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フラッシュバックと夜の魔法

 

 私の拳は血塗られた魔法だ。

 私の拳は憎悪の鉄槌だ。

 私の拳は速度だ。誰の目にも捉えられない。

 私の拳は切ない流星だ。

 一瞬で肉を削いでは、一瞬で燃え落ちる衝撃。

 そして相手の身体一面に、真っ赤な牡丹の花を咲かせる。



 ノラたんの助言を全て無視して、私はありとあらゆる肉体強化魔法を魔導書から掻き集めては、己の長所プロスのみに焦点を当てて向上エンハンスさせていった。高範囲、中距離、長距離などのバリエーションに欠けるという短所コンズの克服は全て、かなぐり捨てた。要は拳と全身の膂力りょりょくに全振りしたという訳だ。元から無尽蔵の魔力を兼ね備えているからこその芸当だ。


 一度会得した魔法は、使えば使うほど向上エンハンスされるという。まるで長年着込んだ革ジャンがよく肌に馴染むように(永野談)。私は私の拳を全身全霊で以て、ありとあらゆる異形の者たちへと打ち込んできた。


 他に、特にやることがなかった。

 殴るたびに、胸の内のザワザワした迷いが紛れた。

 そして夜に眠るとき、それは再び倍の大きさとなって蓄積していった。


 この前、竜族ハウス・オブ・ドラゴンの村であるミソノバースを警護していたとき──

 空中で黒龍の横腹を打ち抜いた瞬間、全身に恍惚のインパルスが走り抜けた気がした。

 黒龍は黒魔術によって操られた災禍そのものだ。本来、人と自然とを繋いでいる、心優しいドラゴンとは正反対の存在。

 空飛ぶ大蛇。不吉の象徴シンボル汚穢おわいの化身。


 この町で仲良くなれたドラゴンたちを襲うそいつらを、私はどうしても赦せなかった。

 黒龍の土手っ腹に、真っ赤な牡丹の花が何輪も咲き誇った。

 その後、私は黒龍を使役していた、''シルク教徒''の蛇使い、黒魔術の使い手の頭を一撃で吹き飛ばした。

 それでもミソノバースの人々は喜びのダンスを踊り、私を英雄へと祀り立てた。


 他に、特にやることがなかった。

 殴るたびに、胸の内のザワザワした迷いが紛れた。

 そして夜に眠るとき、それは再び倍の大きさになって蓄積していった。



 ''一体、いつになればこれは終わるのか?''

 


「旧帝国」を拠点に世界陸ワールド・マスの各地へと侵攻しつつある''シルク教徒''たちは、どうやら一様にあの魔導書を──私の妹である珠妃たまきが描かれた、身長を伸ばすための魔導書を、確かに狙っているようだった。

 シルク自身は「旧帝国」からは一歩も動けない身だ。どうやら''頭パッカーン''の呪文スペルの制約によるものらしい。

 中々に雑な設定じゃないか。

 このヘンテコな''RPG''世界にも、そろそろ愛想が尽きてきた。この一転攻勢で一気に終わらせてしまおう。

 何故なら日々、同じことの繰り返しで、もううんざりだったからだ。


 地政学的に見ても「旧帝国」は世界陸ワールド・マスの最南部に位置しており、攻め込めば敵勢を海沿いへと追い込みやすく、それまで貿易摩擦を利用して、巧みに互いをいがみ合わせていたそれぞれの勢力が一致団結、一斉蜂起すれば──決して落とせない城ではなかった。

 結局、シルク以外は烏合の衆でしかないからだ。彼女が女出一人で築き上げた手作りの帝国、全体主義国家という訳だ。それが「旧帝国」だった。



 見上げれば数々の針葉樹──とも形容出来ない、一枚一枚が歪な形をした無数の葉のシンメトリーが広がっている。

 このいかれた世界との調和。

 植物にも自立した意志がある。ありとあらゆる魔法の可能性に揺り動かされて。


 モリミーヤの街の上空を定期的に飛来する巨大なぬらりひょんをノラたんが撃ち落とし、私がそれを''シバいた''後、お礼として授かった一粒の種。それにノラたんは丹精込もった魔法をかけた。

 それが、今やここまで成長したのだ。明日の諜報活動にはもちろん連れていけないが、この砂漠を渡るには格好のパートナーだった。   


 私は下側の大枝、永野は上側に仰向けになって、それらの枝が織り成す人工的な模様の隙間から、微かに漏れ出る星の光を見ていた。

 寝袋の微かに擦れる音を聞いていると、瞼が少しずつ重くなっていく……



 もうここにきて半年──

 明日で、やっと終わる──

 全て、終わらせよう──

 もう、うんざりなんだ──

 全て、終わらせよう──



 すると暗闇の中に、聞き覚えのある声と、微かな輪郭線が浮かんできた。


 ''私は、君が欲しがるものは全部欲しいんだよ──''



「……いや! 愛子に会いたすぎるだろ! ふざけんな!」


「……えっ! びっくりした! 何? 誰?」



 気付けば私は絶叫していた。

 上の枝から永野が心配そうにこちらを見下ろしている。



「いや……すみません。ちょっと……郷愁ノスタルジーの残滓がまた……すんません」



 私はこのザワザワとした、得も言われぬ気分に胸をすっかり焼き払われてしまっていた。

 そうだ。何を半年もチンタラとコツコツ''RPG''をプレイしているのだ門倉牡丹。''向こうの世界''では一瞬の出来事でも、こちとら奇妙な世界を半年も大冒険しているのだ。挙げ句の果てに、空中で真っ黒いドラゴンをぶん殴ったりしているのだ。仮に晴れて''向こう''に戻ったとして、また再び彼女と無事に再会したとして、それからまた、いつもどおりに何気ない会話を再開することが出来るのだろうか? 

