くどい顔つきである
アシュリー姫は第5階層に集まった将兵を無視し、同じように天井をぶちぬいて第6階層へとたどり着いた。
ひょっこりと床から頭を出した先は、ほかならぬ魔王軍指揮統制本部。
土煙のなかオペレーターたちが慌てて壁際へと退避する。
「さて、」
とつぶやき、適当なものを捕まえて天守への道を聞き出そうと脚を一歩踏み出したその時、
「待たれい!」
と背後から呼び止められる。
振り向くと壇上に下着一枚となった執事が立っていた。
「アシュリー姫、いや、あしゅらちゃん!魔王陛下のもとにたどり着きたくば、吾輩を倒してからにしていただこう!」
そう叫ぶと執事はリラックスしたポーズをとりつつ、全身に力をみなぎらせた。
ボン、と音が聞こえるほどの素早さで、もはや老人と言って良い執事の筋張った身体が膨張する。
全身くまなく鍛え上げられたその体は、体脂肪の存在を拒絶し、筋繊維の一本一本が皮膚に浮かび上がるかのようであった。
「なるほど」
つぶやいたアシュリー姫は執事に向き直り、同じようにリラックスした姿勢をとる。
「筋 肉! 変 身!!!」
張り詰めた筋肉が、その姿を現した。
執事とアシュリー姫、いやあしゅらちゃんによる筋肉の共演は小一次時間にも渡って続いた。
「喰らえぃ!フロントぉ~…ダブルバイセップス!」
ドギャアアアアだかメギャアアアアアだかよくわからない効果音を響かせながら、脂っこい笑顔とともに執事が上腕二頭筋を強調するポーズをとる。ナイスオールドという感じではない。
それを見たあしゅらちゃんは、なんだかよくわからない力で跳ね飛ばされ壁へとたたきつけられた。
横で見ているオペレーターたちにはダメージ皆無である。
「ぐぅっ……!さすがですわね……ならば!マ!ジ!カ!ルぅ~……サイドトライセプス!」
これまたズギャアアンだかドォーーンだかよくわからない効果音を背負いながら、半身になって上腕と外腹斜筋、太もも(の筋肉)を強調するあしゅらちゃん。かわいくない。
同じように壁にたたきつけられる執事。
横で見ているオペレーターはもう飽き飽きしていた。
ついでにこれを記述している筆者も、このシーンについてはまだそんなに書いてないのに飽き始めている。
「イヤー!」「グワー!」で記述できたらだいぶ楽なのだけれどそうもいくまい。
ついでに言えばどうせ血が湧き肉が踊るシーンを書くのであれば、こんな脂っこく汗臭い(というイメージだが実際のボディビル大会はそこまで脂っこくも汗臭くもない、でも観客も選手も基礎代謝高いので妙に蒸し蒸ししてる)シーンではなく、冒頭で可能性を示したような、こう、その、アレですよお客さん、ムチムチボインのパツキンチャンネーが触手だの何だのでいんぐりもんぐりされてイヤンアハンしたり、さもなければ人型兵器だというのに実体弾をドッカンバッカン撃ちまくるようなのがいいんですよ。あとオッサンが少女と恋に落ちるようなのな。フィクションの醍醐味大事やで。
わかって欲しいこの気持ち。
むしろ分かれ。
筆者がそんなことを思っていると、執事がゆっくりと身体を起こしながら
「ふふ……」
と笑みを浮かべた。くどい顔つきである。
「アシュリー、いや、あしゅらちゃん!XX染色体の持ち主でありながら、よくぞそこまで練り上げた!」
「師匠……!」
あしゅらちゃんもこれまた負けじとくどい顔つきで応えた。やっぱりかわいくない。
ついでに言えばふたりともずっとポーズを変えながら喋っているので、本当にくどいがちょっと面白い。
動画でお伝えできないのが残念である。
「師匠。私はなんとしてもあの男に直接問わねばなりませぬ。あやつのお◯んぽをもぎ取らねばなりませぬ。そこをおどき下さいませ!」
「あしゅらちゃんよ……この世界の不条理を嘆くそなたに筋肉魔法を教えたのは、そのように私怨を晴らすためではない。この世界に正義を、せめてものことまっとうな条理をもたらすためだ」
「魔王が私をお◯んぽ堕ちさせようとしたことは正義であるとおっしゃるのですか!」
「もう一度言おう。これより先に進みたくば!吾輩を倒すがよい!だがもし!ここでそなたが倒れることがあろうならば!陛下の御慈悲にすがることだ!!」
「……わかりました。もはや言葉は不要。推して参ります!」
「是非も無し」
二人は踊るようにポーズを変えながら、さらに筋肉を膨張させ始め、二人の中間点を中心に部屋の空気がうずまき始めた。
それをみてまだ部屋の中にいたオペレーターたちも流石にうろたえる。
「コォオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお」
二人の呼吸音が指揮統制本部に響き渡る。
渦巻く空気の流れの速さは、もはや暴風と言っても良い速さだ。
