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狂戦士牡丹ちゃん

 


 ◆◇◆◇



「そう! まずは敵と自分の間合いを測ること! その上で攻防の流れを意識する! 攻め込んでるときでも常に防御の構えを取る! あなたは強化バフによる制約なのか、自発的には2つ以上の魔法を同時には併用出来ない設定になってる! だから頭の中に複数の選択肢を用意して、''最善手と最悪手の間''で行動アクションに移ること!」



 相手は巨大なトロール3体で、足元には複数の子分たちを引き連れていた。

 数は先日のゾンビたちほどではないにしても、明確な指示系統が存在しないためにそれらの動きは予測し辛い。

 脳死村民たちによる雑魚攻撃魔法もここまで全て弾かれっぱなし。

 辛うじて全員が魔力を総統合ジョイントさせて作り出した即席の結界のおかけで、村への侵攻は免れている(そんなものがあるなら最初から張っておけ、とも思ったが、そのうち何人かが続々と口から泡を吹いて倒れているのを見る限り、本当に際際きわきわの最終手段であったのだろう)。


「あなたは''リュウ様''のおかげで、最初からほぼ無尽蔵の魔力を備えているに等しい! まさに気高い魔法使いになるべくして生まれてきた天才ギフテッド! ありとあらゆる気高き魔法で、相手を煙に巻くの! 私たちを魅了してみせるの! さあ、見せてよ牡丹! あなたの魔法を! みんなに見せてよ……本当は牡丹さんは、すっごく格好いいんだってところ!」



