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私の頭はどうかしている


 

 今更、何を言われたところで頭は混乱したままだ。

 何を言われたところで、納得など到底出来ない。到底出来ないが、それでも結局は百聞は一見にしかずということだった。


「──で、我々が今日、恐れてた巻き込み事故ってのがこれです」


 自販機で調達された水を何本か被り、遂に目を醒ました岡崎と名乗る後部座席の男が、私に向けて差し出したスマホ画面──

 そこに映るニュース速報を観て、私は言葉を失った。


 S区の西側半分が、壊滅していた。

 それは文字通り20平方キロメートル程の土地が炎に飲まれ、ビルと家屋は陥落し、地面はひび割れ、まさに想像しうる限りのありとあらゆる大災害カタストロフの現前だった。


「連中の使う''魔法''です。それも特大のやつで、反動がでかいのでこっちでは1日に1回しか使用出来ないとされている最終手段です。もう、無茶苦茶ですよ。夢幻荘には''結界''が張ってあるから大丈夫だろうという……相手はそういった、こちら側の常識や規範は一切通用しない野蛮人サヴェージです。この爆発自体は我々の目には見えないので、表向きには単なる局所的な大地震として処理されます。多分、本気のやつをぶっ放せば核爆弾ぐらいの威力も出せるとされています」


「いや、出せるとされています、じゃなくて……」



 慌てて珠妃たまきと恵美子にスマホでテレビ電話をかけると、どうやら二人とも家にいて無事だったようだ。

 私のボロ家はS区の東側に位置していたから、それは紛れもない僥倖ぎょうこうだった。


 隣のN区の緊急避難先である公民館から、2人は散々金切り声で捲し立てたあと、静かに声を落として泣き始めた。


牡丹ぼたん……あんた今どこにいんの? いつ帰ってくるの?」


「どうせお姉ちゃん、また暫くは帰ってこないパターンなんでしょ? もう、分かるよ」


 私は深呼吸をした。



 先程、この2人の反社男たちに教えてもらった、とあるおとぎ話──

 何から何まで荒唐無稽な絵空事、トチ狂った妄想の果てへの旅には、一体何が待ち受けているのだろうか?

 確かなのは、今やその入口が現実のものとなったこと。

 そして、自分は今まさにそこに向かって突き動かされているということだった。

 何か見えない力に導かれて──



 私は2人に向かって、精一杯の虚勢で以て、力強く笑いかけた。



珠妃たまき、お姉ちゃんはね、これからこの世界を救わなくちゃいけないの。でも心配しないで。明日の夕飯までには帰ってくるから。それと恵美子。カレーはもうないから、明日の晩はコンビニかなんかで我慢して」



 ◆◇◆◇



 それから約1時間半の逃走で──

 車は県外へと出て、やがてM市の込み入った大型商店街をゆっくりと横切った。 

 小野の華麗な手捌きによって、尾行は完全に撒かれたようだ。

 後部座席、そして隣に座っている反社会的な事情通2人によると、あれはあくまで偵察用の下っ端であり、あのような大災害を引き起こす力はないだろうとのことだった。



 暴力衝動の渦から醒めた後の、緩やかな陶酔感と車の揺れ。

 ブラインド越しに覗く町の景色。赤信号の明滅と歩道橋、ビルの看板、道行くサラリーマンや主婦、老人夫婦、学生らしき若者たち……

 全てが質量のある深い闇の中にあり、同時に全てが頭上のギラついたネオンに照らされている。

 私は彼らを羨ましく思う。常に闇の中にいるのに、常に誰かと繋がっている。頭上には自分を照らし出してくれる光もある。私にはない。取り敢えず、今の私には……

 今、私の側にいるのは皆が皆、額に大量の脂汗を浮かべた反社会勢力の男たちだけだ。



「……''向こうの世界''で事切れた死体ボディーは、''穴''を通って現実世界こっちへ吐き出されます。奇跡的に原型を留めていた場合からただの肉塊に至るまで、生体反応が停止していない例外はありません。これは謂わば、''穴''というよりは一種の有機生命体モンスターの消化機能、胃袋の蠕動ぜんどう運動に依るものではないか、という見方が、今では各界の専門家の間で支配的です。要は消化した後に排泄、または吐き出している訳です。それは時空を跨ぐ存在……謂わば''汎次元生物''です」



 まるで民明書房刊の発行書物からの引用のような物言いで、岡崎が額に手をあてながら言った。

 彼はどこからか取り出したノートPCを叩いている。一体誰と連絡を取りながらの返答だったのかは分からないが、私には十分ありがたいものだった。

 疑問は幾らでも尽きない。

 何かしらの返答があるだけでありがたい。

 たとてそれが、ちんぷんかんぷんの最たるような情報であったとしても。



「''向こうの世界''からの数少ない生存者──向こう側にある''穴''を潜って''こっち側''に戻ってきた一部の調査隊員は、何かしらの報酬リターンを持って帰還してくることがあります。表向きに一番有名なのは、やっぱ金だとか、レアメタルですよね。メダル、甲冑、刀剣、それに財宝……色々ありますけど、金相場の変動は今や世界経済を掌握しつつあります。まるで007の悪役みたいに」


「……''裏向き"には? あの物騒な''魔法''以外にはさ」


「……''鏡''です。1日に30分ほど、''向こうの世界''と通信出来ます。向こうの術者の''魔力''が大きければ、テレビ通話も可能です……今はアメリカにあります」


「……それはあの''103号室''にだけ通じるの?」


「いいえ、把握しているだけで他の様々な異世界とも通信可能です。このことから、これらの''穴''の向こう側の世界は総じて、我々の''集合的無意識''とリンクしているという見方が、今では支配的です」



