【ボル・ガル・ガラ・パラ】
◆◇◆◇
群衆。
群衆が私を見ている。
その数およそ1万人以上だろうか。見渡す限りの人、エルフ、ドワーフ、宙を舞う妖精、獣人、その他何が何やら分からない生き物たちが、固唾をのんでこちらを見守っている──
私は遂にその男を発見した。
そいつは、意外と前の方で私を見物していた。
思わず吹き出してしまう。あれから何年経っても、あの生来のみすぼらしさは何も変わっていなかったのだ。
「パックちゃん? 聞いてる? あれ。あの高台……というか物見櫓? の下の方……あいつ。あのボロい服着てる……あのみすぼらしいおっさん……いや、もうジジイか、あれは……」
すると、この日とっておきの呪文を使用していた──
私の目にしか見えない、私の耳にしか聞こえないその妖精は、小さなキラメキを発する光の羽根と共に、視界の隅へと姿を現した。
先の尖った帽子と靴。
いつものように緑色の服を着た、小さな小さな男の子だった。
「牡丹ちゃん。君は妖精使いが荒いよ。1日に3回まで。それ以降は残業だから、追加でゴールドを貰うって言ったでしょ。見るからに君、今お金なんか持ってる状況じゃないじゃん」
口うるさい妖精は私の耳の周りを旋回し始めた。
「あとパックじゃないから名前。僕にはちゃんと、聖パトリキウスって名前があるから。くだけた呼び名にするにしても、せめてパトリックとかだよね。最近思ったんだけど。やっぱパックじゃ、あまりにも軽率な響きで……」
「うっさい! そんなんいいから! あれ! 永野! あれ! ちょい右っかわの、貧乏臭い精神が服着てるような奴!」
私は視線を群衆の中の永野へと向ける。
小言を並べ立てていた妖精も、どうやらそれに気付いたようだ。
私は異世界の妖精にも容易に認知されるほどに分かりやすい、永野のみすぼらしい風体に感謝した。
「あれ? マジじゃん。よく見つけたね牡丹ちゃん。人間の癖に目、いいんだね」
「ほら! 約束したでしょ! きっとまだ持ってるよ! あの魔導書!」
「なんで分かんのよ」
「根拠はないけど、絶対持ってるって!」
「ふーん、そっか。まあ牡丹ちゃんが言うならそうなのかな」
「何をブツクサ言っておる! ほら、今にも下ろしてしまうぞ。この人道的な処刑兵器の刃が、こうして今にも異国からの侵略者の首元へと審判の裁きを……もういいや。早く済ましちゃお。じゃ、今から10秒数えるんで。0んなったらお疲れちゃんでーす」
シルクちゃんと呼ばれるそのギャルエルフ女王は、無慈悲にもその厳粛なるカウントダウンを開始した。
「10・9・8・7……」
「いいから早く教えろ! あの例の秘術!」
「うーん。まあ分かったよ。確かに約束したしね」
すると妖精は私の頭を旋回し始めた。
永野が不安そうな視線をこちらへ向ける。
高飛車なエルフは装置に手を掛け、今にも頭上の刃を振り落とさんとしている。
瞬間、群衆がハッと息を呑む音が聞こえる。
「6……気が変わったんでもうゼーロ!」
シルクちゃんの高笑いが響く──
「はい、お疲れ様ちゃんでーす」
周囲のどよめきで分かる。
刃は振り落とされたようだ。
その刹那──
私は頭の中に浮かんだその魔法の''術式''を、あらん限りの、全身全霊の声で叫んだ。
「''ボル・ガル・ガラ・パラ''!」
……
……
……
……
……
……
……
……
光が眩しい。
痛いほどに眩しい。
目まぐるしい閃光と色彩の爆発が、五感の全てを埋め尽くすように炸裂する。
私の意識と身体は宙に浮かぶ。
まるでこの宇宙から──この世界から引き剥がされるように。
私は目で捉えきれないほどの速さで回転し続ける、光の渦の中へと飲み込まれてゆく。
……
……
……
……