第四話 魔王
召喚されてから、三年が経った。
数え切れない戦いを越え、劣勢出会った人類はかつてないほどの勢いで前線を押し上げていた。
要因は明白だ──勇者の力。
戦場では的確な指揮を取り自軍を有利に進めると、圧倒的な戦闘能力で殲滅する。疲れを知らず、恐怖にも屈せず、どの戦場でもただ一人、突出して戦果を上げ続けた。
敵は後退を繰り返し、いまや人類の旗は魔王城の目前にまで掲げられている。
◇ ◇ ◇
とある人類各国の代表会議──
首脳たちは、壁に掲げられた戦果図を見ながら、満足げに頷き合っていた。
「今回の勇者は当たりだったな」
「真面目で従順。勝手に暴走もしない」
「過去のように精神が壊れたり、逃げ出すこともなく、忠実だ」
「そしてなにより強い」
そして神聖国の代表である姫が口を開いた。
「……私の魅了は効かなかった。だが、洗脳は……薄くても効いている」
「命令に疑問を持たない程度にはね。あれは、まさに兵器よ。」
一瞬、空気が凍る。
だが誰も、その言葉に異議を唱えなかった。
勇者とはそういうもの。それが人類側の共通認識だった。
「これで魔王を倒せば……勝利は我らのものだ」
◇ ◇ ◇
時を少し遡ること、二年前──
魔王軍本陣。
「……また勇者が現れたようです」
側近の報告に、玉座に座る男──魔王は肩をすくめた。
「またか。よく飽きもせず。これで何人目だ?」
「おそらく……七人目かと」
魔王はため息をつく。
「また何人もの命を、生贄にしたのだろうな」
勇者召喚──それは途方もない魔力を必要とする儀式。
一人の勇者を呼ぶために、数十名の熟練魔術師が命を落とすことも珍しくなかった。
その事実を知る者は少ないが、魔王は知っていた。
「人間というのは本当に……恐ろしい」
だが、その目に怒りはなかった。
代わりに、わずかな興味と、深い計算が光っていた。
「──まぁいい。今度の勇者も、戦力を探りながら適当に相手してやれ」
「全軍で当たりますか?」
「いや。余計な犠牲は避けろ。全力では当たらず、ここへ誘導せよ。どうせお主らでは相手にならん。
最終的には──ワシが相手をする」
側近が頷く。
「勇者に傷をつけられるのは、魔王のみ……」
「その逆も、また然りだ」
◇ ◇ ◇
そして今──
戦場の中心で、ついに二人が相まみえる。
魔王城の前庭。吹きすさぶ灰色の風。
そのただなかに、勇者──ヤマトが、刀を構えて立っていた。
向かい合うのは、漆黒の鎧に身を包んだ男。
威圧感だけで、周囲の兵すら動けなくなるような存在感。
「……よく来たな。勇者よ」
魔王が笑う。
その声音に、敵意も殺意も感じられなかった。
ヤマトは一歩、刀を引き抜いた。
「お前が、魔王か」
「そうだ。珍しい物を持っているな」
──ここから、戦いが始まる。
だが、それは単なる戦闘ではない。
この世界の在り方を問う、根源の戦いだった。