第一話『やって来た迷惑』①
―海王星宙域―
星々の光が突然ぶれ、巨大な物体が実体化した。
それは、無数の男女の生殖器が複雑に絡みあった知恵の輪の様なオブジェクト。
同時に、大音量で鳴り響くのは軍艦マーチだ。
SEなのか、実際に宇宙空間に鳴り響いているのかは解らない。
そんな巨大な物体の内部の大広間。
そこには僅かに2つの人影があった。
「収穫期…か。元老院のゴミ糞どもめ。彼の惑星への依存度、なんとかならんのか」
そう呟いたのは、身長が2mを越える影。
照明の関係なのか、その顔は見えない。
ただ髪型は、箒に乗って魔法の国からやって来た王女のパパそっくりである。
「寿命が伸び、再生能力が強化された者どもが増えた弊害ですな、閣下」
パパのそっくりさんの背後に控えている眼鏡をかけた男が答える。
「出生率の低下…無視できぬ数値になってきたらしいな」
「フッ…とっくの昔に進化の袋小路です。収穫など無様な悪足掻きでしかありません」
そんな眼鏡の蔑みの言葉を聞いたパパのそっくりさんは、楽し気な笑い声を上げる。
「フハハハ!寄生虫の類いだよな。ま、俺たちにはどうでも良い話さ。くたばろうが滅ぼうが勝手にやりやがれ」
突然砕けた話し方になったそっくりさんは、肩をすくめながらニヤリと笑った。
「ですな…さてさて、今回こそは、閉じた環から脱け出したいものですが」
「固ぇな、オメェは。遊びだよ、遊び」
そっくりさんは振り向くと、眼鏡の肩をポンポンと叩いた。
「閣下。今は我々だけしか居りませんので構いませんが…そろそろ全員揃う刻限ですので」
「なんだ、今回は早いな」
「細かい調整もやってみるつもりでございます」
そう言うと、眼鏡氏は左手の中指で眼鏡の位置を調節した。
「おい…まさか今の眼鏡ポジションの調節まで?」
「はい」
「マジかよ…やれやれ。んじゃあ俺も、そろそろ真面目に遠征軍の大将軍を演じるか…では、四人衆筆頭グロン・マウライパに命ずる。四人衆を玉座の間に」
「ハッ。畏まりました、カ・リクービ閣下」
そう返答した四人衆筆頭グロンは、深々と一礼すると大広間を後にした。
その姿を見送った帝星魔羅収穫遠征軍マーラーの総司令カ・リクービは、再び外の代わり映えのしない星の流れを見つめながら呟いた。
「沈みゆく機星よ…我は引き摺られはせぬぞ」
その呟きを合図にしたかの様に、機動要塞イチモッツは再び亜空間に姿を消した。
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―07:30―
『チョンマゲ戦隊っマゲレンジャー!!』
「…嘘でしょ」
当直明けの日曜朝。
特撮新番組を観てから寝ようとワクワクしていたアタシは、アバンタイトルの後に始まったオープニングに脱力した。
予備知識無しで楽しむ為に、新番組情報の排除に躍起になってた期間をどうしてくれようか…コンチクショウ。『マゲクリムゾン!』
『マゲラピスラズリ!』
『マゲアイボリー』
『マゲネイビーブルー』
『マゲガンメタル!』
…ないわぁ。
色も語呂もヤケクソ気味だし、チョンマゲはずしてビームサーベルにしたりバズーカにしたり…オモチャ売るつもりないでしょ?。
『来いっ、マゲバード!』
『マゲモンキーカムヒア!』
『マゲネズミーっ』
『マゲゴリラ出ろぉ』
『おいでませマゲドリル』
頭痛くなってきた。
モンキーとゴリラで被ってるし、なんで最後がドリル…あ、巻き貝でやんの。
『上洛合体、マゲダイミョー!』
もういいや。あったま来た。
「電子番組表、解っ禁!えーと…新番組『キャプテンサツキソウ』…」 あはは…タイトルだけじゃわからないよね。
番組内容を、敢えて音読してくれようず。
「なになに…ポンコツアパートに伝わるサツキソウスーツを手に入れた老け顔の男が巷に蔓延る変態超人と戦う…」
大きいお友達(女)を舐めてんのか、コラ。
ムカついたから寝る。
…でもぉ…観なきゃ批判も出来ないしぃ、素敵なオジサマが主演だったらいいかなぁ…一応予約をば。
VOL.1『やって来た迷惑』
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【似本】。
これが、アタシの住んでる国名。
皆さんが住んでる日本とは似て非なる国だ。
