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夏休みの自由研究の清掃員たち


「てか君ら、何て言うんだっけ? グラディウス? グラデーション? あっ、グラディエーターか!」


「……何でもいいから、もっと情報ちょうだいよ」


「その生き物は……いや、その''存在''は、限りなく大きい。つまり、同時に限りなく小さいともいえる。メビウスの輪のように、表と裏の区別もない。それはつまり、''現実''と''空想''の区別もないってことだよ。この宇宙を構成するエーテルと暗黒物質ダークマター、''観測されないもの''と''観測されうるもの''……それら2つの相反する性質を持ち、ジワジワと宇宙を咀嚼、嚥下しては創り変えてゆく……謂わばビッグバンと同等の質量、エネルギーを備えた存在であり──」


「あっごめん。その手の話は別にいいや。何か、ニュアンスで充分伝わるんで」



 ''汎次元生物''……かつて車の中で耳にした、何やら事情通らしい反社会的人物からの情報はどうやら正しかったようだ。



「──で、全てを丸呑みにしようと口を開けているんだ……」


「てか、牡丹ちゃんの親父は知らなかったのか? その呪文が''ニコイチ''だってことは」


「……予感はしてたみたい。旧帝国に対抗するべく勢力を拡大してる途中で……だから途中で、牡丹ちゃん。僕は君をここに呼び寄せるように魔法をかけたんだ」


「そもそもこの103号室──中世ファンタジー宇宙バースってさ。攻略するには外濠からじっくり時間をかけていかなくちゃダメだから、そもそも不向きだったんじゃないの?」


「うん、まあ……」


「また''そもそも''の話になるけどよ、俺ら半年もかけてみっちりレベル上げする必要あったのか?」


「だって、どんだけしこたま潜ってたって、''向こう''じゃ3日にも満たないとかニュースでよくやってたじゃないですか!」


「……うーん、まあ、そうなんだけど」



 何だかバツが悪そうに応対する妖精パックを見て、思った。

 この如何にも行き当たりばったりな感じ──あのクソ親父も私と同様に、「見る前に跳んで」きただけだったのだ。

 血は争えない、か。

 私は更に小動物の拳を固く握り締めた。



「ま! 折角今頃、親父が全宇宙の命運をかけて''向こう側''で頑張ってくれてるみたいだし、早いとこシルクをぶっ殺しますか! 結局それが、''最短''な訳だし。じゃあ、そん時はよろしくパックちゃん!」


「う、うん……よろしく!」



 妖精はそう言うと笑った。

 微かに光る掌で腹を擦り続ける妖精パックを見て、私も回復の魔法を唱えては、彼の助骨に自分の光る手を充てがった。



「さっきは……ごめんね」


「うん、いいんだ。自業自得だし。ありがとう。それに僕、自分を治すのは苦手なんだ……あとカウンタータイプじゃない攻撃魔法」


「……そいつの回復魔法なんか、焼け石に水だと思うぞ」


「……うっさい。で、念のためにもっかい聞くけど、本当にシルクを倒すしかないの?」


「なんでもっかい聞くんだよ」


「一応ですよ、一応」



 すると妖精は少しだけ照れ臭そうに身をよじらせた。



「いや……実はそれが、ない、こともない、のかな……?」


「……何? 教えて」



 妖精の目に少しだけ不穏な影が浮かび、全身がビクっと振動した。

 私は彼の腹に充てがった小動物の手に再び力を込めた。



「いやー。引くわーマジで。牡丹ちゃん。相手子供よ?」



 永野ネズミのボヤキを背に、私は妖精パックに向けて……

 氷の微笑(スマイル・ゼロ)を送った。



「ぶっちゃけ、あるでしょ? ''裏ルート''」


「……なんでそう思うの?」


「……勘よ」


「……じゃあ、ひとつお願い聞いてくれたら、教えてあげる」


「……乗った」



 妖精は安堵の溜め息をつくと、ゆっくりと深呼吸をしては私たちを見やった。

 どうやら腹の骨折は殆ど完治したようだ。


 

