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生徒会長閣下に物申すッ!!

作者:

発掘された小説その2


私、有馬瑞恵は現在進行形で死刑判決を待つ死刑囚の心境を味わっています。


 場所は生徒会室。生徒会長の机の前に直立不動で立ち尽くしている私の目の前で無表情に手渡した書類に目を通しているのは軍の上官・・・・・ではなく我が校の生徒会長様。


 顔よし頭よし運動神経よしのパーフェクトな人間だがにこりともしない愛想のなさと容赦のない口調と冷ややかな眼差しから「閣下」と呼ばれている。本当にただの高校のブレザーが軍人の軍服に見えてくるから不思議だよ。


 ははっ!これでうちの高校が詰襟のガクランだったら洒落にならないよねぇ~~。


などと現実逃避していた私だったが現実は待ってはくれない。


 「有馬くん」


静かでそれでいて高校生とはとても思えないほどの威厳に溢れたお声が私の名前を呼ぶ。

名を呼ばれた私はさしずめ最高司令官に呼び出された下士官か。しかもなんかヘマした。

だだの生徒会室のはずなのに閣下が座っているだけで軍部の作戦室に見えてくるから不思議である。


 「!は、はい!」


 私は思わず敬礼したくなるのをぐっと抑えて背筋を伸ばし返事をする。だけど見事に引っくり返ってしまった声に背後ではらはら見守っていた他の生徒会役員が溜息を吐いたのがわかった。


 皆さん~~~。その溜息の意味は一体何なのですか・・・。


後ろを振り向きたい衝動に駆られたが閣下の前でそんなことは出来ない。

だらだらとつぎの言葉を待つのみである。


 な、なに?失敗はないよね?何度も見直したし。


閣下に間違った書類を提出して無言で指摘されること以上に恐ろしいものはない。

戦々恐々と閣下のお言葉を待つ私の心臓はばくばくものである。


 なに。どうなの?何か失敗した?


言うなら早く言って欲しい。焦らされたらこちらは倒れてしまう。


 あ~~早く言ってください!


じっと閣下が私を見る。


 な、なんですか?なんで凝視しているんですか?私なにか閣下の気に障るようなことしましたか!


と声に出せない叫びを上げる私を他所に閣下はとんとんと書類をまとめるとそれに判子を押した。


 「書類は受理した。次はこの書類を整理して棚に納めてくれないか」


 「は、はい。わかりました」


どうやら書類は合格だったらしい。指示された書類を抱えるとすぐさま自分の席に戻る。

椅子に座るとどっと疲れが押し寄せてきた。


 閣下と対峙した後は精神的にくるのだ。このまま机の上にぐたぁ~と伸びたい所だが閣下の目の届く範囲でそんな暴挙にでる勇気は私にはありません。


 (なんで生徒会なんて入ることになったんだろう・・・)


元々私は生徒会役員ではない。そもそも今日の昼までは生徒会に知り合いすらいなかったのだ。

そんな私がなぜ生徒会で役員と混じって働いているのかというと・・・・。


 ちらりと視線が黙々と手を動かす閣下にいく。


 そう全ては閣下・・・・我が校の生徒会長である高坂小次郎が私の教室にやってきたことから始まった。


 彼が教室に現れたとき「まさか」と思った。

様々な意味で知らない学内で知らない者のいない生徒会長の姿に教室は一時騒然となった。

なんだ。なんだと思いながらも閣下の放つ司令官のごとき威圧感に誰も口を開けずにいた。


 こつこつと閣下が靴音を鳴らしながら近づいてくる。我が校は校舎でも土足オッケーだから閣下も勿論靴。皆と変わらない靴を履いているはずなのにどうしてか閣下の足音はよく響いていた。

そしてなぜだか閣下の視線は教室に入ってきたときから私に固定されていた。

勿論それに気付いたのは私だけではない。

隣にいた親友が「ちょっと!」と肘で突いて来るが私にだって事態がわからない。


 な、なんで?なんで私の方に来るんですか!あ、止まった。


閣下は私の机の前で立ち止ってしまった。俯いた視線の先に彼の足が見える。

恐る恐る顔を上げると冷徹と評される絶対零度の瞳と目があった。


 ゴクリと唾を飲み込む音がやけに大きく響いた気がした。


 と、とりあえずへらりと愛想笑いを浮かべてみる。ぴくりと閣下の片眉が神経質そうに上がったので慌てて愛想笑いを引っ込めた。


 すいませんすいません!閣下は愛想笑いなんて嫌ですよね!


