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元々やってたことと何も変わらない

 


 ジンボと呼ばれる小さな集落の生活は、元より極めて質素なものだったらしい。

 アラタマ河流域に広がる、肥沃ひよくで比較的人口の多い土地。

「新帝国」の統治する7つの王国のひとつ、''ルミネドーム''の領土ではあるが、旧時代より独自した自治体となることは殆どなく、他の王国の支配下にあることが多かった。

 牧草地や緩い山岳地帯、そして水流に囲まれ、自然障壁などがないために、しばしば攻め込まれては戦争が起きたこともあったという──



「いや牡丹ちゃん、現実逃避しないで」



 レイラが前方で微かに微笑んでいた。

 私は少しだけ厶ッとして──いや、完全なる憤懣ふんまんに駆られながらも言い返した。



「現実逃避ってなんすか? この世界は私にとって既に、紛れもなく現実ではない場所なんで、その場所から更に逃避したら逆に、現実と向き合ってることになるじゃないですか!」


「牡丹……何を言ってるのか分からないから、一旦落ち着いて」


「''二重否定=肯定''、とは限らないってことですよ! それは日本語っていう世界的にみて特殊な言語だけ! 例えば英語なら''二重否定''はただの強調表現になるから!」


「まあ……ローリングストーンズなら''I can't get no satisfaction〜''とかね……」


「そう! ドンピシャな喩え! よくやった! 流石永野! 年の功!」


「いや流石にリアルタイムじゃないけどね……」



 するとノラa.k.a.冷血アンドロイド少女Aが、またしても滔々と現在の状況について解説し始めた。



「……恐らく今日の黄昏時にでも近隣から、シルクの使いである賊と、彼らの従えるモンスター達からの襲撃がある……その首謀者だけは生かしておいて。それまでに戦闘用の主要魔法を洗いざらい、その''心と身体''に叩き込んで欲しい、牡丹ぼたん



「向こうがどの方角からやってくるかは私が幻視出来るから、状況に応じて迅速かつ臨機応変フレキシブルな対応が必要となる。その基礎体力ならやれると思う。期待してる、牡丹ちゃん」


 

 どうやらこの、私の同級生の顔を模倣パクったノラ&レイラのコンビは、私を万能な道具程度にしか考えていない、AIロボットと何ら変わらない合理主義者であるらしい。

 私は先程まで無駄に意気込んでいた自分を少しだけ恥じて、早く家に帰りたくなってきた。

 ムシャクシャしてきたからこいつらを今すぐ皆殺しに──身体中を隅々までふにゃふにゃ(フレキシブル)に出来る魔法でもあればいいのに。

 こいつらは、どうせ阿部でも──

 愛子でもないのだから。

 現実のものでは、ないのだから。



「……あの、そもそも、自分らで戦うという選択肢はないんですか?」


 ノラ&レイラは今度は振り返りもせずに、ひたすらジンボの村の入口へと向かって歩を進めていた。


「それはナンセンスね。そもそも村で唯一、今まで''結界''を張れていた長老の術が尽きるのに合わせて、''リュウ様''の能力ちからを継ぐあなたがここに現れることは予言されていたから……全て、あなたを一流の魔法使いとして育てるための鍛錬になるの、牡丹」


「なんでそんなおあつらえ向きに、私が到着してすぐに実戦に入る感じになるんですか」


「そして幼少期に……彼の呪文スペルにかけられて、身体能力、その他魔法への耐性を極度に強化されたあなたが──」


「いや、だからその……さっきから言ってますけど……その、判断能力というものが認められない女子児童に、しかも実の娘に、両者の合意なくそういった類の魔法をかけるというのは……私のいる世界ではどの国でも極刑中の極刑になるような、最低最悪、極悪非道の虐待行為にあたると思うんですけど……もしかしてその''リュウ様''は、ファンタジー世界の秘密警察から逃れるために、''向こう側の宇宙(ジ・アザー・サイド)''へと逃亡したのでは……?」


