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暗黒時代を生きる人々



「で、まあ、いきなり本題に……こんな状況だけど……入りたいんですけども、ノラさんは''門倉龍太郎''……私の父なんですけど……もしくは''時間を巻き戻す呪文スペル''ってご存知ですか?」



 私のやや右上方を静かにフワフワと滑空しているノラは、元々我々のいた世界と何ら変わらない薄く冷めきった空気の中で、毅然とした態度でやや声を張って応答した。

 まるで私がその質問をするまで、その言葉を発するまで、待っているかのようだった。



「知ってる。かつてこの世界の7つの大国を統一した……''次世代の狂王''として恐れられた男。''ドラゴンの父''、''巨人殺し''、''猟犬ハウンド''、そして''紅の男(レッド・マン)''……それが''リュウ様''。数々の人々と、有機生命体モンスターたちを救った英雄……」

 

 

 なるほど、うちの家のクズ男は随分と他所様よそさまの敷地ではっちゃけてくれていたようだ。

 そして恐らく、数々の殺しまで体験している。それでも英雄として崇められているところ、この世界の道徳規範モラル・スタンダードはまさしく中世そのものなのだろう。


 しかし、そんなアメリカの有名ファンタジー・ドラマのような通り名ばかりをコンプリートするのに終始していたのでは、本来の「この中世ファンタジー宇宙(103号室)から忍び寄る侵略者の根絶」という任務ミッションは、一体どうなったのだろうか。

 まさか異界の地で無双して楽しい、ハッピー、最高! というだけで終わってしまったのではないか。

 一家を放り投げて蒸発したゴミクズ男の末路としては、さもありなんといった感じだった。

 


「……それで、今はどうなったの?」


「死んだ」



 サラサラと風になびく黒い髪の向こう側で、ノラは端的にそう述べた。

 我々三人は空を飛んでいる。

 阿部の''足''へと向かって。

 下方から永野の微かな呻き声が昇ってくる。



「……そっか。まあ、しゃーないか」


「この"時間軸''の中では死んだ。''単次元的パンクチュアル''な意味でね。正確には、''離れていった''。他所では生きてる。とある究極の呪文スペルを唱えて……牡丹の世界を侵攻している連中の狙いは、''リュウ様''が手にした、その究極の呪文スペルへの手掛かりだと言われている」



 ''単次元的パンクチュアル''な意味──

 


 気が付けば、我々3人の飛行速度は上昇していた。

 先程よりも冷たい風が身に強く打ち付ける。

 それでもノラの声は、不思議と心身にすっと染み渡るように響いた。



「ぐおおおおおおお。一体全体、どういう意味なおおおおおお?」


 と、永野の絶叫がまた立ち昇ってくる前に、私はノラに向かって大声で問い質した。



「……その究極の呪文スペルは、私にも使える……というか会得出来るっていうこと?」



「そう。一子相伝の秘術。この世界の時間軸から離れて、宇宙のアカシック・レコードと交信アクセスする。そして過去と現在と未来を、自由自在に行き来出来るようになる。とても特殊な魔法なので、蛮族から王族に至るまで、ありとあらゆる部族トライブ一家クランの中で信仰されている。過去にそれを習得し、この世界を''塗り替えた''とされるのは先代の狂王親子だけだったので、今は牡丹……あなたが狙われてる」


「……私にその呪文スペルを覚えさせて、その後はどうしようと?」


「他者の所有している呪文スペルを奪取する魔法もある。この世界は大なり小なり、1から10まで全て魔法で形作られているといっても過言ではない。現に今、私の声があなたたちによく響きやすくなっているのも、他でもない魔法のおかげ。さっきこっそり、唱えたから」


「……でもそう言えば、さっき私の世界では大爆発が起こって、どう考えてもあれは私を殺そうとしてたんですけど……」


「血と骨からあなたを探り当て、蘇生させる呪文スペルだってある。魔法には、なんだってある。私たちの想像力の可能性が、無限に続く限りはね」


「……そうですね、さっきから……そんで、飛行速度が、かなり速くなってますね……」


「牡丹がこちらへとやって来るのも、これから会う予言者オラクルによって予知されていた。''牡丹の世界''と、''こちらの世界''を両側から支配しようと企んでいる……『シルク』と呼ばれるエルフの女王に感知サーチされる前に、私たちはまず作戦を練って、叛乱に備える必要がある」


「……繰り返しになるけど、その呪文スペルは、過去と現在と未来を行き来して、まるで神様みたいに森羅万象に介入出来るようになるっていうこと? もう、この宇宙を全て、丸っきり塗り替えちゃうみたいな?」