 内心で平謝りする私。

 無機質ながらとても耳に心地の良い美声・・・なんだけど何故だか聞いているうちに背筋を伸ばしてしまう声が私の名前を口にする。


 「有馬瑞恵くん」


 「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


引っくり返った声でも返事できた自分を誉めてあげたい。

思わず椅子を蹴倒して直立不動になった私に閣下は顔色一つ変えずに一枚の書類を渡した。


 なに?これ?


反射的に受け取ってしまう私。


 「生徒会長権限により貴女をこれより生徒会役員に任命する」


・・・・・・・・・・・・・・はい?


 手の中の紙に目を落とすとそこには大きな文字で「任命書」下になにやら細かく書かれていたがそこまで読む余裕は私にはなかった。


 「にんめいしょ・・・?」


鸚鵡返しにその言葉を繰り返す。


 にんめい・・・って・・・にんめいって・・・何?


分からず首を捻る私だったが周りにいたクラスメイトの何名かは「えっ!」と目を見開いて私と閣下に視線を交互に彷徨わせていた。


 「詳しいことはその紙に書かれている。今日の放課後何か用事は?」


 「いえ!ありません!」


 近所のおじいちゃんが戦争中は上官の言うことには「はい」しか答えちゃいけなかったと言っていてそれを聞いた時はそんな馬鹿なと思ったけどゴメンなさい!今ならすごくよく分かります!


 私の返事に閣下はしずかに頷く。


 「では放課後生徒会室に。騒がせた」


淡々とそれだけ言うと閣下は静かに教室を出て行った。


 「・・・・ゆめ?」


だと思いたい。一連の出来事全てを夢にしてしまいたいのに手の中の任命書が全てを肯定してしまっている。


 ああ~~~~~~~~~~~もう!何がどうなっているのよ!


私は大混乱に陥った。


 そして時は放課後に移る。


私は生徒会室の扉を途方に暮れた気持ちで見上げていた。

気分が重い。理由は友人たちに聞かされた任命書の話のせいだ。


 任命書・・・生徒会会長権限。これは生徒会長だけがもつ特権らしい。


曰く生徒会長は一人だけ全校生徒の任意なしで個人の意思で役員を選ぶことができるらしい。そして任命された生徒には拒否権はない。任命されたら最後。どんな理由であろうとも拒否することは許されないらしい。


なんでそんなはた迷惑な制度があるのかと私は叫びたい。成立理由は創立者の遊び心が原因だとか・・・・なんだそれは!


もっともこの制度はどの生徒会長でも使えるものではない。事実、前に発動したのは十年も前のことらしい。


発動させる条件は二つ。


 生徒会長として何らかの実績を残していること。


 生徒会役員及び全職員に発動許可をとること。


だけどあの閣下はこれらの条件を満たして私を任命したってことだよね?


 なんで?


