第一話 奇妙な世界#5
時計は、多分18時でよいのだろう。短針が真下で長針が真上にあった。
外は暗くなってきていて、夜の訪れを示唆している。
暖炉の炎が焚かれ、外とは違い部屋の中は暖かい。
この世界は今、春らしい。だが、北西近くに位置するこの街は、春といえど夜になると冬のように冷え込む。
暖炉はこの街の必須アイテムだそうだ。
「あっ、いい具合に味が…もう火を止めていい頃でしょうか」
そう言って、隣にいる白ぎつねは鍋の火を止めた。
今、俺と白ぎつねは歓迎パーティーのための料理を作っている。
今日のメニューはすき焼きに似たもの。
何か卵の黄身が茶色いし、肉も何か見たことがないようなのがいっぱい入っていた。
普通に作っている所を見ると、食べれないものではないのだろう。
経験者がいるから大丈夫。そう思い、俺は現実世界のすき焼きのイメージを消した。
「もうそろそろ、皆さん帰ってくると思うのですが…」
白ぎつねが時計を見てそう言う。
すると、すぐに玄関に付けていたベルの音が響いた。
「ただいまー」
「ただいま」
二人の少女の声。あの二人の声だ。
少女らは調理場に顔を出す。白ぎつねを見た後、俺の姿を確認した。
「やっぱり、このギルドに入ったのね」
「まぁね。他に行く当てもなかったし、ここにいた方が目的も達成出来そうだし」
「目的?」
「そう、目的。って言っても、ただこの世界を見てみたいだけなんだけどね」
「へぇ、大層立派な目的ね。まぁ、頑張りなさい」
そう言うと、お嬢様風の少女は調理場から去って行った。
(何だ? 何か馬鹿にされると思ったんだけど――まぁいいか)
こちらの思考を停止して、料理の方に意識を傾けた。
そろそろ出来上がる頃かなと思い、火の加護を受けた炊飯器もどきと向かい合う。
すると、右肩の方からヒョコッと顔が出てくる。
二人の少女のもう片方、セミロングの少女だった。
この少女は、まだ調理場に残っていたらしい。
鼻をくんくんと鳴らし、炊飯器もどきから出る湯気の臭いを嗅ぐ。
「良い臭い。何を作ってるの?」
「ご飯炊いてるだけさ」
「…お茶のがする」
「まぁ、水じゃなくて抹茶使って炊いてるからな。ご飯の抹茶風味ってやつ」
「ふーん」
ここまで説明すると、少女もまた調理場から出て行ってしまった。
そう言えば、まだ二人の名前も聞いてないし俺の名前も教えてない。白ぎつねには流石に教えてるけど……それも今日の晩餐でどうにかなるだろう。
頭の中で現状をまとめると、不意に俺の頭の中に残りの二人の事が浮かんだ。
どんな人だろうと気になり、白ぎつねに聞いてみる。
「なぁ、白ぎつね」
「はい、なんでしょう」
「残りの二人ってどんな人達なの?」
「残りのお二人ですか」
白ぎつねは腕を組んで「う~ん」と唸る。
そこまで説明に悩むものなのだろうか。
しばらく待っていると、パッと白ぎつねの顔が明るくなって…うなだれた。
「あのお二人よりもっと問題児でございます…」
「あの二人よりヤバいのか…」
「あっ、でも、お兄ちゃんやお姉ちゃん的存在です」
「男と女?」
「Si」
何故にイタリア語と思ったが突っ込まないでおこう。
(へぇー、男と女か。って言うか、男の数少ないんだな。このギルド)
そんな事を考えながらも、俺は料理の方にも意識を傾ける。
白ぎつねは俺以上にせっせと動いて料理を作っていた。
そして20分後、料理が出来ると同時にその二人は帰って来た。