「まあ取り敢えず……そんな''鼻''なしで、口でハアハアしてるのはみっともないからさ……''ビク・ツル・モド・ナル!」



 妖精が大声でそう唱えると、私たち2人の顔の中心部に''鼻''が還ってきた。



「''ハヨ・コレ・ヤメ・ヌル''!」



 続けて妖精はもうひとつの呪文スペルを唱えると、国中を覆い尽くしているらしい甘い香りが、一瞬にして鼻孔から全て消え失せた。



「はい! これでもう数年は大丈夫!」


「すげえ……持続力えっぐ……これ、かなり高度なんじゃね? だって見るからに、''アムス''ぐらいここらへん、ハッパの匂いプンプンしてそうなもんなのに……何ともないぞ」


「鼻孔の奥にある嗅細胞に、この国に漂う''いい香り''の魔法を全種類、弾いてもらうように記憶インプットさせたからね。まあ、大袈裟に言えば免疫機能を高めたってことになるのかな」


「すげえ! ノラたんにはこんなん出来ねえよ!」


「……今回は私たちの''変身''もあったから……ノラたんだって出来ますよ……多分」



 鼻に手を当てると懐かしい感触がした。これが人間の状態であればもっとよかったのに。

 モニュメントの周辺に生えている色鮮やかな草花の陰に隠れながら、我々かよわき小動物三匹は、依然として密談を続けていた。



「……で、すっかり見て見ぬ振りしてきたが、もう限界だ……当方の一番の関心事、当面のストレスの原因であり、鮮明クリアーにしておきたい問題は''あれ''な訳なんだが……あれは一体全体なんなんだ?」



 そう言って永野ネズミは上方のファッキン・グロテスク・フラワーを見上げた。



「ああ……あれは、この国の小学校の生徒たちが作った、夏休みの工作だよ。最優秀作品に選ばれたから、ここに飾ってるんだ。今日、僕はパシリで片付けにきたんだ。シルクの命令で……そんで、僕が頼みたいお願いは、まさにその清掃のことなんだよ」



 妖精パックは重そうな足を引きずって、頭上のプラタナスのような葉が作り出した大きな影の中に、胡座あぐらをかいて座り込んだ。



『まあ、他の積もる話は思念テレパシーでやろうよ。その身体のままじゃ幾分か不便だろうけど……生活の知恵になる、比較的魔力の消費が少ない''小魔法''を駆使してさ! さ! チャチャっとやっちゃって! まだシルク城でのパーティーまでは時間あるんでしょ?』



 こっちには回数制限があるのに──という抗議をする気にもならなかった。

 気が付けばイニシアチブは向こうに握られており、完全にその妖精さんのペースに嵌まってしまっていたのだ。

 しかしここは、黙ってやるしかない。

 私はニヤニヤしながらこちらを見ている妖精に一瞥いちべつをくれた後、きびすを返して、その巨大な残酷生け花に向かって歩を進めた。

 後ろを振り向くと、顔を真っ青にした永野ネズミが付いてきていた。



 ◆◇◆◇



『今は、シルクに仕えてるの?』


『うん……世を忍ぶ仮の姿だね。''リュウ様''に言われて潜伏してる。シルクはとにかく、ちっちゃい生き物が好きだからね。常に身の回りに置きたがるんだよ』

 

