第一話『やって来た迷惑』②
そんなバカ騒ぎを苦々しげに眺めていたチョコマグナムは、我慢出来ないといった様子で床に唾を吐く。
本人的には格好つけたつもりだったらしいが、勢いを付け過ぎて足下に吐いたため、見事に足の甲に乗っかった。
「あ…」
「フッ」
その間抜けな光景をしっかり目撃したグロンが鼻で笑う。
「お、おれたちまっちょぞくがさいきょうなんだな!だ、だからかりくうびよりもおれがぼすにふさわしいんだな」
「なるほど。確かに貴様らマッチョ族は単純な肉弾戦では結託部族中最強だな…で、どうするんだ?」
楽しそうな死織丸にピコピコハンマーで殴られていたカ・リクービは、面白そうにチョコに問い掛ける。
「あ、あとちょっとでちきゅうなんだな。お、おまえにあたまさげるのはここまでなんだな!」
そう言い放ち、カ・リクービにズカズカと近づいて来るチョコを遮るようにフワリと移動してきたグロンは、トーガの懐から分厚い書物を取り出すと、思い切り振り抜いた。
顎を打ち抜かれたチョコは、崩れ落ちはしなかったものの、その場で立ち止まる。
「そ、そんなこうげきでゆれるほどまっちょぞくののうみそはおおきくないんだな」
「自慢になるかバーカ」
いつの間にか懐に入り込んでいた死織丸が、チョコの鳩尾に拳をめり込ませる。
文字通り手首まで埋まる重たいアッパーを食らい、一瞬で脂汗を浮かべたチョコが前屈みになった。
程好い位置に下りてきた頭に、死織丸のジャンピングローリングソバットが決まり、チョコは堪らず吹き飛んだ。
「バカはバカらしく、ボスの命令きいてりゃ良ーんだよ、先細りが!」
腹を押さえてのたうつチョコを、悪臭を放つ生ゴミを見る様な目で見下ろす死織丸。
「オイオイ。最強のマッチョ族が、華奢で小柄なアイドル族にボコられるってどうなんだよ?」
頬杖を突きながら半笑いで問い掛けたカ・リクービだったが、次の瞬間には口調が重々しいものに変わる。
「四人衆が三人目、牡獣の荒腰・チョコマグナムよ。汝に先触れを兼ねた先鋒を命じる。手柄を立てれば…汝に遠征軍の総司令の座を譲ってくれよう」
「そんな、カ・リクービ様っ!」
「閣下の決定は絶対ですぞ、クリス殿」
「で、でもグロンせんせ」 クリスとグロンのやり取りを聞いていたチョコは、鳩尾を押さえながらヨロヨロと立ち上がった。
「じ、じぶんでいったことなんだな!おまえはおれのどれいにしてやるんだな!」
カ・リクービに突き付けたチョコの人差し指が震えている。
それは身体に残る痛みの為か、屈辱の故か。
背後に現れた小さなゲートを潜り、チョコマグナムは消えた。
「四人衆筆頭、グロン・マウライパよ。還元炉の準備を、な」
「承知致しました」
カ・リクービとグロンの短いやり取りを聞いたクリス・チャンと死織丸の顔に残酷な笑みが浮かぶ。
「ヲホホホホ。成る程……カリクービ様もお人が悪い。無駄飯食らいは早々と飯に成れと」
「ですよねぇ、お姐さん。突然現れてぇ、いきなり大将軍になったボスにぃ、不満だらけのぉ、反乱分子粛清のぉ第一号ですかぁ?」
クリスと死織丸の問い掛けに、カリクービはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「フン、どうだかな。……死織丸よ」
「はぁい」
「あのバカの監視を、な」 そう命じたカ・リクービは、話は終わりとばかりに玉座から腰を上げた。
「失敗したらぁ始末してぇ持ってくるって事で?」
「…任せる」
そう言い残しながら、カ・リクービは転移する。
主を失った玉座は、再び律動しながら床に溶けて消えた。
――――――――――
似本国・奇薔薇県貴志久市。
