手を繋ぐこと
◆◇◆◇
姿鏡に映る自分の姿を見て、完璧だと思った。
8月の1週目、日曜日。午前中。
世間様はお盆休みへと突入するその直前。
真夏日の活気が、街中に溢れ返るであろう絶好のお出かけ日和。
全ては今日、この日のためにあったのだ。
先月から秘密裏に進行してきた、門外不出の極秘プロジェクト──
「門倉牡丹改造計画」の序章、その記念すべき初陣の日である。
労働につぐ労働。
倹約につぐ倹約。
そして夜の蝶が秘匿していた埋蔵金の一部を拝借する等々。
血の滲むような工作活動の果てに抽出された資金によって……
電子から紙、そこから数テンポ遅れて放映されるテレビという最大公約数的報道機関、各種SNS……有名ティーン向けインフルエンサーから、はたまた阿呆面下げたまま必要以上に短くしたスカートで踊り続ける、どこか遠い他の世界の同学年たちの投稿に至るまで……
ありとあらゆる媒体からの発信を研究し、昨今の流行についての見識を深めた。
そしてトップスからボトムス、頭から爪先まで、各種アイテムの吟味……
こうして公式から非公式──数多の情報の立体的な統合、監査、精査、取捨選択を繰り返し……
私は遂に、その最適解へと辿り着いた。
きっとあの、新進気鋭の同級生モデルも驚愕するであろう……
史上最強の「休日デートコーデ」を完成させたのである!
我が妹が、何やら顔面蒼白で突っ立ったまま、居間にいる私を凝視していた。
きっと昨晩の食卓に並んだ、消費期限が当日限りとなっていた30%OFF価格の緑茶、ボンレスハム、お刺身、パックのシーザーサラダ等の戦利品に食中ってしまったのだろう。哀れなり、若さ故に未成熟な胃腸を持つ者よ。まだまだ修行が足らんな。
「──え? お姉ちゃん、今日その格好で行くの……? マジで……?」
「うん! よし、じゃあ行ってくる──」
「待って待って待って待って待って! せっかくこの前、美容院も行ったんだからさ! メイクだって恵美ちゃんから色々習って頑張ってたじゃん最近は! だから! もうちょい待って! あたしに考えさせて! 今日、一ヶ月ぶりに会うんでしょ!」
…………
…………
…………
…………
幼き総司令官の鶴の一声により、およそ180℃に近い急転換を経た結果、当初の予定からはかなり遠ざかってしまった。
白と紺の細やかな横縞が彩られた、ショート丈のクルーネックリブニット。
その上に覆い被さる、柔らかな生地感をした、コットン製の白いキャミワンピース。ウエストラインを高い位置に設定したペプラムデザインで、裏地付きなので透ける心配もない。
首元には小さなハート型のネックレス。シルバーだが主張は控えめ。本当にちょっとしたアクセント担当。
そしてベージュのバケットハットを被り、ワンピースと同ブランドの白いサンダルを履く。
最後は黒いトートバッグを持って完成となる。
「ベタな表現になるけど、清楚だよ清楚! こういうのは引き算だからね、引き算!」
珠妃が嬉しそうにそう漏らしたのを聞いて、私は納得すると同時に、忸怩たる思いでいっぱいになった。
これでは、以前までと何ら変わらないではないか。
「ちくしょー! 計画は完遂せず! 斥候門倉牡丹、無念の戦死!」
「何言ってんだこら。でもこれ……可愛いよ、普通に」
「何が普通にじゃこら。んで、さっきの、私が頑張ってゲトってきた他の服たちはどうなるんだよ」
「大変身じゃん! ちょっと舐めてたな。やれば出来んじゃん……''メルケリ''で捌いときます、はい」
勿論、美容面にも抜かりはない。
特に革命が起きたのは、あのゴワついてしょうがなかった癖っ毛の部分だ。
アミノ酸系のシャンプー、癖毛用のナイトリペア・トリートメントを日頃から使用し、担当美容師との入念な打ち合わせ。
どうやら私のゴワついた髪は水分量自体はそこまで不均等ではないらしく、原因となっているのは根元から発生する類のうねりであったため、そこまで積極的には支持しないが、軽いパーマならあてられるということだった。
ふわっとエアリーカール──