疑問が常に頭に浮んでくる。

私は閣下とは面識がない。頭が特別いいわけもないし有名なわけでもない。

どうして選ばれたのかわからないのだ。


 「どうして私・・・?」


 「何が?」


背後から聞こえてきた冷ややかな声に私の背筋が凍りついた。

ぎくしゃくと振り向くと予想通り閣下が無表情で私を見下ろしていた。


 「かっ・・・・会長・・・」


 しまった動揺なあまり「閣下」と言いかけてしまった。


あわあわする私には構わず閣下は生徒会室のノブに手をかける。


 「入りたまえ」


 「は、はい!」


きっと閣下は普通に喋っているつもりなんだろうけどやっぱり軍隊の最高司令官のごとき趣があって緊張してしまう。

ぎくしゃくと室内に入るなり閣下は私に容赦なく仕事を頼む。最初は失敗ばかりして閣下の無言の視線や注意がかなり怖かったがどうにか慣れる。というか慣れるよ。閣下が怖いから。


そしてどういう訳だか他の役員の方は私と閣下の間に入ろうとはしないのだ。


 その生暖かい視線の意味はなんですか皆さん!


おかげで閣下専属雑用と化してしまったよ。私。


よよよっ!と涙を堪えながら書類整理をしていたのだけど・・・。


 「くっ・・・・と、届かない・・・・」


必要な書類が入ったバインダーがよりにもよって棚の一番上の段に入っているとは・・・・身長百五十ジャストの私への挑戦?


指先が微かに触れる。もうちょっとで届く・・・・。

精一杯背伸びをしてバインダーへ挑戦する。

頭の中から脚立を持ってくるという常識的かつ妥当な案は綺麗に出てこなかった。


 「も、もうちょっと・・・・・」


危ういバランス保ちながら引き出したバインダーが私の手を離れ落下してくる。


 嘘!激突コース!


そう悟った途端足元のバランスが崩れ後ろに倒れてしまう。


 「うぁ!」


 駄目だ!


頭の中には後ろにすっころんでバインダーに激突された己の未来の姿がまざまざと思いえかかれ私は瞳をぎゅっと瞑って痛みに備えた。


 「・・・・・・・・・・・・あれ?」


 いたく、ない。


なんでと首を傾げる私の耳元で感情の読めない無機質なくせに恐ろしく色気のある声が聞こえてきて私は思わず声なき叫び声をあげた。


 「・・・・・・・・きみはなにをしている」


 なんてことだろう。バランスを崩した私を閣下が後ろから抱きとめているではありませんか。


左手には落ちてきていたバインダー。


 えっと・・・これは閣下が転びそうになった私を救ってくれたと解釈していいのかな?


呆然とする私を閣下の絶対零度の視線が貫く。お、怒ってらっしゃる~~~~!!

閣下の鉄壁の無表情の中に一片の不機嫌さを感じ取ってしまった私は魂を半分飛ばしていた。


 「気をつけてくれ」


溜息をついてバインダーを渡してくる閣下の顔を正面から見ることが出来ず私は俯いた。


 「は、はい・・・すいませんでした・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・心臓が止まるかと思った・・・・・」


 「え?」


 あまりに小声過ぎて何を言ったか聞こえませんよ。閣下。


聞き返したいけど怖くて聞き返せない私に気付いた閣下が軽く頭を振った。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんでもない。その書類の整理が終わったら今日はもう帰っていい」


それだけ言うと閣下はさっさと資料室を出て行ってしまう。

背筋を伸ばしてかつかつと靴音を響かせて(何度もいうけど閣下の履いている靴は普通の靴)遠ざかる背中をしばし馬鹿のように見詰めていた私だったがはっと気付くと慌ててその後を追った。


頼まれていた仕事を終わらせて帰り支度をしようとした私だったが一足先に帰り支度を整えた閣下が私の前に立ったので私はびくりと肩を震わせてしまった。


 な、に?


閣下はじっと私を見ている。


 「なにか・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


閣下は何も言わない。どこか言いよどんでいるような迷いを感じるのは気のせいだろうか?

