第七話 使者
それから勇者ヤマトは、各地を転戦する日々を送っていた。
戦場を渡り歩くうちに、次第にこの世界の情勢が見えてきた。
人類対魔王軍――その構図は、表面上のものに過ぎなかった。
実際は、人族の国々と、魔王を盟主とする多種族国家群との戦争だったのだ。
人族は基本的に排他的で、自分たちこそが正義という意識が強い。
一方、魔族とは言っても、実際にはさまざまな種族の寄り合いで構成されており、各地に国を築きながら互いに手を取り合っていた。その中心が、魔王を盟主とする連合──いわゆる「魔王軍」である。
エルフやドワーフなど、いわゆる亜人たちは中立を保っており、どちらの陣営にも明確に属してはいない。
獣人たちはさらに独特だった。彼らは国家という概念を持たず、各地に点在する自治区や部族の集落で暮らすか、あるいは傭兵として自由に生きていた。
もともとこの戦争は、ある二国間の小競り合いに過ぎなかった。
だが、人族側が同盟を理由に次々と参戦し、その周囲を囲むように戦線を拡大していった。窮地に追い詰められた魔族の一国が、最後の頼みとして魔王に支援を要請したことで、戦争は一気に世界規模へと拡大したのだ。
話を聞けば聞くほど、最初に戦火を放ったのはおそらく人族側だったとしか思えない。
だが、民衆にはそんな真実は伝えられない。あくまで「魔王が侵略してきた」と喧伝され、ヤマト自身もその口実のもとに勇者として召喚されたのだ。
◆ ◆ ◆
ヤマトは各国を回るたび、束の間の休息の中で街を歩き、冒険者ギルドを覗くのを習慣にしていた。
そして、あることに気づきはじめていた。
遠征を終えるたび、ヤマトには決まって豪華な宴が用意された。
将軍たちは彼の帰還を讃え、領主や王たちは持てる限りの美酒と料理を並べ、取り巻きたちはおべっかと拍手を惜しまなかった。
だが、ヤマトはその空気にひどくうんざりしていた。
民は飢えているというのに、この饗宴は何だ?
兵たちは血まみれで野に倒れたというのに、ここでは笑い声と乾杯の音だけが響いている。
そして夜になると、決まって「贈り物」として女が部屋に送り込まれた。
ヤマトがそれを断ると、次は男が現れようとする。
断れば断ったで「勇者殿の心を傷つけた」として、領主や貴族から陰で叱責を受けるのだ。
──もう面倒だ。
ヤマトは、誰も手を出せないように結界を張った部屋の床に寝転がり、天井を見つめながら思った。
(こんなもののために、俺は戦ってるのか……?)
◆ ◆ ◆
──腐っている。
国の上層部に近づけば近づくほど、ヤマトはその腐敗に触れた。
彼らは己の利益しか頭になく、平気で民を蔑み、搾取の対象としか見ていない。
正義を掲げて戦っているはずの側が、まるで悪党のように振る舞っていた。
(……自分は、何のために戦っている?)
そんな疑念が胸に巣くった頃、ひとりの来訪者が現れた。
目玉に羽の生えたようなその魔物は何もない所からいきなり現れた。
──我はロックアイ。魔王の使者である。