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異能短編

骨董扱処あんていく覚書

作者: 留龍隆


 いわくつきの品を仕入れるたびに塩撒くのが面倒なので、舶来品の巨大な岩塩を買ってみた。

 それきり家鳴りも気配も視線もなくなった。単純なものである。


「邪魔なんだけど」


 つめたい声に、いやいやそんなこと言うものじゃないですよ。と私は言う。

 赤子くらいの大きさの岩塩の向こう、背の高い脚付き箪笥の上に英吉利(イギリス)伝来のウインザチェアとレジスタが積まれた部屋の隅から、反応は返ってきた。


「邪魔は邪魔だよ。そもそもコレいくらしたの」


 趣味に使った額を訊くのは礼を失していますよ美也子(みやこ)さん。


「趣味じゃないでしょ。仕事でしょ、アナタ骨董屋さんなんだから。仕入れ額は帳簿につけといてもらわないと月末困るんですけど」


 箪笥の陰からはたきがにゅっと伸びてきて、次いでブスっとした顔の美也子さんが顔を出す。


 白磁の肌をした素敵な外見だ。

 流行のマガレイトに結った黒絹の髪の下で仏頂面をしており、白のブラウスに通した腕をぴんと伸ばし、手套に包まれた手ではたきを振っている。

 行燈袴を合わせた風貌だけなら女学校にでも通っていそうなものだ──実際、東京女子師範学校に居た時期もあるらしい──が、家もなくいまは無宿渡世人といった顔つきである。

 片目は玻璃(はり)、片目は黒曜(こくよう)の双玉宿した目つきはとても鋭い。


「もし、仕入れ値がわかんないなら、コレ食費に入れるよ。少しずつ削って毎日お料理に使ってあげようかしら?」


 ついでに言動も鋭い。お願いだからやめてください二円二十銭したんだから。ギッと軋む安楽椅子から立ち上がりつつ、私はあわてて抗議した。

 美也子さんはめんどうくさそうに、はたきを持った腕を組む。


「そうは言うけど(はいたか)くん、このお店ぜんぜん商品が売れないんだもの。お買い物に行けずお塩を借りにお隣を毎度訪ねる、こちらの気持ちにもなってほしいもの」


 重々承知しております、申し訳ありません。私は頭を下げた。

 下げたものの、内心では仕事をしない言い訳ばかり考えていた。

 そもそも私は人間と接することが苦手なのだった。趣味と成り行きでこのように骨董屋の主となって、いわくつきの品々に囲まれたことに不服はない。むしろ感謝しかない。品々を仕入れ管理し、より良い状態で陳列するこの作業は私に特別向いていた。


 しかし、販売だけは別だ。

 人と直接に接して物を売りさばく、そういう作業が私はいっとう苦手だった。

 ……物は、いい。素晴らしい。物はひとつの目的のためにのみ存在し余分な働きをしない。

 ひるがえって人間という奴ばらはどうか。言うこと成すこと朝令暮改で余分なことしかしない。なにをしようとしているのか、なにを考えているのかがまるでわからない。

 だから様々な物、品を生み出すという技芸を持つ存在としての人間は好きだが、私は人間と接することは苦手だった。その時間で物をいじくっている方がよっぽど楽しい。

 物品ばんざい。人間はうざい。


「あのさ。いわくつきの品のなにがいいの」


 聞きたいですか。


「やっぱいい」


 いわくがあるとは、呪われているということ。すなわち強い思い入れにさらされた物品ということです。本来の使途を逸脱した物と化しているそれらには独特の魅力があります。飾った絵がどれも血に汚れ同じような絵と化す『額縁』。踏みつけにした者に周囲の悪縁が寄ってくる『矢じり』。幽霊が視える『双眼鏡』。持ち主を守るため手段を択ばない『身代わりのお守り』。開けた者に禍成す封蝋を捺せる『印章指輪』。人死にの近い家の前を通ると鳴る『お鈴』。物は切れないが縁を切る『妖刀』。どれもがだれかの定めた、強く不変の目的意識──念により、そのようにかたちづくられるのです。


「そこまで喋れと言ってない」


 私はそのようにひとつの目的のためにある物が、たまらなく愛おしいのです。


「聞いてない」


 できればずっと手元に留め置きたい。


「鷂くん。売る気がないって態度を全身で表してるね」


 …………めっそうもない。


「目が泳いでる」


 貴女の視線がまっすぐ固定されすぎてるだけです。物事は相対的に見なくては。


「まあそう思いたいなら思ってなさい。でも木島きじまさんから今日はお客が来るって、さっき連絡あったよ」


 なんということか。厄日だ。私は頭を抱えた。

 木島泰明という男はこの店舗『アンテイク』を私に提供した、いわば雇い主(オーナー)という奴である。くわえ煙管で派手な羽織が印象的な男で、あまり表の商売をしていた気配がない。