『そもそも、我らがジャパンは今頃大丈夫なのか? もうとっくに全員、''黒穴ブラックホールちゃん''に飲み込まれちまったりしてんじゃねえのか?』


『それは大丈夫ですよ、ほら。死後そんなに経ってないでしょ、これ。新鮮フレッシュですよ新鮮フレッシュ


『うわ! 十色といろちゃんの顔こっち向けんなコラ! おい! ふざけんなボケ!』


『……そういやパックちゃん、''利害は一致''しているって言ってたけど、具体的にはどういうこと?』


『まあ……まず、そのネズミさんに化けてる方から答えると……シルクは最近、牡丹ちゃんの世界にある香水集めにハマってたんだよね。そんで、近頃モデルさんとかの間で流行ってる新作をどうしても買い占めたくて、色々とツテを辿って''向こう''と交信してたんだけど、交渉は過度の干渉が原因だとかで決裂して、なんかブチ切れちゃって''向こう''の人らをまとめて何万人もぶっ殺しちゃったらしいのね。そもそも協定とか条約とか色々あんのにさ。こっちは徹夜であっちこっち飛び回って工作しなきゃなんないから、マジでたまったもんじゃないよ。それでも腹の虫が治まんないらしくて、最近じゃ有名人やら何やらを手下に拉致させてきて、小学校の子供たちに''こんなこと''させてるって始末。だからまあ、君らの国、というか世界はまだ完全に飲み込まれた訳じゃないんじゃないかな、うん。大丈夫だよ』


『……まあ全然、大丈夫じゃねーけど……オッケー、理解した』


『香水……モデル……最新……ああクソ!』


『ん? 牡丹ちゃんどーした?』


『……なんでもないっす』


『そもそもさ、香りさえ覚えちゃえば、そんなもん魔法で何度でも再現出来ちゃうんだけどさ、なんつーの? そういう目に見えない術式データじゃなくて、実物が欲しいらしいよ。コレクター気質っていうのかな? あれ? なんだっけ? 君らの世界でいう、音楽を聴く大掛かりな装置の……あれのコレクターみたいな……何て言うんだっけ?』


『レコードな』


『そう! それ! ''リュウさん''が好きだって言ってた』


『俺も好きだよ。何か、温かみがあってさ。部屋にも飾れるしな』


『''リュウさん''は特に、ちっちゃい頃の牡丹ちゃんと一緒にそれを聞くのが好きだって言ってた』


『……はあ?』


『え? いや本当に。そう言ってたよ』


『……なんだよそれ、マジで』


『ふーん。そもそも、お前と牡丹ちゃんの親父さんとの関係はどんなもんなん?』


『うん。僕の家族は、シルクの手先に一族郎党、皆殺しにされた。古来よりダイムゲン山の頂上に棲む妖精の一家クラン。僕だけがシルクの気まぐれで生かされて、旧帝国ここでパシリとして遣わされてた……僕らの種族は昔からとある壮大な魔法を信仰していて、いつかそれを手にし、世界を救う者が現れるという神託オラクルを受けていた。その鍵を握っているのが''リュウさん''だった。''リュウさん''は地下労働施設にいた僕を地上へと解放してくれた恩人だよ。だから、これからこの狂った世界を、全て作り直してくれると信じてる』


『地下? ここに地下があんのか?』


『そう。そこで何百人もの色んな種族の生き物が、日夜交代制でこの''甘い香りの魔法''を動かしている。国中に植えられてる、あのヘンテコな草や花を媒介にしてね』


『言われてみれば、シルクには既に''頭パッカーン''の強力な魔法を常日頃からリモートかつオートで動かしてるから、リソースがもうない訳ね……』


『そうだね。それにいざという場合に備えて、本人の戦闘のために魔力を取っておいてるんだと思うよ』


『……ありがとね。色々教えてくれて。あと、君。空、飛びたくない?』


『……えっ?』


『もう一度飛べるようにしてあげるよ。私、使わないやつが1個あるし。多分基礎中の基礎のやつだから、そんなに魔力の容量メモリも圧迫しないんじゃないかな? 見るからに、高度なのばっかでしょ? 君の魔法って全部。それにこれから徐々に使い込んでいけば、ものになると思う』


『……牡丹ちゃん、いつのまに''譲渡''の仕方習ってたのよ』


『まあ、昔、ちょっとね……』


『……ありがとう、嬉しい』


『それに''新しい世界''じゃ、私が君を故郷の山に帰らしてあげる。家族も皆一緒よ。約束する』


 

 なぜ、こんなことを口走ってしまったのか──

 ''今でも''、よく分からない。

 もしかしたら''この時''、親父のことについて少しだけ知れたのが嬉しかったのかもしれない。

 それ以上、踏み込んで尋ねる勇気は、まだなかったのだけれど──



 ◆◇◆◇



 小一時間の格闘の末、我々はその大型残虐フラワーを、何とかただの大型フラワーへと退化させることに成功した。

 