閣下はどうやら何か悩んでいるらしいと悟り私は大変失礼だが戦慄を感じずにはいられなかった。

閣下が何かを悩むというのがまず似合わない。

こんな短時間の付き合いである私でさえ閣下の性格は分かる。


彼はあらゆる意味で我が道を突き進む人だ。道がなければ作り出し、行き止まりなら粉砕してでも通るような人。

 なのに今、目の前に立つ閣下は分かりづらいけど何かを迷っているように見えた。


 「あの・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・る」


 「へっ?」


聞き返すと無表情に睨み返されて私は肩を震わせる。」


 「ひっ!」


すいませんごめんなさいと訳もなく謝りたくなった。

そんな私を無視して閣下は一息に自分の言いたいことだけを伝えてきた。


 「送る、と言った。了承か否か速やかに述べたまえ」


 「え、え、えぇぇぇぇぇ?」


 送るって・・・・・どこに?刑務所?貨物船?マグロ漁船で長期出稼ぎ?


動揺のあまり馬鹿な考えしか思い浮かばない。中々答えない私に耐え切れなくなったらしい閣下が私の鞄を持って歩き出す。


 「あっ・・・・」


 「時間切れだ。強制的に君の自宅まで送っていく。反論は却下だ。答えを出さなかった君が悪い」


 ああ、「送る」ってそういう意味か・・・・。


立ち止まるどころか振り向きもしないで言いたい放題の閣下の背中を私は小走りで追いかけた。

 

 そして何故だか私は閣下に家まで送ってもらうことになりました。


 (か、会話がない・・・沈黙が重く深く圧し掛かってくる!)


閣下は学校を出てから一言たりとも言葉を発していない。

無表情に前を向いてスタスタと歩く。背筋を伸ばし歩くその姿は妙な威圧感をかもし出す。その隣を私がびくびくしながら歩いていた。

閣下はスタスタと先に行きそうな雰囲気なのに歩幅はちゃんと私に合わせてくれているらしくちゃんと閣下についていける。


 これって他の人からはどういう関係に見られているんだろうか?


沈黙に耐えるために思考をあらぬ方向に飛ばす。


 兄弟?いや有り得ない。似てないし明らかに雰囲気が違う。

 友人?いくらなんでもこんな重い空気を発散する友人関係はないだろう。

 だったら・・・・・。


 恋人?


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 自分で思い浮かべておいてなんですが目眩を感じてしました。

 

一番有り得ない。万が一そう見えてもこの空気だと別れる寸前だ。破局間近なのは間違いない。

ちらりと隣を歩く閣下の横顔を盗み見る。


やっぱり綺麗な人だなぁ・・・と感心してしまう。


格好いいとかじゃなくて綺麗。だけど女性のようだとも違う。ちゃんと男らしいんだけどなよなよしてないというか・・・う~~ん上手く表現できないなぁ・・・。

だけど綺麗なのだ。姿かたちだけじゃなくてもっと違う所からこの人の綺麗さはきているような気がする。

これでもう少し表情が柔らかくなったら絶対に人気が出るだろうなぁと余計なことまで考えたことが悪かったのかそれてもマジマジと見すぎたのか急に閣下が横を向いた。


 目がばっちりと合ってしまう。


 「どうした?」


 「へっ・・・?」


 「何故、俺を見ている?」


 しまったぁぁぁぁぁぁぁ!見ているのがばれた!


 どう、どうする。どうするの!私!


ぐるぐるする思考で一つの言葉が頭に浮ぶ。

私は握りこぶしを作り会長を下から見上げると力強くその言葉をつむぎ出した。


 「会長は笑ったらもっとかっこいいですよ!」


閣下の目が丸くなる。そして己が何を言ったのか悟った私はというと本日何度目になるか分からない声無き叫び声を上げていた。


 何言っているの私!


 この場に穴掘って埋って化石になりたい!

私の馬鹿な発言に閣下はさぞご立腹されているだろうと思ったんだけど・・・・私の想像したどの反応とも違う反応をした。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」


 会長は口元を手で隠し、私から顔を背けた。まるで私の顔など見たくもないと言わんばかりに!そしていつも通りの無機質な声でぼそりと。


 「馬鹿なことを言うな」


 思い切り突き放された気がした。


 ど、どうしよう!閣下、私の顔を見たくないほど気分を害してらっしゃる!