 普段は横浜の方で細君の夕季乃(ゆきの)となにやら事業をしているらしく浅草(こちら)にはめったに来ないのだが、さてはこの三か月つづけてなにも売れていないことが彼に露見したのか。


「『少しは客の相手しろ、買い付けもいいけど売り込みもしろ』ってこぼしてたよ」


 さいですか。どうやら露見しているらしい。ああいやだ。木島とも話をしなくてはいけなくなる。だがそちらは木島の相手に慣れてる美也子さんが間に入ってくれるのでまだいい、問題はお客だ。

 見ず知らずのなに考えてるかわからない相手と、長時間接しなくてはならないのだ。考えただけで悪寒がする。

 美也子さん、代わりに話してくれませんか?


「前もソレ頼まれたけど、ろくに会話にならないから嫌よ」


 そこをなんとか。せめてこう私の前に立ってもらって。私が後ろから、お客と目を合わさず会話する助けをだね。


「ここに来る客は大半が普通の人で、『いわくつき』に困ってる人でしょう。いわくそのもの(・・・・・・・)の私がお相手はできないのよ」


 ああ……厄日だ。私は額を押さえて近くのキヤビネットに突っ伏した。

 と、ドアベルがちりんと鳴る。そちらを見ると、夏らしい沢瀉おもだか柄の付け下げが目に入る。上等な生地特有の滑らかな照り返しが感じられる。袋帯に色を合わせた帯留めも、目立ちすぎずよく考えられた着こなしだ。

 視線を上げると、髪を夜会巻やかいまきにした品の良い女性である。顔はおしろいで整えられており、ふっくらしていてなんとなく大福のような印象を受けた。瞳はセルロイドの質感に似ている。紅を引いてもったりとした唇は椿のようだった。

 女性は困った顔をして、壁に掛け台をつくってかけられている品──下から順に刀、捕り物棒、幟旗、薙刀ときて一番上にあるもの──『蹄鉄』を、指さした。


「ごめんください。その、あちらの品は、いただけますか?」


 ……売リ物ニ非ズ、と下に書いてます。私はぶっきらぼうに答えた。


「そこをなんとか」


 言いつつ女性は指を三本立てた。

 これは符号だった。単なるお客ではなく、『持ち込み』のあるお客の。

 私はため息をついてから、「どうぞ、お入りください」と奥に通した。美也子さんは奥で黙って立っていた。今回も手助けはしてくれないらしい。






 客間でソファに腰掛けていただき、私は慣れない手つきでお茶を淹れた。どうも、粗茶です。


「ありがとうございます」


 言ったものの、手をつけはしない。色の薄さから出がらしだと看破されたのかもしれない。ああ、こういう、建て前でお礼を言うのとか社交辞令だとか、そういう人間の細々とした決め事すべてが厄介だ。すでに私は心的疲労ストレスで倒れそうであった。

  品だけいじって遊んでいたい。物言わぬ物体だけを相手にその機能美に酔いしれていたい。

 そのようなことを思って、まあ、口には出さなかったが、口下手というか話そうとしない私を見て客は内心を見透かしたようだった。彼女は微かに嘲るような疑うような目を向けてきたあと、向こうから話をはじめる。


「申し遅れました。絹谷静子きぬたにしずこと申します」


 あ、どうも。鷂千史はいたかかずふみです。


「こちらには木島さんの紹介で伺いましたの。でも、その、失礼ながら浅草にこのようなお店があるとは存じませんで。おひとりで経営されているのですか?」


 ええ、この店にはいつもひとりです。


「そうでしたか。お手空きの方がいたらぜひお迎えをお願いしたかった次第で……じつは、このお店の場所がわからず。木島さんに訪問の往路の手順をお教えいただいたのです」


 お帰りの際は蝉の声が聞こえる方へ向かって歩いてください。


「え?」


 いいから。そうしてください。お願いしますよ。

 私は念押しした。

 この店は浅草から入ることができるが、浅草に『在る』わけではない。迷って妙なところに出られても困るので、先回りしてくぎを刺す。

 だがこう言っておいても、人間というやつはどうせ気まぐれや不意の魔が差して、指示に背くのだろうなぁ……と思うと言ったことにどれほどの意味があったのかと気になるところではある。でも忠告はしたのだから、その後どうなろうと知ったことではないというところでもある。どっちでもよかった。


