義体化TSして父親兼娘になる少女のお話
義体化TSが好きなので初投稿です。
義体化TSに処女作を奪われた。
「ハーメルン」様の方にも投稿しています。
「人糞で作った酒を飲む人々がいた」
へぇ。
「腐った豆を食む人々がいた」
物好きだね。
「牛の睾丸を味わう人々がいた」
うげっ、寒気がする。
「風情のあるなしは、ボクたちが決める。そうでしょう?」
「それって……。要は主観の話?」
「かもね。ボクが言いたいのは、価値判断の基準は今を生きるキミが決めるってこと」
「……とりあえず、この薬は美味しくないと思う」
「百年後には珍味だよ。どっちにしろ、それには必要な成分が含まれている。こればっかりは、文句を垂れる暇があったらさっさと飲み込んだ方がいい」
「……わかった」
ぼくは彼女に促されるまま、無機質な灰色の立方体を頬張り、眉を顰める。知ってはいたがまずい。吐けるものなら吐いていた。
それもそうか。
元来これは味わうための食事じゃない。
これは、ぼくを殺すための食事だ。
「さて、それじゃあ……。ゆっくり目を閉じて。そのまま。子守唄はないけど」
先生が、横になったぼくの頬を撫でる。
使い古された学者の手の匂いがして、心地良い。
「ぼくは別に子どもじゃないし、静かな方がよく眠れる」
「貴重な仮死剤を使ったんだ。眠ってもらわなきゃ困るよ」
先生の顔が目と鼻の先にやってくる。
彼女の髪がぼくの頭に覆い被さる。カツラみたい。ぼくの頭は肌が剥き出しになっているから。
「……ねぇ」
「どうかした?自分の身体に、愛着でも湧いた?今さら改修は止めないよ?」
「そうじゃない。ただ……。もし、失敗したらどうなる?」
「死ぬのが少し早くなる。安心してくれていい。ボクがいる限りキミの命は保証されている」
「じゃあ、成功したら……?」
「さらに早く死ねて、しかも生まれ変われる」
「はっ……。それは、最高だね……」
「そろそろご臨終かな?終わったら感想聞かせてね。ボク、いっぺんも死んだことないからさ」
死ぬ、のか。
定義がよくわからないけど、心臓が止まって、脳が止まったら、さすがに死んだってことでいいのか?
長く先生のもとで暮らしてきた。いろいろ教わった。
それなりに働いてはきたけど、貰ったものに比べれば、カス以下だ。何も返せちゃいない。
先生に殺されるのは楽しみだ。
ぼくは、もともと半分以上が死人だ。
むしろ、それがあるべき形なのかも?
◆
気づけば、ぼくは砂漠にいた。
だが様子がおかしい。
「湿っている……?」
砂漠は、水がないから砂漠なのだ。
それくらいぼくでも知っている。いつも見ている景色を間違えるはずがない。
「死後の世界、ってやつ?それとも、そこに至るまでの道中か」
目線を下に向ける。
そこには、腹にぽっかり穴の空いた、人間の下半身のようなものがあった。
──ぼくは、元々死ぬ予定だった。
ロクに親の顔も知らず、気付けば能無しどもから金を巻き上げ、その日暮らしに明け暮れていた。
コツは堂々とすること。
後ろめたいことをして捕まるヤツは、後ろめたい素振りをするからダメなのだ。
クソみたいな暮らしだが、悪くはなかった。
先の大戦で世界はブッ壊れた。
放射線が降り注ぎ、水は蒸発し、残ったわずかな資源と人は汚染されて使い物にならない。
らしいが、その「世界」を知らないぼくには、単なる昔話でしかないし、今の世界にさして不満はなかった。どっちみち、この街はそれなりにやっていけている。課題は山ほどあるが、汚染がひどくない水と飯と寝床があれば十分すぎるのだから。
一部の勝ち組には、それが用意されている。
道を歩けば腐乱臭が漂い、殴り合いや賭け事が日がな行われるどん底の場所では、少しうまい話を持ちかけるだけで、頭がまともでなくなった人間から容易に金を毟り取れた。まあ、所詮は小銭でしかないけど。
そうやって貯めた金を元手に、次は上流階級を食い物にした。
いまだ文明の残り香にしがみつき、必死に秩序を守っているフリをする下衆どもに「あなた方は特別だ」と囁くだけで、ぼくの財布は膨れ上がった。
当然、いつかはバレる。
報復を食らったぼくはズタボロにされ、路上に放置された。他の遺体と一緒に。
数日経ち、血を失ってフラフラになったぼくは、腐った自分の左腕から蛆を取って食べるなどし、確定した死期を少しでも遅らせようと無意味な行動を起こしていた。
彼女が……先生が現れたのはその時だった。
はじめ、ぼくは彼女がその人だとは気づかなかった。
大戦後の世界における、世界への最貢献者だとは。
『キミの身体、壊れる前に少し使わせてくれないか?』