やがて二人の眼光がきらめき、全く同時に正対した。
手を頭の後ろで組み、やや前のめりになって全身を硬直させる。
「「アブドミナル・アンド・サイ!」」
二人の筋肉が硬直しきった瞬間、二人の中間で光球が発生し、ついで発生した衝撃波は周囲の人間をすべてなぎ倒してしまった。
オペレーターたちが再び目を覚ました時、ぽっかりと空き地のようになった指揮統制本部の中心には、もとのいささか淫靡にすぎる姿に戻ったアシュリー姫に抱きかかえられる、これまたもとの筋張った老人に戻った執事の力なくぐったりした姿があった。
その時「バルクが……」「カットが……」といった言葉が漏れ聞こえたそうだが、その場にいた誰にもどういう意味かはわからなかったようである。
第七階層、つまり大魔王城天守の控えの間に入った瞬間、殺気が周囲から襲いかかった。
すんでのところで身をかわし、左斜め後ろへ飛び退るアシュリー姫。
色んなとこがこぼれて見えてしまいそうである。
問題なのはこぼれて見えてしまうのが胸とかおしりならまだ良い、ということだ。
見れば周囲に四人、大きな死神の鎌を持つ見目麗しいメイドたちが立っている。
はらりとアシュリー姫の金髪が3本4本と床に落ちた。
「矛を収めなされませ、姫殿下」
「そうした為さりようは陛下は好みませぬ」
「まずは穏便に」
「お話し合いにて決着を」
金毛赤目、銀髪褐色、色白とんがり耳にメガネの黒髪。
ロングスカート、長袖、エプロンに身を包んだ可憐なメイドたちが順番に言う。
「断る、と言ったら?」
アシュリー姫の額に汗が一筋流れ、メイドたちは一斉に応えた。
「お命頂戴仕る!」
5人の動きはまるで暴風だった。
広い控室の端から端まで駆け巡り、床という床、壁という壁が傷ついていった。
アシュリー姫は次々に繰り出される攻撃をいずれも的確にかわし続けていたが、メイドたちの素早い連続攻撃になかなか反撃出来ず、往生している。もとから少なくなっていたドレスの生地がさらに少なくなっていた。
アシュリー姫、いやあしゅらちゃんの筋肉であれば彼女たちの鎌の刃も通らぬであろうが、筋肉変身する暇を全く与えられない。
メイドたちの動きに隙や迷いといったものは一切なく、一つの刃をかわせば必ず二つ以上の刃が彼女の急所を狙って回避軌道上に置かれている。
常人を遥かに超えるとはいえ、アシュリー姫よりはかなり劣る速度や威力といったものを、高度な訓練の積み重ねによる的確なチームワークで補完しているのだ。
メイドたちは徐々にアシュリー姫を追い詰め始めた。
「絶対に!」
「陛下のもとへは!」
「「行かせない!」」
次々に刃を繰り出しながら、メイドたちは吠えた。
「くっ……あなた達はなぜ彼に忠誠を!」
アシュリー姫の柔肌にメイドたちの刃が届き始め、紅の筋が一本二本と刻まれていく。
そのたびに傷口がわずかに痺れ、動きがほんのごくわずかずつ遅くなってしまう。
あの触手博士の薬物が、メイドたちの武器に塗られているのだ。
排出できるならどうということもないが、変身出来ない今では大いなる脅威と言えた。
「陛下は奴隷の私達を愛してくださった!」
「陛下は私達を地獄から救い上げてくださった!」
「陛下は私たちに未来を示してくださった!」
「陛下のお◯んぽは!」
「「「「私達が守る!」」」」
メイドたちは完璧に同じタイミングで、正面からドロップキックをアシュリー姫に見舞った。
アシュリー姫は真後ろに吹き飛び、丈夫な壁にまともに激突した。
壁に塗られた漆喰が衝撃で剥がれ落ち、盛大に土煙を上げる。
メイドたちは間髪入れずに崩れ落ちかけたアシュリー姫に駆け寄り、四方から攻撃を繰り出す。
かろうじて避けるアシュリー姫にメイドたちが吠える。
「私達だけじゃない!」
「魔族だけじゃない!」
「陛下は人間の戦災孤児や戦災集落にも」
「御慈悲を与えて下さって居るわ!」
「「あなたの父王にそれが出来て!?」」
「「人間の国は『わたしたち』を見捨てたのよ!!」」
それを聞いたアシュリー姫の動きが止まり、反射的にメイドたちは攻撃を2点に絞った。
心臓と首元に2本ずつの鎌が迫り、柔肌に吸い込まれた、
かに思われた。
「……それが人をさらってレイプして、洗脳していい理由になるわけ?」
これまでの姫殿下としての振る舞いを一切合切かなぐり捨てた声音と表情で、アシュリー姫がつぶやいた。
その瞳がギラリと光る。
ぎょっとしたメイドたちは刃を引こうとしたが、押しても引いても微動だにしない。
見れば、その刃は4本が4本ともアシュリー姫の可憐な指に挟まれ完全に固定されていた。
「そんな理屈は絶対に認めない」
アシュリー姫は歯を食いしばる。
それを見た黒髪メガネと金毛赤目はナイフを取り出し、別の急所を狙おうとした。
「筋肉変身」
衝撃波を伴い、筋肉が顕れた。