最近、肩の辺りまで伸びてきたということもあり、(他者からの言によると)このひねくれた人格そのものを体現したかのような''ねじれ具合''を、敢えて昇華させる方向を選んだ。
元々うねっていた根元から、再度太めのカールをかける。そうすることで、ふわっと軽く見える。
そう、ゴワゴワとしていない。野暮ったくない。これ重要。マジで重要。それでいて自然な仕上がり。軽やかでいて、自然体。無理してない感じ。完璧。
前髪までカールさせちゃったりして。ちゃんと梳いてもらったので、おでこも見える。これだけで大分、涼し気な印象になる。
資金さえ貯まれば、次は色も入れてみたい。
そして日頃の洗顔と保湿が物を言う、夏場用のベースメイクについてだが、日焼け止め、下地、リキッドファンデと続き、やはり最後の仕上げのミストが──
「もういいよお姉ちゃん! さっきから長いよ! 頑張ったのは十分、分かったから! まあお洋服に関しては、あんだけ仕入れといて、まともに使えんのがメインのワンピ一点だけだったのはどうかと思うけど。次はもっとセンス磨いてね──そんじゃあ、行ってらっしゃい」
私は玄関で幼き指導者に手を振りながら、蝶番の外れかかった木製のドアを開けて外へと出た。
指導者によると、夏場は汗をかきやすいため香水などを散布するのは逆効果だという。
◆◇◆◇
「──何……だと……?」
S駅東南口改札。
まるで卍解と領域展開とギア5を同時に喰らったかのような衝撃と共に──
私たちは互いに、まさしく茫然自失の状態と成り果てた。
愛子は極端に生地の薄い、頗るオーバーサイズのグレー・パーカーにその身をすっぽりと包み込み、肘のあたりまで豪快に腕捲りをしている。
そして有名ストリート・ブランドの黒いパンツとスニーカーを合わせていた。
あの流麗にカールしていたミディアムロングは三つ編みのおさげへと変貌し──
これまたストリート系の白いキャップを被り、薄い青色のサングラスを掛けていた。
「──いつもと全然、違う……」
「''ぼ''っちゃん? ほんとに''ぼ''っちゃんなのか? すごいすごいすごい! 可愛い! やっぱ逸材だったじゃん! あたしの目に狂い、なかったじゃん!」
「……いや、そっちも、マジで全然違うじゃん!」
「いやまあ、ちょっとびっくりさせたくてさ! 最近、こういうのハマってるってのもあるし。楽なんだよ、これ。私服私服……至福至福……ああヤバい自然に韻踏んじゃった」
「……雑誌の時のは……」
「あんなん向こうの大人が勝手に選んでるだけよ。あと、モード系の服って、男女問わず売れ行き悪いらしいね、今」
「……いや……知ってるけど」
「それより君、タイラー・ザ・クリエイターの新譜、『CHROMAKOPIA』は聴いたかい? Yo,Bitchies──ちなみに英語の''Bitch''っていうのは、本来''ふしだらな女''っていう意味じゃなくて、''嫌な感じの女''、もしくは''Shit''と同じような罵り言葉なんだけど──」
「……いや……聴いたけど。知ってるけど」
愛子は一瞬の間を置いて、顔を赤くしながら俯いた。
ほんの少しだけ、目を潤ませながら──
「……あれ? ごめん、もしかしてあたし、''やっちゃった''? ごめんね、マジで。そんなつもりじゃ──」
真逆だった。
私は心の中で拍手喝采を打ち鳴らしながら、勢いよく愛子に抱き着いた。
「──これはこれで、いい!」
私がそう叫ぶと、愛子は両腕の中でアタフタともがき出した。
「うるさっ! 周り人いるから……おい泣くな! せっかくのメイク落ちるぞ! ただでさえ、涙脆いだからうちらは!」
そして路上に生きる新進気鋭のモデルは、私の頬をそっと掴んで、少し上へと持ち上げて言ったのだった。
「……じゃあさ! まだ時間たっぷりあるし、予定変更! ちょっと外出て、その辺散歩しようよ! だって中々ないよ、女二人でこの格好の組み合わせ! んで、何か映画でも観よう! どうせあの図書館、夜10時までやってるからさ!」
