第一話 奇妙な世界#2
走って走って走って、俺はようやく森を抜けた。
少女らを置いてきたという罪悪感に駆られながらも、どうにか理由をつけてそれを正当化しようとした。
だけど、それは上手くいかず、俺をより一層不快にさせた。
森を抜けると、少し手前に街の入口があった。
俺はそれに向かって歩き出した。
なんでだろう。一歩一歩がとてつもなく重い。
そんな重い足を頑張って動かし、俺は街に入った。
町並みは俺のいた世界とは大いに違っていた。
高層ビルや高速道路、自動車や電車などはなく、西洋感溢れる長閑な街だった。
人も沢山住んでいたが、住んでいるのは人だけではなかった。
耳や尻尾の生えた人間までいた。
どうやらここは、俺の住んでいた世界とは違う世界らしい。
「世界は違うのに、やってることは一緒か」
そう呟くと、家と家の間にある隙間に入り込んだ。
そこで座り込み、さっきの判断が本当に正しかったのかどうかと考える。
――俺は正しかった。
そう思いたい。そう思いたいのだが、過去の出来事もあり、一概にそうとは思えない。
あの時、俺があいつの言ったことを無視して助けに行っていたらあんな事にはならなかった。
女の子なのに、俺は見捨てた。自分の命が大切だった。最低だったと思う。
親から言われてた、言うことは素直に聞きなさい。
素直に聞いた。自分は助かった。でもあいつは…。
そんな自分が許せなかった。
もう二度と、あんな事が起こらないようにしよう。そう決めたはずだった。そうして今まで生きてきた。
なのに、何でまたやってしまったんだろう。
しかも、違う世界に来てまで、どうしてこう同じ事を繰り返してしまうのだろう。
自分がどうしよもない馬鹿に思えてきた。
――今からでも遅くはない。助けに行け。
そう思うのだが、体が動かない。怖いのだ。あんなのと対峙したら、自分の命はただでは済まないだろう。それが怖いのだ。
やっぱり、俺は自分自身が一番かわいいのだ。
口では何と言おうと、自分の保身が一番なのだ。
そう思うと、自分がものすごく小さな人間に見えてきて何だか生きていくのが恥ずかしくて、目の前が真っ暗になる。
(どうしよもない人間だな、俺って)
俺はその場にうずくまった。
自己嫌悪に駆られ、どうしてよいか分からない。
道が見えない、目の前が真っ暗だ。いや、それで良い。目の前が真っ暗の方が良い。こうして、真っ暗のままでいればいつか……
「あのー」
不意に声が掛かる。
俺は驚いて、声がした方向に顔を向けた。
そこには、耳と尻尾を生やして和服に身を包んだ女性?が立っていた。
女性はこちらの様子を伺いながら、言葉を発する。
「体調でも悪いのですか? よろしければ、家でお休みになられては」
手を差し延べられた。
大袈裟な言い回しかもしれないが、俺にはその時、その女性が太陽に見えた。
しかし、すぐにその手は取れなかった。
体調が悪くない訳ではない。ただ少女らを置いてきた罪悪感が、俺を苦しめているのだ。
ここで、この女性に助けられて良いのか。俺は少女らを放ってきたのに、俺だけ救われていいのか。
俺にはそれが分からず、新たな悩みの種となった。
頭を抱えていると、女性が俺と同じくらいにまで座り込みだ。腰はついてはいなかった。
「大丈夫ですよ、お金は取ったりしませんから。ただ、私があなたを助けたいだけデス」
その言葉を聞いたとき、何だか俺は救われたような気がした。
理由はよく分からないが、フッと体が楽になったのだ。
今なら俺は手を伸ばせる。
その女性に向かって手を伸ばして見た。
「……」
女性は、笑顔で俺の手を握った。
そうして俺は、立ち上がる。
先程とは打って変わって、世界が明るく見えた。
「歩けますか」
「……はい」
耳と尻尾の生えた女性に先導されながら、俺は明るい街中を歩いて行く。
体が軽く、一歩一歩の足取りが軽やかだった。
女性の後ろ姿を見たとき、俺は何故か、彼女が太陽だと感じてしまった。