午後のお茶会-旧帝国頂上決戦-
『彼女はさらに、女王がこの市を支配してから何千年にもなることを教えてくれた。女王は、大地ばかりでなく空気や水まで支配していることも──それから、火さえ女王の支配のもとにあるという彼女の考えも、披露してくれた。また、女王は望んだことをなんでも実行する力があること、だれにもその責任を問われないことも話してくれた』
(リリス/ジョージ・マクドナルド著/荒俣宏訳)
◆◇◆◇
昔から映画などを観ていて、どうしても心を痛めてしまう瞬間がある。
それは人間ではなく、動物たちが傷付いたり死んだりしてしまう場面だ。
「それでは皆の衆、いざ……''きゃわきゃわ小動物品評会〜晩秋のアルティメット・パーティー〜''……開幕でーす!」
これまた過剰な装飾の施された巨大なテーブル。縦横に10列ずつ陳列された、よりどりみどりの可愛らしい摩訶不思議な生き物たち。
黒服に身を包まれた無数の従者たちが、食事や小動物用の玩具などに続いて、ティーカップに注がれた紅茶を配膳台に乗せて運んでくる。
玩具はそれこそ、永野ネズミの大好きなクローネンバーグの映画に出てきそうな歪な造型だ。ろくに観たことないけど。
本人にも見せてやりたいところだったが、あいにく今はあの魔導書を受け取りにいったため不在だ。
「何だ……No.45が欠席じゃないか。誠に遺憾だ……あたしの『餞別会兼お茶会』をブッチするなんて信じらんない!」
シルクはそう叫ぶと''ザ・ボーイズ''のホームランダーさながら──
その両目から破壊光線を放ち、前方にいた何匹かのクリーチャーたちは、断末魔を上げる間もなく一瞬で燃やし尽くされた。
机上にはバチバチと音を立てたまま焦げ跡が残り、これまた何匹かの小動物たちが悲鳴を上げながらテーブルを離れて脱走し始める。
女王の無慈悲な光線は、またもやそれらを瞬時に葬り去ったのだった。
「予め断っておくが、当然ながら途中退席は認められない……みんなで最後まで特性のハーブティーを飲んで、身も心もリラックスしちゃいましょう! パーティーには''シロシビン''と''各種幻覚性アルカロイド''が含まれた、あたし特性のお茶が必要不可欠なの! もちろん''落選''した子は、ここで始末しちゃうけど!」
恐怖に慄いた小動物たちは皆、声を押し殺して机上に静止した。
嗚呼、最悪だ。永野のせいだ。あのクソ野郎が! いや違う、私のせいだ。選択を誤ったか?
いや、それこそ違う。
結果として、最小限の被害を選択しただけだ。
''全て''が上手くいけば、あの子たちだって新しい宇宙で生き返らせることが出来るんだ。
ここはまだ堪えろ。
''合図''を待つんだ門倉牡丹──
「ではわらわの愛玩動物に相応しい者を選出するための、次の儀式に取りかかろうか……レイちゃんアキちゃんモジャちゃんオシルコちゃーん! お茶よろしくー!」
小さなカップに注がれた種々多様なハーブティーをお盆に乗せたまま、眷属である4人の従者エルフたちが部屋に入ってくる。
所詮はシルクが秘術で操る傀儡でしかないのだが、この異様なまでの緊張感が、それらのエルフたち一匹一匹の実力を確かに証明している。
どこか潜伏している同士との思念を使う気にもならない。そんなことをすれば、一瞬で違和感も瞬時に嗅ぎ取られてしまうだろう。
この張り詰めた空気の中で、口から涎を垂らした見物人たちで囲んだ部屋の中央部に居座り、禍々しいオーラを四方に放射し続けている、意外とシックな黒いワンピースにベージュ色のコートを合わせているクソッたれの女王は、見様によってはフランスあたりのブランドが提唱しているモード・ファッションのようにも思える。よう知らんけど。
''オーセンティック''だとか、''コンサバティブ''だとか──
……ふざけやがって。どこまで人の''淡い記憶''を弄べば気が済むんだ? この''穴''は、この''世界''は。己のトラウマの超克? やってやるよ、ボケが。
私はもはや小動物の拳がポップコーンのように弾け飛ぶのではないかというレベルまで、己の小さな拳をギリギリと握り締めた。
兎にも角にも、これ以上、動物たちには手を出させない。動物たちを守り抜いてみせる。種々多様な小型モンスターの間から、私は遠く向こうの女王を睨みつけた。
「では、早速……始めちゃいましょうか!」
それぞれの参加者に小動物用のティーカップが配られ始めた時──
