表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

社内親睦会サバイバル ~幹事という名の生贄~

作者: 下山 海
掲載日:2025/11/30


「乾杯!」


その発声は、俺にとって開戦の合図だった。

金曜夜。新宿の居酒屋。集まったのは部署の猛者たち総勢二十名。

俺――入社三年目の田中は、この「親睦会」という名の戦場における指揮官(幹事)である。


開始五分。早くも前線が崩壊しかけていた。


「おい幹事! ビールまだか!」

「田中くぅん、私のカシスオレンジ薄いんだけどぉ」

「すいません、唐揚げ追加で! あと高いワイン頼んでいいっすか?」


四方八方から飛んでくる銃弾(オーダー)を、俺は必死で迎撃する。

新人が高いワインを頼もうとするのを「飲み放題メニュー内から選べ」と笑顔で却下し、部長のグラスが空になる0.5秒前に「芋ロックですね」とタッチパネルを高速操作する。

自分の箸をつける暇などない。

俺のミッションは、予算内(一人四千円)で全員を満足させ、無事に帰還させること。それだけだ。


だが、中盤で最大の危機(ハプニング)が発生した。


「おう、遅れたな!」


ドタキャンしたはずの専務が、赤ら顔で乱入してきたのだ。

戦慄が走る。席がない。コース料理も人数分しかない。


俺は瞬時に判断を下した。

自分の席を譲り、自分の刺身盛り合わせを専務の前に差し出す


「お待ちしておりました! さあどうぞ!」

「うむ、気が利くな!」


俺は丸椅子で通路に座り、ひたすら枝豆の皮を片付けるマシーンと化した。

これはサバイバルだ。生き残るためには自分の尊厳さえも捨てる。


そして訪れる最終局面、お会計。

伝票を見た俺は血の気が引いた。予算を五千円オーバーしている。

誰だ、別料金の「特選馬刺し」を頼んだ奴は。

犯人を探している時間はない。このままでは俺の戦死(自腹)が確定する。


その時、専務が財布を取り出した。


「遅れてすまなかったな。ここは私が少し出そう」


神か。後光が見える。

専務が出したのは一万円札。これで足りる。俺は心の中で勝利のファンファーレを鳴らした。


「じゃあ、お釣りは二次会の足しにしてくれ」


専務のその一言で、俺の目の前が真っ暗になった。


お釣りは約五千円。二次会の予算には到底足りない。

店を出た一行は、アルコールの入ったハイテンションで叫んだ。


「よし、次はカラオケだ! おい幹事、店押さえとけよ!」


新宿の金曜夜。二十名が入れるカラオケなど、空いているはずがない。


スマホを握りしめる俺の手が震える。

戦いはまだ、終わらないらしい。


俺は夜空に向かって、音のない悲鳴を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