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・す、すいません・・・・・」


それだけ口にするのが精一杯で家に着くまで私はずっと下を向いていることしかできなかった。




疲れた。何だか今日一日で一年分ぐらいの疲労を感じたような気がする。


 「ただいま~~~~~」


よろよろと帰宅した私を台所から顔を出した次兄がお玉片手に出迎えてくれる。


 「お~~瑞恵お帰り!ってなんか疲れてないか?」


 「はははっ・・・・色々ありまして・・・・・」


 「?なんか分からんがメシくって風呂入って寝れば疲れなんてすぐに取れるぞ!」


体育会系思考丸出しで豪快に笑う次兄の頭を後ろにいた長兄が叩く。


 「お前の頭には繊細という文字はないのか・・・・・瑞恵お帰り」


にっこりと柔らかな笑顔で出迎えてくれた長兄だったが左手はぶーぶーと文句を垂れた次兄の頭をしっかりとわし掴みにして黙らせている。怒らせると怖い人だからな・・・お兄ちゃんは。


 「夕飯は出来ているから服を着替えておいで・・・・・どうしたんだい?」


 心配そうに顔を曇らす長兄。・・・・私そんなに疲れた顔をしているのかな?


 「うん・・・・大丈夫だよ」


 にこりと笑って見せたんだけど・・・・長兄の目から心配が消えない。


 「瑞恵・・・・」


 「本当になんでもな・・・・・・」


 がちゃ!がたっ!ばんっ!


怒涛の勢いで玄関のドアを開き飛び込んできた三兄の一言で兄達の空気がオホーツク海よりも冷ややかなものに変わった。


 「瑞恵。一緒に下校していた野郎は誰だ」

 

いつもは無表情無言な三兄のおどろどろしい声にぴしりと音を立てて空気が凍りついたのを私は確かに聞いた。


 ぎぎぎっと油の切れたブリキ人形のような動きを見せる次兄。

 息を切らせながらも険しい顔を解かない三兄。

 そして・・・・・・にこやかな笑みを貼り付け逃げ出そうとしていた私の腕を掴む長兄。


 「瑞恵?どういうことか説明してくれないかい?」


 目が、全く笑っていませんよ?お兄様・・・・。


恐ろしい笑顔に私の背筋が凍りついた。


 「えっ・・・あ、あははははっ!」


 我が家の大黒柱にして両親亡き後の保護者でもある十上の三つ子の兄(全員独身)たちの最大の特徴それは・・・・・極度のシスコン&過保護であった。


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 渋面な顔で腕を組む長兄 瑞樹。

 無表情で何を考えているのか読ませない三兄 瑞杜みずと

 悪い虫排除を声高に訴える次兄 瑞也みずや

 そしてそんな兄たちの前で正座をさせられているのが末っ子。つまりは私、瑞恵。


 「瑞恵?」


 「は、はいっ!」


にこにこと先ほどまでの渋面が嘘のような笑顔を浮かべる瑞樹お兄ちゃんががしりと私の肩を掴む。


 「俺達に隠れて男女交際なんてしてないよね?」


 「とととととととんでもないッ!」


ぶんぶんと力の限り首を振って否定する。

だってだって迂闊なことを言ったらお兄ちゃんたち武装して出て行きかねない雰囲気なんだもん。無用な血は流れない方がいい。


 「今日は閣下・・・・じゃなかった生徒会長が送ってくれただけだよ!」


 「生徒会長?でも瑞恵は生徒会に入ってない」


瑞杜お兄ちゃんのもっともな疑問に同じ顔をした残り二人もうんうんと頷く。普段は顔以外に共通点なんてないくせにどうしてこういうときだけチームワークを発揮するかなこの兄たちは!


