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また、巡り逢えたら~最後に思い出す人~

作者: Tomi
掲載日:2026/07/15

 

 ふと目を開けると、そこは、白い天井に白いカーテン。

 柔らかな日差しがカーテンの隙間からこぼれる、静かな白い部屋だった。


「あ、そっか」


 私は病院の一室にいた。



 ふぅ、と息を吐く。


 近くの中学校から、吹奏楽の音がわずかに耳に入ってくる。

 目を閉じると、懐かしい光景が脳裏に浮かんだ。


 音楽室のベランダから眺めるグラウンド。

 汗を流すサッカー部の人たち。


(そういえばこの頃はまだ、まじめに学校に行ってたなぁ)


 思えば、まじめに学校に通っていたのはその頃だけだった。

 いつの間にか私は遅刻の常習犯になり、クラスメイトから『社長出勤』と言われていたのを覚えている。


(今頃、こんな昔のことを思い出すなんて)


 無意識に、頬が綻んだ。



 あれから数十年の時間が流れ、嬉しいことも、悲しいことも、悩みも、色んなものを積み重ねて、私は私の人生を歩んできた。


 そして今まさに、その幕が閉じようとしている、この時に……。

 ずっとどこか心の奥底に仕舞っていた、あの人を思い出す。

 頭がよくて、勉強を教えてくれた、青春のど真ん中だった頃の私の、たぶん、初恋だった人。



(ああ、好きだったなぁ、あの人)



 勉強を教えてもらった日のこと。

 バイクのエンジンの音、あの人の背中。

 ツーリングの帰り道、コツンとわざとヘルメットを当てた瞬間。


 たぶん私はずっと"あの人"が大好きで、これからもずっと好きなのだろう。


 私の人生は総じて不幸ではなかったけれど……

 もしも来世があるのなら、また巡り逢いたい――。



 いつしか私は眠っていて、そのまま、目が覚めることは無かった。



 ◇ ◇ ◇



 いくつかの時が流れ、街も、人々も、すべてが移り変わっていた。

 自然は時を越えて移ろい、色を変え姿を変えて、それでも息づいていた。


 どれほどの月日を積み重ねては巡り、ここまで流れてきたのか。

 小さな気持ちを胸に秘めたまま、私は何度の生を繰り返しただろう。


 幾度も繰り返した人生は、そのひとつひとつ全てが、私の人生だった。

 幸せだった時も、苦しかった時も。


 けれど、終わりを迎えるたびに、思い出すのは"あの人"だった。



(ああ、好きだったなぁ、あの人)



 今となっては、顔も姿も分からない。

 何を感じ、何を求めていたのかすら、曖昧になっていた。



 ◇ ◇ ◇



「ねぇ、母さん。今日の夜だよね?」


「ええ。遅くならないようにね」


「うん、わかった」



 今日は母の友人の息子だという人が、勉強をみてくれる約束になっていた。

 その人は家庭教師のアルバイトを探していたらしく、それならということで、母が頼んだらしい。


 いつも通りに学校へ行き、いつも通りに過ごす。

 何も変わらない、いつもの日常。

 今日のお弁当も、いつも通りにとても美味しかった。



「今日から家庭教師くるんでしょ?」


「うん、そう。母さんの友達の息子で大学生だって」


「いいなぁ。イケメンだったら最高~」


「いやぁ、どうかなぁ。私はイケメンってあまり」


「あ、そうだよね。イケメンには靡かないもんね」


 なんて言われても、イケメンだから靡かない、というわけではないんだけど。

 そんなことを思いながら、いつもの道を自宅まで急いだ。



「ただいま」


「おかえり。19時には来るから、それまでにご飯済ませておく?」


「うん、そうする」



 ひとりで早めの夕食を済ませ、約束の時間を待った。



 ピンポーン。



 玄関のチャイムが鳴る。



「来たみたい」


 母はバタバタと急いで玄関へ小走りし、家庭教師をしてくれるという友人の息子を出迎えた。

 私も母を追って玄関へ行くと、そこには少し肌の濃い爽やかそうな青年が立っていた。


「いらっしゃい、よく来てくれたわ。ありがとうございます」


「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 母と青年がペコペコとお互いにお辞儀をし挨拶を交わす。


「ほら、挨拶して」


 母に促され、私も挨拶をした。


「あ、よろしくお願いします」



 一言で言うと、イケメンだった。



「ここまでどうやって来たの?」


「バイクで来ました。外に停めたんですが、大丈夫でしたか?」


「ええ、敷地内よね? 大丈夫よ。交通費はガソリン代がいいかしら」


「いえいえ、そんな」


「あら。交通費も払うわ。当然よ?」


「すみません、ありがとうございます」



 そんな二人の会話を聞きながら、リビングへと移動した。



(……ふぅん。バイクに乗ってるんだ)



 リビングの窓から玄関方向を見ると、大きなバイクが停まっているのが見えた。

 外灯に照らされた黒いヘルメットが、シートの上に無造作にポンと置かれていた。



「じゃ、あの。そろそろ……」


 母が出したお茶を飲み干すと、彼が腰を上げた。


「あ。ごめんなさいね。なんだか引き止めちゃったみたい。よろしくお願いしますね」



 二人で私の部屋へ向かい、ここからがようやく、本題だ。


 正直なところ、母が家庭教師を頼むだなんて思ってもなかった。

 母のことだから、友人の息子さんが家庭教師のアルバイトを探していると聞いて、特に何も考えずに手を挙げたに違いない。



(まあ別にいいんだけど。塾に行くのも面倒だし)



 成績は中の上くらいだけれど、部活が好きだから学校に行っているようなものだった。

 毎日遅刻しがちだけれど、それで成績が悪いとなれば格好が悪いし、勉強が嫌いというわけでもないから、まあまあ頑張っているつもりだった。



(……部活の時間が減るのは嫌なんだけどな)



「わからないところ、どのあたり?」


「あっ、ああ……えっと……」



 ふいに声をかけられ、慌てて、先日の数学のテストで分からなかった箇所を指した。



「……この問題なんだけど」


「うん。それは……」



(あれ? この感じ……なんだったかな)



「これでどう?」


「あっ、うん、すごい! わかった! 先生より全然わかる!」


「ははっ。じゃあ、こっちも解けるよね。やってみる?」


「やってみる!」



 どうにも難しかった問題が、スラスラと解けた。



(あれ? こんなに簡単だったの?)



「簡単でしょ?」


「いや、あの。お、教え方が上手いからだと思う!」


「コツが分かれば簡単だから」



 家庭教師のお兄さんは優し気に微笑んでいた。



 そうしていくつかの問題を解いていると、時間が経つのはとても早く、気付けば予定の90分が過ぎていたのだった。



 母に次の予定を確認すると、お兄さんは「ではまたね」とひらひらと私に手を振ってくれていた。


 私は家庭教師のお兄さんが帰宅する後ろ姿を、じっと見つめていた。


 黒い大きなバイク。

 黒いヘルメット。



(ああ、好きだなぁ、この人)



 なんとなく、そう思っていた。

 思っていた、というよりも、胸に秘めた小さな気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。


 でもそれは、懐かしいようでもあり、なんだかとても、不思議な感覚だった。

 

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