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℃9  作者: 濱野 十子
1/6

01

 蝋燭の光すらもなく、暗黒が滞留している一室。……狭いようでもあり、広大であるようにも感じさせる歪んだその空間に、年を重ねたしゃがれ声が響く。

「……棺が現れる」

「ええ。

一千年の時を経て、それは……我々の元に姿を現すのです」

 しゃがれ声の言葉を継ぐようにして響いたのは、喉を潰したようなかすれた声を吐息に混ぜる男の声。闇の中で身じろぐ老人と向き合うようにして車いすに座る、白髪の男のものだった。

「されど、それの中身は諸刃の剣。……ご存じでしょう? アレは一度、彼の地で発動しているのです。つまり、中は空ではない」

 銀色の車いすに全身を預けるようにして座っている男は、老いて曲がった背中から大きく広がる針金状の――言ってしまえば骨格だけの翼をはやしている老人に忠告……いや、確認するように尋ねる。

 ほかにも気配はいくつか闇の中に存在してはいたが、動き、言葉を交わすのは老人と男以外は誰一人としていない。ただじっと、事の成り行きを見守っているだけだった。

 無言を貫く彼等の言葉を代弁するように、老人はいっときほどなにやら考え込むような仕草を男に見せ、少々苦い口調になって答えた。

「分っている。だが、もう一度新たに作り直す力は、我々には残されていないのだ。僅かに生きながらえた同胞は、このわたしを含め……皆、長い刻に疲弊している」

「了解しました」

 男は目に見えなくとも確かにそこに存在する……いや、いるだけのそれらを揶揄するように肉のそげた顔に張り付いている琥珀の両眼を動かして睨み付けて言った。

「だから必要と……そう言う訳なのですね。それも、性急に」

 肘掛けに手を置いて、男は不自由な体をめいっぱい動かしてため息をつく。痩せ細ったこの体では長く喋ることはもちろんのこと、闇を見つめることさえも億劫であり……苦痛なのだ。

「まあ、なんにしろ、ご心配なさらぬように。

運命は必然たる事象のことをさすのです。つまり、あなた方が望んでやまない棺の現出は絶対のモノだと言うことなのです。……それを手に入れると言うこともしかり。

……焦る必要など、なにひとつありません。

我々が奴等に敗北する未来などあり得ない」

 ひどくゆっくりとしたその言い回しに、老人はもどかしそうに身じろぐ。それを見て取った男は、皮肉るように少し乾いた唇の端を持ち上げた。

「……」

 その、あからさまな侮蔑の態度に老人は皺の刻まれた顔にさらに深い谷を刻み、背中の……もはや翼とも言いきれないそれを動かした。鉄がこすれるような、不快感を与える軋んだ音が闇の中に響く。

(飛べもしないのなら、そんな翼などさっさと捨ててしまえば良いものを。こうなってまで、なおも支配者である事を気取っているつもりなのかねぇ、ご老人たちは。

 滑稽……いや、むしろ哀れなのかな)

 今度は態度には表さずに胸中だけで皮肉り、男は無表情になって話を続けることにつとめることにした。許されることなら腹を抱えて笑ってやりたい気分でもあるのだが、それが出来るような体ではないことは理解しているし、いつまでも無駄な問答を繰り返していられるほどに暇でもないのだ。

「あなた方が望み、そして……我々人間もまたその現出を待ち望んでいた……過去最大の兵器にて遺産の回収。

どうぞ、我ら……エリュシオン協会特務班にお任せを」

「アレは、誰の手にも渡って良いものではない。チルドにも、人にも……そしてお前達の手にも……だ」

「分っています。

回収したのち、直ちにあなた方の元へと運ばせましょう」

 男は少しだけ唇の端を持ち上げ笑う。……老人らは、あきらかに恐れている。

 言葉にも態度にも見せないが、ここに……幾十もの結界によって守られた暗闇の頑強なゆりかごのなかにくるまり閉じこもり、好機が巡ってくるのをひたすら待ち望んでいる彼らの姿こそが、その推測を裏付けるなにものよりの証拠である。

(何も出来ないのなら、大人しく滅んでいればいい)

 小さくため息をつき、手すりのカバーを爪で軽くひっかく。

「渡してはならない。わかったな」

「お約束いたしましょう。必ず、長老方の元へとおとどけいたしますよ……」

 頷き、従属である事の証を立てるように深々と男は頭だけを垂れる。

 それは見せかけの……つまりは一種の儀式のようなものであるのかもしれない。従順な態度とは違って決して従う意思のないことを男の瞳は雄弁にかたっているからだ。しかし、老人達もそれは承知していた。

 しかし、明確に表す意思は老人にも男にもまだない。

 対立したところで戦うべき相手は別にあり、それ以前に、肩を並べて戦わなければ互いに生き残る術がないのが現状だった。

「死せる戦士の意思を継ぎしあなた方に。そして、許された幸を翼あるあなた方に」

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