まあ、要するにパラレルワールドってヤツね。
この国は、なんと七百年も鎖国してた。 今から約百二十年前に、漸く一部外国との国交が再開されたもんだから、当時のこの国に対する諸外国の認識といったら、『未知で未開で野蛮で魔境。蛮族が精霊のトマホーク振るって邪教と戦ってるらしいぜファッキンバーバリアン』と、相当無茶苦茶だったらしい。
アタシが生まれる遥か前なんで、よくわかんないけどね。
歴史の授業?…教科書なんか、史実3・虚構7だし、譫言と変わりゃあしませんよ。
いや、ホント。
さっきの【マゲレンジャー】も、『史実に基づいて制作されています』とかぬかしてるしさ。
でも、少なくとも魔境ってのは正解だと思う。
どこぞの国で、名探偵どもが掃いて捨てるほど徘徊し、浮浪者とゲイが投票率を動かし、獣車と悪臭漂うメタンガス列車が交通手段のメインだった時代、似本国はハイブリッドのエコカーが走ってた。
で、どうも長いこと鎖国してた理由ってのが、近海の海底資源とか、国内でしか産出しないデタラメな鉱石とか、なんか解んないけど思いついちゃう発明とか、『毛唐に知られたら鬱陶しいし面倒くさいし実力行使してくるバカもいるから、鎖国して未開の人外魔境って思わせときゃ良いんじゃね?探検船とか来たら、羅針盤狂わせたり渦巻きで拿捕したり怪獣に襲わせたりして、魔の海域作ってさ。こっち来んじゃねーよ下等な原始人』てなヒドイ考えを、歴代の皇帝をはじめとする偉いさんは持ってたからだそうな。
え?何で一部外国と国交再開したかって?
疲れるから聞かない方が良いと思うけど…。
百二十年前の、最後の皇帝さんが、『朕はパツキンのパイオツカイデーなエロい外国人のナオンを大量に所望するものなり』とか言ったからなんだって。
そりゃ革命起きるわ。
もっとも、史実が3割の歴史なもんで、どこまでが本当なんだか判ったモンじゃないけど。
何で、この銀河の辺境惑星の中の小さな島国だけがチート臭漂ってるのかは知らない。
ま、聞いた話じゃ、古文書やら遺跡の碑文やら民間伝承の類いから推察するに、【この次元の地球】は、ライフメーカーって神様の実験場を経て、最終的には色々な多次元世界の【危険廃棄物不法投棄場】に成り果てたそうで、この【似本国】の位置には劇薬猛毒モストデンジャラスな廃棄物が集まってたらしい。
豊富すぎる資源やらインチキ臭い超鉱石やらは、異星人や異次元人のゴミって事。
つまり、アタシら地球星人はゴミ溜めに発生したイレギュラーな生命体で、その中でも【似本人】は、トキシックモンスターも裸足で逃げ出す危険物の山から発生した変異体ってワケ。
…イヤイヤ、寝言は寝てから言ってもらいたい。
歴史教育でさえ信用度激低なのに、そんなハチャメチャでスチャラカな話は聞くだけで脳が腐れます。
ただ、開国した後に似本に来た外国の皆さんには少しだけ同情するわ。
野蛮な土人を支配してやるよヒャッハー!な気分で乗り込んで来たものの、国土まるごとチートな状況見て、鼻っ柱へし折られて大いにヘコんだことでしょうなぁ。
そんな国でアタシは生まれ育ったのよね。
異世界から転生して来たとか、シャブり過ぎて味無くなったサキイカみたいな過去はありません。
アタシの名前は小見卦依子。
皆さんの世界にいる巨乳のタレントさんとは関係ありませんので悪しからず。
警視庁本庁、不可能犯罪撲滅課・特殊機動部隊に所属して、給料貰ってます。
あ…。
無駄に乳は発育してます。
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悪夢。
その場所を一言で表現するならば、その言葉が最も近い。
凡そ思い浮かべられる最悪の事象を、乱雑にこねくりまわして塗りたくったような場所。
歩く度に床から苦悶の呻き声が漏れ、壁からは怨嗟の唸りが響く。
天井からは悪意に満ちた哄笑が轟き、時折、断末魔の絶叫と絶望に泣き叫ぶ声が混じる。
そして床が、天井が、壁が、意志を持った臓物の様に不規則に律動しながら位置を変える。
それが機動要塞イチモッツの最奥にある【玉座の間】である。
その空間には、四人の男女の姿があった。
そこに何者かが空間を転移して来る。
彼等は、その人物を確認すると、一斉に跪いた。
その様子をチラリと見た人物は、何も無い空間に座る素振りをみせる。