 「そ、それは・・・・・」


 「それは?」


 ううっ・・・瑞也お兄ちゃんが畳み掛けてくる・・・・。


 「素直に吐いたほうが後々楽だぞ?」


そんな私のことを心底心配していますって顔で脅しに掛らないでよ瑞樹お兄ちゃん。


 「じつは・・・・」


私は今日一日あった全てを兄達に話した。

そして兄達は一様に微妙な顔で黙り込んだ。


 あれ?なにこの反応は・・・・・。


 「因果応報か?」


どこか遠くを見ながら瑞樹お兄ちゃんがそんなことを呟く。

そんな瑞樹お兄ちゃんの肩を瑞杜お兄ちゃんが慰めるように叩いた。


 「気にするな・・・・」


 「変な虫は追っ払えばいいんだよ!一匹残らずに俺が駆逐してやる」


拳を高々と振り上げながら瑞也お兄ちゃんが恐ろしいことを言い出す。

 ちょっと待って!なんだかお兄ちゃん達の過去を匂わせたり暴力に話しが逸れてますけど!


 「会長は別に悪い虫じゃないよ!」


私は勘違いされては堪らないとそう主張したが返ってきた反応は芳しくない。


 「へぇ・・・」(長男)


 「騙されるな!」(次男)


 「ほぉ・・・なるほど」(三男)


 なんなんですか?その反応は。


 「そ、そりゃなんで私なんかを生徒会役員に指名したのかはわからないけどでもお兄ちゃんたちの勝手な思い込みで会長に迷惑かけちゃだめだよ!」


ここで納得させておかないとこの兄たちのことだ。家宝の日本刀を片手に閣下を襲撃しかねない。

私は必死だった。嘘でも誇張でもなくこの兄達がそれぐらいのことをやってのけるということは身をもって知っているからね!


 「いい!変な勘違いで他の人に迷惑掛けちゃ駄目だからね!そんなことしたら嫌いになるからね!」


 「「「はい」」」


 十六歳に叱られてしゅんとうなだれる二十六歳ってどうよと思わないでもなかったが取り合えずの言質は取れたので私は満足だった。




 「はぁ~~~」


今日も今日とて生徒会室前。

溜息が零れるのをとめられないよ。

どうして自分が生徒会役員に指名されたのか、とか。

昨日は会長の機嫌を物凄く損ねていて何となく顔を合わせづらいな、とか。

もんもんとしたものが胸の中で渦巻いていて入るのを躊躇わせる。

だけどここで溜息ついてもしかたないよね。うんよし!

ぱんぱんと頬にはたいて気合を入れる。


 「よし!」


扉に手を伸ばそうとした私の背後から


 「・・・・・・・君はそうやって一々気合を入れないと部屋に入れないのか?」


 「のぁ!」


忘れようにも忘れられない無機質いい声に私は情けない声を上げてしまった。


 うぁ~~このパターン前にもあったよ。デジャブを感じちゃうよ。


 「か、会長」


予想通りの無表情で私の背後に閣下が立っていた。


 こ、この人なんでいつも私の背後から気配もなく現われるのよ!


 「君は生徒会役員なんだから堂々と入ればいい」


あれ?なんか普通・・・・・というには無愛想だけど閣下はいつも無愛想だからいいんだけど・・・気にしてないのかな?昨日のこと・・・。


 「なにか?」


 「いえ!なにも!あ、仕事です!仕事!仕事しましょう!さあ!」


ぎくしゃくとわざとらしくそんなことを言いながら生徒会室に入っていく私に閣下は黙ってついてきた。

そしてその日の仕事も無事に終わり、さて帰ろうかと私が立ち上がろうとしたその時。


 「相馬くん」


 「ひゃ!」


背後からの声に思わずバランスを崩してしまう。うぁ~~~転ぶ!

間近に迫った床に思わずぎゅっと目を瞑るが腰に回された手のおかけで転ぶことは避けられた。


 「君は・・・どうして俺の前だとそう危なっかしいんだ」


少し呆れたような声で私を支えてくれていたのは閣下だった。閣下どうして気配なくいつもいつも私の背後から現れるんですか?


