座敷童の天使
楽しい夢の途中でベアトリーチェは目覚めた。重い扉が開く音が聞こえたためである。
「今の音は何かしら? もしかして」
美しい白薔薇のような頬を紅潮させてベアトリーチェはベッドを降りた。青白いパジャマの上に黄色のカーディガンを羽織ると部屋の入口へ向かう。しかし途中で何かを思い出したようだ。立ち止まり、机に向かう。引き出しを開け、中から小型の拳銃を取り出す。護身用にと亡くなった祖父から贈られたものだった。
「万が一のことがあるかもしれないし」
そんな独り言を呟きながらベアトリーチェは拳銃に弾丸が入っていることを確認した。それから足音を忍ばせて部屋の外へ出る。廊下の壁に列をなして付けられた小さな間接照明の明かりを頼りに前へ進む。彼女が向かったのは隣室だった。両親の寝室である。彼女は、自分が聞いた重い扉の開く音が、両親の寝室にある大金庫の扉が開けられた音だと思ったのだ。
この夜、ベアトリーチェの両親は二人とも旅行中で不在だった。それなのに隣室にある大金庫の扉が開くような音が聞こえたのだ。両親が留守の間は、その寝室の鍵は彼女が預かっている。扉に鍵が掛かっていれば中で聞こえたように思った物音は空耳に違いない。そうであってほしい……そう願いながらドアノブを握る。それを回そうと手に力をこめる。だが、回らない。鍵が掛かっているのだ。
ベアトリーチェに安堵の表情が浮かぶ。確認のため、もう一度ドアノブを回す。静かに回した先程と違い今度はガチャガチャと音が鳴った。そのときである。ドアの向こうで何者かが動く気配がした。
それは、ほんの小さな物音だったが、ベアトリーチェは聞き逃さなかった。両親の寝室に何者かが侵入している! そう確信した彼女は左手に持っていた拳銃を右手に持ち替えた。左手で鍵穴に鍵を指し込もうとする。しかし手が震えて上手くいかない。彼女は右手の拳銃を左手に持ち替え、右手で鍵を持ち直した。しかし右手も震えている。鍵が鍵穴に収まらない現状に、変わりはなかった。やむなく彼女は拳銃をカーディガンのポケットへ入れ、鍵の先端を左手で抑えることで、どうにか鍵を鍵穴へ入れることに成功した。
錠前の開く「カチッ」という音が思いのほか大きくベアトリーチェは少し驚き、そして慌てた。取り出した拳銃を握り締め、安全装置を外す。深呼吸を一つ。それからドアノブをゆっくり回す。扉を静かに開ける。「ギイイイ」と低い音を立てながら寝室のドアが開いた。いつもなら気にならない雑音も、今夜ばかりはうるさく思える。内部は暗くて何も見えない。開いた隙間から手を入れ、壁の照明スイッチを入れる。中が明るくなった。拳銃を構えながら、恐る恐る室内を覗く。ベッドや箪笥が見える。不審な人物はいない。中に入る。拳銃は構えたままだ。ベッドの横にある大金庫の前に立つ。彼女の背より高い金庫の扉に異常は見られなかった。
気のせいだったのね……と考えベアトリーチェが拳銃を下ろしたときだった。視界の端で何かが動いた。そちらに銃口を向ける。そこに揺れ動くレースのカーテンを見て、その中に彼女は人影を探した。それらしいものはない。誰もいないのだ。引き攣った顔がわずかに綻ぶ。窓の上にある換気用の小窓が開いており、そこから吹き込む風でカーテンが揺れていたのだ。
すっかり緊張がほぐれたベアトリーチェは窓辺に近づいた。レースのカーテンを避けて換気用の小窓を見上げる。閉めようと思ったが小窓は高いところにあり、手が届かない。そのための棒が窓際に立てかけてあり、それで開け閉めをするのだ。彼女は拳銃をカーディガンのポケットに入れ、棒を手に取ると、両手で操って小窓を閉めた。すると、小窓の縁に引っ掛かっていた白い羽がフワフワと落ちてきた。
足元に落ちた白い羽を見てベアトリーチェは深い溜め息を吐いた。それを拾い上げ、彼女は入口へ戻った。最後に両親の寝室を一瞥してから部屋の明かりを消す。自室へ戻り部屋の明かりを点ける。その手には拳銃が握られていた。扉に鍵を掛けてから自室を見て回り、安全を確認する。それから窓辺に近づく。窓に鍵が掛けられていることを確認して、彼女は拳銃を下ろした。カーディガンのポケットに入れておいた白い羽を出して眺める。眠りにつくまで彼女は、片手に拳銃、別の手に白い羽を持ったままだった。
翌朝、ベアトリーチェは父親の執務室で紳士録を漁った。求め得る人材の中で最も有望な者を選び、それらの人間に連絡を取るよう召使いに指示する。
「どういったご用の向きでしょうと尋ねられましたら、どのようにお答えしましょう?」
名門貴族であるクローヴィス家から呼ばれて用を尋ねる無礼な愚か者がいるとは思えないが、選抜した輩はどいつもこいつも傲岸不遜な身の程知らずとして有名な者ばかりなので、そのような問答を召使いが想定するのも無理からぬこと、とベアトリーチェは思い直した。
「そうね……家出人探しと伝えて」
連絡を受けた者たちはクローヴィス邸に当日の正午過ぎには、ほぼ全員が集まった。家出人の捜索という地味な依頼に強い興味を抱いたのか、約束された莫大な成功報酬に惹き付けられたのか、それは人によるだろう。
常に酩酊していると噂の吟遊詩人ヘベレケイトゥスはクローヴィス家の客間を飾る豪華な調度品に目を輝かせつつ召使いが用意した酒を飲みながら言った。
「クローヴィス家は幾つもの酒造所を持っている。事件を解決した暁には、それらに入り浸って朝から晩まで酒を飲む権利を与えてほしい。なに、つまみは結構だ。こちらで持参するよ」
ビーストテイマーの少年カリヨンガンブリヌスは自分の鼻をつまみ、悪戯っぽく笑ってから手を放した。
「酒臭い爺さんには無理だよ。おいらが飼っている獣に任せて」
自動人形調律師クエンティティが白けた顔で呟く。
「獣臭い奴は外に出てほしいね」
女占い師ギブデソヴィは陰湿な笑い声を響かせた。
「いひひ、機械油臭い奴に言われたくはないよねえ」
霊媒師カンターダヴィレが、ぼそりと言った。
「インチキ臭い奴に言われたくないな」
その言葉に女占い師ギブデソヴィは敏感に反応した。
「インチキ臭い奴って、誰のことだい?」
知らん顔をする霊媒師カンターダヴィレに一歩近づき、女占い師ギブデソヴィは再び言った。
「インチキ臭い奴って、誰のことなんだい?」
険悪な雰囲気を和らげようと探偵助手マーノティーリが頼まれもしないのにしゃしゃり出る。
「まあっまあっ、お二人さん、落ち着いて、落ち着いて」
霊媒師カンターダヴィレは冷ややかに言った。
「僕は落ち着いているよ。興奮して騒いでいるのは、こちらのお嬢さんだけ」
騒動を引き起こしている当事者の片割れは興奮を隠さなかった。
「その言い草、何だい! どの口がぁそんなこと抜かすんだよ!」
「まあまあ、そんなに大きな声を出さないで」
ギブデソヴィが、また何か喚こうとしたとき客間に美しい娘が現れた。
「皆様、お待たせ致しました。私はクローヴィス家の一人娘ベアトリーチェです。両親が留守の間の一切を任されています。どうぞお見知りおきを」
客間の一同は、ベアトリーチェの美貌に気圧された。噂には聞いていたが、ここまでとは想像できなかったのだ。自動人形調律師クエンティティは気を取り直して尋ねた。
「詳しい仕事内容を説明して頂きたい。家出人探しと窺ったが」
他の者たちも思いは同じのようで、頷く者がちらほらいた。それを見てベアトリーチェはうっすらと微笑んだ。
「それでは依頼する仕事についてご説明をしましょう。この話は、どうかご内密にお願いします」
皆が同意した……かと思いきや、首を縦に振らない者がいた。自動人形調律師クエンティティだった。彼は指輪を煌かせて顎髭を撫でた。
「お話は自動人形ではなくベアトリーチェ嬢ご本人から直接お聞きしたいものですな」
そう言った自動人形調律師クエンティティ以外の客人たちは驚愕した。吟遊詩人ヘベレケイトゥスはグラスの酒を飲み干し、盆に置かれていた他の者のためのグラスも手に取って言った。
「これはまたビックリだ、ヒック! まさか、そんなことが……勘違いではあるまいか?」
自動人形調律師クエンティティは首を横に振った。
「実に精巧に出来ているが、彼女は自動人形です」
皆の視線がベアトリーチェに集まる。彼女は言った。
「さすがですね、お噂の通りですわ、クエンティティさん」
褒められた自動人形調律師クエンティティは軽く会釈した。ベアトリーチェは人形とは思えない自然な動きで客たちの前を歩きながら言った。
「確かに私は自動人形です。ベアトリーチェ本人からご説明が出来ないことをお詫び申し上げます。事情がございまして、どうかお許しを」
探偵助手マーノティーリが訊ねる。
「ベアトリーチェ様ご本人が姿をお見せにならないことと、この仕事の依頼に関係はございますか?」
ベアトリーチェに似せられた自動人形が答える。
「おっしゃる通り、今回の依頼と関係がございます」
とても人形とは思えない微細な不安の色を浮かべて彼女は語った。
「身の危険を感じたため、ベアトリーチェは身を隠しております。それは、この件に関係があるのです」
客間にいた人間たちは自動人形の言葉を待った。一つ間があって自動人形の口から言葉が出てきた。
「この仕事は危険が伴います。それを承知して下さる方にだけ、具体的な依頼の内容をお話ししたいのです」
沈黙する者と低い唸り声をあげる者の二種類に大きく分かれた。別の反応を示す者もいた。探偵助手マーノティーリだった。
