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この場での「タマ」はダブルミーニングである。

大魔王城最上階、天守閣。

実質的には魔王の執務室でもある。

天守控室と階段を取り囲むようなその空間は、有事の際は見張り台としても使用されるため、調度は少ない。

あるのは黒檀で出来た恐ろしく出来の良い執務机と一組の応接セットだけ。

その殺風景な部屋の窓際に魔王は立っていた。

控室から聞こえていた戦闘騒音は、少し前から止まっている。

と、控室に続く扉がこんこんとノックされた。


「どうぞ」


と魔王ギュスターブは自ら答えた。

扉の向こうから姿を現したのは破れたドレスを適当に身体に巻きつけたアシュリー姫と、意外なことにメイドの一人、黒髪メガネであった。

黒髪メガネの後には、ティーワゴンを押す金毛赤目。

それを見た魔王はピクリと片眉を上げた。と言っても、その表情はフードに隠れてよく見えない。


「失礼致します、陛下。ご覧のとおり、アシュリー姫殿下がお見えです。陛下とお話をなさりたいとの仰せでございます」


黒髪メガネが落ち着いた声で告げた。

先ほどの激戦を示すものはすこしばかり破けたメイド服だけ。

何をどうやったのか、メイドたちもアシュリー姫も、埃をかぶったふうには見えない。

魔王は応接セットを手のひらで指し示し、アシュリー姫は軽く会釈してソファに腰かけた。


「イライジャ、私にはいつものを。殿下にはカモミールを」


「承りましてございます」


魔王はメイドたちに茶の支度を命じると、アシュリー姫の対面に少し脚を開いて腰かけた。

アシュリー姫がその気になれば、足を一振りするだけでお○んぽをもぎ取られてしまう距離だ。


「さて、アシュリー姫。改めてご挨拶をいたしたい。第4代魔王、ギュスターヴである。先ほどは失礼にすぎる挨拶にて失敬した。そのせいで随分と苦労をかけたようですな」


「夜分遅く失礼致します、魔王陛下。アシュリー・シェパーズラントです。いかにも、先ほどの捨て台詞には些か憤慨しております。私はかまいませんが、私と楽しんでくださった皆様が気の毒ですわ」


「それは姫の言うとおりだ。のちほど彼らの献身に報わねばならぬ。もちろん姫に咎はない。すべての責任は私にある」


「そのお言葉が聞けて嬉しく思います」


二人はアルカイックスマイルを浮かべながら、王族とは思えぬ抜身の言葉をぶつけあった。

通常ここまで直接的な言葉のやり取りというものは、貴族ならば行わない。

一国の命運を担う王族ともなればなおさらだ。

どんな言葉尻を捕まえられてあることないこと言われるか、はたまたどんなことが起こるかわかったものではないからだ。

しかし二人はお構いなしに次々と言葉の刃を投げつけあった。


「さて姫よ。ここまでその筋肉で我が配下を打ち破ってきたにも関わらず、なにゆえいまさら対話を求めるというのだろうか。いまならば我がお○んぽと言わず首と言わず、切り取り自由であろうかと思うが」


