第二話 訓練
訓練は、すぐに始まった。
王国直属の騎士団が教官となり、勇者である私の戦闘適性を確認するらしい。
だが──その内容は、学生時代や、レンジャー訓練と比べると随分肩透かしと言っていいほど、物足りなかった。
走る、跳ぶ、斬る。
盾を構えた騎士に向かって突進するも、相手がたじろぐほどの勢いで一瞬で接敵し、あっという間に剣を叩き落としてしまった。
(なんだこれは……)
鍛えた体であればこそ違いがよく分かる。
この体──明らかに、人間の枠を超えている。
筋力、反射、持久力、どれも桁違いだ。
しかも、身につけた甲冑の重さも感じない。汗も息切れもない。
どうやら常時発動の「身体強化」「疲労軽減」などのスキル効果が働いているようだった。
さらに、訓練中に何度か魔法の弾を撃たれたが、体表に光が走り、まるでバリアのように魔力を自動で弾いた。
これも「耐魔障壁」と呼ばれる加護の効果らしい。
──だが、ひとつ問題があった。
(この剣、どうも扱いづらい……)
支給されたのは、いかにもこの世界らしい両刃のロングソード。
だが私は、剣道出身だ。無意識に右足を引き、左手を添えようとしてしまう。
突きの角度も、打ち込みも、剣道の癖が出てしまうのだ。
そのたびに、剣がしなる。受け流される。手首を痛めかける。
(やはり私は……“刀”じゃないと駄目だな)
そう思った瞬間、意識の奥から声のような何かが響いた。
──《スキル:千刃》、起動します。
掌に光が集まり、一本の刀が現れた。
細身の直刃、漆黒の鍔、軽くも深みのある斬撃の感触。これは──
「……これは、俺の“刀”だ」
構えた瞬間、体が反応した。
全身の動きがスムーズに繋がる。踏み込み、捌き、返し──すべてが噛み合う。
騎士たちも驚いた表情で後ずさった。
(“千刃”──思い描いた武器を具現化するスキルか。これは強力だ)
私にとっての“最適解”は、この刀だった。
ただ──魔法だけは、さっぱりだった。
魔力を流してみろと言われても、どうやって流すのか分からない。
詠唱も、発動も、手応えがない。集中しても、ただ疲れるだけだった。
「勇者様、魔法適性は少し……偏っておられるようで」
騎士教官の言葉に、私は肩をすくめた。
「魔法は専門家に任せるよ。俺は剣があれば十分だ」
戦場ではそれぞれに役割がある。各々ができることをやる。それだけだ。
そして、明日からは──いよいよ実戦訓練が始まるという。
本物の魔物相手に、命を懸けた戦いが待っているらしい。
(魔物とはいえ、私に"殺す"事ができるのか?)
静かに刀を鞘に収めながら、私は深く息を吐いた。