~イースト・エレクト~
―徒歩覚悟の千円をサンドにぶっこんだ、バカ野郎達に捧げます―
「俺達はな、狂ってるんだよ。」
轟音が支配する環境の中、確かに聞こえた声。
今となってはそれが誰の声かは分からない。
ゴローのジャグラーは「ガコッ」という音を立てた。
頭の中では「ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?ビッグだぞ?・・」と電子機器に問い掛ける。
630回もドラムを廻して、もしバケだったら・・・。
―悪い予感とは的中する―
無常にも赤い「7」が二つ並び、その隣に黒い塊が停止する。ゴローは渾身の力で、ピエロの絵が描かれているプラスチックのパネルを引っ叩いた。
台パンである。
考えてもみて欲しい。この機器を630回廻すには約二万円掛かるのだ。二万円あれば何が出来るのだろうか。
美味しいものや洋服、家具・家電、ああ、旅行もいけるな。
そうだ、お母さんにカーネーションや、お父さんにネクタイなんかも買ってやれる。
スロットに打ちのめされた人間は、誰よりも優しい。そして、誰よりも弱い。
ゴローは受け皿に散らばる数十枚のメダルを眺めながら思った。
「待て。630回も嵌ったんだ。『ごめんねジャグ連』があるはずだ。頼むぜ。ピエロ。」
三枚メダルを入れる。レバーを引っ叩く。ボタンを押す。三つ目のボタンを親指でネジネジする。
「頼む。ジャンバリを聞かせて・・」
「無駄だよ。お兄さん。」
「?」
ゴローは親指を離して、右隣を見た。鉄火場のホールには珍しい美しい女だった。
キャップを被ってはいるが、大きい目が印象的で、ロンTから覗く白い肌は新雪の様にペカっていた。
表情を一切変えず、台に向き合った彼女は、目にも止まらぬ速さでDDTを行っている。
「さっき台パンしたろ?あんた。ピエロが泣いてるよ?」
そういって彼女は三つ目のボタンを離した。それと同時にゴーゴーランプが静かに点灯した。
彼女は「7」を揃えるより先に、受け皿にギュウギュウに詰まったメダルを、ドル箱に流し込む。
メダルがドル箱の底を叩く音は二面性を持っている。
自分のドル箱ならば心地良い音なのだが、他人の奏でる音は不協和音のソレである。
彼女は受け皿にあったメダルを全てドル箱に流し込み、台の上に置いた。
そして一枚掛けをして、レバーを叩いた。
ゴローはその様子を見ながら、
「バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。バケこい。」と邪念を送った。
「7」
「7」
「7」
「ちくしょおおおおおおおおおおお!店長ボタンだろ?女だからってビッグばっかり出してんじゃねーよ!なんでこいつばっかり!ずるい!ずるい!ずるい!ずるい!」
もちろん心の叫びなのだが、ゴローの表情は不動明王のソレであった。
ゴローは受け皿にあったメダルを全て使い切り、台パンをして帰ることにした。
ホールの監視カメラを睨み付け、「くたばれ」と言い放つ。
満面の笑みを浮かべた店員の横っ面をはたいてやりたかったが、そんな度胸はない。
元を取るためにサービスで設置してある、消臭剤をこれでもかと自分の身体に浴びせ、店を出た。
―残金325円。20代中頃の男の財布の中身ではない。これでは米も変えない。
しかし、ゴローは腹が減っていた。
昼起きて、ホールに行ってから何も口にしていない。空腹を紛らわす為にコーラを買う。
空きっ腹に流し込むコーラは程よい刺激と、満腹感を与えてくれる。
嘘の満腹感ではあるが、世界なんてものは嘘で溢れているし、
真実はなかなかお目にかかれるものじゃない。
全六、イチオシ、おすすめ、強化機種・・今までどれだけ騙されてきたのであろうか。
出来ることなら地球に台パンしたい。そんな思いを描きながらゴローは家路を辿るのであった。