僕達の将来 ③ ドリスの提案
放課後、サッカーをしようとした伝輝達は、茶介が待つ校庭に向かった。そこでは茶介は他クラスの動物達に囲まれていた・・・
乾いた北風が、校庭の表面を削り、白い靄のような砂埃をあちこちに舞わせていた。
その中央で、仔山羊の茶介が尻もちをついていた。
サッカーボールは彼の手から離れ、周りを囲む動物の足元に転がっていた。
「茶介!」
ヒトのドリスが駆け寄ってきた。
茶介を取り囲む動物達が一斉にドリスの方を向く。
「どうしたんだよ?
何やってんだよ、ボルハ!?」
ボルハと呼ばれたのは、トラの少年だった。
ゆったりとした黒いパーカーの前後には、金色の文字で英単語がプリントされていた。
幅が存分に余っているジーパンを、わざと腰の位置から下にずらして履いている。
ボルハは、猛獣と呼ぶにふさわしいギョロリとした目でドリスを睨む。
二足歩行姿の彼は、ドリスよりも背が高かった。
他の少年達も背が高く、ガッシリしていた。
「俺達がサッカーしに来たらさ、校庭のど真ん中でこのチビがボーっと突っ立ってて邪魔だったんだよ」
「俺が先に場所を取ってたんだ!
なのに、こいつら横取りしやがったんだ!」
茶介が立ち上がった。
ピンピンはねた白い毛先が砂で汚れている。
「はぁ? お前一人しかいなかったのに、何が横取りだよ。
球転がしなら、隅っこでやれば良いだろ」
ヒグマの少年がニタニタと笑いながら言った。
彼もボルハのようなダボダボした服装に、スタッズが沢山ついたキャップを被っていた。
「何だと!」
茶介は、身長が自分の倍近くありそうなヒグマの少年をギッと見上げて睨んだ。
だが、ヒグマの少年は一瞥し、フッと鼻で笑った。
その態度に、茶介はさらに毛を逆立たせる。
「茶介が先に場所を取ってくれていたのは本当だ。
俺達もサッカーしようとしてたんだよ」
ドリスは努めて普通の態度でボルハ達に接した。
「でも、人数揃えてやって来たあんたらにも文句言えねーよな。
なぁ、折角メンバーが揃ったんだ。
たまには、クラス対抗試合でもしないか?」
伝輝は後ろを振り向いた。
クラスメイト達が校庭に集まっていたが、皆不安そうな表情をしていた。
「ふざけんなよ!
お前らみたいな、弱小動物なんか相手にする訳ねーだろ!」
ヒグマの少年が、これ見よがしに変わりたての低い声で唸った。
「キコ、よせ」
シベリアンハスキーと思われる少年が落ち着いた態度で、ヒグマの少年に言った。
そして、ボルハとドリスに近付いた。
「ボルハ、どうする?」
近くで見た彼は、シベリアンハスキーよりも大柄に見えた。
目の鋭さがとても印象的だった。
「ヴァラン、公式トーナメントが近いんだぜ。
こいつらと試合なんかして、感覚が鈍ったらどうするんだよ」
「そっかぁ!
お前ら、まごころ町のサッカー大会に出るんだっけ?
大人チームに混じっての参加だもんなぁ、すげーよな」
ドリスが大げさな程明るく言った。
「じゃあさ、お前らは肩慣らし、俺達は力試しさせてくれよ。
ウチにはアジア象がいるし、何ならサイズ戻して参加させようか?」
ドリスはチラリと茶介に目くばせした。
すぐに意図を読んだ茶介はパッと校舎に向かって走って行った。
「それにさ!」
ドリスは傍にいた伝輝の肩をがしっと抱き、ボルハ達の前に出した。
「こいつは伝輝。
正真正銘、本物の人間だぜ。
人間界のサッカーワールドカップをリアルタイムで見てるんだ。
しかも、スタントマンの訓練所に通ってて、試験にも合格したんだってよ。
どうだ? お話にならない相手じゃないだろ?」
ボルハ達の目の色が変わり、先程の小馬鹿にした様子は無くなった。
伝輝は困惑した。
サッカーの試合など、テレビ中継でもまともに見たことがなかった。
「面白そうじゃないか、なぁ!」
ヴァランがメンバー達の反応を確認しながら言った。
彼らもまんざらでもない様子で伝輝を見ていた。
「グラウンド広く使って、大人数で遊んだ方が楽しいしな!」
ドリスは畳みかけるように言った。
「ボルハ、良いじゃん、やろうぜ。
公式戦は、草食動物や小動物のチームもいるんだ。
色んな種類と練習するのは悪くないはずだ」
「ああ、そうだな」ボソッとボルハは言った。
「よし、それじゃあ、チーム人数の確認をしようぜ。
ゴールの位置を動かした方が良いよな」
ドリスとヴァランは、双方のチームのところへ行き、試合の準備を始めた。
だが、ボルハはその場に留まり、同じく移動し損ねた伝輝の方をジッと見ていた。
伝輝はなぜ睨まれているのか分からず、ただ相手の顔を覆う黒い縞の毛並みを眺めていた。
「早く来いよ、作戦会議だ」
ドリスに呼ばれ、伝輝はその場を離れた。
しかし、ボルハはまだ伝輝の方を見続けていた。
「スタントマン訓練所・・・」
ボルハは、兄のロナウドのことを思い出した。
先日、久々に自宅に戻った兄は、非常に荒れていた。
ほんの少し家族が話しかけただけで、獰猛な声を上げ、近くにあるものを壊した。
興奮して、言葉にならない発言を繰り返していた。
(あの伝輝って奴も、兄貴と同じスタントマンの試験を受けていたのか)
キバ訓練所のことは、家族でも保護者以外には知らせてはいけない決まりだった。
その為、ボルハはロナウドが一体どんな訓練や試験を受けてきたのかは知らなかった。
だが、彼が試験に落ち、その所為でひどく苛立っているのは分かった。
あのクソ人間がよー!
