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夢幻荘の清掃員たち

 

 103号室は中世ファンタジー宇宙バースらしいので、清掃作業は特に困難を極めた。


 凄腕の騎士にたたっ斬られたり、ドラゴンの吐く炎に丸焦げになったり、単純に食べる物がなくて餓死した''らしい''人々の亡骸……''穴''から吐き出されたそれらの肉体を私たちは日夜、ある程度ピカピカな状態になるまで片付けてゆく。

 悪臭の中、何の文句も言わずに。

 一度任された仕事は、自分の能力範囲内まできっちりとこなす。

 それが私のモットーだった。


 それに中世ファンタジー部屋の死体は大抵がその原型を留めていないので、作業としてはひたすらに肉塊という肉塊、内蔵という内蔵を、業者への返送用ドラムに回収……それを繰り返すだけとなる。そしてモップや特殊な消毒液を交えての念入りな拭き取り……フローリングにこびり付いた血の筋を、私は右肩にあらん限りの力を込めて、ゆっくりと除去してゆく。

 まずはカラカラに乾いた雑巾が、この世の穢れを払い落とす。

 真っ白い作業着が、少しずつ血の色に染まってゆくのだった。



「やっぱり、最初に乾拭きをしっかりするのが重要な訳ですよ。それも''一方向拭き''で。小さな埃やゴミをしっかり取り除いてから、水拭きに移行しないと意味がない。何事も基礎が大事な訳ですよ」


「ふざけんなよ! 何なんだよもう! やってらんねえよこんなもん! 牡丹ぼたんちゃん! もう帰ろうよ! マジで!」



 隣で永野がいつものように喚き出した。

 人体パーツの回収はいつものように私がやってあげているというのに、この四十路過ぎのおっさんはいつもこうだ。

 永野は目元まで上げた白いマスクの下から、全身の防護服をビリビリと振動させる勢いで叫んだ。



「俺は最初な! せいぜい孤独死した老人の身辺整理ぐらいに思ってたんだよ! 日当5万超えの闇バイトなんて! 液状化したジジイの死体を片すぐらいならまあいいかとか思ってたけど! いや、多分それも無理だけど! こうも新鮮フレッシュな肉体が、サイコロステーキみてーに転がってるとは思わなかったんだよ! もうやだ! 帰りたい!」

 


 今年で45になる、何者にもなれなかったサブカル舞台役者。恐らく昔はそこそこモテていたであろう短髪で彫りの深い顔立ちに、如何にもな無精髭を蓄えている。

 汚らしく、いやらしい。

 あの男と同じだ。女はこんな男を好きにはならない。好きになってはいけない。



「黙って働いて下さい。この間にもその決して安くない給料は発生しているんです。あと大声での私語は控えて下さい。いくら住人はいないとしても、近隣住民に''ここ''がバレたら困りますんで」



 私は黙って作業を続けた。

 ドス黒い紅に染まっていた6畳ワンルームの部屋は、懸命な応急処置によって徐々に元通りになりつつあった。

 私たち下っ端の清掃員が最低限度の処理を終えた後は、''組織''の派遣した業者が現れ、この部屋は次の''挑戦者グラディエーター''へと充てがわれることとなる。

 試験によって選ばれた、各国の富裕層、権力者を含む特別軍事調査隊である。

 まあ──この国はきっと、''例外''なのだろうけれど。



「永野、そこのバケツ取ってください。ちっちゃいほうの」


「いやあのね! 一応30近く年上なんで''さん''付けて! でも、本当凄いよ。牡丹ちゃん。将来いいお嫁さんになれるよ……なんで今、こんなキナくさいバイトしてんのか謎だけど」


「セクハラです。それに家庭の事情ですよ。それ以上、あまり詮索しないでくださいね。じゃないと何らかのハラスメントで訴えますんで。」


「いや、先に訴えられんのはお前だろ。まだ未成年なんだからよ」

 


 確かにきつい仕事だ。危ない橋も渡っている。でも給料はいい……気がする。

 学校に通いながら家族を食わせていくには、これしかない。



「もう! 牡丹ちゃんは人の心がないんだよ! もう! なんでそんなにテキパキ作業出来んだよ! ''パルプ・フィクション''に出てきたハーヴェイ・カイテルかよ!」


「観たことありません。おっさん臭い喩えを出さないでください。''シネハラ''です」


「映画の話すんのが何のハラスメントなんだよ!」


「それにあれは掃除屋のザ・ウルフがヴィンセントとジュールスにあれこれと指示を出すだけで自分は何もしない、というギャグなので喩えとして不適当です」


「観たことあんじゃねーかよ!」

 


 しかしこの世の中は、中々に不条理が多いものだ。

 現に今こうして、華の女子高生真っ盛りの女がこういった闇バイトに精を出していることが──


「あっ。その大きいほうのバケツ取ってください。その、''穴''の横にある。落ちないよう気を付けてくださいね」


「分かってるよ! こんなの落っこちたら、一巻の終わりなんだから!」


 永野はバケツを取りに移動した。


 外部からの視線を遮る窓際の遮光カーテン下側には、半径40cmほどの、黒い渦巻きを静かに回転させている、小さな穴が中空に浮かんでいた。



「てか思ったんですけど──''これ''って前の部屋のやつよりデカいですよね」


「知ったこっちゃねえわそんなもん! さっさと終わらせて撤収だ撤収!」





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