第三話 実戦
その日、私は初めて実戦に投入された。
転移ゲートと呼ばれる魔導装置をくぐると、空気が一変した。
そこは王都のような整った場所ではない。まだ後方とはいえ戦場なのだ。
この世界には銃火器の類はないが魔法がある。砦と野営地が広がり、火魔法による焼け焦げた木々や破損した武具、血の匂いが微かに漂っている。
──紛争地帯。
かつて南スーダンの派遣で訪れた戦地を思い出す。だがここは違う。
ここは実際に戦闘が行われている前線だった。
正直、足が震えるかと思っていた。
殺し合いの現場に立たされるのは、これが初めてだ。
……だが、不思議と冷静だった。
(……スキルの影響か?)
“恐怖耐性”や“精神安定”といった効果がある"加護"が働いているのか、驚くほど落ち着いている。
呼吸も心拍も安定しており、無理に平静を装う必要すらなかった。
私には"女神の加護"が付いていた。
「この世界には女神はいない」
召喚時に神官がそう言っていた。
神は男の姿をしているらしいが、善性を持つ存在には違いないそうだ。
加護があるだけでもありがたい。見た目や呼び名はどうでもいい。
◆ ◆ ◆
初陣は、周囲を騎士団の部隊で囲まれた訓練的な実戦だった。
敵はこの辺りに現れる魔物の群れだという。
「敵、接近! 多数確認──ゴブリンとオークと思われます!」
森の影から現れたのは、獣のような顔と黄ばんだ牙を剥いたゴブリンたち。
その後ろには、一回り大きな、棍棒を振り回すオークたちの姿もあった。
人の形をしてはいるが、人間ではない。
目に理性はない。声も、言葉ではなく唸り声だ。
刀の柄に手をかける。
“千刃”の力で現れる、あの馴染み深い黒い刀身。
握った瞬間、背筋が伸びる。集中が研ぎ澄まされる。
一太刀。
ゴブリンの喉元を斬る。倒れる。血が飛ぶ。
二太刀。
オークの胸元に斜めに斬撃。骨が砕け、絶命。
三、四、五──。
剣道の呼吸と動きがそのまま通用した。
踏み込み、斬り、捌き、返す。その繰り返し。
驚くほど、迷いがなかった。
刃を振るうたびに相手が倒れていくのに、嫌悪感も、恐怖も湧いてこない。
(……こんなもんか。)
ふと、戦闘の合間にそんな考えが浮かんだ。
目の前の存在は、確かに人型だった。
それを斬った。息絶え、倒れ、血が広がった。
それなのに、心のどこかが、何かを跳ね除けている。
(“魔物”だから、か……?)
理由は分からない。ただ、事実として──躊躇はなかった。
戦闘はあっけなく終わった。
騎士団の被害は軽微で、私は無傷だった。
「素晴らしい……さすが勇者様!」
背後から聞こえる称賛の声に、私は曖昧に頷いた。
任務は成功。だが、胸の奥には奇妙な静けさが残った。
戦いを終えたはずなのに、何も感じない。
これも"加護"による物か?
──それが、この世界で“勇者”になるということなのだろうか。