの」

「……」

 そう言われると何も言い返せない。

なぜか、天気は曇りになっていた。

 変態なのに。この背中の安心感はなんだろう。

 安心なんてしたら、だめなのに。

こっくりこっくり。

 香織は、だいぶ疲れていたのか、ケンの背中でいとも簡単に眠ってしまった。

「なあ。おい?」

 耳元でスースーと聞こえるので、何かと思って声をかける。

「寝てるのか?」

 聞いたが、返事がない。十中八九寝ている。

「さっきまであんなに警戒してたのに。

 よく寝られるなあ。息、近い……。

 ……やべ。理性もたねえ」

 健は足を速めた。灰色だった空には青が見え始めた。

「おい、起きろ。着いたぞー」

 香織の家に着いたので、起こしにかかるが、熟睡してるようで

全く起きる様子がない。

 仕方ない。健は思い香織の家のインターホンを押した。

「はい?」

「こんにちはー。健です。

 お届けものに参りましたー」

「あらっ。健君? 久しぶりねえ。上がって頂戴」

 お言葉に甘えて、久しぶりに健は家に上がった。

「え? 香織? 寝てるの?」

 戸惑った表情の香織の母。そりゃあ無理もない。

「ええ。まあいろいろとありましてね……あはは」

 とても自分が香織にキスしたなんて事は言えない。

「そう。わざわざ送ってくれたの……。ごめんなさいね、どうも。

 あ、お礼に昨日作ったチョコレートケーキあるけど、どう?」

 チョコレートケーキ。それは健の大好物である。

「まじっすか! 頂きます」

「はいはい。健君も変わらないわね。まだまだ子供」

 ふふふと笑って、キッチンへ行く。

「あ、香織、そこのソファーに降ろしてあげてくれる?」

 にこやかにそう言う。声に従って、素直に降ろす健。

 降ろした瞬間、ぱちっと目が覚めた。

「うわあっ! 何で居るの、この変態!」

 何事かと、母が駆けつける。

「どうしたの? そんな大声出して」

「い、いえ。なんでもないです、あはははは……」

 しどろもどろに健が答えた。

「そう? ま、いいや。持ってくるから待っててね」

 キッチンに戻る。

「……あ、送ってくれたんだった」

「忘れてたのかよ」

 二人きりになって、妙に小さい声で話し出す。

「何にもしてないでしょうね、あたしが寝てるとき」

「……してないに決まってるだろうが」

 理性が飛びそうになったことはあえて言わない。言えない。

「はい、お待たせ」

 チョコレートケーキが運ばれてきた。

「わお! おいしそう。頂きまーす」

 ケンは待ったなしといった感じで、もうフォークにケーキを突き刺している。

 香織もケーキをフォークで切って、一口、口に入れた。

「美味しいっ。やっぱお母さんのケーキ最高だあ」

「うん、美味しい。マジで美味しい。」

 二人にほめられ、とても嬉しい母なのであった。


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