「その危険に関しまして、ご報告があります」
全員の注目が集まるのを待って、探偵助手マーノティーリは言った。
「実は、うちの先生、名探偵フォアルトですが、ここに来る途中で災難に見舞われまして」
探偵事務所からタクシー会社に電話し、迎えのタクシーを呼んでクローヴィス邸へ向かおうとした矢先、探偵フォアルトは何者かに銃撃された。幸いなことに命に別状はなかったが入院は必要で、ベアトリーチェからの依頼に応えるのは不可能な状態である……と探偵フォアルトの助手マーノティーリは説明した。
「そこで先生の代理として僕が参りました。先生からは全幅の信頼を得ておりますので、どうかご安心下さい」
そう言って会釈したマーノティーリを無視して女占い師ギブデソヴィは言った。
「あたしたちにも危険が及ぶかもしれないってのは、こういうことなのかねえ」
探偵助手マーノティーリは首を傾げた。
「先生を銃撃した犯人が、クローヴィス家からの依頼に関係しているとは断定されていません」
「そうそう。別件かもしれない」
そう言ってから霊媒師カンターダヴィレは付け加えた。
「フォアルト探偵の悪い噂は現世だけでなく霊界でも広まっている。どこの誰に恨みを買って撃たれたのか分からない」
案に相違してフォアルト探偵の助手マーノティーリは否定しなかった。それは大いにありえると考えていたのかもしれない。
「誰がフォアルトを撃ったのか、それは分からない。クローヴィス家に絡んで撃たれた可能性はある。もしも、そうだとすると、だな」
吟遊詩人ヘベレケイトゥスが言い終える前にビーストテイマーのカリヨンガンブリヌス少年が言った。
「おいらたちはみんな、危ないってことだね」
グラスの酒を舐めるように飲んで吟遊詩人ヘベレケイトゥスが付け加える。
「危ない橋の渡り賃に、約束の報酬だと足りないなあ」
「危険な橋を渡るつもりが三途の川を渡るんじゃ嫌だものね。もっと払ってもらわないと割に合わないよ」
女占い師ギブデソヴィは吟遊詩人ヘベレケイトゥスに賛同した。探偵助手マーノティーリは報酬のつり上げに同意しなかった。
「先生の治療費を払わないといけないんです。先生は僕に向こうの言い値で手を打つよう指示しました。それですから、僕は今の報酬で構いませんよ」
霊媒師カンターダヴィレはギブデソヴィとヘベレケイトゥスに言った。
「お前たちが仕事を降りてくれたら、お前たちへ支払う予定だった報酬が俺たちへのボーナスに切り替わるかもしれない。妙なつり上げは止めて、とっとと消えろ」
自動人形調律師クエンティティはベアトリーチェの自動人形に言った。
「仕事内容を聞いてから報酬の上乗せを要求するか決める。説明してくれ」
ベアトリーチェの自動人形は言った。
「それではご説明致しましょう。家出人というのは、この家に住んでいた座敷童の天使です。家に福をもたらすとされる天使の家出は、クローヴィス家に不幸と没落を招くでしょう。それは断じて避けなければなりません。皆様には、天使を連れ戻して頂きたいのです」
話を聞いた客人たちは一様に狐につままれたような顔をした。
自動人形調律師クエンティティは言った。
「座敷童は聞いたことがある。だが、天使が座敷童だとは初耳だ」
ビーストテイマーの少年カリヨンガンブリヌスは「前に聞いたことがあったなあ」と言ってから話した。
「天使を捕らえて閉じ込め、その神聖な力で家を繫栄させようとする人間がいるって、昔ね」
霊媒師カンターダヴィレは不敵な笑いを浮かべた。
「この家から逃げたのは座敷童ではなく座敷牢童だった天使か」
女占い師ギブデソヴィは壁の飾り棚に置かれた銀の燭台を物欲しそうに見た。
「それぐらいやらないとねえ、大貴族にはなれないよ」
吟遊詩人ヘベレケイトゥスは旨くなさそうに酒を飲んだ。
「家出して自由になりたいって気持ちは分かるよ……だけど、ちょっと気になるな」
グラスを飾り棚に置いて吟遊詩人ヘベレケイトゥスは言った。
「本当に家出なのかなあ。実際はさ、誘拐されたのかもよ」
「それは僕も考えました。その誘拐犯が、先生を狙ったとも」
探偵助手のマーノティーリは自分の推理を述べた。
座敷童の天使を連れ去った誘拐犯が、クローヴィス家から捜索を依頼された探偵を脅威と捉え、それを亡き者にしようとして銃撃に及んだ可能性は捨てきれない。マーノティーリの話を聞いて一同は自分の意見を述べた。
「召使い以外に、我々への依頼を知っている者がいたのかもしれない」と自動人形調律師クエンティティ。
「召使もグル、犯人の一味なんだよ」とビーストテイマーのカリヨンガンブリヌス少年。
「盗聴もありえる」と霊媒師カンターダヴィレ。
女占い師ギブデソヴィはベアトリーチェに尋ねた。
「あたしたちへ依頼すること、誰かに相談した?」
「いいえ」
「もう一つ疑問がある」と吟遊詩人ヘベレケイトゥス。
「座敷童の天使が消えたから探してくれと警察には頼めない。だから私立探偵を雇うのは分かる……私立探偵に見つけられるかどうかは分からないがな。まったく分からないのは、捜査とは無関係な職業のわしらをこうして呼んだことだ。意味があるのかえ?」
人間離れした美貌の自動人形ベアトリーチェは妖艶に微笑んだ。
「ございます。皆様は異世界からの訪問者です。その異世界転移能力が求められているのです。今回の捜索に、それは絶対、欠かせないものなのです」
異世界からの訪問者一同は顔を見合わせた。自分が異世界から来た人間であると人に話したことはない。よそ者への差別と排斥が如実としてある世界で外世界人をアピールすることは有害無益だった。ここで「自分は違います」と言い張ることは出来る。だが、そう言ってしまうと多額の報酬が期待できる仕事にあぶれることになるのだ。
自動人形ベアトリーチェは、そんな異世界人の気持ちを汲み取っているのかいないのか、さっさと用件を伝えた。
「座敷童の天使が、もしも連れ去られたとすると、それは現世界人だけでなく異世界人の犯行であることも考えられます。その場合、皆様の異世界転移能力が捜査の役に立ちますことでしょう」
それはそうだろう。だが、しょせんは素人の捜査員なのだ。どの程度の仕事ができるか、見通しはあやふやだ。
「困難は承知のことと思います。まして、皆様を狙う輩がいるのかもしれない現状です。誘拐されたのではなく座敷童の天使が家出しただけだとしても、問題は簡単になりはしないでしょう。座敷童の天使が宿無しになったことを知って捕らえようとする者たちが数多く現れることが目に見えていますから。事態は一刻を争います。そして危険だらけです……それでも仕事をお引き受けして下さるのなら、この場で手付金をお支払いいたします。約束した報酬の半額です。勿論、捜索が失敗に終わっても返却は結構です。いかがですか? この仕事をお引き受け下さいますか?」
自動人形ベアトリーチェは、そこで言葉を切った。まるで手品師のように、何処からともなく六つの小瓶を取り出す。透明なガラス瓶の中には複雑な文様を描く流体が光っていた。
「これが成功報酬としてお約束した抗老化剤スアクナシッガの一部です。ご存じの通り、この世界では手に入りません。極めて入手困難ですので、売買価格は値上がりし続けています。この資産価値は計り知れないというのが金融業界の評価ですが、もちろん現金化を急がれても構いません。皆さん、お金にお困りのようですから」
万華鏡のように輝く液体の入ったガラスの小瓶が六つ、テーブルの上に置かれた。その場の空気が変わった。
§ § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § §
女子高生スズカ(仮名)の書いた小説を読んだ同じく女子高生のレイカ(仮名)は尋ねた。
「これって、生成AIが書いたの?」
不躾なレイカの質問に一瞬カチンときたスズカだったが、表には出さない。
「違う、自分で書いた」
「そう……道理で、変だと思った」
これにはスズカも我慢できない。
「変ってなに、変って!」
「いえ……別に」
「言いたいことがあるなら、はっきり言って」
一つのノートパソコンの画面を二人で覗いていた関係で、スズカとレイカは隣り合って座っていた。スズカに詰め寄られる格好となったレイカは体を引き気味にして、さらに視線を落とした。
「そんな……特に何も」
「その言い方、気に障る」
「気にしないで」
そう言ってレイカは本棚に目をやった。
「色々あるのね、本が」
「文芸部ですから」
「見ていい?」
嫌と言えないのが弱いところである。スズカが頷くとレイカは立ち上がり、壁の本棚に歩み寄った。背表紙のない一冊を指差す。
「あの本、気になる」
それはスズカの作品だった。ノートパソコンに書いた原稿をプリンターで印刷し綴じただけの冊子である。本棚の高いところに平積みで置いてあったのに、よく気づいたものだとスズカは驚くやら呆れるやら感心するやらで、総合的にはポカンとした。レイカは本を取ろうと手を伸ばした。しかし背伸びをしても取れない。
「この本、さっきの話の続きか何かでしょ?」
レイカの質問にスズカは頷いた。同時に違和感が湧いた。レイカは本の表紙に書かれた題名を見ずに言ったのだ。表紙の他は、シリーズであることを示す記載はない。それなのに、どうして二つの話の関連に気付いたのだろう?