 「会長・・・」


 「もう少し落ち着きを持て。でないと・・・目が離せない」


 「す、すいません・・・・」


普段はここまで落ち着きがないわけじゃないんだけど・・・会長といると緊張しすぎて変な所ばかり見せているよ。


 「ところで・・・もう大丈夫ですから離してもらえませんか?」


腰に手を回され、小脇に抱えられているような格好をいつまでも維持したいとは思わないので会長を見上げながらそう頼む。

閣下はしばらく黙っていたがそっと私を地面に降ろしてくれた。


 「ふぅ・・・」


閣下はじっと感情の読めない目で私を見てそれから一言。


 「柔らかいな・・・」


 「へ?」


 「いや、なんでもない」


ぷいっとそっぽを向いてしまった閣下に聞き返すわけにもいかず私は首を傾げるしかない。


 今、なんて言ったんだろう?


 「えっと・・・それではお先に失礼します・・・・うぁ!」


疑問は置いておいて帰ろうとした私を閣下が腕を掴んで止める。思わずたたらを踏んでしまった私に閣下が戸惑ったようななんともいえない顔で『待ってくれ』と囁いた。


 「会長?」


 「・・・・相馬くん」


 「はい」


 「君は・・・・・・・・・・・男女交際についてどう思う」


 「・・・・・はい?」


 いま、何を言った。この人は・・・・?


私の脳が意味を理解することを拒否しましたよ?

だって・・・閣下の口から・・・しかも真顔で。


 「男女交際についてどう思うか君の忌憚ない意見を聞かせて欲しい」


 うそ~~~~~~~~~~~~!聞き間違いじゃないし!


衝撃的な言葉を聞かされた私の頭の上をひよこがぴよぴよ鳴きながら回っていた。

えっと・・・・なんでこんなことを私は閣下に問われているのだろうか?

根本的な疑問をだけど口に出せるはずもない。


 「男女交際」・・・閣下が口にするとどうも青春!甘酸っぱい!切ない!という感じがしないなぁ・・・。どちらかというと硝煙とか爆音とか極秘任務とかそんな単語が隠れている暗号文のような気がしてくる。

そんな馬鹿なことを考えていたせいかまたしても私は頭を通すことなく言葉を出していた。


 「会長・・・男女交際に興味があるんですか?」


 ぴしりっ!


場の空気が瞬時に凍りついたのが分かった。


 「ひっ!」


自分の失言に気付くが吐いた言葉が消えるわけはなく。

閣下はいつも以上に感情の読めない能面をしていた。

怖い。物凄く怖い。何も言わずいつも以上の無表情で私を見ている。

へ、蛇に睨まれたカエルの気持ちが物凄くよく分かる。動きたいのに逃げ出したいのに目が離せない。


 「相馬くん」


 「はいっ!」


 すいません!馬鹿なことを言いました。謝り倒しますから命だけはご勘弁!

涙目の私に会長は静かに言葉を続けた。


 「君は・・・・好きな人はいるか?」


 「いいいえ!ぜんぜんいません!」


 「なら、気になる男は?」


 「おりません!ええ、おりませんとも!」


 「そうか」


 「そうです!」


力強く頷くとつかまれた腕にきゅっと力が篭もる。


 なに?なんなの?私、なにか怒らすようなこと言った!


会長はじっと私を見ている。私も恐怖のあまり目を逸らすことができずにいたので結果的に私たちは見つめあう破目になっていた。


 「相馬くん・・・」


 「は、はい!」


 「俺と将来を見据えた関係を築かないか?」


 「は、はぁ・・・・」


 何が言いたいのだろうか?この人は・・・・。


突然意味が分からないことを言い出した閣下に私は戸惑うしかない。私の困惑を読み取ったのか閣下が少しだけ困ったように頬をかいた。


「いやか?」


 いえ、あの・・・いやとか以前に何を提案されているのかさっぱりわからないのですが?


答えようのない私を置いて閣下は自分のペースを貫いていく。


 「いやならどこかいやか言ってくれ。最大限の努力を持って直す」


 「え、あの・・・会長?」


 ちょっと一人で暴走していませんか?


