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牡丹と反社会的な仲間たち

 

 ◆◇◆◇



 私だけになら、別にいい。

 でも愛子に指一本でも触れたら──

 私は、お前らを殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 ひとり残らず、全員ブチ殺す。



 長方形の窓枠から、愛子を乗せたもう一方の車が離れてゆくのが見える。

 恐らく二台ともアルファード。

 私は口元に薬品の染みた布を充てがわれながら羽交い締めになる。

 息を止めて、眼球を左右にフル回転させて周囲を確認。

 車は少しだけ人通りの多くなったS区の大通りへ出て、南の首都高X号線へと向かっているようだ。


「おい! 大人しくしろ! 早く落ちろ! この!」


 人数は──声の数からして運転手を除いて2人、後部座席にもう1人いる。

 右脚を曲げ、疾走する車内の振動に合わせて、身体を捻りながら真っ直ぐに蹴り出す。

 後部座席の奴──ローファーの爪先ティップ・トーが下顎に直撃ヒット

 瞬間、気を取られた背後の男が口元へと抑え付けている布──そこからはみ出していたビニール手袋越しの小指に、噛み付く。

 一度噛み付いたら離さない。

 離す訳にはいかない。


 これは恵美子譲りだ。

 第3形態(レイジ・ア・ホリック)まで一気にギアを入れて駆け上がる。



 私だけになら、別にいい。

 でも愛子に指一本でも触れたら──

 私は、お前らを殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す。

 ひとり残らず、全員ブチ殺す。


 

 私は、全身全霊の力を下顎に込めて──

 その小指を、ビニール手袋ごと奥歯で噛み千切った。



 口の中に血の味が噴出し、氾濫する。  

 同時に痛痒な刺激が脳髄に駆け巡る──右のこめかみが痺れる。

 どうやら奥歯も同時に砕けたようだ。



「あああああああああああ! こいつ……あり得ねえ! 痛え! うごおおおおおおお! 先輩! 先輩! 病院! 病院行ってよ! 病院病院病院病院病院! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い」 



 凄惨な絶叫の方向へと振り返り、そのまま股間へ目掛けて肘鉄を二撃。

 男は口から泡を吹き、白目を向いて失神──ついでに粗相までしたようだ

 生温かい液体の感触がバックシートを伝う。

 車はT字路の交差点へと差しかかり、ゆっくりと低速スロー・ダウン

 


 身体の拘束を解かれた私は、後部座席にいたもう1人(2人ともサングラスにスーツ姿だった)──身体を震わせているそいつの肩を掴み、頭突き(パッチギ)を一発お見舞いする。

 良い直撃ヒットだったので、一発で沈んだ。

 舌の上で男の小指を少し転がしては、座席の上に吐き出す。

 運転席に身を乗り出しては、信号機の点滅と同時にゆっくりと再起動し始めた車の運転手ドライバーのこれまたサングラスを──ゆっくりと外してやった。



 ギラつく脂汗を浮かべているその顔は、まさかの懐かしの人物であり、''半分''仲間だった。



「……いや、小野じゃん。久しぶりー」



 男は長めの前髪をスプレーでガチガチに固めて屹立させた時代遅れの髪型の下に、根は小心者らしい虚ろな表情を湛えていた。

 しかし任務遂行のために、依然として安定した速度スピードによる運転で車を疾駆させ続けるその器量は大したものだった。



「……いや、牡丹さん! いや、色々言いたいことはあると思うんすけど……ここはひとつ……! こっちの要求飲んでくれませんか……マジで! 本当は顔も見られちゃマズかったんですけど……これは''拉致''じゃなくて''救出''です……らしいです! 勿論、急過ぎるし、雑過ぎるしで、マジで申し訳なかったし……こっちも痛手を負う覚悟でやって来ました! はい! あっ! てか、だったら! むしろ顔は明かしていった方が良かったのか! やべえミスった!」


 この男、基本的に仕事は出来るのだが、肝心な時にはいつも''こうなってしまうのだ''。


 微かに揺れ続ける車内──

 私は隣で気絶ブラック・アウトしている男の小指をビニール手袋できつく縛り上げながら返答した。



「うん、色々言いたいことあるよ。でも今は緊急事態エマージェンシーだからこの2つに絞ってあげる。①取り敢えずもう1人の……愛子のこれからの身の安全をここで確保、そして保証しろ。②その後、こいつら病院連れてってあげて。で、①は絶対必要十分条件、②は出来ればでいい。んで、もしも①を遂行する気が端からないっていうなら、ここでお前を殺す」



 車は町の中心部を抜けて、安全かつ迅速な運転を維持キープしながら首都高に乗り上げた。

 平日の夕方、まだそれほどは渋滞していない。

 小野は上下に激しく頭をバングさせながら応答する。



「勿論! お連れさんは無事です! というか! こっちが先に連れ出しとかないと逆にやばい状況です! ああ、これもう言ったんだった! すんません!」


 