「……図書館での私の執筆についてのリサーチはどうなったの? まあいいや、短いのにしてよ。どうせ人間の集中力なんて90分ちょいしか持たないんだから」
「どうなったも何も、あんたまだ一行も書けてないんでしょうが! うんそうだね、カードないから本借りれないし」
「まあ、そうなんだけどさ……分かった!」
私は、彼女をじっと見つめながら頷いた。
せめて今日ぐらいは泣かないでおこうと思う。
せっかくの魔法が落ちてしまうから。
◆◇◆◇
その大都市の歩道は今日も様々な人々で賑わっており、流石は人口約35万、都内で8番目の人口密度を誇るサイバーシティーであった。
コンクリートやアスファルトが跳ね返す熱気をジリジリと浴びる。
過酷な昼の光を乱反射させる高いビルディング群は、今日も黙々とそこに立ち並んでいた。
「いやー、この街も変わんねーな」
「……うん」
東南口階段を降りながら、右隣を歩く愛子をふと見やると、彼女は何だかいつもと様子が違っていた。
いつものフリーキーさは一体どこへいったのか。
「いや、ツッコんでよ。『お前に何が分かんねん』的な」
「いやー、あのさあ……''ぼ''っちゃん、普通にちょっとヤバいわ」
「……何が?」
「いや、その……ちょっと可愛すぎるかもしれん……新鮮さも込みで」
私はバケットハットを脱いで、その青い2つのレンズを至近距離から覗き込んだ。
「……慣れた?」
「……頑張ります」
「いやー暑が夏いね」
軽装を着込んだ老若男女──
ポツポツと浮かぶクールビズ姿の勤め人、子供連れの家族、夏期講習帰りらしい制服姿、お年寄り、外国人観光客、移民たち……様々な通行人の間を縫って歩き続ける。
いつものように、他愛ない会話を交わしながら。
今回はいつものに加えて、最新のリップについて話題が加わった。
愛子がキャップを深く被り直し、左側の三つ編みを弄くり回しながら笑った。
「──君は本当に極端な人間だな。そんで紛れもなく、恵美ちゃんの娘だな」
私は乾いた笑い声を漏らした。
「……確かに。血は争えんわ……」
◆◇◆◇
巨大な歓楽街の真ん中に屹立する、観光名所となっている有名シネコン。
時刻の都合で選んだ映画は、近年ありがちな往年の名作の続編もので、可もなく不可もなくな内容だった。
結局、各々の心の内で完璧な形で完結していたはずの傑作を無理矢理に引きずり出し、蛇足を拵えるのは、観客側からしたらナンセンスでしかない。
タランティーノが、トイ・ストーリーを3までしか観ないことを公言したことを見倣って、我々もそういった作品を視聴する/しないの選択肢を更に吟味していかなければならない段階に入ったのだ。
しかし愛子は中々に楽しんでいたようで、私たちはあれやこれやと議論を交わしながら劇場を後にした。
すると突然、背筋に悪寒が走った。
得も言われぬ違和感。
喧騒の中にその答えを探すべく、私は反射的に周囲を見渡した。
前方遠く、左側から歩いてくるTシャツ姿の中年男性。視線を私の右側へと固定している。
別にそれだけなら何てことないのだが、彼の周囲にはドス黒いオーラのようなものが視えた。
錯覚かと思いきや、その悪い空気は次第に膨張し、触手のように、私が道行く右側──愛子の元へと伸びていった。
「──何じゃありゃ」
「え? 何?」
愛子は気付いていない。何も見えていない。
そのドス黒い負のオーラは彼女の胸元へと留まり続け、次第にその全身を包み込もうとしていた。
直感的に、逃げた方がいい気がした。
愛子の手を取って駆け出した。
「え? 何? 何?」
劇場前の広場、通行人でごった返す道をジグザグに走りながら進んで、向かって左側に交番の位置する交通量の多い大通りへと出た。
尚も愛子を捕獲して離さない黒いオーラを辿ると、後方、先ほどの中年男はUターンを終えて、こちらに向かって丁度、早歩きで追跡しているところだった。
「何? 何なんだ? 一体全体、何なんだね門倉さん?」
「ごめん分かんない! でもさっきから何か、さっきすっげー''嫌なもん''が視える! 取り敢えず黙って付いて来て! ごめん!」