「これ、読みたい。取って!」
自分で取れよ、と思ったが自分の本を読みたいと言ってくれる人間を邪険にできないのが物書きというものだ。スズカは踏み台を持って来た。それに乗って取ろうとしたが、手が届かない。
「退いて、わたしが取るから」
スズカを押し退けるような勢いでレイカは踏み台に乗った。レイカの方が背が高い。楽に取れた。こうなると物書きの自尊心は何処へやらで、スズカは再び不機嫌に戻った。
そんな作者の気持ちに気付かないようで、レイカは冊子の表紙を凝視している。彼女は筆者に尋ねた。
「この本、さっきの話の続きなの?」
「そうだけど……でも、順番とか時系列はバラバラかな」
パソコンの中に入っている物語は書きかけだ。別に書いた幾つかの小説を同じ世界観で総合しようとする目論見の一環として書いているのである。
「文芸部の仲間で同じ題材を描く約束をしてリレー小説を書いたり世界観を共通させたシェアワールドを舞台にした作品を競作したり別の作品のキャラクターを登場させたり、お互いの小説の二次創作を書いたり、色々あるの。これも、そういう中の一冊」
その説明を聞いているのかいないのか、レイカは冊子の表紙を見つめ続けている。
不思議な子だ、とスズカは思った。
放課後、文芸部の部室に突然レイカは現れた。小説に興味があるというから、文芸部に入部したいのかと聞いてみるとと「それは考え中」とのことで、まずは文芸部の色々な作品を読んでみたいとのご希望だった。
そのとき部室にはスズカ一人しかいなかった。学年は同じだがレイカと話したことはない。見たことはある。だから明るい髪質のロングヘアの美少女だという認識はあった。ちなみに学校一の美人との声さえある。地味な自分とは違う、というのが正直な気持ちだ。そんな相手が自分を知っているとは、スズカには思えなかった。いつも本を読んでいる暗い子、というイメージならあったかもしれないが。
本が読みたいのなら図書室へ行けばいいのに……わざわざ文芸部の素人が書いた小説を読みたがるなんて、本当に不思議な子! とスズカは結論付けた。勿論、そんなことを口に出したりしない。自作を読んでもらえるだけでスズカは嬉しいのだ。
しかし、どうして、こんなのを読みたがるのか? と自作の出来を分かっているスズカは、やっぱり疑問に思う。もしかして、百合小説とかBLの同志を求めているのかしら? いや、まさか本物の百合相手を探しに、文芸部へ?
様々な疑惑の目を一身に浴びる美少女……そんなレイカが冊子の表紙をめくった。
§ § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § §
クローヴィス家に囲われていた座敷童の天使が逃げたという話をファブギイルも知っていたので、オーランは驚いた。
「どこで聞いた?」
「街じゃ噂だよ。みんな、天使をとっ捕まえようと狙っている」
こうしちゃいられない。そんな気分になったが、目の前の仕事を片付けなければならない。ライトバンの後部座席から外の様子を窺う。ライトバンの前を通り過ぎた男は銀行の入り口に向かった。その手がポケットから鍵の束を取り出す。
運転席でハンドルを握っていたペロプファムンが短く言った。
「今だ」
言われるまでもない。オーランは後部座席のスライドドアを物凄い速さで開け、外に飛び出した。ファブギイルも続く。オーランは銀行の入り口前に立つ男に近づくと、その脇腹に拳銃を突きつけた。
「動くんじゃねえ。つまらねえ真似もするな。脅しじゃねえよ、ローヌベルツさん」
自分の名前を言われた男は驚き振り返ろうとしたが、脇腹の固い物をグリグリされたので止めた。
「それでいい。さあ、中に入れてくれ」
ローヌベルツを先頭に、オーランそれからファブギイルが銀行へ入った。
「真っすぐ金庫室へ行け」
金庫室の中には現金が詰まっていた。普通の銀行強盗なら目の色を変えてカバンに詰めるところだ。だがオーランの狙いは現金ではない。もっと価値のあるものを盗みに来たのだ。それは金庫室内の一角にある貸金庫の中にあった。ローヌベルツに命じて、その貸金庫を開けさせる。中には小さな箱が一つ。鍵が掛かっていて開かない。しかし、それを開けるのはオーランたちの仕事ではない。銀行を襲って貸金庫内の小箱を奪うまでが仕事なのだ。奪ったブツはドライバーのペロプファムンが指示役のところへ持って行く。その後のことは知らない。
銀行から逃げ出してすぐに通報されないよう、店員を縛るのはファブギイルの係だった。ちょっとくらいなら盗んでもバレないだろう、と言わんばかりの目つきで現ナマを見ているファブギイルにオーランは言った。
「この男を早く縛れ、急げ」
後ろ手に手錠を掛けられたローヌベルツは床に寝るよう命じられ両足にも手錠を掛けられた。これなら、しばらくは動けない。休日出勤の警備員が巡回に来るまで、きっとこのままだろう。
惨めな格好のローヌベルツを見て、オーランはいささか気の毒になった。仕事の下調べは大切だが、個人情報を知りすぎるのも考えものだと彼は思った。
この銀行の支店長であるローヌベルツについて、オーランたちは事前に調べていた。立派な犬を飼っている。血統書付きだ。住まいは山沿いの高級住宅地。良い風が吹くので低地に生息する伝染病持ちの蚊が飛んで来ない。犬も人も喜んで暮らしている。女房は金髪、ローヌベルツより十五歳くらい若い。赤毛のミュージシャンと不倫をしている。寝取られ亭主は、その事実に気づいていない。
ちょっと可哀想だから、オーランは教えてやることにした。
「あんたの奥さん、浮気してる。相手はバンドをやってる若造だ。いい男だよ。だが、俺に言わせりゃ、コソ泥だ。俺に言われたくないだろうけど」
うつ伏せで床に転がっているローヌベルツの顔は見えない。もっとも、感謝の笑みを浮かべているとも思えないので、ひっくり返さず金庫室を出る。銀行の前に停めたライトバンに飛び乗る。犯行が始まってから終わるまで十五分も掛かっていない早業だった。
★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★
どんな人間も死が近づくと平静ではいられなくなる。リベチベリコヴァンがそうだった。座敷童の天使が助けてくれるとか何とか言っていた。言い続けていた。聞いているこっちがうんざりするほどに。
だが、それは本当だった。信じがたいが。
死刑執行予定の正午になっても看守が牢屋に現れないので、リベチベリコヴァンは喜びを炸裂させた。
「死刑は中止になったんだ! 私たちは助かったぞ! やはり座敷童の天使の力は偉大だ! 私の座敷童の天使に間違いなしだ!」
それからリベチベリコヴァンは牢屋の鉄格子の扉の前で不思議な踊りを始めた。俺にも一緒に舞うように命じる。人が何をしようとそいつの勝手だが、俺まで肩を並べて踊る意味が分からなかったので理由を訊いてみた。
「なあ、どうして俺も踊らにゃならんのよ? そんな楽しそうにダンスをする気分じゃないんだけど」
ひょうきんなダンスをしながらリベチベリコヴァンは恐ろしい表情で俺を睨んだ。
「死刑中止の件で座敷童の天使の世話になったのだから急いで感謝を捧げないと怒りを買って報復されるし、それから早く牢獄を出してくれることも頼まないといけない。お前も早くやれ」
死刑が中止になったとリベチベリコヴァンは思い込んでいるけれど、そうとは限らない。何であれ物事が時間通りに進まない国なので、ただ単に死刑の開始が遅れているだけかもしれないのだ。それでも、死刑が無くなったという幻想にすがりたい気持ちは分かる。俺もリベチベリコヴァンと一緒に処刑される予定だったのだ。このまま死刑が中止になるに越したことはなかったし、ここから出られるのなら神でも仏でも座敷童の天使にでも踊りを捧げるのだってやぶさかでない。俺はリベチベリコヴァンと並んで踊り始めた。ダンスは好きじゃないが、そんなことは言っていられない。下手でもやるさ、死にたくないもの。
「もっと上手く踊れないのか? やる気も何も感じられないぞ! この罰当たりめ、そんなんじゃ、座敷童の天使の怒りが爆発するぞ!」
リベチベリコヴァンは俺を罵った。俺のせいで永遠に牢獄から出られないとまで言いやがる。まったく意味が分からない。それに、物凄く腹が立った。それでも俺は一生懸命にリベチベリコヴァンの真似をして踊った。座敷童の天使さんよ、こんなんでいいのかい!