 盲点だった。根本的なところで、考えが至らなかった。が、時既に遅し遅し。全ては流転の上にある。


 私は寝袋の上で寝返りを打ち、横から見る移動樹ムービング・ツリーの葉の景色を眺めいた。美しい。こちら側も中々に悪くない。移動樹ムービング・ツリー、下から見るか? 横から見るか?


「……まあ、色々とあんだろうけどさ。大丈夫だよ、きっと。何とかなるって……会えるよ。その人とも」


 永野が眠気を堪えたまま、やけに優しげな声で呟いた。

 意外と、悪い気はしなかった。


「……うっさいわ! 適当に励ますな! 恥ずいから黙っとけ!」


「うーす……でもさ、思えば俺ら、変わったよなあ。あのカビ臭い、ていうもはや鉄臭い、レバー臭いアパートでさ、あんな底辺仕事を一緒にセコセコやってた頃と比べたらさあ……」


「……働いてたの殆ど私だったでしょ!」


「今や俺は、立派な剣士よ……」


「……何ですか? まさか''フラグ''を立てる気ですか? 早く寝ろ! こら!」


「……へーい」



 暫くすると豪快な高鼾たかいびきが上方から聞こえてきた。

 私は未だに寝付けないままだった。


 私たちは──私と永野は、ある意味ではまだ、あのボロアパートの小さな一室に捕らえられたままなのかもしれなかった。

 あの''夢幻荘''に張られていたエルフの女王の魔法にかけられて──今でも振り返れば、一瞬の夢を見ているだけなのかもしれない。


 胡蝶の夢。

 邯鄲の枕。

 盧生の夢。


 本当の意味での実存、本当の意味での存在というものは何なのだろうか。サルトルとかが何か、書いていないだろうか? 確か、愛子が何か格言めいた言葉を引用していたな。いや、「名言bot」で見ただけと言っていた気がする。文学少女ぶってるけど、そういうとこあるからな、あいつは。今度、図書館で調べてみよう……一緒に。一緒に……早く、早く会いたい……図書館で……全部、全部終わらして……早く、愛子に会いたい……



「……眠れないの?」


「……はあっ! えっ? 何?」



 私は寝袋から飛び起きた。

 ついでに心臓も口から飛び出すところだった。

 目の前でノラたんが、不思議そうにこちらを見上げていた。


「……何? 何? マジで」


 ノラたんはツインテールをほどいた髪──縛っているときは少しウェーブがかって見えたが、意外とストレートだった黒い艶髪に指先の櫛を静かに通しながら微笑んでいた。

 丸くて凜とした目付き。その双眸そうぼう

 全てのパズルのピースがあるべき場所に還り、完璧な調和の元で美の交響楽シンフォニーを奏でているかのような顔。


 そんな愛子と瓜二つ……いや、愛子そのままの顔が、私を不思議そうに見つめている。



「……いや、むしろ眠れそうだったところをいきなり起こされたから! こんなビックリしてんだけど……」



 ノラたんは少し間をおいて笑った。

 こうして見ると、この半年で随分その表情は柔和になったものだ。恐らくこちらのレベルが上がるにつれて、そうなる仕様なのだろう。

 しかし、ノラたんはあくまで私の魔法の師匠(主にパンチで相手をぶん殴るだけだが)であり、この103号室中世ファンタジー宇宙バースの案内人だ。そこに愛子の影を具体的に重ねることは、今まで一度もなかった。


「……多分、眠れないのは自分の方なんでしょ? ほら、聞いてみ、あれ。羨ましいよね」


 鳴り響く高鼾たかいびきに向かって上を向いた瞬間、ノラたんの冷たい手が私の首元へと触れた。


「……何?」


 そしてノラたんは、私の首の周りに──

 ゆっくりと腕を巻きつけて、その重心を少し傾けて──

 私に、ギュッと抱き着いてきたのだった。


「えっ……何? 何? 本当に……冗談? こういう冗談するタイプだったっけノラたん? むしろこういうの糾弾する側じゃ……え? 何? マジで……」


 そしてそのまま重心の移動に乗せられたまま、私は広い枝の地面を滑っていった。

 首元に位置するノラたんの表情は見えない。ただ、熱い呼吸音だけが肌に当たる。

 


 私は心臓が再び口から飛び出そうになる。

 全身が蒸発してしまいそうだ。

 この存在ごと溶けてなくなりそうだった。



 私たちは少し離れた場所にある、移動樹ムービング・ツリーの巨大な幹にある、他の枝との分岐点ジャンクションに差し掛かった。

 私は、そこまで何も言わずに連行されたのだ。

 これももはや、一種の魔法であると認めざるを得ない。



 幹に背中を打ち付けられると、ノラたんはゆっくりと顔を上げた。

 初めてだった。

 こんな顔を見るのは。

 向こうの世界の愛子ですら、見たことがないかもしれない。

 その完璧な調和の元に成り立った端正な顔立ちが、何かに酷く恋い焦がれた瞬間の、17の少女の年相応の赤らんだ表情に変わっていた。

 ''熱い期待''を、追い求める顔に変わっていた。


 そしてノラたん──

 いや、''愛子''はゆっくりと深呼吸をし──

 私の顔をまっすぐに見つめながら、震える声で呟いたのだった。



「……お願い、キスして……」








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