「そう。だからこっちから先に、その究極の呪文スペルを会得して、それを唱えてほしい……そしてそれは、シルク討伐によって果たされると私は考えている。シルクを倒せば、''それ''が手に入るの。これがこの世界の''法則ルール''よ。門倉牡丹」


「……なるほど。そういう''ゲーム''なんですね。これは……」



 もはや暴風に近い圧力を全身に受けながら、我々は未開の地の上空を滑空し続けていた。

 もはや息を吸うのも吐くのも困難な中で、どれだけ小さく言葉を発していても、我々は潤滑に会話を続けることが出来たのだった。

 最早、テレパシーに近いレベルで──


 

「じゃあうちのクソ親父は、今頃一体何してんだよ!」


「牡丹、あなたを待っているのだと思う。''向こう側の宇宙(ジ・アザー・サイド)''で。それがきっと、この世界と、牡丹の世界のふたつを救う鍵となる」



 私は虚を突かれた思いがした。

 となれば、私が今この世界にやって来たのも、そんな神と近い存在になった親父の搦手からめてによるものなのかもしれない──

 この宇宙の真理……運命そのものに手を触れたクソ親父……世界を救うために。

 私たち、家族を放り出してまで。



「ああ……やっぱ、好きになれないかもな」


 

 そして──

 ここからは、何から何まで全く信じられない事象の連続を語り続けるしかないのだが、ひとつ信頼して貰いたいのは……

 私は決して、「信頼出来ない語り手」ではないことであり、あくまでこの目で見た真実、身に降り掛かってきた真正の出来事を述べているだけに過ぎないということだ──


 先程まで遠景の中に霞んでいた、アスペクト比でいえば決して太くもなく細くもなかった阿部の灰色の足の元に、私たちの飛行が近付く度──



 気が付けば、阿部はおよそウルトラ怪獣大の大きさになっていた。

 どうやらこちらには気付いていないようだ。

 欠伸を噛み殺しながら、気怠そうにただ、天に向かって直立不動の姿勢ポーズを保っている。



「……まあ遠近法が適用されないなら、当たり前か……」


「怖え! 巨人だ巨人! 女の子の!」



 すると''女巨人''阿部は、短く借り上げられたツーブロックの上に垂れたサイドの髪をかきあげながら──

 ギロリとした眼で、こちらを見た。



「ああああああ! 死ぬ! 死ぬ! 殺される!」


「……永野。落ち着いてください。あくまで''遠近法が適用されてない''だけなんで、遠く向こうでこちらの方角を向いただけです。彼女は、阿部はこの世界の予言者オラクルなので、恐らく私たちの存在を知覚したんでしょう……だから大丈夫です。あくまで''大きく見えてる''だけなので」


「あのさあ! 牡丹ちゃんって! 何でそんなに物分りいいの!」



 私たちは''予言者''阿部の元へと猛スピードで飛んでいった。

 


 あの時─

 本当は他の人から既に見せて貰っていたノートを素直に貸していたなら、今頃私にもっと心を開いてくれていたかな、などと思いながら。




 ◆◇◆◇




 そんなこんなで我々は、阿部が直立不動で突っ立っていた森林の中腹へと辿り着いた。

 そう、驚くべきことに、先刻から阿部はその身を隠していたつもりだったのだ!



 近付く度に小さくなり、今では等身大の、平均的な17歳の少女の身長サイズとなった阿部は、予想どおり私の世界にいたあの少女と、何ら変わらない見た目をしていた。



「……阿部さん、おはよう」


「遅かったね、牡丹ちゃん。私はレイラ」


 顔立ちは日本人──モンゴロイドそのものなのに、何故レイラなのだろうと思いながら、私は答える。


「……もっと、砕けたさあ……あだ名で呼んでよ」


「牡丹ちゃん。じゃ、行こっか。この辺は道が険しいから気を付けて」



 よく見ると道着のように編み込まれた襤褸ぼろ服を来た阿部a.k.a.レイラは、踵を返してそそくさと歩き出した。

 ''NPC感''、再びか。作業着を着た2人と小洒落たワンピース姿の魔法使い、みすぼらしい見た目の予言者オラクル少女の御一行は、山林のど真ん中の道なき道の枝葉を掻き分けながら進んでいった。



 私たちの現実世界に存在した中世ヨーロッパ時代の森林は、木材が製鉄や製塩の原料として使われたり、豚などの家畜を放牧する場所としても重宝されだした時期タームだった。無闇やたらと開墾を進めることは制限されたりした訳だ。

 この世界のものに関しては、もう少し手を入れてくれてもいいと思う。あの中田組事務所アジトの周辺とは比べものにならないぐらい、生い茂る木々の生命力は私たちの行く道を強固に阻んでいた。