「それで、そのぅ。こちらでは……なんでも、いわくつきのお品を、扱っているとか」


 まあ、八割です。


「八割?」


 端的な言葉では理解してもらえないのを面倒に思いつつ、私は店内の方を指さした。

 八割。店内の品の八割が、いわくつきです。あ、そこのローテーブルも。

 私がお茶を置いたローテーブルを示しつつ言うと、絹谷氏はひっと呻いて距離を取ろうとした。ご安心くださいよ店内にある限り(・・・・・・・)危害は加えませんと付け加えるとようやく安心した様子だったが、薄気味悪そうな態度は隠しもしなかった。じつは出してる湯呑みも、これを取り合って三人ほど亡くなっているという著名な陶芸家の作なのだが言わない方がいいだろうか。


「ではこちらで、我が家のいわくつきをお引き取りいただくことは、できるのでしょうか」


 その言には心惹かれるものがあった。どのようないわくがあるかにもよるが、基本的にいわくつきになる物というのは人に大事にされたものか、邪険に扱われたもののどちらかである。念が籠っているということだ。

 どちらであってもそれは『際立って強い目的』のためにいわくつきとなったことが推察される。ひとつの在り方のみを示す、そういう物にこそ私は心を動かされる。

 して、どのような物を差し出そうと言うのですか? 今日それはお持ちで?


「ここにはいま、持ってきていません。というより……、持ち出せないというのが正しいでしょうか」


 持って回った言い方に私は閉口する。こういう、察してもらおうとする感じも人間という存在の苦手なところだ。無いならない、持ち出せないなら持ち出せない、話に上がっているのはこういう品である──トントン拍子に話を持っていってほしいものだ。

 品が大きい? あるいは重たい?


「いいえ。大きくも重くもありません。ただその品に触れると、死んでしまうのです」


 いわくつきの最上級がやってきた。


        #


 絹谷家はもともと紀州藩医の門下で財を成した家柄であるらしい。幕末以降は職を変えて、武士の商法がうまくいった稀有な例であるそうだ。最初は鉱山で工夫として働いた絹谷幸次郎(きぬたにこうじろう)なる男がやがて頭角を現して鉱山の主となり、投資(インベスト)舶来品(インポート)の買い付けで財を膨らませていった。いまや小財閥などとあだ名されるほどだという。とはいえ、やり口が強引で敵も多かったようだが。

 そんな御家の主・絹谷幸次郎氏が横死したのは先日のこと。ひどく暑い日に、屋敷の蔵の中で亡くなっているのが見つかったという。腑分けによれば死因は、心の臓の病だろうとのこと。


「蔵の中には、日ごろより主人から近づくなと厳命されておりました。それでも遺体には近づかねばならず、私どもも初めて中に入ったのですが……主人を担ごうとした息子たちが口々に、『頭が痛い』と言い始めました」


 それでもなんとか遺体を運び出したあと。三人兄弟のうち一人が、程なくして亡くなった。またも心の臓が痛んでのことだ。あくる日の朝、寝起きに急に胸を押さえ苦しみだしたという。


「主人を運んでおりましたのは三人ともです。ただ、命を落とした末の子は、主人の遺体のそばにあった『小箱』に触れていた、ようで」


 それが死因になったのではないかと。そう静子夫人は疑っているらしい……ああ面倒くさいな。なぜここまで一息に言い切ってくれないのか。都度都度、「わかりますでしょう?」というようなツラで静子夫人は私を見つめてきたが都度都度さっぱりわからないという顔をしてやったらやっと最後まで話をしてくれた。なんでもかんでも周囲が察してくれると思わないでほしいものだった。

 で、その小箱がお二人の死の原因だと?


「はい。そのあと番頭も触れてしまいまして、程なく亡くなりました。やっぱり、心の臓を痛めておりまして」


 厄介な案件だ。私はため息をついた。

 ともかくも、そういう次第で。『近づくと体調を崩す』『触れると死ぬ』などという珍奇な事象から、だれも蔵に近づかなくなったと。そういうわけですか。


「おっしゃる通りです。鷂さん、このままでは我々は遺産の整理もできません。どうかこの小箱、お引き取りいただくことはかないませんか?」


 この場にあるなら別ですが、流れから察するに『取りに来い』でしょう? それはなぁ……面倒だなぁ……と顔に出そうとしたら後ろからピシッと後頭部に当たるものがあった。髪に埋まっていたのは爪楊枝。射角の方を見るとすまし顔で美也子さんがたたずんでいた。仕事しろと無言で仰せだった。


「どうかなさいましたか? 鷂さん。後ろに、なにか?」


 いえべつに。お気になさらず。で、まあ……現物を見てみないことにはなんとも言い難いですね。私はお茶を濁した。


「では一緒にいらしてください。そのままお持ち帰りいただければ、なによりですので」


 ううん、面倒くさい。ただこの流れから強く断るのもまた面倒くさい。私は承諾して、店を出る準備をした。

 静子夫人を客間に置いたまま、店内をぐるり回って必要なものを(たもと)に入れていく。途中、腕組みした美也子さんが立ちふさがった。

 なんですかその態度。まさか、依頼だというのに買い付けをするなと言うつもりでは。


「言わないよ。ただ、まじない道具を持っていくなら、店内を調整しないといけない(・・・・・・・・・・)でしょ」


 そうですね。お手伝いをお願いしても?