 そして次に、トランクに常備されてい救急セット──そこからモルヒネを投与された新盾しんたてと名乗る男──どこぞの17歳の女子高生にその小指を噛み千切られたその不憫な男は、固く締め付けられた小指を心臓の位置より高く掲げながら言った。



「……全く、''S区のフュリオサ''の異名は伊達じゃないっすね…黙って言うこと聞いてくれる訳ないとは思ってましたが。特にあんな状況でしたし」


「……それ言ってるの、多分あんたんとこのイカれた親分だけだし、事情を話せばすぐに車に乗り込んでくれたとは思わなかったの?」


「絶対に思いませんね。お連れの方もいましたし」


「何それ! ''お連れの方''ってやめてくんない? 何だよ? ''お連れの方''って……」



 私は前を向いて、依然として正確な運転を続ける動揺テンパリドライバーに叫んだ。


「にしてもさー! 小野ちゃんはほんっとに何も知らないんだねー! この2人のお兄さんたちとは違って!」


「仕方ないすんよ! ''組織''のパシリ……じゃなくてお手伝いしてる部署にいんのは、その2人なんで! 機密事項だから昨日の今日まで俺は何も知らされてなかったんすから! てかそれは牡丹さんもでしょ!」


「私はあくまで、自分の与えられた仕事を全うするだけだからね。そういうモットーだから。裏側にどんな思惑や陰謀があっても、別に私には関係ないし」


「……まあ、どの組織にも必要すよね。そういう人材は。余計なことは口出ししないっていう」


「誰が社会の歯車だよこら」


「言ってないっすよ! とにかく! まとめるとですね……! えっと! とにかくあの103号室、中世ファンタジー宇宙バースはマジでヤバ過ぎるってことです! はい!」



 私はこんがらがった頭の中を少しずつ整理しながら、数時間前に無理矢理に詰め込まれた膨大な量の情報を、ゆっくりと反芻はんすうし始めた。



「……それで、君らの上にいる''組織''ってのは防衛省、環境省、財務省、その他諸々の政府のあぶれ者同士が結託した秘密結社で、ケツモチであるお前ら中田組の縄張り(シマ)にたまたま現れた、あの''夢幻荘''の複数の''穴''を国連に秘密で独自に管理しようとしたと……」



 岡崎が解説する。



「日本は今や斜陽で、国連の中でも数少ない''穴''なし国家ですからね。表向きには。報酬リターンの配分も低い。それで怒髪天を衝いた連中がいたんでしょう……死亡遊戯デッドプールの違法賭博だってやれますしね……でも今や、こちらの魂胆は''あいつら''に簡単に見抜かれて、ミイラ取りがミイラになるどころか、''こっちの世界''が侵食されつつあるという訳です。''挑戦者グラディエーター''の死体ボディがミンチになっていれば、清掃員には''穴''に飛び込んだ人数なんて誤魔化せますからね。''何体''かは''挑戦者グラディエーター''に擬態して、今まで''こっちの世界''に紛れ込んでいた、ということです」



 少しずつ、全容が掴めてきたような気がする。



「……はあ、それで、私らみたいな裏社会の人間……いや私はまだ完全にそうじゃないんだけど……を、あのアパートの清掃員として雇い入れてた。でも、何のために? たった50000円ぽっちで?」



 続いて新盾しんたてが、劇薬の微熱に浮かされながらも返答した。



「それは、秘密厳守の忠誠心を試してるんです。というのも、''組織''の一部の人間は既に向こうのモンスターと癒着しているからです。余所に情報を漏らした者は必ず感知サーチされます……エルフの''地獄耳''によってね。もしかしたら、最初から''組織''の中には、海外経由で擬人化したモンスターが紛れ込んでいた可能性すらあります。全ての清掃員は、いずれは''挑戦者グラディエーター''として育成されて、報酬リターンや誰が生き残るかの賭博を支えることで、''あいつら''は見返りとして現実社会での確固たる地位を得ているとも……」



「ああそうなのか、なーんだ。私、無茶苦茶に関係あったわ。私、遅かれ早かれそのうち、あの''穴''にブチ込まれる予定だったのか……我が家は、門倉家はおたくんとこの多重債務者だし、だとしたら永野もか! そういうことか、なーんだ! いや、最悪だ……こんなことなら、なんか別の金儲けをやればよかった。学校の教師の個人情報売るとかさ! 顔馴染みだからって、ついついあんたんとこの組のお願い引き受けちゃったらこれですよ。一体、何人死んでんだよあれ! はーアホくさ!」



 私は再び、混乱し始めた。

 何もかも無茶苦茶だ。元から無茶苦茶だった私の脳味噌に、さらなる無茶苦茶な出来事が次から次へと飛び込んでくる。

 私の頭はどうかしている。

 もう、全部終わりにしてしまいたい。

 出来れば、最後に愛子に会って──


 

 小野がハンドルを切りながら呟いた。


「……牡丹さん、それが、''仁義''ってもんですよ」


「うるせー馬鹿!」



 そして、一旦ある程度の整理が付いたはずの頭の中は、今や完全に混沌カオスの渦に飲み込まれていたのだった。

 私は思わず声を荒げた。



「……そんで! 私が今から''向こうの世界''に行って! この大惨劇を全部''帳消し''にしろってのか! 一体どうやってやんだよ! ふざけんなよ!」



 すると後部座席から、岡崎の小さな声が、私の鼓膜へと届いた。



「…… もうすぐうちのアジトにつきます。残りの詳しいことは、うちの親分ボスが説明してくれると思います……それに、今出会って確信しました。牡丹ぼたんさんなら、きっと何とかしてくれる……自分はそう信じてます。あの伝説の''挑戦者グラディエーター''、門倉龍太郎かどくら・りゅうたろうの娘さんである、牡丹ぼたんさんならきっと……」

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