 やはり、掃除をするのは気持ちがいい。

 頭の中のゴチャゴチャを、綺麗さっぱり洗い流してくれる。


 彼ら彼女らの各種パーツは、妖精パックが懐から取り出した、小さな小さな巾着袋の中へと吸い込まれていった。彼は日々、私たちの常識よりも遥かにぶっ飛んだ魔法と戯れているようだ。


 そして私はその妖精の両肩を掴んで──

 初めてここに来た時に、初めて''ぶっ飛んだ''魔法を彼にプレゼントした。



「''クウ・ユル・ウク・ワレ''!」



 その呪文スペルを唱えた妖精は、私たち2匹の小動物の間を嬉しそうに小さく飛び回った。

 それはまだ、地上スレスレをゆっくりと移動する程度のものだったが、彼の顔はとても幸せそうだった。


 

「ありがとう! 牡丹ちゃん……一見正反対なようで、実はどこか……君は''リュウ様''と似てるね。これまたお返しに、今度呼ばれたら、1日に3回までお手伝いしてあげるよ! いつでもいいよ! 何十年後でも!」


「……そこまで待ってたら、''向こう側''がとっくに終わっちまうだろ」



 永野ネズミが笑った。



「追加で呼ぶときは、残業代払ってもらうからね!」



 私も釣られて、乾いた笑い声を漏らしたのだった。



「さあ! 教えてくれる? ''裏ルート''について」



 そして妖精はまたもや身をよじりながら、照れ臭そうに言った。



「あの……実は、シルクも狙ってるらしいんだけど、『身長を伸ばす魔法が記された魔導書』ってのが、どっかにあるらしくて……」



 私は溜め息をひとつ吐いて答えた。



「……了解。直ちに同志と連絡を取る。でも、パーティーの開始時間までにここに届かなかったら……やっぱりシルクは、私の手でぶっ飛ばしてみせるよ」



 ◆◇◆◇



「さて、ごきげんよう。麗しの小さな生き物たちよ。今日は御足労頂き誠に……ありがとちゃんでーす!」



 シルクが煌々とした笑顔で叫んでいる。

 城の最上階──神々しいほどに煌びやかな家具や装飾、巨大なシャンデリアに彩られた大広間。

 部屋一面、口からよだれを垂らして目玉は右斜め上を向き、ニヤニヤとした笑みを顔面に開花させた見物客ギャラリーで溢れ返っている。

 巨大な机上から向こうに見える、これまたヴィクトリア朝時代を想起させる大きな玉座に鎮座ましましている、ボブカットで赤茶色の瞳(ヘイゼル・アイズ)をした、若々しい見た目の美容整形魔人……

 


 この世界のラスボスであり──

 ''向こう''の世界で、愛子を巻き込もうとしたゴミクズ女。



 シルクが上機嫌に、甲高い声を張り上げては哄笑こうしょうしていた。

 横には私でも知っている、私の世界の名だたる政治家、官僚たちの生首が串刺しになっていた。

 

 そして何人かの従者のエルフたちが、部屋へと現れると──

 それらの首を頭に被り、みるみる内に各々が、私たちの世界のお偉いさん方たちの姿形に、そっくりそのまま変貌メタモルフォーゼしたのだった。



「うむ、時は熟した。お主らは……''穴''潜って向こうに行って、今度はモデル関係の人たち、全員拉致っちゃってくださーい! よろしく!」



 私はハムスターの姿のまま、奥歯をギリギリと噛み締めた。

 拳を更に、更にギュッと強く握り締める。

 愛子のことを想う。

 こいつを早く殺す、殺す、殺す、殺す──



 情熱に燃えると同時に、ドス黒い憎悪に濁ったような瞳が、机上の私たち小さな生き物たちに向けられた。



「それでは、''餞別''を始めるとするか……我が愛しの、小さな生き物たちよ……本当はここで落選したら、この国観光して帰れるってことだったんだけど、今日は特別にルール変更しちゃいまーす! 最近なんかムシャクシャするんで、落選した子は全員皆殺しでーす!」

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