「そのために私が居るようなものでしょ」


 ……そうですね。お願いします。

 私は持っていく道具のいくつかがあった場所が『偏らない』よう、美也子さんに調整を任せた。こういうのは物の機微に敏い彼女の方が得意である。

 その後、ステッキを手に取りシャッポをかぶる。()の羽織に袖を通して、私は出立の準備を終えた。

 いってきますよと店内に声をかける。静子夫人は怪訝な顔をしていたが、努めて無視して私は外へ出る。陽が傾いた、影が長く伸びる今時分になってもまだ暑い。

 こっちです。私が先導すると静子夫人はますます怪訝な顔になった。


「私はこちらの方角から参ったのですが……」


 方角など気にしても仕方ありません。木島氏は『往路の手順』と言ったのでしょう? 復路が異なるからそう言い含めたのです。私は耳をそばだて、歩き出した。

 さて、じりじりと微かに聞こえる蝉の声を、辿ることとする。少しずつ鳴き声が大きくなる方へ。少しずつ、というのが重要。

 あまり急に大きくなる方向はいけない。騙して呼び寄せようとしているナニカの懐に入り込むことになる。ここは隔理世かくりょ、人の世ではないのだ。


 右へ左へ路地をさまよい、ときにはぐるりと一周して。

 追っ手を撒くような私の歩き方に──実際、その意味もある──静子夫人はますます困惑していたが、やがて、栓を抜いたようにワっと喧騒が聞こえてきたことで目を見開いた。

 浅草の仲見世。おそらく、彼女のような表の人間からするとよほど見慣れているだろう場所に出る。

 と、後ろに風が吹き込んだような、熱のない重みが空を掻いたような感触があった。

 ねばついた視線に似た、気配の出現だった。

 これを察した静子夫人が振り返ろうとした。私はとっさに両手をバチンと打ち鳴らし、彼女の視線をこちらに向けた。

 まだ振り向かないでください。


「え?」


 まだ。

 まだ。

 まだ。

 まだ。

 ……よし。

 私は歩き出した。静子夫人は目を白黒させていたが、構わず私は仲見世なかみせに滑り込む。

 して、絹谷邸はどちらです?


「その、猿若町の向こうです」


 では参りましょう。ご案内よろしく、と言って私は先を静子夫人に任せる。前後を交代して殿しんがりを務めると、背後に向かってざり、と後ろ足で砂をかけた。呻きが聞こえて、背後の気配は消え去った。

 こういうのもあるから、あまり店を出たくないのだった。さっさと帰ろう。そう思いつつ私は静子夫人のあとにつづいた。



 十二階(凌雲閣)を遠く望みながら歩くことしばし、我々は絹谷邸にたどり着いた。昔ながらの漆喰塀に囲われた屋敷だ。いまのご時世でこれを維持するのも相当に金が要るだろう。大したものだと思いつつ門をくぐる。

 庭の片隅に、問題になっているのだろう蔵が見えた。


「なにか、わかりますか」


 いえなんとも。私は(アヤカシ)なども視えないわけではないですが、別段お祓いや加持祈祷を専門とするわけではないので。

 言えば、不安そうに静子夫人は私を見据える。そんな反応されてもあくまでも私の専門は品の扱いだけだ。それ以外は他の業種に譲る。嫌だというならいまからでも引き返すが、まあそれで代わりの者を呼べなどと言われたらまた新規に接する人間が増えて厄介極まる。

 それに人が死ぬ小箱といういわくつきには、興味があった。

 手入れの行き届いた庭を邸宅に沿って横切り、私と静子夫人は蔵の前に立った。そこで、視界に入ってくる男たち二人組がいる。


「母上。怪しげな万事屋に頼りにいったとは聞いてましたが」

「それが例の?」


 仕立てのいい(つむぎ)に袖を通し、腕組みした男たちが言う。散切り頭の下、ぎらついた目つきがこちらを刺す顔つきだ。悪尉(あくじょう)の面みたいな怒り顔である。よく似た二人なので、おそらくこれが生き残った息子二名なのだろう。


