社内親睦会サバイバル ~幹事という名の生贄~
「乾杯!」
その発声は、俺にとって開戦の合図だった。
金曜夜。新宿の居酒屋。集まったのは部署の猛者たち総勢二十名。
俺――入社三年目の田中は、この「親睦会」という名の戦場における指揮官である。
開始五分。早くも前線が崩壊しかけていた。
「おい幹事! ビールまだか!」
「田中くぅん、私のカシスオレンジ薄いんだけどぉ」
「すいません、唐揚げ追加で! あと高いワイン頼んでいいっすか?」
四方八方から飛んでくる銃弾を、俺は必死で迎撃する。
新人が高いワインを頼もうとするのを「飲み放題メニュー内から選べ」と笑顔で却下し、部長のグラスが空になる0.5秒前に「芋ロックですね」とタッチパネルを高速操作する。
自分の箸をつける暇などない。
俺のミッションは、予算内(一人四千円)で全員を満足させ、無事に帰還させること。それだけだ。
だが、中盤で最大の危機が発生した。
「おう、遅れたな!」
ドタキャンしたはずの専務が、赤ら顔で乱入してきたのだ。
戦慄が走る。席がない。コース料理も人数分しかない。
俺は瞬時に判断を下した。
自分の席を譲り、自分の刺身盛り合わせを専務の前に差し出す
「お待ちしておりました! さあどうぞ!」
「うむ、気が利くな!」
俺は丸椅子で通路に座り、ひたすら枝豆の皮を片付けるマシーンと化した。
これはサバイバルだ。生き残るためには自分の尊厳さえも捨てる。
そして訪れる最終局面、お会計。
伝票を見た俺は血の気が引いた。予算を五千円オーバーしている。
誰だ、別料金の「特選馬刺し」を頼んだ奴は。
犯人を探している時間はない。このままでは俺の戦死が確定する。
その時、専務が財布を取り出した。
「遅れてすまなかったな。ここは私が少し出そう」
神か。後光が見える。
専務が出したのは一万円札。これで足りる。俺は心の中で勝利のファンファーレを鳴らした。
「じゃあ、お釣りは二次会の足しにしてくれ」
専務のその一言で、俺の目の前が真っ暗になった。
お釣りは約五千円。二次会の予算には到底足りない。
店を出た一行は、アルコールの入ったハイテンションで叫んだ。
「よし、次はカラオケだ! おい幹事、店押さえとけよ!」
新宿の金曜夜。二十名が入れるカラオケなど、空いているはずがない。
スマホを握りしめる俺の手が震える。
戦いはまだ、終わらないらしい。
俺は夜空に向かって、音のない悲鳴を上げた。