「このウスノロ! もっと高く足を上げろ! 腰を前後左右にグラインドさせるんだ、もっと早く、激しくっ! 飛べっ、舞い上がれぃ! 頭のてっぺんからオーラを出せ、出さないか、出さないかぁぁぁ!」
オーラなんか一度も出したことがないし、出し方も分からないが、頑張って出そうとしてみた。藁にもすがりたい思いなのだ。すがりつく相手が座敷童の天使でも邪神であってもかまわない! 俺を救ってくれるのなら、悪魔に魂を売ったっていいんだ! 誰でもいい、俺を助けてくれ……お願いだ。
海外旅行の様子を動画配信して生計を立てていた俺は広告収入の激減を補うため、ちょっと危ない仕事に手を出した。違法な薬物の運び屋になったのだ。動画配信より金になったので、もっと大々的にやってみようと思っていたら、この国で逮捕された。運の悪いことに、ここは麻薬に関係する犯罪者はことごとく死刑にする国だった。反省してます、もうしません! と涙ながらに謝罪したが問答無用に死刑判決が下される。そして俺は、この監獄に送り込まれた。そこで出会ったのが邪神崇拝の罪で検挙されたリベチベリコヴァンだった。
リベチベリコヴァンは元々ゲーム実況のライブ配信をやっていたそうだが地球の正当なる支配者の呼び声を聞いて自分の真の使命に覚醒したとのことだ。真実を広めようと、自分が聞いた神の声を音声合成ソフトで再現して配信したところ、それを聞いた視聴者の中に自殺者が続出した。あるいは、自殺はしないが他殺する者が大勢出て社会問題となり、放置できなくなった警察に拘束されたのだった。
その罪名が殺人教唆でないのは再現された音声で「自殺しろ」とも「殺せ」とも言わず、ただ延々と意味不明の呟きが続いているからで、邪神崇拝の罪はリベチベリコヴァンが「偉大なるコズミックパワーを信じ、地球の真の支配者に服従せよ」と裁判で喚き散らしたので適応されたようだ。この精神状態だと無罪が妥当という気がしなくもないが。ま、この国では許されないってことだ。いかれてる、どいつもこいつも。同房になって最初は、こっちまでおかしくなりそうだった。ずっと神の声の再現を聞かされる身にもなってほしい。別室にしてくれ、と看守に頼んだが「そんなこと言うな。お前らは二人一緒に死ぬんだから、あの世でも仲良くしろよ」と縁起でもないことを言われるだけだった。
とにかく俺は死にたくない。だから今、奇跡を信じてリベチベリコヴァンを一緒に変な踊りを頑張っている。
「そうだ、その調子だ、ハァッ! フゥ! 私に合わせて、お前も発声しろォ、ワオ! フウゥ、ホゥ!」
隣の変人に合わせ奇声を上げ続けていたら、鉄格子の向こうを看守の一団がこちらに向かって走って来るのが見えた。リベチベリコヴァンが歓声を上げる。
「助けが来たぞ、私は助かった! これも座敷童の天使のおかげだ、御礼に隣の阿呆を生贄に捧げます」
「誰が阿呆で誰が生贄になるんだよボケ」
「うるせえ黙れ! 死刑囚どもが、黙りやがれってんだ!」
看守長が警棒で鉄格子をガンガン叩いて怒鳴る。俺は黙った。隣の阿呆は黙らない。
「早くここから出せ。今すぐ私を出せば、座敷童の天使に口添えしてやらないでもない。残虐な死は当然としても、少しぐらいは手加減をしてやってくださいませんか? そうお願いしてやる。さもないと、生まれてきたことを後悔するほど痛めつけてから殺してもらうぞ」
檻の中から脅迫する死刑囚に向かって看守長が言った。
「あのな、死刑が中止になったわけじゃないんだ。法務大臣からの死刑執行命令が届いていないだけだから、一時延期しているだけ。ここからは出せないのよ。でも、すぐに死刑執行命令は来る。あ、来た来た」
一人の看守が駆け足でやってきた。敬礼をして、気をつけ! の姿勢を取る。
「ご報告申し上げます。正体不明の敵の攻撃で全壊した首相官邸の瓦礫の中から、法務大臣は他の全閣僚共々遺体で発見されたそうです。亡くなった法務大臣の代理として法務省事務次官より通達です。死刑囚処刑後、看守は全員武装して敵襲に備えよ。緊急事態であるので、もしも囚人に暴動の兆候が認められた場合、全員を射殺せよ」
看守たちの顔に緊張が走った。何だか分からないけれど、異常事態が起きているようだ。正体不明の敵が首都の首相官邸を完全に破壊した。首相も他の閣僚も死んだらしい。この牢獄にも危険が迫っているようだ。
だが一番大事な情報は、死刑囚が処刑されることだ。俺は悲鳴を上げた。
「嫌だー、嫌だー、死にたくないよう!」
看守たちは鉄格子の扉を開けて中に入ってきた。俺は必死に暴れたが取り押さえられた。ボカボカ殴られ、檻の外へ連れ出される。意外なことにリベチベリコヴァンは大人しく手錠を嵌められた。もっと大暴れしたって不思議じゃない状況なのに。このままだと銃殺されるのに!
その理由をリベチベリコヴァンは外の刑場へ引きずり出された直後に語った。
「座敷童の天使の怒りが、遂に発動したようだな。官邸だけじゃなく、もうじき首都は壊滅よ。それだけじゃあない。座敷童の天使の軍隊は、ここも襲う。そうなったら、くくく、お前らは全員、死ぬ。しかし私は助かる。私は、お前らの死体の真ん中で朝まで踊り狂うよ。座敷童の天使に感謝しなければならないからな。お前らの脳味噌やハラワタを体全体にこすりつけ、オールナイトダンスだよ、ああ大変だ。どれほどの体力を使うか、わからない。だから今は大人しくして、休養させてもらうよ」
夜の宴会に備えて体力を温存していると述べたリベチベリコヴァンの背後から看守長が拳銃を発砲した。白煙と血煙が同時に立ち昇る。後頭部を撃たれたリベチベリコヴァンが前のめりに倒れた。刑場の茶色い土が流れ出る血を吸って黒く染まる。
「狂人の戯言は聞き飽きた。あの世で好きなだけ言え」
そう言ってから看守長が俺に尋ねる。
「選ばせてやるよ。ここで後ろから撃たれて死ぬか? それとも柱に縛られても目隠しを拒否し、銃殺隊を睨みつけながら男らしく撃たれて死ぬか……好きな方を選べ」
俺は今まで好き勝手に生きてきた。人生の分岐点に立ったら楽な方を選ぶ、それが俺の生き方だった。そして俺は、格好をつけたがる性格でもある。キメたがるんだよ、ちょっと恥ずかしいけどな! 後で考えると恥ずかしくて死にそうになるけどもよぉ、やっちまうんだ。まあ、恥ずかしくて死ぬことはなかったな。そして今は、もうどこにも逃げられない死の瀬戸際だ。楽な方を選んだところで、たかが知れている。格好をつけたところで、誰も「すてき!」なんて思いはしない。それは単なる自己満足だ。だが、ちょっと憧れる部分があるんだ。男らしく死ぬってやつに。
「柱に後ろ手を縛られ、目隠しの白布は首を振って拒否し、銃殺隊に向かって、こう言う――お前たち、よく狙って撃てよ、俺の心臓を穴だらけにしてみやがれ。そんな感じの最期で決めたい」
そんな俺のオーダーを看守長は引き受けてくれた。俺は両脇を兵士に挟まれたが、何の抵抗もせずに柱へ向かった。柱の前で振り返る。銃殺隊に向かって、己の胸を右親指で指差し、ニヤリと笑う。銃殺隊の面々がどんな表情をしているかは、逆光で見えなかった。呆れられたり、笑われている可能性が高いから、見えなくて幸いだった。俺は背中の後ろで素直に両手首を合わせ両横の兵士に「こんな感じに手を出せばいいのかな? 処刑されるのは初めてなんで、勝手がわからないんだ」と言った。
二人の兵士は返事をしなかった。俺は「どうした?」と訊いた。左右にいる兵士のどちらかが「あれは何だ?」と呟いた。俺は言っている意味がわからなかった。「あれって何なんだよ?」と訊くと、兵士の一人――今となっては右の兵士か左の兵士か思い出せない――が空の一点を指差した。俺は何が何だかわからず、兵士が指差す空の向こうを眺めた。黒い点が見える……と思ったら、その黒点は急速に大きくなった。こちらに迫って来る。俺は呟いた。
「何だ、ありゃ」
向こうにいる銃殺隊の連中も迫る異常物体に気付いたようだ。横一列の隊列が崩れる。銃殺隊のリーダーである看守長が注意したけれど、兵士たちの動揺は収まらない。その間にも黒い飛行物体は牢獄に接近し、今や姿形が明らかになった。それはトランプのハートのエースに似ていた。色は真っ黒だ。赤く見えるところもあったかな。でも、まあ、黒だったな。
「撃て!」
銃殺隊の指揮官を兼任する看守長は空飛ぶハートのエースを狙って発砲を命じた。無数の弾丸が黒塊に吸い込まれた。特に何も起こらない……と思ったら、黒い塊は一気に拡大した。牢獄から刑場の俺たちまで何もかもが暗黒に包まれる。
「さあ、デスゲームのバトルが始まりました! 暗黒空間内で、神の軍団の航空兵器であるハートのエースと人類の一団が戦います。私は神々向けのゲーム実況者として転生したリベチベリコヴァンです。さあて、まずはハートのエースのターンですが……おおっと、全体攻撃ですね。しかも二回、二回連続の全体攻撃です! これは大ダメージですね。銃殺隊のメンバーは、ほぼ一掃されました。残っているのは数名ですが……ああ、パニックが発生しました。せっかくの反撃チャンスも、これは攻撃ならず! 士気チェックで、パニックを抑えなければ何の行動も取れませんね。おっ、生き残っていた看守長は士気チェックに成功しました。あっ、若い日本人死刑囚も士気チェック成功です。これは意外ですね。しかーし! ハートのエースが再びの全体攻撃だぁ! ああ、これでまた、人類サイドに大打撃! ほぼ死んだ! ほとんど全滅っ! 生存者は……看守長、生きています。しかぁし、瀕死の重傷! これではせっかく士気チェックに成功したのに何の意味もなーし! そして、おやおや、またも意外中の意外な事態が発生だーっ! 日本人の若い死刑囚が生きている、しかもノーダメージ。なんということだ、ああ、なんということなのでしょう! 神の軍団のエース、ハートのエースの物理攻撃は、日本人の若い死刑囚に無効なのでしょうか? いえ、そんなはずはありません。ハートのエースが発射する黒い弾丸は、どんなに硬い装甲も撃ち抜きます。お、ハートのエースは二回目の攻撃で、全体攻撃を選択しませんね。戦闘可能な相手は日本人の若い死刑囚だけですから、そこに攻撃を集中させるつもりなのでしょう。ハートのエースが弾丸を撃ち出した。命中したア! 違った、避けた、あの日本人、避けやがった! 