その日から、ぼくは死人になった。
ダメになった左腕はやけに器用な義手と化し、ボロボロの内臓は死人のそれと取り替えられ、外見は健康そのものになった。ぼくの身体には、最先端の技術が惜しみもなく投入されていた。
『ここまでやっておいて何だけど、実は、キミはどのみち長くない。どうやらココがダメみたいだ』
先生が指差したのは、嘘にどっぷり染まった心の臓。
『あとココとココとココもダメだね。ありものの繋ぎ合わせじゃ長くは持たないか。いいデータが得られた……。っとまあ、とにかく、まともに動くのはココだけ。でも他がくたばると、いずれ全て終わってしまう』
肺、胃、あと肝臓だか腎臓だか何臓だか知らないが、とにかく全部ダメらしい。脳みそ以外は。
『キミ、ボクの手伝いをしてくれるかな?そうしたら、もう一度キミを生き返らせてあげる』
ぼくは自分の脳みそに自信がある。だが知識はない。それでも、たった一つのことを知っていた。
このクソみたいな世界で、口なしの死人のみが唯一の真実を語る。
それは、生きてる時の方がマシだってこと──
「……うわあッ!?な、なんだよッ!?」
ぼくが生きて、死んで、これからどうしようかと物思いに耽っていたら、湿った砂漠が突然揺れ始めた。
「水が……!だんだんせり出してくる?」
地面から水が吹き出し、地平線の向こうまでを埋め尽くす。
「……海、ってやつか?」
実物を見たことはないし、おそらくこれから見ることもないだろう。
だが、話に聞いたところによると、ぼくが立っている場所は「海」で間違いなさそうだ。
「……落ちる!?」
その海とやらが激しくうねり、ぼくの身体を飲み込む。
青がぼくの視界を埋め尽くす。
それきり、ぼくの視界は閉じる。仮死剤を飲んだ時よりも早く、ぼくの意識も閉じた。
◆
「……きろ。おーい、聞こえる?ボクだよ」
「……ぅ、ん?」
どうやら、終わったらしい。
ぼくのガタが来た身体を、取り替える手術が。
横を見やると、先生が簡素な椅子に足を組んで座っていた。
「麻酔を使ったわけじゃないから、眠気や身体の麻痺は起こらないはず。ボディの義体化には、キミの古い肉体を殺す必要があったんだ」
「そう……って、なんか、違和感が」
声がおかしい。
自分の声じゃないみたいだ。
というのも、ぼくは男なのだが……。こんなに高いと、まるで女みたいな──
「──って、なに、これ……?」
「ああ、気づいちゃったかい?確かに違和感はあるが、服を着れば問題は……」
「って、違う!先生、どういうこと!?ぼくの声もなんだか甲高いし、それに、それにっ……!む、む、む、胸が……!」
ぼくの眼前にそびえ立つ二つの山地。
たわわ……。ではない。うん。
だって、思いっきり機械なんだから。
カッチカチだ。
「キミのダメになった肉体は、一部を除いてほとんどを機械に置き換えたんだ」
「だーかーらぁ!?なんで胸が……!?」
必要ないはずだろう、ぼくは男だ!
なぜわざわざ女性体に?意味があるのか?
「落ち着け。こういう時に冷静に物事を飲み込めるキミだから、ボクがこの手で生き返らせてみたんだよ?」
「でも、ワケもなくこんな……。ってことは、何か仕方のない理由があるの?」
「内部スペースの確保と排熱の兼ね合いで、胸部のサイズがある程度必要だったんだ。しかしただ嵩増しすると不自然に見えるから、女性の胸のような形に整えた」
「声の方は……?」
「脳との回路確保のため、喉にも手を入れる必要があった。それでせっかくだし、見た目に合うよう調整しておいたのだよ」
「理解はした。でも、まあ、仕方ないことなんだろうけど。違和感が……」
「慣れるしかない。それに、第二の人生だ。いろいろと違いを楽しむのもまた一興だよ?」
「そう……。まあ何とか慣れるしかないか」
「とりあえず、動作チェックしようか。まず、ハイ。コレ飲んでみてよ」
先生からコップ一杯の水を手渡される。
水面を覗き込むと微かに映るぼくの顔は、とても綺麗だった。埃ひとつないキッチンのように。
「あ、見た目、気になる?人間の身体に見える場所の皮膚も、髪の毛も、他部位との兼ね合いで人工素材だよ。顔も、元のキミの顔を再現したつもりだけど、どうかな?本人的には」
「……最高だ」
能無しどもを相手取るために、ぼくは身なりには気を遣っていた。手は汚しても顔は汚れないよう、汚れた金を使って良いものを食べ、歯を磨き、上流階級のマヌケの目にどう映るかを常に計算して暮らしていた。
「本当?元々可愛かったから、できるだけそのままの顔を造ったつもりなんだけど」
「可愛いって言われて嬉しい男はいないよ。ぼくの場合、それだと商売にならないし」
