第五話 決戦
戦いは、互角だった。
魔王と勇者ヤマト以外、誰一人としてその戦場に近づけず、ただ遠くから見守ることしかできなかった。
天が裂け、大地が焼け、空間そのものがきしむような力の激突。人間も魔族も、固唾を呑んで見守っていた。
――何日が経っただろうか。
ついに決着の時が訪れる。
魔王の一撃を受けた勇者が、静かに膝をつき、崩れ落ちた。
その瞬間だった。
虚空が歪み、そこに現れたのは――
巨大な一つ目の目玉に、コウモリのような羽が生えた奇怪なモンスターだった。
「ロックアイ。少々やり過ぎたか?」
魔王が小さく問いかけると、目玉の悪魔はぐるりと宙に回転して答える。
「いやぁ、魔王様。このくらい弱らせてもらわないと、私の魔力じゃ転移できませんので」
この悪魔ロックアイは、空間転移に特化した下級悪魔だ。
任意の人物を異空間に連れて行く能力を持つが――相手が自分より強いと発動できない。
そのため、戦闘力が限りなく低いロックアイがヤマトを転移させるには、「致命傷にならない程度」に弱らせる必要があった。
魔王の作戦は成功していた。
「……ルシフル、どうだ?」
魔王の声に応じて、空間が再び揺れ、漆黒のローブを纏った悪魔が現れる。
彼こそが魔王軍第二席・魔術将ルシフル。魔法の理を極めた存在で、勇者を診るようにしゃがみ込む。
「……やはり、洗脳の痕跡があります」
「……ふん、人類は相変わらず姑息だな」
「スキルと加護をすべて解析したわけではありませんが……。魔力・身体能力ともに、人類としては規格外。まともに相手できるのは、魔王様ぐらいでしょうね」
「このまま殺しますか?」
ルシフルの問いに、魔王は少し考え首を横に振る。
「いや、いつも通りに――洗脳だけ解いて、放り出しておけ。いつでも辿れるように"匂い"は付けておけよ」
「……御意」
ルシフルは静かに手をかざし、ヤマトにかけられていた深層洗脳を解除する。
治癒魔法で致命傷を避ける程度に体を修復し、魔力の糸を引くようにして、彼を戦場の外れに“落とした”。
その頃。
外の戦場では、魔王軍の本隊がようやくその牙をむいた。
それまで抑えていた力を開放し、本気を出した魔族たちが次々と人類軍を蹂躙していく。
勇者を失い、指揮を失った人類軍は、もはや成す術もなかった。
◆ ◆ ◆
ヤマトは、冷たい瓦礫の中で目を覚ました。
砂と灰にまみれた視界。瓦礫に半ば埋もれた体をゆっくりと起こす。
痛みはある。だが、致命傷の感覚ではない。
(……生きている? いや、私は――)
たしかに、最後の一撃を喰らったはずだ。意識が途切れた瞬間の記憶は鮮明だ。
それなのに、なぜか命はある。しかも、すぐ近くに魔王の姿もない。
状況を理解できぬまま、ふらつく足で立ち上がる。
周囲を見渡せば、味方の兵たちが無秩序に逃げ惑っている光景が広がっていた。
「……戦闘は? 魔王は……? どうなってる……?」
全体の陣形は崩れ、命令系統も消失していた。
敵の追撃があれば、もはや全滅は免れない。
――なのに、魔王軍の姿がない。
瓦礫の下から取り出した小さなポーチから、いざという時のために携帯していた回復ポーションを取り出す。口に含むと、微かに熱が走り、痛みが和らいだ。
深く息を吸って勇者のスキル"大号令"を発動し叫ぶ。
「落ち着け! ここで崩れたら全滅だ! 生きてる者はこっちに集まれッ!」
勇者の生存に味方は奮い立ち、ヤマトの元へ集まってくる。
生存者をまとめ、負傷兵を後方に下げる。即席の陣形を作り、退路を確保する。
とにかく、いまは生き延びることが最優先だ。
だが――不思議なことがあった。
あれほどまでに優勢だった魔王軍が、追撃してこない。
(なぜだ……?)
胸の奥に、多少の違和感が残ったが、
「今のうちに一旦街まで退却し兵を立て直しましょう。」
との騎士団長の言葉に同意して兵を引く他なかった