 何やら珍しく、ハイになっているノラの声──

 そのある種の法悦エクスタシー状態の嬌声を聞いているうちに、私は悟った。


 彼女が追い求めているのは、結局''リュウ様''の魔法でしかない。幻影でしかないのだ。

 私は''リュウ様''……門倉龍太郎かどくら・りゅうたろうではない。門倉牡丹かどくら・ぼたんだ。


 私は、私のやり方でいく。

 いくらか廻り道にはなったが、決してここ数日間の鍛錬は無駄ではなかった。

「結果よりも過程こそが大事なのだ」と、荒木飛呂彦先生も作品の中で再三繰り返しているではないか。



「''クウ・ユル・ウク・ワレ''!」


「……なっ!」


 私は空に浮かび、そのまま加速度的に周囲を旋回し始めた。

 遥か後方にいるノラの呆気に取られた表情──これがあなたが私に初めてかけてくれた''魔法''だ。

 私をこの世界で、''初めてブッ飛ばして''くれた魔法。


 セオリー通りならまずは子分のトロールたちを覚えたての呪文スペルで拘束する手筈てはずだろうが、もうそんなまどろっこしいことはしない。

 こいつらには何の魔力も感じられない。素手で十二分に薙ぎ倒せる──


 私は巨大な親玉トロールたちの周囲を高速で飛び回り、そいつらの目玉をグルグルと右往左往させては三半規管を麻痺させた後……

 下方の複数の子分トロールたちに、一匹ずつ、この溜めに溜めた遠心力を解放させていった──要はラリアットのようなものを喰らわせていったのだった。


「……なっ!」


 最早それ以外に口をつく言葉を失ったノラ師匠を遠目に、私はその猛攻を続けた。

 私は魔法を同時には併用出来ない──

 いくら異世界の英雄から強化バフを受かった身体とはいえ、複数のトロールたちに生身のまま高速で衝突クラッシュし続けてきた私の右腕は──

 その一斉攻撃を完遂した後には──

 どこかへ千切れ飛んでいたのだった。



「熱っ!」



 強烈な目眩と同時に、私は右方の前腕部に灼熱を覚える。

 最早痛みなどはなく、失われたかつての''武器''の焼き爛れた断面からは、ただただ血の雫が滴り落ちるばかりだった。


 3体の親玉トロールが、私の元へと向かって土埃を上げる。

 私は自分のお気に入りの呪文スペルを久しぶりに、また唱えた。



「カル・バル・ムキ・バク!」



 脳髄に雷が落ちたかのような衝撃と共に──

 私の意識の灯火は、闘争本能と共に天蓋てんがいへと高まり──

 トロールたちを高速で殲滅し、やがて、次第に暗転ブラック・アウトしていった。



 ◆◇◆◇



 目を開けると、大小合わせて様々なトロールたちの血に染まった大地が見えた。

 そしてノラが、私の右腕に向かってキラキラと光る杖を充てがいながら、何やら懸命に作業をしていた。

 どうやらどこかから拾ってきたらしい……確かに私の右腕だ。今では元通りにくっつきつつある。

 ノラは両目に涙を浮かべながら、下唇を噛みつつ私に向かって震える声で呟いた。



「……ありえない……! 何で? 何してるの……? 頭おかしいの? ねえ? あんたは……」



 私は深呼吸をして、仰向けのまま青い空を見上げた。

 私の世界にあった青空と、それは何も変わらなかった。



「……ごめん。なんか、気分ノリで」


「……何なの? 一体何だよ……もう! あんたは……! 本当に……!」


「……私は、あんたの望むような気高い魔法使いにはなれない……何しろ、こんな人間だもんで……所詮、ただの暴力女だからね。でも……この''物語の一部''になら……なれる。私だけの、とっても独善的オリジナルな……とってもとっても、いびつな物語の一部になら……なれる」


「……なに、訳分かんないこと言ってんだよ……!」



 気がつけば大粒の涙を白いシャツにボトボトと零しているその魔法の師匠を見て、なぜだか逆に私は平静を取り戻した。

 そして、少しだけ罪悪感のようなものに苛まれた。



「私は、クソ親父みたいにはなれないし……ならない。あなたが他の魔法の中に、気高さに見出すことは否定しない。でも、私には私のやり方がある……私のやりたい方法がある……とても無様で、不恰好で、不器用で、効率が悪くて、もしかしたら頭が悪い遠回りな方法なのかもしれないけど……ごめん、単なる我儘わがままだけど、私のやりたいようにやらせてほしい……まあ流石に次はもっと、上手いことやるから……お願い」


 ノラは涙を両手で拭うと、少しだけ鼻をすすった。

 私は愛子ともこんな風に、お互いにもっと感情を剥き出しにしたまま喋る日が、いつか来るのだろうかと夢想した。



「……親父は……''リュウ様''の魔法は、かっこよかった? 私と違って……」


 ノラは少しだけ微笑んだ。


「……ええ。とびっきりね……」




 ◆◇◆◇




 トロールたちを物陰に隠れて使役していた賊の少年を捕らえると、彼はいとも簡単に全てを告白ゲロした。

 少年はシルクとは別の勢力──旧帝国と蜜月関係にあるスラム街''ギオング''からの死角であり、シルクと同じくジンボ村の長老が隠し持っているとされる、古くから伝わる魔導書が狙いであったらしい。


 その少年は村人のひとりが怪物を使役する呪文スペルを奪取した後、私が方方に掛け合うことでなんとか逃がしてやることが出来た。

 そもそもお前らは、ここ数日間の"戦争''で殆ど何もしていない──

 そう啖呵を切ると村民の彼ら、彼女らは、割と素直にその要望を受け入れたのだった。

 



 そして村の最奥にある、長老キュウマの家──

 巨大な本棚に様々な魔導書の立ち並ぶ部屋、奥から出てきたその古びた本を見たとき、私は開いた口が塞がらなかった。



 それは謎の文字によって呪文スペルの術式が記された通常のものではなく──

 私の実の妹である珠妃たまきそっくりのお姫様が、ひとり孤独に茨の城に囚われている絵本──以前に私と愛子がよく珠妃たまきに読み聞かせていた、あの絵本にそっくりなものだった。



「え? 魔導書? これ魔導書なんですか?」


「別に……呪文スペルの術式がつらつら書いてあるのだけが魔導書じゃないのよ」


 キュウマ長老は、如何にもフィクション作品に登場する老人男性の口調で得意気に解説を始めた。


「これは……身長を伸ばす呪文スペルじゃな」


「……は?」


 すると隣でノラが補足した。


「この村に代々伝わる秘宝、レア物よ。魔法は炎も水も出せる、地割れも起こせるし身体能力を強化したり、死者を蘇生したり、何だって出来るけど……一度唱えたら半永久的に、身体そのものの形状を変えてしまうものは数少ないから……途中で解除魔法を打たれない限りね。これは身長を30センチ伸ばす魔法なの」


