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魔法使い牡丹ちゃん


 その後もお誂え向きに、ジンボの村は様々な賊共に襲われることとなった。

 そもそも長老は齢80を超えたノラのジジ様であり、何故だか''結界''の魔法を使える者は一部を除いて他にいない、それを記した魔導書の類も村には存在しないとのことで、この辺鄙へんぴな村のセキュリティーの脆弱性は本物だったのである。

 中田組の迫田さこたの方の親分ジジ様は、あれでもよくやっていたということだ……



「ほら! 余所見よそみしない! 相手は仲間の死体まで操作コントロール出来るんだから、ボスを真っ先に潰さないと! パンチとキックはもういいから! 今朝、魔導書で読んだでしょ! 広範囲攻撃よ! 広範囲攻撃!」



 遠く向こうからノラ師匠が、またもや魔法で鮮明クリアーに声を飛ばしてくる。

 殺しても殺しても復活する敵勢のゾンビたちは枚挙まいきょにいとまがなく、更には毎回それぞれの散らばった人体パーツをくっつけ合っては再生するため、今や大小様々な、異形の大兵団と化していたのだ。



「えっと……これ?」



 頭の中の''モヤモヤ''から、周囲に地割れを引き起こす呪文スペルを選択した。



「ジル・バグ・ワル・ゴツ!」



 轟々と鳴り響く母なる大地の律動──

 ゾンビ兵団たちは崩落する足元に飲み込まれ、地の底へと墜ちてゆく──

 私も含めて──



「違う! そうじゃない! ''焼く方''よ''焼く方''! 腐敗したゾンビには念力発火パイロキネシスって相場が決まってるでしょうが! ''炎の少女チャーリー''を思い出しなさい!」



「……『このままじゃ辛い〜ひざまずきそうさ〜♪』じゃないのよ。あと、なんでそんな映画知ってんだよ!」


 

 そもそも彼らがこんな辺境の村をわざわざ襲う理由もよく分からない。誰に尋ねても、確固たる返答は返ってこない。



「要はこれ、ただのレベル上げの訓練なんじゃ……親父の仕組んだ……RPGツクールじゃねえんだから……」


「何してんの! 早くそこから這い上がりなさい! 穴の中から出てきなさい!」



 ''早くそこから這い上がりなさい''。

 ''穴の中から出てきなさい''。



 ノラ様の叱咤激励が、私の耳元で思念テレパシーのように木霊している──



 ◆◇◆◇



 漆黒の夜空に星が浮かんでいるが、どうせそれらは虚像フェイクでしかないのだろう。

 何もかもが足元の覚束おぼつかない、輪郭が曖昧な世界での曖昧な任務ミッション──日に日に頭が重くなる。


 家畜小屋のある東口を少し逸れた側にある、夜中には誰もいない草原。

 そこから戻ると、鈴虫のような鳴き声が、どこか足元に生い茂る草木の間から耳元まで届いてきた。

 このもうひとつの地球にも確かに季節のようなものがあり、慣れれば異国情緒も感じられるようになるのかもしれない。



 村に戻ると皆が寝静まる大きなねやの外で、音田a.k.a.ハルミが箒を持って表の掃き掃除をしていた。

 横にはエルフの女王の''頭パッカーン''の呪い──その犠牲になった賊たちの首なし死体が連なっている。

 単に村人たちの知能指数の問題か、女王の対策が万全であったのかは分からないが、とにかく残忍ブルータルな時代に生きているのだ。この連中は……確かに、今。


「いい加減! 早く片してよ、それ。中の子供たちがいっつも怖がってんでしょ」


 私は肉体強化の魔法を唱えて──

 河から水を汲んだり、''猫車''で死体ボディーを移動させて遠くに埋めたり、辺りに水を巻いたり……などの雑務を超高速で済ませた。

 閨の中で寝静まっている、子供たちを起こさないように。静かに──

 


「ありがとね。あたし掃除、嫌いだから。子供たちの世話は得意なんだけど」



 先程から手に持った箒を適当に振り回していただけの……ハルミが目の前で笑っていた。

 謂わば丁稚奉公でっちぼうこうの身……村のそれぞれの家庭に務める下女たちを束ねている彼女のその顔には、日頃の疲れが存分に滲み出ていた。


「……掃除して要らないものを片付けたり、汚れを拭き取ったりしてるとね……自分の頭ん中が整理出来る気がすんだよ。ま、思い込み(プラシーボ)なんだろうけど。そんだけ、グッチャグッチャなんだよ。私の頭ん中は、常に。いっつも寝不足で頭痛いし」


 ハルミは相変わらず箒を空にブンブンと振り回しながら、そこらかしこを適当に徘徊していた。

 そんなことで下女としての仕事が務まるのかは疑問だったが、昼間にあれだけ騒がしくしていた子供たちを避難させ、毎夜きちんと寝かしつけているところを見れば、その腕は局地的にみれば本物なのだろう。