「ええ。万事屋の木島さんを介して依頼した、こちら鷂さんよ。例の小箱をお引き取りくださるそうで」


 どうも、はじめまして。ぎくしゃくと私は頭を下げた。息子たちはいぶかしげな顔で、私をじいと見据えた。


「……いくら取られたのです、母上」


 まだなにもいただいてませんよ失敬な。私がそう顔に表すと、息子たちは間合いを詰めてきた。二名とも私より大柄なため、自然と見上げるかたちになる。

 彼らは吐き捨てるように言った。


「開化のこの時分にいまだ加持祈祷か。官憲にしょっぴかれたくなければ失せろ」

「貴様などに払うカネはびた一文ありはしないのだぞ」


 そもそも金に興味はありませんが。そう話したところで彼らに納得の色はまるでなく、けれど親の前で暴行を振るうまでの野蛮さはなかったのかはたまた彼らも小箱は怖いのか。しばらく私をねめつけて、「俺は絹谷を継ぐんだからな。お前のような木っ端市民に関わっている暇はない」「いや継ぐのは俺だ」と言い合いしながら、彼らは去っていった。


「ごめんなさい。末の子が亡くなったので、気が立っているようでして」


 兄弟仲が、よほどよろしかったので?


「あ、いえ……どちらかと言えば、不仲でして。今回、三人が揃ったのもじつに数年ぶりのことでした」


 ほう。そうですか。それはそれは。

 ………………またなにか察してほしいような態度だ。面倒な。して、不仲なのに揃った理由とは?


「主人の遺した財産の分与に関して、自分だけがわりを食うわけにいかないと思ったようです。長男に邸や事業は継がれますが、次男と三男もお金は継承予定でしたので」


 なるほど、先の態度の理由も腑に落ちた。一代で財成した父のおこぼれに預かろうというわけだ。そこへ出向いてきたアヤシイ私は、彼らからすればおこぼれのさらに端っこを掠め取ろうというコバンザメのようなものか。

 しかし、現に三人が死んでいる。小箱に触れなかったものの、入るなと言われた蔵に入った己らも無事でいられるか保証がない。頭が痛くなったのは死の予兆ではあるまいか。であれば、金を払う気にはなれないが問題の解決ないし小箱の持ち出しをしてくれればありがたい……思惑はそんなところだろう。


「あの、そろそろ見ていただいてもよろしいですか」


 ああ、わかりました。私は請け負い、扉を開けてもらう。

 重たい扉が開くと、蔵の中の空気が流れだしてきた。あまりきな臭さはない。蔵特有の、湿っぽくてほかのものを寄せ付けない匂い……に交じってべつの臭気がある。

 これはなんだろうと思いつつ、奥に進む。見れば雑然と品が並んだ薄暗がりの奥に、ぼんやりと机の輪郭がある。あまり物が載っていない卓上、なにやら木製の小箱が鎮座しているのが見えた。

 私なら両手の上に載せられる程度の箱だろう。

 これがくだんの『触ると死ぬ箱』かと思われた。

 そーっと手を伸ばしてみた。


「さ、触ったら死ぬんですよ!」


 直接触れなければいいんでしょう。まじないの道具を持ってきていますので、おまかせください。


「まじない、というと……いわくつきですか?」


 毒も薬も、使いようですよ。目には目を、いわくつきにはいわくつきを。

 私が手を伸ばすと、箱はひとりでに、卓上を動いた。


「は、い?」


 さながら卓を傾けたかのように。つうと滑って、端に寄っていく。私はそれが落ちそうになった瞬間に、卓の端へと懐から出した革袋を近づけた。

 箱はころりと中に落ちる──かと思われたが、すんでのところで止まった。

 ……厄介だな。どうやらホンモノらしい。

 私は懐から方位磁針を取り出す。蔵のあるここは……艮。鬼門だ。ついでに舶来品である、水場を探すため(ダウジング)の二本の棒を取り出す。「し」の字に曲がったこれを両手に持ち、うろうろとそのあたりを歩くとぐいんと棒が動いて交差する点があった。蔵の中央あたりだ。

 つまり小箱は、場所と密接に結びついたいわく(・・・)なのだろう。本当に厄介だ。

 などと思いつつ、おそらく私の目は爛々と輝いているのだろう。以前もいわくつきを前にした際、美也子さんにそんなことを言われた。

 容易に回収ならざるようだ。が、そうであるほど手に入れたときの達成感は筆舌に尽くしがたい。そういったところも、いわくつきの品の醍醐味だ。

 私は静子夫人を顧みながらつぶやいた。明日また準備を整えて正午にうかがいます、蔵には人を近づけませぬよう。


「はあ……」


 それと二点質問が。


「なんでしょう?」


 亡くなった末の御兄弟ですが、たいして財産を継げないからとやけ酒などしてはいませんでしたか?

 あと、番頭さんは肥えた方でいらっしゃった?