ここには大仏に偽装した前高三百メートルを越える、国土決戦用の超巨大自走撃滅重機が配備されていた。
この兵器、製造したものの、起動テストの時に炉心に火を入れて以来、一度として使用される事も無く百年が経過した為に、今では劣化した武装を撤去した上で改装し、単なる市の観光資源と成り果てている。
貴志久大仏と言う正式名称があるにも関わらず、【無敵大仏】の通称の方が有名である。
そんな大仏の頭の上に人影が見える。
黒い法衣と天蓋笠に金属製の甲掛と脚絆、同じく金属製のスパイクが生えた凶悪なルックスのスニーカーを履いている。
インチキ虚無僧の様な格好の人物は、器用に煙管を噴かしながら呟く。
「さてさて…。認識阻害と歪曲の結界は既に無い。この似本も対岸の火事とは言って居れんぞ、雪之丈よ」
法衣の人物の背中から黒く巨大な羽根が生えた。
「【親殺しの三槍】と【キネティック・トリガー】…使わずに済ませたいものだがな」
そう言い終わると法衣の人物は、太陽に向かって天高く舞い上がった。
――――――――――
……うっさい。
明らかに緊急コールが鳴っております。
この無神経な電子音は、イエ電でも無ければアタシの愛しのシートモバイル・十三代目雷電でも無い。
目を閉じたまま、枕元に転がっているはずのユナイトコムに手を伸ばす。
「……ンぁー」
≪依子ちゃーん、起こしちゃってゴメンね〜≫
「‥‥‥シネ、クソドラ猫」
ザマミロ。
ブチ切ってやった。
ついでにバッテリーの紙電池を抜いておく。
非番だ!アタシは非番なのだ!有給だって溜まり放題で消化するヒマすら無い。
統制省の偉いさんが来たって起きるもんか。
不死身の殺人鬼が暴れようが、地獄の伝道師が人を拐って拷問しようが知ったことではないのだ。
まだ寝る。
寝たおしてやる。
「依子ちゃん〜起きて〜」
‥‥あれ?まだ声が聞こえるんだけど‥‥。
開かない瞼を無理矢理開けて頭を起こすと、そこには見慣れた猫獣人が正座していた。
「あ、おはよう」
「‥‥うー‥‥また勝手に入ってる‥‥」
「防犯に対する意識が希薄だよ依子ちゃん」
クソドラ猫が冷蔵庫を開けて、魚肉ソーセージを食べてやがる。
「クソ猫‥‥不法侵入じゃないの!どの口が防犯とか言ってんのよ」
キョトンとした顔で二本目のソーセージを食べ始めたのは、不可能犯罪撲滅課の同僚、天乃川九十郎。
雪国育ちの【融合族】だ。
「お腹空いちゃったからさぁ」
空腹なら他人の家の鍵を勝手に開けて勝手に上がり、勝手に食料を漁って良いとゆー法律は聞いた事が無い。
こいつの場合、悪意が無いから質が悪い。
「おいしいねぇ。あ、チーズ」
「あ、チーズじゃない!自分の耳の先っぽにぶら下がってる魚のイヤリングでも食べてろ」
「依子ちゃん、これは宝石と言ってね。貴金属を扱うお店で購入した物だから、食べたらお腹こわすよ。食べたいの?」
貴様‥‥何を爽やかな笑顔でほざくか。
中身は残念この上無いのだが、ガワはイケ猫メンだから、知らない女はコロリといくんだよね。
天然のタラシだ。
「ずっと連絡してたのに、依子ちゃん無視するんだもん」
「寝てたのよ!つーか九!アンタ仕事は」
「うん。お昼ご飯食べてから」
「ウチは飯屋か!」
「違うよ。ここは依子ちゃん家。賃貸だね」
完全に目が醒めた‥‥アホ猫め。
アタシはベッドから跳ね起きると、シャワーを浴びにバスルームへ向かう。
「依子ちゃん、また裸で寝てた。体に悪いよ。あ、ハム」
あ、ハムじゃねーよ。
いつまで他所様の冷蔵庫漁ってんだか。
「九!ゴミ散らかしたまま出たら許さないからね!あと、食べた分は買って返しなさいよ!」
バスルームの扉を閉じながら叫んだアタシに聞こえたのは、『はーい』と言う九十郎の暢気な返事だった。