凄まじい回避能力、凄い逃げ足だぁ! そして地面に落ちていた小銃を拾った。構える、撃つ! しかし外れた。ハートのエース、ノーダメージ! ハートのエース、ただ一人の敵に向かって集中攻撃! おお、またも日本人死刑囚が回避。これは想定外。第三ターンまでに決着がつかないとは予想外の展開ですね。日本人、銃を撃つ。今度はフルオートで撃った。たくさん弾が出たぞ。あ、ハートのエースに命中した。信じられなーい! ハートのエースにダメージ、遂にダメージ! いやあ、驚きですわ。ハートのエースのパーフェクトゲーム、完全試合を予想していたんですけど。まさかハートのエースにダメージが出るとは。しかし、しかしですよ、ハートのエースの損害は軽微、戦闘に支障はありません。ただ、ここで戦闘スタイルを変えますね。黒い弾丸を撃つ射撃戦から接近戦用の仕様に形態を変化さっせまーす。ハートの形をした本体から無数の触手が出て来ました。この鞭のような触手で生き残った日本人を攻撃するつもりなのでしょう。おお、日本人の若者は、相手の隙を見逃しませんね。敵が攻撃してこないとみるや、またも自動小銃をフルオートで撃ちまくる! いや、弾切れ、弾切れです! 空になった弾倉を交換していなかったという痛恨のミス! 怒って小銃を投げ捨てたが、良くない態度です。自分のミスを人のせいにしたり、物に当たるのは良くないですから、良い子は絶対に真似しないでね。さあ、形態を変化させたハートのエースが攻撃を仕掛ける。無数の触手を伸ばし、日本人の若造を捕らえようとするが、敵は捕まらない。すばしっこい奴です。だが、こちらも攻撃の機会をつかめませんね。落ちている他の自動小銃を拾いたいんですけど、触手から逃げ回るので精一杯、拾えません。こうなると、勝負はハートのエースが有利ですね。いくら逃げ回っていても、相手を攻撃できないのなら勝ち目がない。いつかは捕捉され、仕留められる……う、んん! なんだ? 失礼、ハートのエースの攻撃中ですが、ハートのエースの攻撃中だったのですが、日本人青年が反撃したぁ? そうです、やはりそうです! 早くて一瞬わかりませんでしたが、触手攻撃の間に前に出て、カウンターパンチを食らわしたようです。カウンター攻撃がズバリと決まり、ハートのエースは後退。青年が追撃する。右ストレート、左ストレート、右フック、そして右回し蹴りぃ! 素手で、素手ゴロで神の送りし兵器をぶん殴っているぞ! 何なんだ、何なんだ、こいつは! 単なる馬鹿じゃないのか? 序盤に登場する雑魚モブじゃないのかよ! よし、それではここで解析システムを作動させます。これで、この若者のデータをチェックします……な、なにぃ! レベルは解析不能、何もかもスキャンできないので諸元データも不明、弱点もわからない! 何者なのでしょう……こいつは! し、しかしぃ! 倒してから調べれば良いのです。我ら正義の軍団は必ず勝つのですから! やっ、やぁっと、やっと触手一本が男の腕を捕まえました。これでは逃げられない! そして、ここで電撃か? 電撃攻撃で大ダメージかぁ! ハートのエースは触手から電撃で攻撃ができます。これをやられたら、銃殺による死刑を免れた死刑囚も電気椅子で死刑、死刑、死刑も同然! 死は確実だッ! ひ、光った、光ったぞ! 電撃です! これで日本人も終わりだぁ! あ、あれ、あれれ……ハートのエースに大ダメージ、これは痛恨の一撃ぃ? どうしたことか、どうしたんだぁ! ああ、わかりました。あの日本人は、ハートのエースが電撃をする前に、ハートのエースに電撃攻撃を仕掛けたのです。これは一体、どういうことなのでしょうか……これは一体……あ、失礼しました。正義の軍団の総司令部の解析チームから緊急電が入りました。それによりますと、我々が戦ってる相手には、敵の能力を分析し、それを瞬時にコピーして自らのものとする能力があるようです。この能力によって、敵はハートのエースの電撃攻撃をマスターし、その力ですぐさまハートのエースに電撃攻撃を繰り出した模様です。え、ええと、解析チームからの分析結果に基づいた正義の軍団の統合参謀本部からの勝利予想が発表されましたので、ご報告致します。この実況をご視聴になっている皆様は、到底信じられないことと思いますが、ハートのエースの勝率ゼロと予想されております。そして今、撤退命令が出ました。総司令部からハートのエースに対して、撤退命令です。ああ、このような事態を、誰が予想したでしょう? しかし結果は厳粛に受け止めなければなりません。残念ながら撤退はやむを得ないでしょう。我ら神の軍団は人類に負けることなど許されません。恥を忍んで逃げるべきです。次のリベンジの機会を待ちましょう……いや、待ってください。ハートのエース、動きません。敵の触手をつかまれたまま、動けません。ハートのエースは自分で触手を切断できます。それから煙幕で姿を隠し、一気に飛び去るのです。それができないほど弱っているのでしょうか? 詳細な情報を知りたいですね。むう、総司令部の解析チームからの公式発表がありませんので、自前の解析班に調査させたのですが……これは一体、何なのでしょう? ええと、皆様にご覧いただくことができますでしょうか? あ、できる? できそう! はい、わかりました。ゲーム実況のディレクターからオーケーの許可が出ましたので、ハートのエースの内部にある心象風景をお見せ致します」
[冬空の下、あたしは全力疾走する。だって、急がないと彼、帰っちゃうから。放課後の教室を飛び出して、廊下をダッシュ、階段を三段飛ばしで駆け下り、下足室へ向かう。下駄箱に入れておくべきだったか、とちょっと後悔。でも、やっぱりあたし、直接手渡ししたかった。この想いを、真正面からぶつけたかった。そうでもしないと、きっと一生、後悔するだろうから。まだ十年ちょっとしか生きていないのに、一生後悔なんてオーバーな言い方かもしれない。だけど、だけど、この気持ちは本物。だけどあなたは、私の本当の気持ちを、わかってくれないかもしれない。いつもケンカしてばっかりだから、からかわれていると思うかも。でもね、それでもね、こんなあたしだけど、あなたにこの想いを絶対に伝えたいの。来年も、再来年も二月十四日は来るけれど、今日という二月十四日は、今日だけ。今日で終わる。今日という日が終わる前に、あなたに逢いたいの。逢って、お話をしたいの。そして、このチョコレートを渡したい。受け取ってくれるかな、あたしのチョコ。受け取って、あたしの恋心を! いた、彼がいた! 校門の前にいる! 急ごう! 急ぐんだ! 早く……え、ちょっと待って、あのコ誰? 誰なの? 他の学校の制服を着ている女の子が、彼を呼び止めている。手に何か持っている? やだ、そんなのやだ! 受け取らないで、お願い、受け取らないで! あたしは走る、走る、走る……泣き出しそうになりながら、彼に向かって走り続ける。光よりも速く、彼の元へ。そして]
「ああ、放送こっちね! 失礼致しました。お見苦しいところをお見せしたことをお詫びします。正義の軍団の総司令部の解析チームから公式発表が出ました。ハートのエースは士気チェックに失敗し継戦能力を喪失、さらに撤退命令を受諾し実行する判断力も失われたそうです。完敗です。先程の心象風景は、現実逃避だったようです。可愛らしい現実逃避でしたね。さて、ハートのエースを爆破するよう統合参謀本部から総司令部に勧告が出されましたが、総司令部が爆破装置を起動させようとしても反応しないとのことです。爆破装置は敵の男によって解除されたものと思われます。これも失態ですね。判断が遅れました。あの日本人は、我ら正義の軍団のデータを入手しました。ハートのエースに関連した情報だけでなく、正義の軍団そのものの正体に迫る事実を知りえたことは、今後の懸案になるかもしれません。あの若者が何者なのか、私共はこれから調査していく方針です。ああ、ハートのエースの崩壊が始まりました。我らの勇士の最期です。それでは、ここで放送を終了させていただきます。ご視聴どうもありがとうございました。チャンネル登録よろしくお願いします」
ハートのエースとかいう黒い想念の塊が埃となって空に散っていく様子を、俺は無言で眺めた。人類を滅ぼうとする恐ろしい相手だが、その心の中に誰からもチョコを貰えず苦悩したまま死んだ男子たちの無念を読み取ってしまった今となっては、憎みきれない。俺の中に秘められていた真の力を覚醒させてくれた強敵よ、せめて、俺が見せてやったバレンタインデーの幻想を抱いて散ってくれ。
それから俺は看守長の亡骸を見下ろした。俺を男らしく死なせてやろうと看守長が言ってくれなかったら、俺はただの屑として死んでいただろう。せめてもの感謝のしるしとして、あんたの家族に、あんたの認識票を届けるよ。
俺は看守長の首に掛かったネックレスから認識票を引きちぎった。ハートのエースから得られた情報によると、この国の軍隊も政府も崩壊したようだ。正義の軍団とかいう謎の奴らは他国にも侵略を開始している。やがて世界は変な正義の奴らと人類の戦いで火に包まれるだろう。その戦いの中で、こんな俺に何ができるのか、さっぱりわからない。それでも戦い続けようと思う。ここで死んだ連中の分も戦うつもりだ。リベチベリコヴァンの分も……いや、あいつの分まで戦わなくていいや。その代わり、あいつの分も踊り続けるさ。
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銀河系で一、二を争う資産家のミス・レッドライディング・フッドが宇宙旅行の最中に行方不明となったニュースは天の川銀河を文字通り光速を越える速度で駆け巡った。続いて根拠のない憶測が飛び交う。もしも死んだとしたら、彼女の遺産はどうなるのか? いや、機械の体を手に入れ文字通り不老不死となっているのだから彼女が死ぬことはありえないわけで、遺産相続の問題は発生しないのではないか? いやいや、不老不死の体でも事故死はありえる! 待て待て、彼女には親族がいないから財産は政府のものになるのではないか? しかし天の川銀河に統一政権はないから資産は各惑星の自治体が没収するのでは? 不動産はそれでいいとして恒星間企業グループはどうなる? 解体されるのか? 知的財産権は誰の所有となるのか?