その動作に合わせる様に、床から臓物の様な物体が盛り上がりながら玉座を形成した。
(何かなぁ…たま〜には玉座が出て来なくて盛大にひっくり返るみたいな事やれよ、つまんねぇ)
座したカ・リクービは不機嫌そうな表情になり、そんなどうでも良い事を考えているとは判らない四人には緊張の色が…見えなかった。
(閣下…また益体もない事を考えておいでですか)
苦笑いを浮かべたグロンの背後に並んで跪いている三人には、三様の表情が浮かぶ。
妖艶。
無邪気。
不満。
その様子をつまらなそうに一頻り眺めたカ・リクービは、重々しい口調で声を発した。
「面を上げよ」
妖艶な表情と無邪気な表情の二人は、素直にその言葉に従う。
だが、不満気な表情の男は頭を上げはしたものの、顔を逸らしてカ・リクービを見ようとはしなかった。
「チッ」
舌打ちをした男に対し、珍妙無類な生物を見たかの様に、カ・リクービは片頬を歪めた。
「さて。六十年周期の収穫遠征だ。生かさず殺さず…汝ら、理解っておろうな」『ハッ!』
不満気な男以外の声が重なる。
「遠征軍マーラーの師団長、四人衆が一人…クリス・チャン」
カ・リクービの言葉に答えて起立したのは、真っ赤なビスチェに紫のマント、額には薔薇の飾りのサークレットを装着した人物だ。
「ヲッホホホホ。カ・リクービ様。殺さず…と言うのは流石に難しゅうございますわ」
このクリス・チャン、妙にクネクネと落ち着きがない。
整った顔立ちにプラチナブロンドのストレート。
平たい胸に盛り上がる股間。
…オカマだった。
「相っ変わらずの気持ち悪さだな」
「まあ。カ・リクービ様ったら照れ屋さんですコト。ワタシは何時でも準備オーケーですのに。常にほぐれてますわ」
「オメ…磨り潰すぞ」
オトナのカ・リクービは、どこがほぐれてるかは訊かないし、知りたくもなかった。
額に極太の青筋を浮かべたカ・リクービは、のたくる奇妙な生き物を視界の外に追いやる。
「次っ!四人衆が二人目、殺人姫・死織丸」
呼ばれて立ち上がったのは、露出度が危険領域の少女。
頭には伝統的な魔女の黒い帽子を載せ、黒のクロークを羽織っている。
クロークの下は『明らかに生地の面積少ないよね?』と問い掛けたくなる様なレモンイエローのレオタードだ。
「ボスぅ。遠征先には人間が溢れてるんですよねぇ?あたしらの部族やグロン先生のトコはいいとしてぇ、他の奴らにはある程度喰わせてやらないとですぅ。どこかの脳筋連中とかぁ?ププッ」
「も、もういっぺんいってみるんだな!このくされびっち」
字面から察するに、多分怒っているのであろう雰囲気を漂わせ、顔を背けていた男が立ち上がった。
身長はカ・リクービよりも一回り大きく、全盛期のスコット・○ートンにステロイドを放り込んだような筋肉まみれの凶悪な体躯に黒光りする肌。
着衣はメタリックブルーのブーメランパンツのみ。
よく見ると、臍下辺りに何かしらはみ出している様なのだが、何故かモザイクがかかっている。
そして、頭のサイズがアンデスメロンと同じサイズだった。
「うーわぁ、居たんだぁ。気持ち悪いから喋らないでくれますかぁ?」
「こ、このどぐされ×××のどちびぶす!」
黒マッチョの多分悪口を聞いた死織丸の表情が変わる。
ニコニコと笑っていたその顔が、一瞬で酷薄な死神のそれになっていた。
「今なんつった?私にブスとか言ったよな!」
死織丸の小柄な身体からドス黒いオーラが噴き上がる。
「両者とも、止めよ!死織丸、…えーと…」
黒マッチョの名前を呼ぼうとしたカ・リクービは、額をコツコツと叩き始めた。
覚えてなかったらしい。
「ち、ちょこまぐなむなんだな」
「そう、それ。見苦しいぞチョコマグナムよ!死織ちゃんは、こんなに可愛いではないの。ねぇ?」
般若みたいな表情でチョコマグナムを叱責したカ・リクービだが、死織丸には甘々だった。
「もぉーやぁだぁボスったら、正直ですぅ」
途端に御機嫌になる死織丸。
「とりあえず我と子作りしようではないか。な?グロン、ベッドを用意せよ」
「閣下。お遊びも程々になさいませ」
衣装を脱ぎ始めたカ・リクービを止めたのは、醒め切った顔をしたグロンだった。
何故かクリス・チャンもイソイソと下半身放り出していたが、誰も見ないフリをしたのは言うまでもない。