 それを聞いて私はバックミラーを覗き込み、しばらく後方を観察した。

 つい1年前程前に''半''姉弟盃を交わして以来(私はオレンジ・ジュースだった)──

 この男が、このような状況下でこのような嘘を堂々とつけるような男ではないことは知っていた。


 鏡越しに見える──

 さっきから付かず離れずの距離を保ちながら、如何にも平然を装っている軽自動車が1台──


「あれ? あの白のプリウス?」


「……はい」


「何? もしかして、あのアパート絡み? これ、''国家規模''ってこと?」



 私はあの高額アルバイトを振ってくれた、年上の反社のお兄さんの横顔を凝視した。

 それは確かに20代前半にしては老け顔のものではあったものの、この緊迫した状況も相俟って今は、更に一回り以上も老け込んでみえた。

 下手すれば……永野と変わらないぐらいだ。


 それから小野は、冷静沈着な運転カーチェイスと、テンパリまくった思考回路のマルチタスクを駆使して、何とかこの現状についての考察を唾を飛ばしながら捲し立てた。

 


 何とか要約してみると──



「……要は、この前の''清掃''が原因で、私は''組織''に追われていると? そんで''下請け''の君ら''中田組なかだぐみ''が、私と愛子を助けに来てくれたってこと?」


「……そうっすよ……全く! こんなことになんだったら……牡丹さん! あんな訳分かんない得体の知れない連中とじゃなくて、うちの組で普通に売人でもやってくれてたらよかったのに……!」


「いつの時代のヤー公なんだよお前! それに私、ヤク嫌いだし! 酒もタバコもやんない。まあ未成年なんで当たり前だけど!」


「……ずっと可愛がってた舎弟に、''人力エンコ''をかましといてよく言えますね! どっからそんな怪力が出てくるんすか……とにかく! 向こう着いたら速効、待機してる医者に見せますんで! 勿論、牡丹さんも!」


 私は口の中に止め処なく溢れ出る血の濁流を3口ほどに分けて嚥下えんかした後、座席の下に転がり落ちていた男の小指を横目で見やった。

 ビニールと一緒に吐き捨てられたそれは、ちょうどあの''夢幻荘''の103号室でよく見かける、脳髄の先端部分のようだった。

 それか肺胞の欠片か、水分の抜けて萎びた✕✕✕か……


 嗚呼──

 早く、この車内の掃除がしたくなった。



「そんで、何が理由で追われてんの? 詳細は?」


「知らないっすよ! 取り敢えず迫田さこたのおやっさんから大至急こっち来い! って言われただけで! マジで何も聞いてないんすよ!」


 隣と後部座席にいる今はもう何も言わなくなった小野の舎弟たちを横目で見ながら、徐々に加速し始めた速度スピードの中で私は叫んだ。


「なんか聞いてないの?」


「聞いてないっすよ!」


「ほんとに?」


「ほんとっすよ!」


「ほんとのほんとに?」


「……あっ! そういえばあの''組織''の連中は、まだ''こっちの世界''に身体も社会的地位も適応してないから、とにかく向こうが、牡丹さんとお連れの方の''感知サーチ''を諦めて、恥も外聞もかなぐり捨てた最終手段で''変身''して、マジモンの広範囲攻撃をおっ始める前に救出しろ! とか言ってました!」


「聞いてるじゃん!」


「はい! 聞いてました! すんません!」


「……じゃあ、''向こう''の世界のモンスターが''穴''を通って既にこっちに来てて、人間に擬態してるっていうこと?」


「分かりません!」


「そういうことだろ!」


「はい! そういうことです! 物分かりが良くて凄いです! 牡丹さん!」


「で、何で私と愛子が狙われんの?」


「それは、天地神明に誓って、本当に、分かりません!」



 更に加速スピード・アップ加速スピード・アップ加速スピード・アップ──



 車は加速スピード・アップを繰り返し、後方のプリウスを撒くのに首都高から降りるため、車線を急変更して大型トラックとバイクの間に強引に割って入った。

 いつ白バイやオービスに見つかっても仕方ないほどの速度スピードを維持し、右に左にカーブを切り抜ける。

 私は座席のあらゆる角に身体を次々と打ち付けながら、尚も叫び続けた。

 血の塊を、口内で何度も噛み締め、飲み込みながら──


「そんで、愛子は?」


「ホテルっす! うちの組の息がかかった! 三ツ星とは言えないけどまあまあなとこです! 取り敢えず身柄を保護しとかないと! ああ! これも既に言ったやつだ! すんません何回も!」


「……もしかして、愛子にもクロロホルム使おうとしたか? そんで、あっちの運転手ドライバーの腕は確かか?」


「……ええ? まあ、多分。向こうの装備もこっちと一緒で! あっ! 運転手ドライバーの腕は間違いないんで! だいじ……」



 私は小野の頭を軽く殴り付ける。

 下道へと降りた車体は大きく左側に逸れるも、再び車線に戻っては爆走、爆走、爆走。

 この区域は''中田''の縄張り(シマ)だからまず大丈夫だろう。



 後方を振り返ると、視界からプリウスは消えていた。

 取り敢えず、危機は脱したようだ。



 いや、何も脱してはいない。

 私は頭を片手で抑えながら呻いている''半分''仲間のヤクザの運転手ドライバー、隣と後部座席で失神しているその舎弟たちを見ながら、この血塗れになった車内でふと思った。

 興奮状態ハイから完全に醒めて、その全域を鋭利な痛みで支配されたままの精神で、こう考えた。



 結局、これなんだ。

 私の本質は。

「流血」以外の解決策を持たない野蛮人。



 私は、先程まで愛子と一緒にいた帰り道に帰りたかった。

 でも本当は、自分にその資格はないのかもしれないと思った。

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