「そうして欲しいのならそうして差し上げます。なれど、陛下もこうなさりたくて私をさらったのではないと、ご近習より伺いましたので」


「ふむ」


と、魔王はメイドたちをちらりと見る。

茶を配膳するメイドたちは、ふたりとも少しばかり縮こまってしまった。

はぁと溜息を一つついた魔王は、メイドたちに命令を下した。

先程までとは打って変わって、少々乱暴な態度だ。

声音までも違っている。


「例の資料を――それからケーキだ。とびきり甘いやつ。昨日俺が残しておいた奴があるだろう。それと、敷物とクッションを。つまみも要るな。爺も呼べ」


訝しむ目つきのアシュリー姫。


「飲めよ」


「え?」


「毒なんか入ってない。熱いうちに飲めよ。話を聞きたいんだろう?一切合切打ち明けてやるから、まずはそれを飲め」


魔王は努めて何でもない風を装って喋ってはいたが、それは紛れも無い命令であり取引であり、魔王の決意表明だった。

メイドの淹れてくれた茶を飲まねば、お◯んぽをもがれようがタマを取られようが何もしゃべらない。そういうことだ。

言わずもがな、この場での「タマ」はダブルミーニングである。

承服したアシュリー姫はこっくりとうなづくと、ティーカップを口につけた。


「……あ!」


一口飲んだアシュリー姫は驚きに目を丸くした。


「おいしい……」


それを聞いた魔王は、闇のようなフードの中でにっこりと笑ってみせたのだった。




「さて、本題にはいろう。なぜ俺達が君をさらってお○んぽ堕ちさせようとしたか、っていうのはその資料がヒントだ」


メイドたちが持ってきたふかふかの絨毯に寝そべりクッションにもたれた楽な姿勢で、魔王は同じようにくつろいだ体勢のアシュリー姫に羊皮紙の束を一束投げて渡した。

アシュリー姫はシルクのシーツを羽織り、ケーキをつつきながらそれを読んだ。

シーツは魔王の「目に毒だ」の一言で持ってこられたものだ。シワ1つ無く良い香りのする、丁寧に管理された上等なものだった。

バターとよく挽かれた小麦粉でできたケーキは昨日の余り物だというが、なかなか悪くはなかった。酒で戻されたドライフルーツとはちみつの甘みが激戦で疲れた体を癒やしてくれるようだった。

魔王がちょいちょいと手を振るとメイドたちも一斉に絨毯に座り込んだ。しかし背筋は伸ばしたままである。4人が4人ともチラチラと魔王を見たりアシュリー姫を見てはむっすりとするさまは、はたから見て微笑ましいものだった。要はメイドたちは魔王に甘えたいのだが、客がいるためそれも出来ない、そういうことだった。

あとから着替えてやってきた執事は、先ほどのあしゅらちゃんとの激戦を微塵も感じさせないこざっぱりとした姿だ。酒瓶とグラスを二つ携えている。どうするのかと思いきや、自分と魔王に酒を注ぎ、勝手に飲み始めた。

アシュリー姫が目を丸くすると、魔王は気にするなと言って自分もグラスを傾ける。




ややあって資料を読み終えたアシュリー姫は、羊皮紙の束をぽんと車座の中心にうっちゃると呆れた声を上げ、魔王は妙にすっきりしたかのような声音で答えた。


「つまり、あなた方は周辺の人類国家連合に脅されている?そのために私を拉致せざるを得なくなった?」


「要約がすぎるね。周辺国家連合との相互不可侵条約を盾に脅されかけているが、その圧力を和らげる工作の条件に、君を王位継承者の序列から引き剥がせと持ちかけられたのだ。拒否すれば飢え死にか周辺国家すべてを相手にした戦争しかない。どちらも御免こうむるから、君に苦労をかけてしまったということだ」


「同じことよ。それにしたってこれ、ひどいわね。塩の価格を現在の16倍に引き上げる、ですって?」


魔族領は内陸国であるため、塩の調達にいつも苦労している。

シェパーズラントとの戦いは、塩の価格のめぐる戦いでもあったといえるほどだ。

幾つもの領地を経て得られるそれは、ただでさえ元の価格の8倍以上になっている。

それを現在の価格の16倍にするというのだ。

問題はそれだけではない。


「毛織物、繊維製品の輸出関税は850%にされる」


「え、それじゃあアラクネア社の生地とか買えなくなっちゃうじゃない。ただでさえバカ高いのに」


アラクネア社の繊維製品は、その名の通りアラクネの糸で紡がれたものだ。

もともと熱に弱いアラクネの糸に魔法処理が施されたそれは、耐火性をも持っている。軽くて頑丈、肌触りもよく、女性の下着やドレス、紳士の服の裏地に特に需要が高い。

当然値段も張る。生地にもよるが、一番安い生地でも一反で百人隊全員分一ヶ月の給料と食費、防具と武具が揃えられるほどだ。


「にも関わらず、鉄鉱石と石炭の値段を下げろとのお達しだ。未だ公式には再開されていない君の国との貿易ならともかく、周りの国すべてからそう言われると実に辛いね。これはまだ交渉の土台だから決定事項ではないのだけれど、それでも外貨収入がほとんどなくなってしまうような関税比率にされてしまうだろう」