その時は来た。
城の外壁をクチバシが一斉に叩く振動。
空高く聳えるバベルの塔に、地鳴りのような振動が襲いかかる。
警備の手薄になったこの瞬間に、一斉に鬨の声を上げながら雪崩込む。
「……え? 何?」
片手に持ったティーカップから怪しげな飲料を接種していた女王は、その急襲によって一瞬、判断の遅れを取ったようだった。
なんせ総勢数百匹の''キツツキ攻撃''によって、最上階に位置する塔の上半分は、櫓ごとまとめて真横にスライスするようにたたっ斬られてしまったからだ。
『救護班! この子たちをお願い!』
瓦礫の雨霰が見物人たちに降り注ぎ、彼は悲鳴を上げることもせず、ニヤケ面のまま真っ赤な肉片と化していった。
背後で鳩たちが、机上の生き物を背に乗せてそれぞれ飛び立ってゆく。
私は変身を解除し、目の前の女王の元へと跳躍。拳を奮う。
それはいとも軽く、簡単に、女王の頭部を貫いた。
卵の殻を割ったように、拳がぬるい脳漿に濡れる感触がした。
『……惨憺たる気分だ。正に憤懣やり方なし……あーもう最悪。ただでさえ偏頭痛持ちなのよ、あたし』
頭部を消失したはずの女王は、どこからともなくその思念を発していた……
そして背後から、私は彼女の華奢な拳によって貫かれた。
『……あれ? ないじゃん心臓。なんで?』
口から夥しい量の血を吐きながら、私は魔法の言葉を吐いた。
呪詛のような、怨嗟を込めながら──
「……''カル・バル・ムキ・バク''……改」
身体中に血が漲る。
思わず絶叫したくなるほどに爽快だった。
粗野で野蛮で下卑た魔法使い。それが私だった。
身体を急旋回させつつ右脚でローリング・ソバットを決める。直撃。
女王は最上階のフロアーを突き抜け、土埃を立てて隣の城壁塔へと突っ込んだ。
『……言ったとおりでしょ。シルクは、相手が同等かそれ以上であると認めない限り、''最短''を選ぶから。''まず遊んでもらうには''、それなりの知恵が必要なのよ』
四方八方に散ってゆく鳩たちの羽ばたきがする中、背後にノラたんがゆっくりと空から降りてきた。
手に持った杖は神々しく輝いている。
まさに、本気であるのが伺える。
『……まあ、いいけど。早いとこ返してよ。それといい加減、血の巡りも悪かったから、諸々の回復魔法もちょーだい。てか、なんだよ。''ハツ''って……家畜じゃねーっての』
私はノラたんの呪文によって、彼女に一時的に''譲渡''していた心臓を左胸に取り戻し、損傷を全快した。
『でも、これで知恵比べで出し抜いたから、少しは遊んでもらえるわよ。肉弾戦が長引けば、もしかしたらチャンスはあるかもしれない』
私たちの周りでは女王の眷属たち──
レイちゃんアキちゃんモジャちゃんオシルコちゃんが、変身を解いたばかりの屈強な魔法使い、戦士たち……各国から選び抜かれた精鋭たちに殲滅させられていた。
女王の統率を離れた蟻などは所詮はこの程度だ。
やはり、何より問題なのは──
『ハーブティーに入ってる強力な幻覚成分。それを常に体内に循環させているから、近付いたら即、''秘術''の罠にかかるわよ。空気感染するから。何回も言ってたでしょ。全く、怪しいガーデニングは、自分ちの庭だけにしといてほしいわね』
『……でも、じゃあどうすりゃいいの? そっちだって、結局こんな強行突破しか思いつかなかったんじゃん。それにあいつムカつくからさ、我慢出来なかったんだよ……早く殺そう』
『殺す? あたしを? 無理よー無理無理。さらに頭痛くなること言わないでよ』
こんなに遠方から、当たり前のように思考盗聴──
女王はこれまたどこからともなく、ひとっ飛びで軽々しく最上階……私たちの座標から50メートルほど離れた地点へと舞い戻ってきた。
そして即座に各国の精鋭たちが彼女を包囲し、各々の魔法や武術、剣術の最終奥義で一斉に襲いかかった。
城全体が揺れ動く轟音。衝撃波。舞い上がる土煙。
その重層な粉塵を切り裂いたのは……
先程の何十倍の密度と範囲に増幅された巨大なエネルギー波──やはりシルクの両目から発せられる怪光線だった。
それを浴びて、屈強な魔法使いと戦士たちは皆、瞬時にして塵と灰に還った。
「……無理っすよ。同時に2発、特大のかめはめ波撃ってんじゃないすか。あれじゃ距離詰めらんないじゃないですか。さっきは油断してたらいけたんでしょうけど。なんなんですか。自分、帰っていいすか?」