「はい! 付いてきます!」
振り返ると中年男は更に近付いて来ていた。
競歩並みのスピードを維持しながら──手には何やら、怪しげな紙袋と黒いハンドバッグを携えている。
私は愛子の手を引いて、息を切らして走り続ける。
すると次第に、愛子に纏わりついていた黒いオーラは薄れていった。
再び後ろを振り返ると、男は自転車でたまたま道を通りかかった警官に呼び止められているところだった。
◆◇◆◇
「そっか。今時のアマチュア盗撮魔は、そんなにカモフラージュと周囲への警戒が下手なんだね。確かに、あの格好にあの鞄はないわな」
「……プロの盗撮魔って何?」
「……パパラッチ」
交番で簡単な事情聴取。
現行犯でもあるまいに、どうせ何もアクションは取れないだろうと思っていたが、元から防犯カメラでマークされていた、現在捜査線上にいた常習犯であったのに加えて、数年前に新設された''撮影罪''や''保管罪''を加味すれば、これから家宅捜索の令状を取れば起訴まで持っていけるだろうとのことだった。
どうやら警察側も、日々進歩しているということだ。
「でも、あたし今こんな格好なのに、一体何を撮んだよ? 意味分かんねー」
「ほんっとに。はよ死んでくれ。くっせー''豚''がよー。男は皆、''豚''なんだよ。全員去勢して、内臓全部ほじくり出した後に、地獄の業火に焼かれて死んでくれや」
「……でもさあ、ちゃんと助けてくれる人もいる訳じゃん。あの警官とか、証言してくれた周りの人とか……優しい人はいるよ、男の人でもさ」
「……そんで大丈夫? 大丈夫だった?」
「うん! 全然大丈夫だった! マジで! ありがとう!」
「……大丈夫じゃなかったんだね」
「……はいそうです、無茶苦茶恐かったです。はい」
私は手を伸ばして、キャップの上から愛子の頭を何度も撫でた。
愛子は、目の前のアイスコーヒーに突き刺さっていた紙ストローに口を付けた。
グラスの中のブラックホールに小さな渦巻きが発生し、やがてゆっくりと、その水位が下がった。
喫茶店のテラス席。
頭上の庇には、午後の差すような陽射しが降り注いでいる。
まだ時間には、少し余裕があった。
私はボーっとしながら、既に飲み干した自分のオレンジジュースのグラスを眺めていた。
先程の、あの''力''は一体何だったのだろうか。
愛子は超能力、神通力だと騒ぎ立てたが、私はどこか懐かしいような感触がしていた。
まるで、昔にも自分がそれを使っていたかのような──
「まあオカルトというか都市伝説ではさ、アマゾンの奥地に異次元に繋がる''穴''があって、現地の霊能力者たちが、この世界のために頑張ってそれが拡大するのをせき止めてくれてるみたいな話もある訳だしさあ、''ぼ''っちゃんにもそういう才能があったってことだよ! アヤワスカの精霊よ、今ここに──」
「……どうせならもっと、実用的なのがいいなー。試験でヤマカンはったとこが的中するとかさー」
「にしてもさー。もう慣れたかもなー、''それ''」
「……ええ!」
私は絶句しながら愛子を見た。
口をあんぐりとさせながら二の句が継げないでいると、彼女は慌てて訂正を始めた。
「いや! ごめんごめんごめん! そーゆー意味じゃなくて! あのさ……まあ、その。別に''ぼ''っちゃんは前の時でも十二分に、可愛かったよ、みたいな?」
「じゃあ、元通りになるかー」
「いや、それはそれで違うと思うけど……だってさ」
「……だって、何よ」
長い深呼吸をした後、愛子は言った。
「……''ぼ''っちゃんはさ、優しいじゃん、普通に。あたしは''ぼ''っちゃんの、そんなとこに惹かれたんだよ。だから……君は社会病質者なんかじゃないと思う。ごめんね……覚えてるか分かんないけど、前はそんなこと言って」
「……でも、それは君に対してだけかもしれないじゃん」
「別にたった一人でもいいんだよ。この世界の、誰か一人にでも優しく出来るんなら、それで十分なんだと思う。所詮、人間なんて」