        #


「爛々とした目。いわくつきは本物だったんだね」


 蝉の声がちいさくなる方へと歩き、シンとした頃に私の店アンテイクに辿り着く。扉を開けると開口一番、美也子さんはそんなことを言ってきた。

 しかし私、そんなにわかりやすいですかね。


「鷂くん、普段は目が死んでる」


 ひどい。


「で、とくに陳列に移る様子がないってことは。今日は手に入らなかったの」


 少し準備を要する品でした。今日着ていった絽と、革袋だけでは無理でしたね。


「袂に入れようとした物を拾えず必ず落っことす『穴開きの絽』と、入れた物が対になった袋の中に落ちる『双首(ふたくび)袋』だっけ」


 私はうなずきで返した。

 それほど危険でない品なら、絽にかかった呪いで『拾えない』ことを利用して、私は直接触れずに物体を動かすことができる。あとは袋に追い込めば、そちらの呪いで安全に店内まで直行させることが可能だ。

 しかし今回の品は土地と密接に結びついており、あの場所からの移動が難しい。


「土地のせいで、動かせないってこと?」


 蔵の場所は邸内で鬼門の方角にあり、陰の気がひどく溜まっていました。加えて地下には水脈もある。水道地図を帰りに見てきましたが、おそらく蔵の位置にはかつて井戸があったのでしょう。お祓いと『息抜き』をせずに埋めたて、淀んだ気に晒され、蔵自体が呪いを孕んだ場となっています。


「じゃあ、蔵の方が呪われているんでしょう。小箱に触れると死ぬ理由は?」


 そうですね……美也子さん、この空っぽの箱を持ってもらえますか?

 私が差し出した手のひら大の赤い桐箱を手に、中身がないことを確認した美也子さんは首をかしげた。

 じつはですね。その箱もちいさなまじないがかかっておりまして、中に少しずつ魂を込めることができるのだそうですよ。


「込めると、どうなるの」


 重さが変わります。言いつつ私は受け取り、一度大きく身震いしてみせてから、彼女に渡す。

 ちなみに身震いとは『御霊(みたま)振るい』が語源にあり、自身の魂を周囲に発して周囲からの圧に負けないようにするためのものです。つまりいまの私の動作で、わずかですが魂が籠りました。


「本当に……? あ、でもちょっとだけ。重さが、変わったような」


 そうでしょう。私は受け取り、箱の中が相変わらず空であることを見せた。

 そのあとで、箱の底に張り付けていた、桐箱の赤とまったく同色の板切れを取り外してみせた。


「え?」


 磁石で張り付く薄い板です。じつはこの桐箱、内側に鉄も使われているのですよ。いやはや中身ばかりに注目して、外側の厚みが変わったことに気付かないとは骨董屋の一員の名折れですよ。


「いやいや……じゃあいまの、ただの奇術?」


 ええ。身震いもべつに御霊振るいなんて語源はありません。

 ……しかし、この嘘と奇術で十か二十かはたまた佰か。それくらいの回数、人間を騙しつづければ、人々の『そうなのかもしれない』との念が籠って本当に『重さの変わる箱』になり得ます。

 私の説明に、美也子さんは少し考え込んでから、ぽんと手を打った。


「今回も同じこと?」


 人の生き死にがかかった重たい念によるものなので、十や二十も要らなかったようですがね。小箱に触れた直後に人が死んだことで、『触れると死ぬ箱』との念を静子夫人や絹谷家のみなさんが込めてしまったのですよ。

 際立って強い目的、方向性(行き先)を与えられると物は変質する。ひとつの在り方のみを示すように、なってしまうのだ……。


「でも、それなら……偶然に絹谷氏や末のお子さんや番頭さんが亡くなった、ってことで。それによって小箱はようやく『いわくつき』になったのでしょう。三人の死亡原因はなんなの? 蔵に入ると頭痛くなる理由もわからないし」


 そこは静子夫人と息子さんも居る場でお聞かせしましょう。

 さて、そういうわけなので。


「なにかしら鷂くん」


 ついてきてください、美也子さん。


「足りない分の呪い対策?」


 そうですとも。断らないでくださいよ。


「断らないよ。そのために私が居るようなものでしょ」


 そうですね。

 あなたは、この店の備品ですから。


        #


 翌日の正午、私は絹谷家の蔵の前に立っていた。

 持参したまじない道具各種と共に中へ踏み込んでいく私を、静子夫人はおろおろと、息子さんたち二名は半目で、それぞれ見送ってくれた。私の後ろからは、顔をハットとヴェールで隠した美也子さんがついてきている。彼女のことは助手であると話してあった。

 では始めましょうか。

 私は小箱の前に立つ。

 この土地ごと呪われている以上、本来は地鎮やお祓いを成してからことに当たらなくてはならない。けれど私にそのテの技術はないし、なによりせっかくのいわくつきを綺麗さっぱり浄化してしまうのはもったいない。