 

「何が……君の頭ん中でグチャグチャしてるの?」


 夜の冷えた空気を大きく吸い込んで、少しだけ考えて、また吐き出した。

 答えは特に出ないままだった。


「……分かんない。強いて言うなら、周りとあんまり上手くいかなかったことかな。それで、それを何とか今まで無理に正当化してきたこととか……自分に非がある場合でも、それに目を向けてこなかったというか」


 顔も話し方も、全てが音田にしか見えないハルミは、目を擦りながら小さく答えた。


「まあ……よくやってる方なんじゃないの? あんた。何だかんだここ数日で、村の誰も、この子たちも無事だしね、うん。」


「……そうかな? あくまで、周りから言われたことやってるだけだし。だから、本当に大切な人や、大切なものの前では、上手いこと話せなくなるんだよ。自分が、情けなくてさ」



 ここに来て、やっと理解出来た──

 この幻想の世界の夜空が、教えてくれた──



 私は別に、本当のところでは父親を憎んではいなかった。

 ただ、全てのやりきれない思いの捌け口にしていただけだったのだ。



 脱力して、こうべを垂れた。気が遠くなることばかりだ。

 思わずその場にへたり込んでしまう。

 日々、何事もなく、生きていけるだけで本当は充分だというのに。

 それ以上の意味を追い求め過ぎてしまう。

 だからいつも、何かを見失っている。



「あんた、本当はそこそこ優しい人間なんだろうけど……''そこそこ''ね。''完璧''とは言ってない……自分でそれを、認めたくないんだね。そうやって無理矢理に自分を下に下げて、誰かを崇めていればずっと、安心出来ると思ってる。崇拝される側はある意味じゃ迷惑かもね。相手は女神でも何でもない、ただの人間だろうに……まあよく知らんけど。想像でね、何となく」


 気付けば音田……ハルミが横に座っていた。

 彼女は現実世界のものと変わらない、屈託のない笑顔で続けた。


「多分その誰かは、内心そんなことは望んじゃいないと思う。きっと君ともっと同じ目線に立って、対等に話がしたいと思ってんじゃないの? まあ、そういうことは中々言い出しにくいと思うけどね」


 お互いに頭に思い描いている人物は恐らく違う。

 それでも私たちの会話は不思議な領域で繫がっているように思えた。


「……私は、早くマイナスからゼロになりたいんだよ。今はマイナスだから、プラス側にいるあの人に、早く胸を張って会いに行きたい」


「だから! その『マイナス側にいる』っていう意識が既に、間違ってるんだよ……間違ってるというか、変に意識しすぎ。逆にナルシストしすぎっていうかね。だから……ノラ様のことも誤解しないで。本当はあの人も、内心感謝してるだろうから」


 それを聞いて、私は曲がりきっていた背筋を伸ばして、前を向きながら言った。


「音田……いやハルミさん、抱き着いてもいいですか?」


「え、やだ」


「はい」


 そして頭の中にある、その''モヤモヤ''を選択した。



「あのね、私の世界にいる作家の……ルイス・キャロルっていう人なんだけど、その人が書いた『不思議の国のアリス』って話があんの。今からつまんで話すから、それを今度、子供たちに聞かせてあげて。寝る前とかに。この人は本当に凄い作家なんだよ……まあ、ロリコンだけど」

 

 ハルミは不思議そうにこちらの顔を覗き込んだ。


「……なんで急に?」


「……お礼。''ヒント''をくれたから」


 私はアリスについて語り出した。

 個人的に好きなラインを強調しながら、余すことなく喋り続けた。1から10まで。

 その内に興が乗ってきて、語りにも熱や憂いの抑揚が付き、その臨場感たるや講談師顔負けの迫力となっていった。


 …………

 …………

 …………

 …………


 およそ30分後、全てを聞き終えた後のハルミは放心してこちらの顔を眺めていた。

 

「……凄い。こんなのが他にもいっぱいあんの? そっちの世界には」


「そう。誇張じゃなくて、星の数ほどある。嘘っぱちの話なのに、こんなに勇気付けられる。元気にさせてくれる。目を閉じればすぐに、どこか他の世界に連れて行ってくれる……まるで魔法みたいに」


「だから、魔法は気高いものなんだよ。ノラ様が好むのも分かる」



 そうだ。

 ''これ''はれっきとした魔法だったのだ。

 私の世界で、遠い昔から連綿と受け継がれてきた物語。

 そしてそれは──

 私と愛子が、出会ったことだって──



「それで……次はどうなるの?」


「えっと、次は……」


 西側の山々の向こう、その稜線りょうせんから微かな陽射しが滲み出してきた。

 昧爽まいそうの光が、村の隅々を照らし出している。

 もうすぐ夜が終わる。

 また新しい朝がくる。


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