「……そうかなあ? まあ、いいよ別に。誰がイカれてて誰が正常かなんて、どうでもいいんだから、そんなの。誰が、どうやって測るんだって話」
「……だから、あたしももっと、''ぼ''っちゃんに優しく出来るように頑張る。何か困ったことあったら、いつでも言ってよ」
「じゃあ……とあるシャレオツなカフェで、ほんのちょびっとしか入ってないオレンジジュースが、何故か600円もしたのに困ってる、今」
「……うん! 奢ったげる! 助けてくれてありがとう!」
複雑に入り組んだメトロポリスの小路の一角。
目の前をこれまた種々多様な人々が通り抜けてゆく。
私はその中の一組、仲睦まじい雰囲気の、男女の若いカップルを何となく眺めていた。
大学生ぐらいだろうか。
男の方はザ・スミスのモリッシーのTシャツを着ていた。
「あー、それにしてもその髪……遂に''ぼ''っちゃんもあたしの手を離れていったかー、みたいなことは思ってしまったね、すまんな」
「……いやそれ、今や言われる側でしょ、君。''あの頃は推してて、身近に感じられる存在だったのにー''みたいな」
「いや本当に」
私は欠伸を噛み殺しながら、大きく伸びをした。
目の周りに、どこからか反射したらしい太陽の光がチラついた。
「それなんだけどさー、やっぱ切ってくんない? ''これ''」
「……え? 何で」
「なんかもう、飽きたわ」
「……嘘でしょ?」
「いや、やっぱさあ、愛子に切ってもらったのじゃないと──みたいな?」
「……じゃあもう切らねえ。ぜってー切らねえ」
「……え? 何で?」
「死んでも切らん。黙ってその道のプロに投資しといておくれ」
「ねえ何でよ? 何で?」
愛子はストローの先を摘み、コーヒーをゆっくりとかき混ぜながら笑っていた。
中の氷が、カラカラとした乾いた音を立てながら揺れ動いた。
それを見て私は、先程のこの''力''は、これからこの人を助けるためにあるのだと心から理解した。
何だか照れ臭くなって、再び路地の方を見やる。
平和の群像。
陽射しの猛攻にも負けじと、道行く人はそれぞれ快活な笑顔をそこら中にばら撒いていた。
すると向かい側の食料雑貨店から、女性二人組が現れた。
年は恐らく30半ばぐらい。
二人は互いに手を繋ぎながら、とても幸せそうに微笑んでいた。
その指の絡ませ方と、その雰囲気で──
私たちと''同じ''だと、すぐに分かった。
「──いいなあ」
私のその視線の先に気付いたのか、ふと愛子がそう漏らした。
そして私は、急に思い立った。
意を決して、愛子にこう言った。
「──私たちも、やろう! 街中で、ああやって手を繋ごう! これからは……可能なときは! なるべく!」
すると、愛子の顔が、瞬時に真っ赤に染まった。
両手をあたふたと振りながら困惑している。
「──えっでも……でもさ……『手汗問題』ってのがあるじゃん、どうしても──」
そう言いながら、再び目の前のストローに口を付けた彼女に向かって、私は言った。
「大丈夫だよ。既にもっと凄いことしてんだから、私たち」
すると、愛子はアイスコーヒーを盛大に噴き出した。
テーブルの上に数滴の黒い液体が、勢いよく氾濫した。
「──ちょ! ちょっと!」
「……いや、そういう反応する人、リアルで初めて見たわ……」
一拍おいた後──
私たちは、この世界が放つどの眩しい光にも負けないぐらい、大声で笑った。
◆◇◆◇
いつからだろう。
街中で、人前で──
手を繋ぐのを諦めたのは。
誰からも、そんなことは言われてないのに。
誰からも、それを禁止されたことなどないのに。
私たちにとっては、それが当たり前のことだったのに。
この世界は──
この宇宙は──
最初から当たり前に、私たちの手の中にあったというのに。
「……嬉しい。こんなに、嬉しいことだったんだね。ありがとう、''ぼ''っちゃん」
「……うん。こっちこそありがとう、愛子」
私たちは、光の中へと一歩ずつ踏み出していった。
それは確かに、輝く未来へと続く希望の道だった。