「……それは牡丹、あなたを守るためだったのだと思う。あなたを密かにつけ狙う死角は、昔から存在していたようだから」


 ノラが俯きがちに低い声で呟くと、レイラがまるでそれに呼応したかのように続けた。


「それに牡丹ちゃん、パワーというものは、何事も使い方次第なのよ。あなたは今から、村の人々を守るためにそれを使うの」


 再びノラが静かに述べる。


「私たちは、''リュウ様''がこの世界に残した唯一の忘れ形見である、あなたを信じている。この世界に再び、平和をもたらすために」


 更に永野が後方から、息も切れ切れに続ける──


「まあ、何でもいいんだけどさ……早いとこ片付けちゃってね、牡丹ちゃん。俺、早く帰りたいから」



 結局、異世界に来たってやることは変わらないのだろう。

 私は便利な暴力装置。


 取り敢えず、喉が乾いてきた。

 血ではなくて水が飲みたい。

 初めて''暴力''以外を認めてくれた、愛子に会いたい──



 ◆◇◆◇



 やがて岩石や木片などの残骸が散らばった、かつての村の入口らしき空間スペースへと到着した。



「あーっ! 来ました来ました! 長老様ー! 帰って来ましたよノラ様たちが!」



 少し向こうにある井戸の周辺。

 両手に桶を持った、如何にもな村の元気娘──というか音田おとだそのものが、左右のボリューミーな縮れ毛の束を揺らしながら、甲高い声で喚いている。

 人様の顔をどうこう言えた立場ではないが、あれでナンシーだのベッキーだの名乗られでもしたら吹き出してしまうかもしれない。



「ノラ様! レイラ様! もーう! 遅すぎですよー!」


「………………!」

「………………!」

「………………!」

「………………!」


 何ひとつ頭に入ってこない、そのマシンガン・トーク──


 左右の縮れ毛(パーマ)を揺らしながら笑顔で近付いてくるその村娘──

 まさしく、音田そのものだった。

 中世ファンタジー宇宙バースにいる、音田でしかなかった。


 

 私はその襤褸ぼろを着た元気娘の胸元へと飛び込んだ。



「あー! 音田ー! 会いたかったよー! なんか愛子も阿部も鉄面皮の怖えー奴になっててさ! お前だけは、変わらないでいてくれてありがとう! マジでありがとう!」


「何! マジで! 怖い! 異世界の人のスキンシップ怖い! 初対面からむっちゃ踏み込んでくる!」



 私は娘の胸からサッと退避すると、これはもしや、公然的なわいせつ行為でお縄になってしまうパターンではないかと後悔した。



「あっ……そうでしたね。すみません……ついつい強烈な郷愁ノスタルジーの残滓のようなものをあなたの中に嗅ぎ当ててしまいました。ただ今、猛省しております」



 数秒後に村の背景が目に飛び込んてくると、最早法体系などといったものが現存しているとは思えないその荒廃した様相に、少しだけ胸を投げ下ろした。

 こんなことを思うのは、最悪だけれど。



「……あたしはハルミだっての! えっと……この人が''リュウ様''の……でいいんですか?」


「ああ、意外と……''和''もいんのか。てか、もしかして……階級で決まってんのか? それとも何? 未だに白人コンプ抱えてまんのか? きっしょい世界やでほんま! あはははは!」


「……何なんですかこの人? 本当に大丈夫? ''向こう''でただの頭のおかしい人連れてきたんじゃないです?」



 正直に言うと、私は''この時点で''──

 割と諸々のことに対してどうでもよくなっており──

 今までのコンプレックスの元となっていた、衝撃的な出生の秘密を知ったというのも相俟って、殆ど自暴自棄に近い状態であったので、何やら虚ろな目をした状態でのヘラヘラとした異様な受け答えしか出来なくなっていたのだった。



 やっぱり早く帰りてえ、としか頭になかったのだった。

 何でこいつらのために、わざわざおっかない敵と戦ってやらなあかんねん、としか考えてないのだった。



「へえ、ハルミさん。どうも、永野です」


「永野、黙ってください。''ドウハラ''です」


「おう……最早懐かしい響きだ。まるで悠久の時を超えてきた言葉のような……実際、我々は今、超えてきたのかもしれんが……で、その''ドウハラ''ってのは何のハラスメントなのかね? 牡丹さん」


「私の同級生に対するハラスメントです」


「え! じゃあ……」


 永野はノラ&レイラの顔を交互に見渡した。

 私はそういうことだと頷いた。


 すると永野は私の元へと駆け寄り耳打ちを始めた。



「……''これ''って、お前の頭ん中の世界じゃねーの?」


「……いや? そうとは限らないんじゃ」


「だってそうだろ! お前の友人知人ばっか出てくんだろ?」


「……いや、そのうち永野のも出てくるんじゃないですか?」


「凄えーよ! じゃあ牡丹ちゃん、これからこの世界では何事も自由自在! 無双しまくれるってことじゃん! なーんだ楽勝じゃん!」


「……まだそう決まった訳じゃ……」


「いや、明晰夢みたいなもんだと思う! だから、やること早くやって! 早いとこ帰ろうな! うん……あと、『私の同級生に対するハラスメント』ってなんだコラ! ただ挨拶しただけだろうが!」


「……まずは村で修行して、夕方攻め込んでくる連中を倒して……その後はどうなるんですか? 最終的には究極の魔法で宇宙の向こう側まで行って親父に会えとか訳分かんないこと言われたんすけど」


「まあ……裁量でさ! お願い! いい塩梅でさ!」


「だから、''裁量''とか''塩梅''とかいうフワっとした印象の言葉ワードに逃げて、具体的な指示が出せないのが、日本人の悪いところであって……暗中摸索にもほどがありますよ、この旅」


「だからさ! 色々話まとめると、そのラスボスの''シルク''とやらをぶっ殺せば、その究極の呪文スペルとやらは手に入んだよ!」


「何をしてるの? さっさと行くわよ」



 冷酷なアンドロイド少女Aがそう言って、先陣を切って一足早く村へと入った。

 次にその鎮座まします座標位置によって一々大きさの変わるアンドロイド少女Bが続き、私たちも含めての残りがゾロゾロと後に続いた。

 こうして見れば、私の頭の中は常に女の子のことばかりだな──などと愕然としながら。

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