そんなこんなの噂が聞こえてこない深宇宙の片隅で宇宙生物ハンターのセウアズール越後俵屋は壊れた宇宙船のエンジンを直そうと悪戦苦闘していた。このまま機関が直らなければ彼の生涯は幕となる。救難信号を発しているが定期航路を外れた場所を漂流中なので、その微弱な電波が他の宇宙船に探知される可能性は極めて低かったからだ。
何度目か分からない人生最大の危機を前に、セウアズール越後俵屋は普段と同じように言ったところで何がどうなるわけでもない愚痴をぼやき続けていた。珍獣狩りなんてバカな仕事は今回限りで引退するとか、こんなことになるのだったら相手は誰でもいいから結婚しておけば良かったとかの、無意味な戯言をピンチのたびに毎回ぶつぶつ言うのである。今回は座敷童の天使が失踪したというので、それを捕らえようとしての遭難だった。どうせ追いかけるのなら、幸運の女神でも追いかけていれば良かったと嘆く。嘆いても始まらないのだが。
謎の通信が入ったのは、信じたことが一度もない神を罵っているときだった。修理道具を放り投げ携帯通信機にかじりつく。
「もしもし!」
「ピザの配達なんだけど」
「違います!」
キレて反射的に通話ボタンを切ってからセウアズール越後俵屋は激しく後悔した。間違い電話でも悪戯通信でもいいじゃないか! あ~もう一回連絡が入んないかな~と願っていたら、再び通信が来た。
「はいはい!」
「ちょっとアンタ、電話をいきなり切るなんて失礼じゃない。店長を出して。アンタを首にしてもらうから」
嫌味な女だった。しかし、ここでキレるわけにはいかない。
「個人営業なもので店長はいません。ピザのご注文でしたよね? 注文をお伺いしましょう。ですが、お時間が掛かりますよ。現在、宇宙を漂流中ですので」
冷凍ピザがあったはずだ、とセウアズール越後俵屋は考えた。それどころではなかったが。
「あらなに、漂流してんのアンタ」
電話口の女は興味津々といった口調で訊いてきた。セウアズール越後俵屋は肯定した。
「そうなんですよ。それで、救助をお願いしたいのですが」
相手は黙り込んだ。セウアズール越後俵屋は耳を澄ませて向こうの状況を聞き取ろうとした。相手の女は他の誰かに相談しているようだ。ざわざわといった声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れない。やがて相手が出てきた。
「レーダーで位置を確認したから、救助に行くわ」
「ありがとうございます!」
しばらく待っていたら大型の超高級宇宙ヨットが近づいてきた。相手さんはお金持ちだ! とセウアズール越後俵屋は思った。レンジで温めたピザを皿に移した彼は、これがお礼になるかどうか思案した。そのうちエアロックが開いた。向こうの超高級宇宙ヨットの乗員である人間型アンドロイドたちがセウアズール越後俵屋の宇宙船内へ入って来た。
「修理機材を持ってきました。それで直せるようなら良いのですが、駄目なら近くの宇宙基地まで曳航します」
アンドロイドたちに言われたセウアズール越後俵屋は恐縮した。
「お礼にピザをお届けしたいのですが、ご主人様はお会いしてくれますか?」
一体のアンドロイドがセウアズール越後俵屋をヨットの持ち主の元へ案内した。豪華な照明の輝く立派な部屋だった。客室なのだろう。そこには美貌の青年がいた。
「君が漂流者か。妻から話を聞いた。修理が出来るようなら、このまま立ち去ってくれ。新婚旅行中なんだ」
「ハネムーンのお邪魔はしませんよ」
そんなことを言いながらセウアズール越後俵屋は違和感を抱いた。相手が自分を恐れているように思えたのだ。狩人を警戒する獣を見ている気分だった。だが、ここは狩りの場所ではない。彼はピザの載った皿を出した。
「これは奥様へのプレゼントです。お受け取り下さい」
その言葉を聞いて若い女が物陰から飛び出して来た。
「あら、ありがとう! ピザが欲しかったの! 積み込んでおいたはずなのに、変ね!」
そう言って女はピザを食べ始めた。隣の男は嫌そうな顔をした。
「積み込んであったピザは処分したよ。要らないだろ? 機械の体なのに、どうして食べ物が必要なんだ? 栄養なら太陽光発電で十分だろう」
「食欲はあったほうが楽しいでしょ? それに性欲も」
セウアズール越後俵屋は薄物を羽織っただけの女を眺めた。悪くない。機械の体だとしても、何の文句もない。
しかし新郎は不満を露わにした。
「僕との結婚を続けたいのなら、もっと高い精神性を持ってくれ。食糧は僕が用意した特殊な栄養剤以外の摂取は許されない。いいね」
女も不満を口にした。
「あなたこそ、私と別れたくないのなら、偉そうな言い方は止めてね。私はわがまま放題の女なの。それで何百年も生きてきたんだから」
何者だ、この女? とセウアズール越後俵屋は腹の中で首をひねった。機械の体になると不老長寿が夢でなくなるけれど、維持するためには多額のカネが必要だ。一日のメンテナンス代だけで、最低賃金で働く労働者千人の月収になるだろう。
美青年の新郎はセウアズール越後俵屋に言った。
「そろそろ自分の宇宙船に戻ったらどうだね?」
「あら、いいじゃない。もう少しいたらどう?」
妖艶な笑みを浮かべて何百年も生きている新婦が言った。
セウアズール越後俵屋は当惑した。どちらの指示に従うべきなのか? そのとき宇宙生物ハンターとしての直感が働いたのだ。このカップルで強いのは、雌の方だ! と。
「それでは、もう少し、お邪魔します」
女は艶を含んだ声で笑った。
「少しだなんて言わないで、ずっといらしていいのよ」
「え」
「アンタのピザが気に入ったわ。ここにいてよ。ねえ、一妻多夫で新婚旅行も素敵じゃない? どう?」
セウアズール越後俵屋は横目で新郎の美青年をチラ見した。凄く怖い顔をしていた。彼は言った。
「早くここから出ていけ」
女は険しい顔で言った。
「このヨットは私のものよ。あなたが口出しすることじゃない。不満なら、今すぐ出ていって」
あまりにも険悪な雰囲気にお暇したくなったセウアズール越後俵屋が下を向いた時、女の素足が視界に移った。同じく下にある美青年の足の裏から何かが生えていた。それは植物の根に似ていた。ハッとして顔を上げる。新郎の美青年と目が合った。美青年の目がギラっと光った。
セウアズール越後俵屋が横っ飛びに逃げなければ、美青年が口から吹き出した針で、その体は床に縫い留められていただろう。長い針が超高級宇宙ヨットの客室の床に突き刺さる。新婦は甲高い悲鳴を上げた。
隠し持っていた小型熱線銃を引き抜いたセウアズール越後俵屋は新郎の美青年を撃った。小型熱線銃に胸を射抜かれた美青年の顔から無数のトゲトゲが生えた。体からも棘が生え出した。着ていた服が裂ける。服の中からブヨブヨした緑色の肉体が現れた。
セウアズール越後俵屋は、元美青年の顔に向けて小型熱線銃を撃った。外れた。相手サイドは喜ぶべき状況だったが、なぜか激怒した。そして無礼者に怒りをぶつける。
「おのれ、下劣な人間め! よくも撃ったな! お返しだ、サボテン男の針を受けてみよ」
顔から棘の生えたトゲ男、否、サボテン男は再び針を口から発射した。新婦の女が空手ショップで叩き落す。セウアズール越後俵屋は小型熱線銃の出力を最高に上げて熱線を発射した。今度はサボテン男に大ダメージを与えたようだ。白い煙を全身から漂わせつつ、サボテン男は言った。
「くそっ、今回は引き上げだ。覚えてろっ」
そんな負け惜しみを残してサボテン男の体は虚空にかき消えた。
「何なの、あれ?」
新郎に逃げられた新婦から尋ねられたので、セウアズール越後俵屋は質問に答えた。
「古代の地球に生息していたヴィーガンから進化したのがサボテン男です。彼らは足の裏から植物の根が生えているのが特徴です。それで見分けられるのです」
驚きを露わにして女は言った。
「そんな、そんなの全然気が付かなかった」
「でしょうね。彼らは特殊な能力を有しています。洗脳能力です。これにやられると、大抵の人間はサボテン男にコントロールされてしまいます。そうなると、相手の異常に気付かなくなってしまうんです」
セウアズール越後俵屋の説明を聞いて女は納得した。
「そうね。ナンパされてからの記憶が曖昧だわ。仕事を放棄して予定外の新婚旅行へ出るなんて、普通だったら絶対に考えないもの。それもきっと洗脳のせいね、そうなのね?」
そうとは限らないかも、と思ったがセウアズール越後俵屋は否定しなかった。
「そうですね。それが考えられます。彼の洗脳は、私が持ち込んだピザで溶けてしまったのかもしれません。彼らは、植物食は平気ですが動物食を憎んでいます。そのためにメンタルの調和が乱れ、洗脳を保てなくなったのでしょう」
サボテン男は私の美貌と財産の両方を手に入れようとしたんだわ、そうに違いない! とまくし立てる機械の体の女から目を背けたセウアズール越後俵屋は、強化ガラス越しに広大な宇宙を見た。座敷童の天使が飛んでいないかな、と思いながら。
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闇バイト人たちは、心の底から幸せそうに言った。
「私たちは心を入れ替えました。座敷童の天使が、私たちに清く正しい道を示して下さったのです。もう絶対に悪いことはしません」
