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【お父さん】

 

 ◆◇◆◇


 ……

 ……

 ……

 ……


 目を開ける。

 暗闇の中にある私の意識は、未だに夢を見ている。

 光の渦と色彩の奔流に洗い出された私の五感は、未だに何も捉えることが出来ない。


 目の前にはただの空白と──

 無限に広がる時間がある。

 

 やがて一瞬の永遠を経て、私は私自身の意識の灯火を取り戻す。

 

 

 先程までの自己の存在──

 断頭台の上にいて──

 エルフの女王様に処刑される直前であった自分を思い出す。



 目を開ける。

 網膜に曖昧模糊とした像を結んでいるのは、先程までの群衆の光景ではない。

 虹彩に集めている光は、どこかの町中にある小さな公園の景色だった。



 懐かしい匂いがする。

 ビルと戸建てに囲まれた、小さな水飲み場と長方形型のベンチ、錆び付いた鉄棒が一台しかない小さな広場。

 私があの頃お父さんと、たまに遊んでいた場所。



「だからさー牡丹。たまにはな、平和的な解決策ってのも必要だと思うんだよお父さん、うん」


 遠目に見える小さな木々の緑がそっと揺れているから、多分春なのだろう。


 私は砂場の淵に突っ立っている。


 全身泥まみれ、埃まみれの上に額から血が流れている。

 高そうなスーツ姿のお父さんはその辺のコンビニで調達してきたらしい絆創膏、消毒液とハンドタオルを使って、砂場の向こう側から手を伸ばして私に応急処置を施している。

 その足は、確かに砂場の向こう側にあった。


「だって、ここは私たちの縄張り(シマ)だからさ。勝手に入ってきたあいつらが悪いんだよ」


 お父さんは、少し離れた場所にある水飲み場でハンドタオルを洗っている。

 そして、私の元へと帰って来た。

 サイドを短く刈り上げた髪、ゴワゴワとした短髪の下にある細い目と鼻。小さな口。

 それは紛れもなく私のお父さんだった。



「お前な、だからって向こうをいちいち全員病院送りにしてたらな。復讐に次ぐ復讐、これは報復のための報復のための報復だーっつってな、その内キリがなくなるんだよ。こういうのは長期的な展望で静観しつつ、均衡バランスを保たなくちゃいかんからな……まあ、まだお前の年じゃ難しいだろうが」


 

 私は今、自分が小学6年生であることを自認した。

 まだ微かに血の味が残る、小さな口をパクパクと開閉させながら呟いてみる。



「……違うよ。私が今、一番落ち込んでんのはさ。助けてあげた友達の方がみんな、なんか引いてたとこなんだよ……現に今、こうしてみんな逃げてっちゃったし」


 お父さんは小さく微笑んで、その時は短めに切り揃えられていた私の前髪をそっと撫でつけた。


「まあ、お前はちょっと他とは違うから……少し時間がかかるかもしれんが、いずれ分かる日がくるよ。何も気にすることはない。ほら、もう帰ろう。我が家のドラゴン……母さんが心配してる」


 気が付くとそれまで真昼の光に包まれていた公園には夕陽が差し込んでおり、私はお父さんに手を引かれて砂場の外へと出ていった。


 家に帰ったら恵美子がいつものようにヒスっては暴れて──

 お父さんはそれを優しく宥めていた。



 ◆◇◆◇



 中3のある夏の日の午後、学校から帰るとお父さんはいなくなっていた。

 テーブルの上に突っ伏して声を押し殺して泣いている恵美子。

 それまで務めていたとされる貿易会社が偽証ダミーであったこと、本人の経歴も含めて、私のお父さんは全てが偽りの数字と言葉、公式と呪詛の上で成り立っていたことが分かった。

 恵美子と婚姻関係を結べるまでの改竄が可能となっていたのは裏社会の住人であった可能性が高いと言われたが、勿論そんな戯言は信じられなかった。

 しかし、その後の警察側の捜査の消極性からして、何かしらの厄介な人物であるのには変わらなかったらしい。

 もちろん恵美子も、お父さんのそんな裏の顔については寝耳に水だった。

 私のお父さんは、文字通り社会的に雲散霧消したも同然だった。


 それから我が家の生活は傾いて、部屋も引っ越しては借金取りに追われて、私が学校で周りから更に白い目で見られても、恵美子は未だにお父さんのことについては憎んでいないようだった。

 

「たとえその裏側に何が隠されていたとしても、私たちに何か嘘をついていたとしても、あの人が牡丹ぼたん──お前を愛してくれていた時間は揺るがない、誰にも変えられない事実なんだからね──」


 

 何でだよ。

 腹立つ。

 ムカつく。

 全てが、訳が分からなかった。



 それから私は、全ての不必要で煩わしい人間関係を切り捨てて、目先の利害関係を重視して、己の我儘な自我プライドは遵守しつつ邪魔な奴、ムカつく奴はぶっ飛ばして、鬱陶しいお目付け役は威嚇して、時には必要とあれば法律さえ犯して、自分の欲望どおりに、無理も道理もこの手で押し通してきたつもりだった。

 この世の全ての理不尽を、ぶっ壊してきたつもりだった。



 だが、それは幻想なのだと内心気が付いていた。

 自分のしているのは所詮、ただの子供じみた現実逃避の延長でしかないのだ。

 そして自分で分かっているのに、私は未だにそれを辞められないでいる。



 それは去年、16の夏、恵美子に無理矢理に入れられた高校で──

 あの日の放課後、愛子と出会って気付いたことだ。




 ◆◇◆◇




 そして私は、またしても光の渦に飲み込まれる。

 回想フラッシュ・バックの旅は果てしなく続く──


 ……

 ……

 ……

 ……




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