「……大丈夫。後方支援するから。いつもの『超特大パンチ』はNG。あいつ、元々身体が死ぬほど硬い上に、単純打撃系の攻撃には常に防御魔法を張ってるから、牡丹とは相性が悪い。多分、勝機があるとしたら『焼く』ことだけ。とんでもない火力でね。それで頃合いを見て、あなたの大好きな''あの子''がくるわよ。火力は同等かそれ以上。だから、ちゃんと打ち合わせは聞いときなさい」
「いっつも、''ボッコボコ''とか''ドッカーン''としか言ってなかったでしょ!」
「牡丹が、ろくに覚える気ないから説明を止めたの。それで今、ちゃんと説明したから。はい、終わり」
「あっ……はい、分かりました」
そうだ。
私たちはこの半年間、ずっとこうやってきたのだ。
そして──
文字通り心臓を鷲掴みにするような殺気が襲いかかる。
私たちはメデューサに睨まれたように石化し、その場に氷漬けとなってしまった。
『その''術式''……懐かしいわ。''ジンボ''のノラちゃんと、''中田''……じゃない、''迫田''さんとこの龍太郎……寝てる間に、あたしの頭から''あれ''を盗みやがったクソ男、そんで……多分そのお嬢さんね……』
全身全霊で金縛りを解き、私たちは臨戦態勢に入る──
次々と特攻してゆく前衛の魔法戦士たち。氷と炎、雷撃、土遁の術……ありとあらゆる手段を切るも、どれも中々、有効打とはならない。
次々と血飛沫が宙を舞う。
血肉の華が咲き渡る。まるで真昼に打ち上げられた花火のように。
そして何人かは、''頭パッカーン''の呪文の餌食となっている者もいる。どうやら、血中濃度の遠隔操作魔法までが、この戦闘の中で有効化されたようだ。
怪物──
『……どうやら魔力を惜しんでる暇ないわね。''到着''まで、全力でいくわよ』
『……こっちは最初からそのつもりだっての!』
私はノラたんが後方で放った最上級防御魔法──''バブ・ガム・ダム・ダム''の堅牢なオーラの中にすっぽりと入った。
そしてそのまま、前方の死屍累々を飛び越えて再び女王の現身と急接近。
頭突きに始まり、その尖ったエルフ耳の両方を鼓膜破壊、右肘付き、左手刀からの貫手、両膝打ち、右前段回し蹴り、左裏拳、鉄槌、踏み砕き……ガードのガラ空きになった土手っ腹に連打連打連打……最後のデザート、右頬に全身で振りかぶってストレート──とにかくありとあらゆる喧嘩業をブチ込んだ。
''向こうの世界''でなら、ヤクザ数千人分を一瞬で血と肉と皮と骨に分解することが出来るほどの攻撃だった。
流石にこれは堪えたのか、女王は大量の吐血の線を中空に残しながら、後方彼方の空へと吹っ飛んだ。
それにさらに特攻しようとする鳩たちに向かって、ノラたんが撤退の支持を出す。
ここまできたら、人海戦術は何も意味を成さない。まあ、最初から大した作戦などは存在しなかったのだけれど。
次の瞬間、女王はまたしても、どこからともなく跳躍してきた。
ステージへの復帰があまりに速すぎる。
前方数百メートルほどの地点からでも、そのドス黒い瘴気に今にも肌を噛みつかれそうなほどだった。
どうやら向こうも、本気のようだ。
『……いいわねえ。前衛と後衛のコンビネーション、中々イケてるじゃない。結構楽しめそうかも。お茶会の時間を狙われたのは癪だったけど。やっぱあたし、賊を返り討ちにしてる時が一番好きだし』
そして、このバベルの塔を揺るがす大地の律動。
大気の震えを前にして一瞬で全身の肌が粟立つ。
天空を切り裂くような振動。怪鳥の何オクターブも上の高音、何デシベルも倍の大声で遥か頭上を漂う声。
突風が押し寄せる。
どうやら急降下を始めたようだ。
吹き飛ばされてしまわないように、必死に地面にしがみつく。
異変を察知した女王は、両目から巨大なエネルギー波を天空に乱射する。
その表情が曇っているのが確かに見えた。
私は彼女に向かって嘲笑的な思念を飛ばす。
『……なぜだか自分は生まれつき飛行魔法が苦手で、そのせいで鳥も苦手なんだよね? 奇遇だね、私も今、飛べないんだ! ''もう要らない''から、この前、他人にあげちゃってさ……だって元々私には、''あの子''がいたからね!』
竜族の村。
ミソノバースのドラゴン。
私の友達が、天空から舞い降りた。
あのぬいぐるみ──愛子がプレゼントしてくれた、大好きな''ジェリードッグ''に似たドラゴンが。