突然の改心宣言を聞いて貴方は面食らう。なにを言ってんだ、この馬鹿どもは! という驚きに続いて怒りが湧き上がってきた。
「おいおいおいおいお前ら、脳味噌が完全にイカレたのか? 元から良くないのは知っているけどよ、まだ半パーだったじゃねえか。それが遂に完パーかよ、完全にクルクルパーになっちまったのかよおお?」
こめかみの横で人差し指をグルグル回し、それだけでは飽き足りず目玉までグルングルンと回転させながら貴方は尋ねた。闇バイト人らは一斉に首を横に振った。
「違います。私たちは清く正しく美しい道に気が付いたのです。これからは貧しさに負けず、世の中を呪わず、真面目に働きます」
貴方は口をへの字に曲げて呟く。
「清く正しく美しい道」
ちゃんちゃら可笑しくて貴方は腹の底から笑った。
「ワハハ……ねえよ、そんなもの!」
最後の怒鳴り声になっている。計算のうちだった。怒鳴られ脅されると闇バイト人らは怯えて萎縮し命令に絶対服従する。自己肯定感なんて気取ったものは皆無な人生の帰結が奴隷根性の塊を作った。まともな説教は理解できず、ただ怯えるしか能のない奴隷には恫喝が最も効果的なコミュニケーションとなっているのだ。
しかし今日は違う。怯えの表情は全く見えない。目をキラキラ輝かせて闇バイト人たちは貴方を真正面から見つめる。
「私たちは詐欺の電話やメールを送るのは止めます。その代わり、愛を伝えます」
「あい?」
「隣人愛です」
「りんじんあい?」
「隣の人に愛のメッセージを送るのです」
貴方はブチ切れた。
「そんな迷惑なもの送り付けるなって! 今まで通りやれ。俺の言う通りに電話をかけたり電子メール打ち込んでいりゃいいんだ!」
「それでは世界は変わりません。さあボス、貴方も改心して、私たちの仲間に入りましょう」
「ふざけんな」
「一緒に世界を変えましょう!」
「いいかげんにしろ! さっさと仕事を始めるんだ!」
仕事と言っても真っ当なものではない。いわゆる特殊詐欺である。貴方は特殊詐欺集団のボスだ。そして、ここは海外の某国である。貴方は日本国外に拠点を築き、日本国内から闇バイトで募集した「かけ子」を使って特殊詐欺を行っている。
「ボス、特殊詐欺は、もう止めましょう」
かけ子の闇バイトたちは貴方を憐れみのこもった眼で見つめた。貴方は激怒すると同時に、深く傷ついた。そんな目で見られる覚えはないからである。闇バイトの募集で誘い出され海外に来た連中を貴方は軽蔑していた。日本で生活できなくなって海外へ逃げて来た真の能無しだからだ……実際は貴方も似たようなものなのだが、それでもリーダーだけあって多少は頭が働く。説得しないと面倒なことになる。実際、こいつらに言うことを聞かせないと破産なので、必死に考える。
「お前ら、まさか警察にチクったんじゃあるまいな? そうだとしたら、ただじゃ済まさないぞ」
闇バイトの連中の実家は把握している。「かけ子」や「受け子」が裏切ったなら実家の家族が報復を受けるのだ。詐欺グループの下っ端は、それを恐れていた。
ただし、それは絶対の安全装置ではない。
屑人間にも家族への愛はあるようで、実家の人間に何かあったらと不安になり、特殊詐欺集団のボスの命令に従うのが常なのだが、薄情者も当然ながらいて、警察に密告する事態が発生していた。
そういった事態を警戒して、貴方は詐欺の拠点を人里から遠く離れた未開の地に設置した。かつて帝国主義が華やかだった時代に列強の侵略者と戦った伝説的英雄が潜んだとされる底なし沼の真ん中に浮かぶ孤島にバラックを建てて闇バイトたちを閉じ込めたのだ。移動方法は二つ。空路と陸路だ。脳を溶かす人食いアメーバがいる沼地に水上機で離着陸するか、沼を渡ってから危険な猛獣が棲む密林の山脈を踏み越えて住所を知らない隣家へ逃げ込むかだが、闇バイトの応募者に飛行機を飛ばせる者はおらず、さらに根性無しの臆病者揃いなので後者は不可能ということで、陸の孤島からは誰一人逃れられない。いうなれば本格推理の舞台に最適な場所だ。とはいえ、密室殺人なんて凝った趣向を凝らさずとも射殺された犠牲者の死体を底なし沼へ放り込めば完全殺人が成立するので本格ミステリーというよりホラーやサスペンス向きの状況ではある。だが、そんなことは現状どうでもいい。貴方は脇のホルスターから拳銃を引き抜いた。
「裏切者は生かしておけねえ」
拳銃を突き付けられると、改心した闇バイト人たちは後退りした。貴方は銃口をちらつかせて言った。
「どいつが裏切りの首謀者だ? 言わないなら全員この場で撃ち殺す!」
そのとき上着の内ポケットに入っていた貴方のスマホが鳴った。出ている場合ではないので無視していたら、勝手に通話が始まった。
「もしもし、突然ですけど、僕が誰なのか分かりますか? 推理して下さい」
何なんだ! と思う間もなくスマホの声が続く。
「ヒントですよ。闇バイトの皆が、僕の言うことを聞いてくれたんです」
貴方の背筋を冷や汗が流れ落ちた。続いて怒りが渦巻く。
「お前、誰だ!」
「ただの通りすがりですよ。闇バイトの人たちの境遇に同情しただけの、暇人です」
「良く聞けバカ! 暇なら働け、ここでな。嫌ならなあ、それなら、すっこんでろよ!」
貴方の返事を聞いて、スマホの向こうの声が笑った。
「貴方は面白い人ですね。特殊詐欺集団のリーダーなんか止めて、正義の側の人間になるべきですよ、今すぐにでも」
「うるせえ、すっこんでろ!」
「そうもいきません。座敷童の天使として、この家のトラブルは見過ごせませんからね」
「大きなお世話だ! そもそも家じゃねえよ!」
「自宅兼職場ですか」
「タコ部屋だな」
電話の向こうで笑い声がした。
「貴方は悪い人なのかもしれませんけど、正直ですね。うん、ははっ、面白いです」
「面白くねえよ、大きなお世話ばっかしてんじゃねえ!」
「……そうですね。僕は世話焼きが過ぎるのかもしれません。でも、悲惨な事件が起きているのを見過ごせません。将来もっと悲劇的な出来事が起こると予測される場合は、なおさらです」
「うるせえ、お前は誰だ! 座敷童の天使とか言っているけど、偽名だろ!」
「当たり、貴方は名探偵ですね」
そして電話の相手は貴方に
「名探偵さん、推理して下さい。貴方なら分かるはずです」
分かるわけがない。
しかし、人のスマホを勝手に操作するウイルスを送り込んできたくらいだから、ハッカーなのだろうと推理する。
その旨を伝えると、向こうは残念がった。
「惜しい! これはハッキングではないのです。超能力なのです」
「ちょーのーりょく」
「そうです」
ふざけるな! と言い出しかけて止める。相手が本当に超能力者なら、こちらの心を読まれるかもしれないと考えた貴方は、精神を安定させ隙を与えないようにしたのだ。相手は、そんな貴方の心を読んだ。
「ふふ、こちらから心を読めないようにしたわけですか。素晴らしい! 貴方は僕の指示を実行する代理人のまとめ役に適任ですね」
「特殊詐欺の指示役なら間に合っている」
電話の声は笑った。
「隣人愛を伝える新しい神の代理人筆頭になってもらえませんか?」
「バチカンにいるだろ」
「あれは古い神の代理人です。この業界もアップデートされているんですよ。最新型の神がいて、その使いが天使の僕です。その代理人が、そこの闇バイト諸君です。貴方には、僕の代理人たちの総支配人になっていただきたいのです」
「何か分からない奴の代理人とやらになる気はない。そもそもアンタ、どこにいるんだよ?」
「そのバラックの周りにいます。沼地のアメーバが僕らの正体なのです」
「は? なに変なこと言ってんのよ手前はよ!」
「説明しますけど、その前に、人類の歴史について語らせて下さい」
大昔に地球を訪れた神が人類の祖先に好影響を与えた結果として、今日の文明が成立した。しかし人の不幸が消えたわけではない。相変わらず戦争は起きている。経済格差は厳として存在し、特殊詐欺や強盗のような悲しい事件は無くならない。
「知っていますか? 事件は会議室で起きてるんじゃなく、現場で起きているってことを」
「知ってるから続きを言え」
宇宙の果てから流星に乗って地球に飛来した全知全能のアメーバ型宇宙人いや、至高の神ともいうべき存在は人類の不幸に心を痛め、人々をより良い方向へ導こうとして人の脳への寄生を試みたが、上手くいかなかった。そんな中、遂に闇バイト人への寄生に成功したのだ。
「これは推論ですけど、闇バイトへ応募する人間の脳とアメーバ型の宇宙人は体の相性が良かったんでしょうね。とても心地好いみたいですよ。これは根拠に乏しい推理ですけど、闇バイトへの応募者たちは、人類が次の段階へ進むために出現した新人類なのかもしれません。アメーバの培地として、彼らの脳は最適なんです」
貴方は闇バイトたちを見た。その目がキラキラ輝いている。今までの淀んだ瞳の生物とはまったくもって違う生き物のように思えた。しかし、だからといって目の前の人間たちが新しい神を自称する宇宙から来たアメーバに乗っ取られているとは到底、信じられない。
「証拠を示せ」
闇バイト人らは一斉に貴方の個人情報を語り出した。ずっと秘密にしてきた貴方の生い立ちや特殊詐欺のリーダーになるまでの経緯そして各銀行の口座番号や暗号資産のパスワードetc.