 レイラは慣れた様子でその道なき道の先頭を進んでいる。

 なので当然、私の目にはおよそ全長10メートル程の巨体に見える訳である。流石に不気味なので勘弁してほしい。


 そしてその少し後ろを行く愛子──ノラとの会話が、私たち門外漢の清掃員2人の脳内に、引き続き鮮明クリアーに鳴り響くのだった。



「ジンボの町はどう? 久しぶりなんでしょ」


「この格好見れば分かるでしょ。もう全然駄目。シルクに年貢を絞り取られて……産業は壊滅的。比較的治安はいいのが救いね。他じゃ毎日誰かが誰かを殺し、誰かが誰かに殺されてる。『暗黒時代』の幕開けよ」


「……こういう時に、何で市井しせいの人同士で争い合ったりするのかな? 鬱憤や憤懣ふんまんの矛先を向けるべきは、今、『旧帝国』にいる7大国''臨時狂王''のシルクでしょ?」


「それが、真に優れた支配体系の正体なんだよ。敵ながら天晴あっぱれだね。目の前の生活の不安や、身に忍び寄る危険……全ての不満と猜疑心、勘繰りの発露を中央政権へと向けさせないようにする、地政学にも政治的にも狡猾な体系システム



 この頑丈な作業着を着ていてよかった。でなければ今頃、私の四肢はズタズタに引き裂かれていたことだろう。

 帰りたい、帰りたいと叫びながら後方でもたついている永野を補助しながら、私は2人の邁進まいしんに必死に食らいついていった。



「……それはうちの国でも一緒ですよ! なーんだ、どの世界でも抱えてる問題は一緒なんですね!」


 するとレイラとノラの2人は立ち止まり、私たち作業着姿の余所者エイリアン2人に向かって振り返った。



「……なんですか?」


 ノラは前を向き直して、再び歩を進め始めた。


「……いや、''リュウ様''が始めてここに来た時も、全く同じことを言っていたな、と」




 ◆◇◆◇




 どうやらこの中世ファンタジー宇宙バースには、大小様々の国家、王国、君主領、荘園などがあちこちに点在しているらしい。

 我々のいた地球と同じく広大で多様性に富む、美しい世界。謂わば「もうひとつの地球」と言っても過言ではないという。

 それらのパッチワークのように散らばった各地の自治体を統合する7つの王国、それを更にひとつの政治的秩序として束ねていたのが──世界陸ワールド・マスと呼ばれる陸地の大部分が合体して出来た巨大大陸──そこに近年勃興した北部の「新帝国」だった。

 しかし、「新帝国」の''狂王''であり、7つの大国を統治する世界の英雄である''リュウ様''はどうやら……

 ''向こう側の宇宙(ジ・アザー・サイド)''と呼ばれる、何だかよく分からない場所へと旅立ってしまったので……

 現在、この世界はその南部にある「旧帝国」に居を構えるシルクというエルフの女王──かつての「新帝国」のNo.2──が悪政で以て牛耳る、「暗黒時代」へと突入したとのことだった。



 全く、何をやっているのだあの阿呆は。


 

 反社会的な勢力に手を貸し、私たち一家を放り出した挙げ句に異世界へと旅立った挙げ句にそこで根城を構えたと思いきや、またもやそれを放棄して、別のよく分からない領域へと向かった、究極の根無し草(デラシネ)野郎……

 古今東西の英雄はひとつの場所に留まらない生き方をしてきたものだが、これは流石に目に余る。

 この、''未確定の領域に留まる才を持つ''娘にとっては、尚更だった。



 やがて木々の向こう側にジンボと呼ばれる田舎町が見えてきた。

 連なる藁葺き屋根と、家畜小屋を備えた牧場……中央には市場のようなものも見える。

 そこには確かに、生活の灯火があった。



「ノラさん、レイラさん……私はやってやりますよ……そのシルクとらやらをぶっ飛ばして、その究極の呪文スペルとやらも会得して、''向こう側の宇宙(ジ・アザー・サイド)''とやらに行ってはクソ親父を見付け出し、たんまりとシバき上げてから、この世界を救ってみせます……」



 半ば自分でも何を言っているのか分からなかったが、私は熱に浮かされたように前方にいる2人へと話しかけた。

 一度任された仕事は、自分の能力範囲内まできっちりとこなす。

 それが私のモットーだった。



「そのために、まずは魔法を……呪文スペルについて、1から教えてください」



 大女のレイラは振り返り、またもサイドの髪をかきあげながら答えた。

 その表情は、少しだけ微笑んでいるようにも見えた。



「ええ。でも私からは特に、あなたに教えられるようなことはない。あなたには既に、この世界の全ての呪文スペルを使いこなすための準備が出来ているから」


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