第一話 召喚
その日も、帰宅は深夜に差しかかっていた。
書類に追われ、会議に追われ、対外調整に追われ──気づけば日付を跨ぐのが日常になっていた。
坂本大和、四十六歳。
かつて剣道部の主将としてインターハイに出場し、防衛大学校でも優秀な成績を収めて卒業。陸上自衛隊に進み、レンジャー課程に志願したが、訓練中の膝の負傷で現場を退いた。
その後は防衛省の文官、いわゆる「背広組」として、主に国際協力や民間調整に従事してきた。
だが──体の鍛錬と病とは、まったく別物だった。
帰宅途中、駅の階段を上りかけたところで、意識が途切れた。
誰かの叫び声が遠くで響いた気がしたが、それを最後に世界は暗転する。
──目を覚ますと、そこは見知らぬ空間だった。
高い天井、白い石柱、重厚な絨毯。床には昔のマンガで見た事あるようないわゆる魔法陣。
そこに立つのは、映画でしか見たことのないような中世風の衣装に身を包んだ男女。
目の前には、長杖を持った神官風の老人が立っていた。
「……勇者様、ようこそ我らが神聖国へ」
言葉の意味は理解できるのに、内容がまるで現実味を帯びていない。
話を要約すると、私は**“勇者召喚”**とやらによって、この異世界に呼び出されたらしい。
この世界は今、“魔王”と呼ばれる存在によって存亡の危機に瀕しており、最後の手段として異世界から英雄を召喚する儀式が行われたという。
静かに自分の体を見下ろすと──違和感があった。
しわのない手。痛みのない膝。力強く、軽い身体。まるで、二十代の頃のようだ。
(なるほど、若返ってるってわけか……)
現役時代のような動きができそうだ。歩くのにも違和感のあった膝も、もう痛まない。
そして、鏡のような魔具に手をかざすよう求められた。
そこに浮かび上がったのは、ゲームのような“ステータス画面”だった。
【名前:坂本大和】
【称号:勇者】
【スキル:/肉体強化/耐魔障壁】
等よくわからない数字が並んでいた。
説明によれば、私はこの世界において“非常に優れた個体”らしい。
戦いにおいては無双、魔力も扱える、何より生存率が高い──などと、まるで兵器の性能でも語るかのように期待の言葉が並べられていく。
元の世界に戻る手段もあるにはあるらしい。
だが、それに必要な魔道具は今、魔王の手によって封印されているという。
あの人のいない元の世界に未練はないがとりあえず手段はあるとの事でその時考えればいいだろう。
しばらくしてひときわ豪華なドレスを着た女性が口をひらく。
「勇者様、お名前を教えて下さいますか?」
「名前は……ヤマト、としておこう」
「ヤマト様ですね。かしこまりました!」
周囲の貴族たちは満面の笑みで頭を下げる。
まるで救世主でも迎えたかのような雰囲気だったが──そこにどこか、都合の良い道具を見るような冷たさも感じた。
(さて……異世界の勇者様ってやつが、どれだけの物なのか)
試してみる価値はありそうだ。