ロナウドの言葉が、今になってくっきりと頭に響いてきた。
兄が悔しそうに叫んでいた「人間」とは、こいつのことだったのか。
ボルハの目が、真っ直ぐ伝輝を捉えた。
◇◆◇
ヴァランがビブス(ベスト型ゼッケン)と、黄色いキャプテンマークの腕章を各チームに配った。
ボルハのチームは赤色、ドリスのチームは青色のビブスを服の上から着用した。
「あちらは形から入るのが好きだねー」
そう言いながら、ドリスは左腕にキャプテンマークを巻きつけた。
伝輝はボルハがキャプテンマークをつけているのを見て、こそっとドリスに話しかけた。
「向こうのキャプテンは、ヴァランって奴じゃないんだね。
ヴァランの方が、チームをまとめている気がするけど」
「まぁ、ヴァランはオオカミだから、上下関係と群れの中で動くのが得意なんじゃね。
チームの中で、誰をリーダーとして目立たせれば効果的なのかを考えているんだろう」
「ヴァランって、オオカミなの?
ハスキー犬じゃないんだ」
「おいおい、怒られるぞ。
あいつは、ヨーロッパオオカミだ。
日本列島じゃあ、なかなかお目にかかれない種類だぞ」
伝輝は「へぇー」とため息をついた。
白とグレーのふさふさした毛並みにピンと立った耳。
凛とした雰囲気は、他の種にはない格好良さがあった。
「試合前にルールの確認をしよう。
俺達はなるべく公式ルールに従ってやりたいんだが」
ヴァランが言った。
「俺達はそんな複雑なルールは知らないし、守れないぜ」
ドリスが言う。
「じゃあ、二足歩行姿でプレイしてくれたら良いよ。
元々人数も少ないし、審判もいないから、細かい違反行為は今回はOKにしよう」
「鼻は使って良いのか?」
ドリスはマグロを指差して言った。
茶介に無理矢理連れて来られたマグロは、不機嫌そうにドリスの方を見る。
「公式戦では、両前足以外なら使ってOKだ。
尻尾や角とかな。
象の鼻も例外じゃない」
ヴァランは、ボルハの方を見ながら言った。
ボルハは了承の意を込めて、首を縦に振っていた。
「でも、大きさは普段のままにしろよ。
俺達も日常生活サイズでプレイするからな」
ボルハが言った。
「りょーかいっ。
おしっ、それじゃあ皆頑張ろうぜ!
ポジションに移動するぞ!」
ドリスがメンバーの肩や背中をポンと叩きながら、枝で引いた即席ラインのフィールドに入って行った。
◇◆◇
伝輝とラブラドールレトリバーの晴は、サッカーゴール傍に向かった。
彼もまた、茶介に連れて来られて、強引に参加させられることになった。
ゴール前には、ヒトの大人よりも大きいホッキョクグマが仁王立ちしていた。
キバ訓練所の剛力所長程の威圧感はないが、それでも迫力は十分だ。
「僕達はテクニックでは勝てないから、とにかく数で勝負だよ。
身体が向こうより小さい分、細かく動いていかないとね。
僕がどんどんボールをパスするから、君はひたすらシュートしていけば良いよ」
すっかりお兄さんになった晴の話を聞きながら、伝輝はゆっくりうなづいた。
(どんなプレイするかは知らねぇが、人間のガキなんかに負けてたまるかよ)
ゴール傍で伝輝を見ながら、グルルルと、ボルハは小さく唸り声をあげた。
反対側のゴール周辺では、マグロとタツヤがぶつくさ言いながら試合が始まるのを待っていた。
「何で、僕達までサッカーしなきゃ駄目なんだよ」
「山葉はどうしたの?
あいつが出れば良いのに」
山葉とは、ドリスのクラスのトラの少年である。
「あいつも参加する予定だったんだけど、ボルハ達とやると分かったら帰っちゃったんだ」
ツキノワグマの男の子が苦笑いしながら言った。
「山葉は、自分が肉食獣メインクラスにではないことがコンプレックスらしい」
「別に明確に分けている訳じゃないし。
いきなり呼び出されて、僕達は良い迷惑だよ」
マグロはゴール前で鼻をグイーンと上げて伸びをした。
「本当だよ。
僕、あいつらとぶつかるの絶対ごめんだからね」
タツヤが嫌そうな目でチラリとキコの方を見た。
「大丈夫だって、俺達には守護神マグロがついているんだから」
ツキノワグマの男の子はニコッと笑った。
「勝手なことを言わないでよ、五郎」
マグロは困った表情を浮かべた。
タイマー設定した時計の電子音が、乾いた外の空気に乗って、校舎にいるありさの耳にも届いた。
校庭の真ん中で、十数人の動物達が一斉に動き出した。
ありさは、肉食獣対雑食・草食獣の試合を眺めることにした。
伝輝の姿を追いながら、ありさはずっと一抹を不安を拭いきれずにいた。




