晴れ男について
「おいおい、それ俺が明日着ていきたかった服なんですけど」
そんなに怒ってもいないといった表情で言うのは、晴れ男。
「だって、仕方ないでしょ。
ずぶ濡れで雨宿りしてきたのよ、その子。かわいそうじゃない」
「まあいいや。違う服で我慢するからさ。
つーか、俺今日これで上がってもいい?
夏休みの大学の論文が……」
「いいわよ。もう上がって。家に帰ったらお風呂、沸かしておいてね。よろしく」
そう言うと母は、電話が鳴ったのに気づき、足早に一階に下りていった。
「お風呂ですか。はいはい」
一人でそう呟き、小さいエナメルバッグを片手に水川 健は喫茶店を出た。
母が言うには、昨日の雨でずぶ濡れになった林さんの娘に自分のTシャツを貸したらしいけれど。
それはなんとなく健のお気に入りのTシャツで。
明日友達と行く予定の遊園地に来ていく予定だった。
でもまあ、別にいいか。
それよりも、明日だ。
何故大学にもなって、成人にもなって、別に好きでもない遊園地に行かなくてはならないか。
今の季節、夏だ。
健は東京の大学で一人暮らしをしていて、夏休みだと言うことで
地元の京都に帰ってきていた。
高校からの友達とも再会でき、調子に乗って呑みすぎていると、
成り行きで、遊園地にでも行こうかという話になった。
友達は3人で、健は酔っていたことだからと行く気でも無かったが、
その3人が行く気満々らしく、仕方なしに承諾した。
しかし、夏はその遊園地には期間限定のお化け屋敷がある。
それも、もうものすごく怖いと有名な。
秘密にしていたが、健はそういうお化け屋敷とかいうモノが
大の苦手で、ほかの3人はとても好きだと。
家に入ってお風呂を沸かしながら、健は大きくため息をつく。
「めんどくせーな」
そして、ふと思う。
久しぶりに、なんか恋がしたい。
恋愛にはうまくいく方だった。
自分が何も行動しなくても、相手が寄ってくるのだから。
普通にデートして普通に一泊して、普通に別れていた。
もう最近は、恋というものに慣れてしまっていた。
「ああ、誰かの愛が欲しい」
言って、馬鹿なことを言ったと、一人むなしく後悔していた。