「……本気で潰しにきてるのね。何をやったの?我が家とあなた方ならともかく」


訝しむアシュリー姫に、魔王は迷うそぶりを見せた。


「これを聞けば戻れなくなるぞ。今私をぶん殴って出て行けば、君はまだ被害者でいられる」


「何を今更。冗談でしょ。私は『あしゅらちゃん』なのよ」


即答したアシュリー姫の真っ直ぐな視線を受け止めた魔王は、執事と目を合わせた。

執事は主人の意を受け、後を続ける。


「我が国の輸出品が繊維製品や各種鉱石だけでないのは、お分かりになりますか、殿下」


「……まぁ」


アシュリー姫はあの地下牢を思い出している。


あれ(・・)の顧客は魔族の貴族だけではありません。むしろ人間の顧客のほうが圧倒的に多いのが実情ですな。人間の欲求のバリエーションの豊富さには、我ら魔族一同まったく恐れ入る次第。お◯んぽ堕ちなんて序の口もいいところです、ただ性感を増させて脳内麻薬漬けにするだけですから。殿下を襲った彼らもまた、まだ幸運です。アレぐらいならまだヒトの欲望の範疇だと自分で自分をごまかすことができます」


そう(・・)される方はたまったもんじゃないわね」


「御意。ここではやっておりませんが、別の場所では地獄の悪魔どもですら目を背けるような《調整》が行われております。それをこなしてしまえる我々も我々、ですが」


そこまで言って執事はグラスの酒で唇を湿らせた。

アシュリー姫の瞳は怒りに燃えている。

執事は突然口調を変えた。


「ところで、我々が行なっているのは性的嗜好の書き換えだけではない。洗脳は当たり前のようにするし、無意識・無自覚のスパイをつくり上げることも朝飯前だ。これがどういう意味か、あしゅらちゃん、お主ならわかるであろう?」


言われてアシュリー姫は数秒考え、はっとした。

魔王たちを見回す。


「あなた方に性奴隷を依頼している者どもの本当の目的は、性奴隷ではない?」


「そういうことさ。おかげでウチの顧客リストは随分と面白いことになっている。人類国家同士でよくもまぁこれほどお互い疑心暗鬼になれるものだと、いっそ感心するね」


魔王がニヒルな笑みを浮かべながら答えた。


「ではあなた方も性奴隷を使って?」


「そうだ、と言いたいが、これは商売だ。商売道具を使って顧客に意趣返しをするのは商売の仁義に反する。正々堂々と、まっとうなスパイを使っておるよ」


「そう言われても信じがたいのがヒトの人たる宿命」

「各国はこの国ごと自分たちの秘密を隠して、いや、なくしてしまおうと考えているわけです」

「相互不可侵条約のために、ここまでひどい条件は飲めません。飲んだが最後、我々魔族は飢え死にしてしまいます」

「我々は人類世界から爪弾きにされたもの。これ以上の辱めを受ける謂れはありません」

「「「「飢え死にするぐらいなら我々は戦って死にます」」」」


魔族たちは闘志をみなぎらせて、アシュリー姫を見つめた。

そこに敵意はない。

敵意はないが、その瞳は雄弁にこう語っている。

邪魔をするなら一命を賭して排除する、と。


「とはいったもののだ。人類の軍隊の実力は先のシェパーズラントとの戦争で骨身にしみた。藩王国であれなのだ。人類国家連合250万の大軍と、まともにやりあう力は我が国にはない。戦争するのはいいだろうが、国民全員がまた奴隷や流浪の民になるのであれば、何のために魔王などと担ぎあげられているのかわからなくなる。臣民の生活を安堵してこそ魔王だからね。しかし当の国民は戦争も辞さないと吹き上がっている。そうしてほとほと困り果てている時に、シェパーズラントの王族から提案があったのさ。人類国家連合の圧力を減じてやるから君を私の性奴隷としてみせろ、とね」


「なんとまぁ。たしかに私は自分でも随分と出来物だとは思っているけれど、そこまで邪魔だったとは。適当な理由をでっち上げて縛り首にでもすればよかったのに」


アシュリー姫が呆れた声を上げると、即座に一同からツッコミが入る。


「いやぁ無理だろ」

「私が仕込みましたからな、はっはっは」

「毒はどうかしら」

「皮下注射じゃ刺された瞬間に排出しそうよね」

「経口毒なら?」

「樽いっぱい飲んでいただかないと効かないと思うわ」

「それでもどうだろうなぁ」

「私が仕込みましたからな、はっはっは」


「あなた達、私を何だと」


「「「「……あしゅらちゃん」」」」


聴いてアシュリー姫、盛大にずっこけた。

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