それを聞いて貴方は叫んだ。
「分かった、もう止めろ!」
スマホの声が言った。
「流血の事態を避けることが出来て何よりでした。でも、事件は立て続けに起こります。僕らは世界中に闇バイト人を派遣し、悲劇を防止しなければなりません」
「ほっとこうぜ」
「貴方らしくない言葉ですね。事件が起きてから解決するのは普通の名探偵です。新時代の名探偵は事件が起きる前に事件を推理して事件の発生を予防するのです。新しい神の代理人として、それが当然なのです」
「ちょ、ちょま、ちょっと待て。俺はアンタの代理人になったわけじゃない」
「そうですね、実質的には助手、名探偵である私の助手のポジションになると思います」
名探偵の助手。馬鹿でもできるポジションだ。それなら貴方にも務まりそうである……じゃなかった。
「だから俺は、特殊詐欺集団のボスであって、神の助手になるつもりはない!」
貴方がそんなことを言っている間にも、闇バイトの人間たちは仲間を増やすためにスマホを使って新たなる人材募集を開始していた。高額収入を謳う闇バイトだと警察にマークされるので、今度は「#光バイト」で募集しているが、それで集まる人間の脳がアメーバ型宇宙人の住処に適合するのか? どれだけ推理推論を重ねたところで、脳喰いアメーバが応募者の頭に入らないと正確なところは分からない。
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レイカは首を傾げた。
「おかしい」
『【世界に羽ばたく作品を目指すアナタへ】アニメで世界へ!小説大賞』の原稿をパソコンの画面に書き殴っていたスズカは凝りに凝った首を前後左右に曲げた。
「何かおかしい?」
読みかけの冊子の一ページをスズカに見せてレイカは言った。
「ここ、ここにアメーバ型宇宙人って書いてあるじゃない、これは違うと思うの」
「は?」
「脳喰いアメーバとも書いているけど、間違っているよ」
「いや、その、間違っているも何も、正解があるわけじゃなし」
そんなスズカの説明にレイカは納得しなかった。
「これだと座敷童の天使が宇宙からの侵略者というか侵略アメーバになっちゃうじゃない。それだと、イメージが違う」
「そう言われましても」
スズカは再び説明した。これはシェアワールド的な自作アンソロジーで、他の人が書いた物語にインスパイアされた作品を投稿したり、自作に影響されて書かれ献上された小説をお返しの意味で二次創作したり、と様々な様式が混じり合っている。だから、色々な作者の主観が入っており、座敷童の天使という謎めいた存在の解釈も異なっている、等々。
「だからね、えっと……レイカさん」
「レイカでいいよ」
「えっとぅ、レイカ……うん、レイカ。座敷童の天使は、この作品では沼地に棲息する全知全能のアメーバ型宇宙人っぽいことになっているけど、それは作者の考え方。そうじゃない、別の考え方があるって言ってもいいの。だけど、そんなに否定しちゃうと、自分の考えを押し付けるみたいになって、想像力の否定になるかなって思うんだ」
その説明の、意味は分かる。そう断ってからレイカは言った。
「でも、わたしの知ってる座敷童の天使は、こういうのじゃないの。ぜんぜん違うの」
そのセリフの意味が分からず、スズカは尋ねた。
「ごめん、ぜんぜん意味が分からない。何のこと? どういうこと?」
「実は……」
そう言いかけてレイカは口唇を舐めた。
「これから変なことを言うけど、本当のことだから」
変なことしか書かないスズカは変なことへの耐性がある。しかし、本当のことには弱い。
「え、どういうこと?」
レイカが座敷童の天使っぽいものを見かけたのは数日前だ。学校の帰りに、地元の商店街の近くで、それに遭遇したのである。
「何それ? 羽根でも生えてたの? それとも、おかっぱ頭だったの?」
「ううん、普通」
「普通って?」
「見た目は普通の人と同じ。でも、ちょっとカッコ良かった」
スズカの目がキラッと光った。
「男の子?」
「うん、でも、中性的な感じ。まだ子供って見た目だし」
ショタ属性のないスズカは多少なりとも拍子抜けした。いや、それはこの際どうでもいい。
「見た目は普通で、それでどうして座敷童の天使だって分かったの?」
「夢に見たの」
「夢」
昔からレイカには予知夢を見る能力があった。今回も、その種の夢を見た。
「商店街で座敷童の天使に出会ったの。その夢の中で天使とお話ししたんだけど、それと同じ会話を実際にしたの」
「はあ」
とてもではないが信じられない話だった。だが、話は終わっていなかった。
「座敷童の天使はね、わたしの通っている高校の文芸部へ行くように言ったの。そこにある本に、自分のことが書かれているから、読んでみてほしいって、頼まれて、それで文芸部に来たの」
スズカは眩暈を感じ、目を閉じた。目を開けたらレイカがいなくなっているかも、と思ったが、そんなことはなかった。
「文芸部の小説に書かれた内容が、自分の未来を暗示していると、天使は言ったわ。それで、わたし、色々な話を読んでみたんだけど」
「……読んで、どうだった?」
「意味不明だった」
正直な感想だったが、スズカは気を悪くしなかった。彼女は興奮していた。自分の書いた物語の登場人物が実在しているかもしれないのだ。それが本当なのか、確かめたいと思った。
「ねえレイカ、私、その天使に会いたい」
そんなわけで二人は、先生方の講習会があって午後から休みの日に、天使に会うため出かけたのだった。店の軒先に置かれた缶ジュースの自動販売機の陰に隠れ、天使が来るのを待つ。スズカは暇潰しに読もうと考え持参した本を手に、実際は開いただけで読まずに、自販機の脇にしゃがみ続けた。
待つこと十数分、いや、もっと短いか……レイカの顔がパッと明るくなった。
「来た!」
その声にスズカは顔を上げた。
「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待って!」
向こうから誰かが駆け寄ってくる。
その人物は言った。
「作品情報のページを見たら、投稿文字数が29,249文字になっているんだ! 文字数(空白・改行含む):30293字と書いてあるのに! その下の文字数(空白・改行含まない):29363字の方が表示されている。これだと30000文字以上という条件を満たさない! どうしたらいいんだ!」
その人物にスズカは尋ねた。
「あの、あなた、どなた?」
慌てふためきながら、その人物は言った。
「ボクかい? ボクは、この話の作者だよ。終わりにしようと思っていたのに、文字数が足りないから話を続けなければならなくなったんで、無理やり登場してきたんだ」
そんな様子を見てレイカは言った。
「無理に登場しなくても、もう諦めたらどうです?」
作者と名乗る人物は表情を硬くした。
「そんな! 諦められないよ! ここまで書いたのに!」
同じアマチュア小説家として、スズカは同情した。
「可哀想ですね。でも、もう時間がないですよ。残り五分になりましたから」
しかし作者に諦める様子はなかった。
「無理は承知で頑張るよ。まだまだ、戦いはこれからだからね」
レイカは苦い笑いを浮かべてみせた。
「諦めが肝心でしょう。ほか、座敷童の天使の方が見て、笑っていますよ」
座敷童の天使が近づいてきた。
「やあやあ皆さん。こんにちは。僕は話題となっている天使です。いやあ、この話、どうなっちゃうんでしょうね」
作者は必死に書き続ける。
「会話を多くすれば、文字数は稼げる。ひらがなにしてもいい。そう、ひらがなだ! 平仮名を連続するんだ。これだ」
「漢字になってますよ」とスズカ。
「しまったあゝ、あ、あはこう書けるのね」
「べんきょうになりますね」
「そっすね」
「このりは、まちがえた、のおりお、ちがう、残りは、さんまんじをこえた」
終わり。
「」