「……は? そんなしょーもないもんが、村に代々伝わる伝説の魔法なの? てか何で、うちの妹が描かれてんの?」


「……妹?」


「ああ、まあそれはいいとして……」


「それは、元々は子供が寝るときに読み聞かせるためのものだったから。昔はこういう知育的、発育的な補助に関わる魔法が沢山あったけど、今は失われてしまったの……まあ、あまり必要なくなったということで」


「……うちの妹がそれに出演してる理由にはなってないけど、まあそーなのか……そーなのか?」


「じゃあ……こんな物騒なもんを持っとったから、ワシらの村はこれまで襲われとったんじゃの……シルクの''地獄耳''が、この魔導書の発する魔力を感知サーチしとったんじゃな……ワシももう、結界を張れる年じゃないし、''これ''はもう、お前らが持ってっとってくれ」


「……え? じゃあ、次は私たちが、身長コンプレックスのエルフの女王に追われる役目をやれと?」


 キュウマ長老は静かに、ゆっくりと微笑んだ。


 そうだ。これはRPGツクールなのだ。

 私が自ら''狂戦士''の自己同一性アイデンティティーを手にした瞬間に、このイベントは終わったのだ。

 そしてきっと、今後この村の平穏が脅かされることはないのだろう。


 

 ◆◇◆◇



「では、これは餞別せんべつじゃ。お前には感謝しておる。達者でな、牡丹。幸運と武運を祈る。メイ・ザ・フォース・ビー・ウィズ・ユー」


 キュウマ長老は古く、如何にも禍々しい形をした杖をこちらに差し出した。

 丘の上に太陽の陽が照っている。

 遠く向こう側に放し飼いにされた家畜たちは今日も元気そうだ。

 私とノラと、永野の3人は、牛乳を含むいくらかの食料が入ったズタ袋を背負って、ジンボの人々と向き合っていた。



「うるせー、要らねー。元はと言えばお前の結界にガタが来たのが原因だろーが」



 隣にいるノラに小突かれる。

 長老の後ろには、少しだけ背の高いレイラ、ハルミ、村人たち──そして沢山の子供たちがいる。


「……では! 今日が大いなる門出じゃな! かつて世界を救いし英雄、''リュウ様''の娘! ''狂戦士ボッチャン''御一行の凱旋がいせんじゃ!」


「あー、正しくは、『世界を救う直前でまたスッポかして、宇宙の向こう側にトンズラこいたクソ親父』の娘なんすけど……そんでそれ、『本来のイントネーション』とは違うんですけど……まあいいや、ありがとうございます」


「じゃ! 元気でねー! ''ボッチャン''!」



 ハルミがそう叫び出すと、なぜだか胸が少しだけキュっとした気がした。

 続けて子供たちの声援だ。轟々と高まってくる。地鳴りのような声援。

 私は今やジンボの村人たち全から、鼓膜が張り裂けんばかりの大歓声を浴びていた。


「''ボッチャン''、風邪引くなよー!」


 レイラがそう叫ぶと、目の前が少しだけ白み始めてきた。



「え? 泣いてんの? マジで? つーかこの魔導書、さっさとどっかに捨てた方がよくない? これを使ってシルクたちの軍勢を逆におびき寄せるって、ちょっと危険すぎない? あと何で一々俺に持たせんの?」


 私は横にいる永野を小突くと、村の皆に向かって大声で叫んだ。

 再びこの世に繋がれた、傷だらけの右腕を掲げて──



「ありがとうみんな! じゃあ行ってくる!」



 私は涙を拭いて、踵を返して歩き始めた。

 狂戦士、魔法使い、売れない劇団員の3人の戦士たちが、この世界を救うべく今、立ち上がったのだ。



 しばらく経ってから振り返ると、丘の向こうに突っ立っている、怪獣並の大きさになったレイラの姿が見えた。

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