 だから、切り離す。

 いわくつきにはいわくつきだ。


 美也子さん、例のもの。


「はい」


 手渡された、黒漆塗りの鞘と鮫皮巻の柄を握って刀を抜き払う。

 店の壁面に普段は陳列している妖刀だ。刃は薄く鋭く、青い光をほのかに放つ。

 ただこの刃、物体は切れない。刀身は小箱を通過しするりと卓上の硬い天面をすり抜け、そのまま地面まで振り下ろされた。

 血縁、腐れ縁、地縁。事物はなにごとも縁で繋がっているが、この刀はそれを切り離す。うっかり振り回すと良縁や金縁も切ってしまうので扱いには注意が要る。

 この一太刀で、土地と小箱の縁は断ち切られた。次。


「はい」


 美也子さんの渡してきた、矢じりを握り締める。鋭い刃で皮膚が切れ血が滲んだ。ぽたりと地面にそれが垂れたのを見届けてから、私はこれを地面に置いて踏みつけにした。

 つまり矢表(やおもて)に立つ。これを踏みつけにしている間、悪縁を私に集中させるまじないの品だ。土地との縁を切ったとはいえ、絹谷氏の所有である以上血縁の静子夫人、息子さんたちの方が縁が強い。そちらに小箱の念を寄せないための措置である。次。


「はい」


 渡されるのは小さな汚い袋だ。掌に納まるそれの表面には精緻な縫い付け、紋様があったらしいがいまやほつれ崩れてほとんど見えない。

 けれどこれは、身代わりのお守り。所有している者をなんとしても守るというまじないがかかっている──けれどいわくつきであるため、その守り方は『手段を選ばない』。

 準備を整えた私は、小箱へとおもむろに手を伸ばした。


 あ、と静子夫人が息を呑む。

 むんずと私の手の中に小箱がおさまる。

 同時、背後で美也子さんが崩れ落ちた。

 ぎゅうと、胸を手で押さえている。


「呪いが!」


 静子夫人があわてる。部外者に邸内で亡くなられては困る、というところか。

 しかし慌てる必要はない。


「……ああ、びっくりした。心の臓をつかまれるって、こういう感覚なのね」


 すっくと、美也子さんは立ち上がる。

 そのとき蔵の中へ清涼な風が吹いた。

 美也子さんのかぶっていた、ヴェールがふいに、舞い上がる。

 その下にあった面差しを目にして、静子夫人が悲鳴をあげた。

 失礼な話だと私は思う。だいたい、店を訪れた客の大半が、美也子さんを見るとこのような反応をする。


 玻璃と黒曜の双玉の瞳(・・・・・・・・・・)白磁の肌(・・・・)

 こんなにも美しい生きた人形だ(・・・・・・)というのに、なぜそういう反応になるのだろうか。


 ……ともあれ、これで決着だ。

 毒も薬も使いよう。私はいわくつきの道具の効力を掛け合わせることで、それぞれの効果を無力化することに長けている。

 アンテイクの店内から品を持ち出すと必要になる『調整』とは、そういうことだ。あの店内ではそれぞれの品が相互に作用しあうことで均衡を保ち、悪影響を外に出さないようになっている。なので、一時持ち出しの際はほかの物品同士の効力を調整してまた悪影響を抑える必要があるのだ。


 そしていまやったのも、同じこと。

 土地との縁を切って小箱を独立させ、矢じりの効果で小箱からの悪縁を私に引きつけ、身代わりのお守りによって心の臓への呪いを美也子さんへ受け流す。だが美也子さんは生き人形であるため『すでに心臓がない』。


 ……物は良い。素晴らしい。

 なぜなら人間などというわけのわからないものと違い、物はひとつの目的のためにのみ存在し余分な働きをしない。規則(ルール)が明確なのだ。

 だからこの小箱は『触れた者の心の臓を止める』呪いを発揮しつづけたまま、けれどその対象が心の臓を持たない美也子さんである以上もはやまともに機能しない。どこにも呪いをたどり着かせることのないまま、ぐるぐると回りつづけるのだ。