声を掛けるが相手には聞こえていない。

いつもの無表情にうっすらと焦りのようなものが見える。


 「俺はこのような行動にでるのは初めてだから色々と間違っていることもあると思う。

 だが、遊びで提案しているわけではない。気持ちは本物だ。そこは信じてくれ」


 「えっと・・・」


だからなんのお話ですか?なんて聞ける雰囲気では既にない。

何も言えずにいる私に閣下は何か気付いたように息を飲んだ。


 「いきなりこのようなことを言われて君も戸惑うな。・・・・すまない事急いてしまった」


 いえ、だから何を提案していたのか根本的なところが・・・・。


 「すまない。だが、今いったことは俺の偽らざる本音だ。・・・前向きに考えて欲しい」


 だから!何を!


 「・・・・・送る。一緒に帰ろう」


私の返事を待たず閣下は歩き出した。

あの。閣下、一緒に帰ると私はまだ了承しておりませんが?ついでにいえば手を繋いだままなのですが?


帰り道私たちは一言も喋らなかったし閣下は繋いだ手を離してはくれなかった。

大きな手と前を歩く閣下の背中を私は交互に見詰めながら私は先ほどのやり取りについて必死に考えていた。

なにか、閣下に提案された。それは閣下にとってとても大切なことだ・・・と思う。

うっ~~~~いまさら先ほどの提案はいったいどういう意味でしたかなんて聞けないし。聞いたら命なさそうな気がするし・・・・・。

ぐるぐるとそんなことを考えているうちに我が家の前。

そっと手が離れる。


 「それでは・・・」


 閣下は一言それだけいって背中を向けた。


 「あっ・・・・」


何故か寂しい気持ちが湧いた。手を離されて離れていく閣下を引き止めたくなる。

 あれ?なんで?

 どうしてそんなこと考えちゃうの?

家に入りもせずに遠ざかる閣下を見詰めていると急に閣下が足を止めて早足でこちらに戻ってくる。


 「え、あ、あの?」


 「大切なことを言い忘れていた」


 軽く息を弾ませながら閣下は立ちすくむ私の肩を掴んで抱き寄せた。


 「!?」


 あれよあれよと抵抗すらできずに私は閣下の腕の中。

 肉親以外の男性とこんなに触れ合った記憶なんてない私には過度な接触に頭の中が瞬間的に沸騰して思考がぶっとぶ。


 「君のことが好きだ」


 な・ん・で・す・と~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!


からかわれている?私、からかわれている?どこかでどっきりって書いた看板でてこない?

突然の告白に呆然とするしかない私。

そんな私を抱きしめたまま閣下は相変らずの無機質いい声で止めをさした。


 「好きだ。愛している。ずっと側にいてくれ」


そんな言葉と無縁だと思っていた人に囁かれて立っていられる女の子いますか?

しかもそこはかとなく熱っぽい声で言われて、そこはかとなく愛しそうに見詰められてそこはかとなく優しげな手付きで頬を撫でられてときめかない女の子はいない。あれ?おかしい?そこはかとなくが多いぞ?でもそうとしか表現しようがないのよね。


私は閣下の表情に不覚にもときめいた。心臓が馬鹿みたいに早くなる。

がくんと足に力が入らなくなる私を閣下が咄嗟に支えてくれる。


 「相馬くん?」


くるりんと視界が暗転する。

 緊張のあまり意識を飛ばそうとしているのをどこか他人事のように感じた。


 「相馬くん!」


 いつもの無機質顔をかなぐり捨てた慌てた閣下の顔。

 あ~~~やっぱりいつもカッコイイけど感情が浮ぶともっとカッコイイ。


 (あ~~あの生徒会室での謎の提案ってもしかして「付き合ってくれ」っていうことだったのかな?)


 「好きだ」の一言で謎が嘘のように氷解していくよ。

 そんなことを思いつつ私は意識を無くした。


 

一応その後のお話も近々アップ予定です。

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