 解呪(ディスペル)とは、到底呼べないが……廻呪(かいじゅ)とでもいうべきか。

 では、お代は木島氏によろしくお願いします。


「の、呪いは。いわくは、終わったのですね?」


 そうですね。それについてはお約束いたしますよ。私は静子夫人に答えた。


「もう俺たちは、死ななくて済むんだな?」


 息子さんたちも現金なもので、小箱に怯えなくて済むとなれば急に元気になった。

 まあ、そもそもは不運な事故でしかなかった三つの死をあなたがたが、存在しない呪いで結び付けてしまったこと。

 加えて言えば絹谷氏の孤独が、この一件の原因です。

 という私の言葉に三人は固まった。


「ふうん?」


 美也子さんが興味深そうに聞いていた。


        #


 絹谷幸次郎氏はもともと心の臓を患っていたのだろう。しかし、周囲にいるのは遺産目当ての息子たち。一代で財成した自分を継ぐには至らない人間ばかりだと思っていた。

 よって、弱っているところを最期まで見せることができなかった。医者にでも通えばすぐさま、息子たちが後釜を狙うとわかっていたのだろう。

 けれど胸の病はつらい。

 そこで、彼は自身で薬を調合した。


「たしかに絹谷はもともと紀州藩医の家ですが……主人の経歴は、鉱山の工夫以降は事業のみで。医学を学んだ様子はないのですが」


 鉱山で手に入る薬だったのです。私は応えた。

 そしてそれこそが小箱の中身で、すべてのはじまり。みなさんの訴えた頭痛というのも、これが原因です。


「鉱山で手に入る薬?」


 爆薬ですよ。ニトログリセリンという名称です。

 ただこれには薬品としての側面があり、服用することで血管を広げる作用があります。心の臓が痛むというのは、主要な血管が狭くなることで引き起こされます。狭心症というものですね。絹谷氏の死因も、これでしょう。


「じゃあ血管が広がると、楽になるんだね」


 そういうことです。美也子さんの合いの手に私は応えた。なおいまだに絹谷家のみなさんは美也子さんを遠巻きにして不気味そうに眺めている。こんなに美しい()なのに。

 ともあれ、絹谷氏はここで作っている薬品を──まあ、爆発する可能性もある危険物ということもありますし──知られたくなかった。ゆえにみなさんを、ここへ入れなかったのです。


「で、頭痛の原因は?」


 それも血管拡張によるものですよ。この薬品は揮発しやすく、空気中に成分が漂いやすいのです。つまり口に入れて呑むなどしなくとも息するだけで取り込んでしまうのですね。

 海の向こうの、爆薬の製造工場でもたびたび報告があったそうです。出勤すると頭が痛くなるという症状がね。これも、頭の血管が広がったことで刺激された部位が痛みを発したということです。


「そういうことがあるのね……」


 そして末のお子さんが亡くなったのはやけ酒をした翌朝だったということで……これは呑みすぎと、夏の暑さによる発汗で脱水症状を引き起こされたのでしょう。血が濃くなり血管の負担が強まると、これまた狭心症になることがあります。親の絹谷幸次郎氏が持っていた病ですし、家系的にも発症しやすかったのですね。

 番頭さんは肥えた体型でいらっしゃったそうで。これも血管の負担を強め、狭心症を引き起こしやすくする原因です。

 お二人の死が連続してしまったせいで呪いのように感じられたのでしょうが、実際のところは不運がつづいただけなのですよ。

 思うことは、呪うことなのです。


「鷂くん……」


 ですからまたいわくつきの品が現れたら、ぜひご連絡ください。


「鷂くん?」


 家族間でもお互いに呪いを抱きやすいご家庭とお見受けしましたので。木島氏に連絡してもらえれば、近くですしすぐに参りますよ。あと、


「鷂くん帰りましょう」


 買い付けだけでなく仕事をしろと木島に言われていたので、その通りに宣伝と売り込みをしていこうと思ったのだが、美也子さんに途中で止められた。


        #


「呪いを抱きやすいなんて言われたら気分害すに決まっているでしょう」


 そういうものですかね。人間はよくわかりません。

 帰路についた私の正面を、美也子さんがすたすたと歩く。ヴェールをしっかり下ろしているので気づかれまいが、もし人通りのある道で見つかればまた騒がれるなどするのだろう。

 そんな彼女だが、私よりよほど人の機微にも敏い。やっぱり私は裏方に徹して、美也子さんが客商売をした方がいいのでは? 真剣に悩んだ。

 と、美也子さんが足を止めている。

 彼女は、私の方を顧みて言う。


「思うことは呪うこと。物には念が籠る。だよね」


 おっしゃる通りです。


「なら物である私がこうして意思を持って動くのも、だれかに呪われてのことかしら」


 願った人がいたのかもしれませんね。『動いてほしい』と。


「そのだれかは、人になってほしい、とは思わなかったのかしら」


 おそらくは。美也子さんは、人になりたいですか?


「ああいう反応されることにも慣れたけれど、そりゃあね……なれるものなら、人になってみたい。普通に暮らしてみたい。とは、思うよ」


 その思いが叶ったときには、私にとっては接しにくい相手になってしまいますけどね。

 人間になってしまえば、美也子さんから物としての存在感が損なわれる。勝手にその未来を想像して、私は少し落ち込んだ。そんな態度も、彼女は敏感に察する。


「私に、人になってほしくないんだ」


 できればね。


「ひとでなし」


 そうかもしれないですね。


「帰ろうか」


 ええ。そうしましょう。

 私たちは、人はひとりきりで物だけたくさんの店へ向かって闇を歩いた。



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