身なりが綺麗かどうかで評価されるように心がけているんだ、ぼくは。
「じゃ、キミはナルシスト?」
「そうじゃない。先生が創ってくれたから最高になったんだ」
彼女が創ったものはどれも傑作だった。
実際、大戦後に崩壊した科学技術の水準を元に戻すどころか躍進させたのは、ほとんど彼女の業績によるものだ。
「……ところで」
ふと、彼女が唇をキュッと結ぶ。
「そのボディに、生殖機能はない。キミの遺伝子は、もう行き止まりに来てしまった」
「それは、よかった」
「……ん?どうして?」
「ぼくに子供なんかできたら、その子もぼくも、悔しくってたまらなくなる。この世界に。そして、自分の家族に」
「ふふっ、ずいぶんヒドい遺伝子だねぇ?」
「ぼくの遺伝子には何の価値もない。ロクでもない生き方をして食い繋いでたヤツの遺伝子なんて、消えちゃった方がいいでしょ?」
「そう……。まあサンプルはこっちで保管するけどね。万が一のために」
遺伝子さえあれば、生体組織をイチから作り出すことも可能だ。そう教えてくれたのは彼女だった。
「……で、今日の仕事は?」
渡された水を飲みながら言う。
喉を通り、胃にストンと落ちるような当たり前の感覚はなかった。いつも感じているはずだがほとんど意識していなかった感覚。無くなってみると、案外不思議なものだ。
「仕事?少し休みなよ。まだ生まれ変わったばかりなんだし」
「もう動ける。だから問題ない」
「相変わらずそそっかしいね。まあまあ、とりあえず、少し歩いてみて」
「……わかった」
言われた通り、部屋の中を歩き回る。
脚はほぼ生身だが、問題なく体重を支えられている。
「ふぅ。軽量化に苦労した甲斐があった。今のキミは、義体化前よりも身軽になってるはず」
「それは助かる、けど……」
「やっぱり見た目が気になる?大丈夫だって、可愛いから!」
「……はぁ、ありがとう。それで?他にチェックする箇所はある?もうないのなら、いつでも仕事を命じてもらって構わない」
「仕事?うん、うん、そうだねぇ。じゃ、キミに仕事を言い渡す。内容は……。向こうの景色をボクに話すこと、だ」
◆
「不思議なものだね。キミは海など見たことがないはずなのに」
「先生から聞かされたイメージが作り出した景色かもしれない。ぼくの中では、『海』、というか『浜辺』は、ある種の境界線だった」
ある日、先生から海の話を聞いた。
水だけの世界。そこには脚を必要としない生物が多く住み、そして優美に泳ぐ。いつだったか、金持ちの道楽に付き合って、プールというものに入ったことがあるが、何が楽しいのだろう。別世界に脚を踏み入れるようなものじゃないか。
水の下の世界などぼくは知らない。だから、何がいるのかもわからない。
「人間の遠い先祖は、海からやってきたらしい。だからキミの見た景色が、果たして人類共通のものなのか。はたまた、ボクの伝えたイメージが、キミの深層意識に入り込んだのだろうか……?」
後者だったら嬉しい。
ぼくが先生のことを深く知っている証になる。
それに、今の体も。
もはやここにかつての「ぼく」はいない。
唯あるのは先生によって創られた機械人形。ぼくの心も身体も、全てが先生によるものだ。
「今のぼくは、先生がこれまでに造ってきた発明に並ぶ……いや、それ以上の傑作だ。そうでしょう?」
「自画自賛風にボクを褒めてるのかい?まったく。でも、キミにはボクが培った全てを注ぎ込んだのは間違いない」
「なら……。ぼくを愛していますか?」
ぼくの身体も中身も、全て先生のものだ。
所有物に愛を注ぐのは少しヘンかもしれないが、それでもぼくは彼女の一番でいたい。
先生は、黙ってぼくの目を見ていた。
いつもと同じ、不思議な目だ。
いつもと同じ、だからこそ不思議だ。
ぼくは……。生まれ変わったはずなのに。
先生がぼくを見る目は変わらない。
「2年と半年と一週間前、ボクが道端で死にかけてたキミを助けたのは、キミだったからだ。ボクの作品の土台だったからじゃない」
「……え?」
「キミが、キミだったから。当時キミの噂はかなり広まっていた。凄い腕前のペテン師がいるって。何度か遠目で見たこともあるから、道端に倒れていたボロボロの男が誰だかすぐわかった。そしてキミを掬い上げた瞬間ボクは、ボクの目から見たキミという存在にいよいよ惚れ込んだ」
ぼくが、ぼくだったから?
「そんなキミが、ボクの傑作?何を言ってるのかな?むしろ傑作はボクの方だ」
「……それは、どういう」
「キミという知己を得たから、今のボクはこうしてテクノロジーの最前線に立っていられる。人の可能性は、尊ばれるべきだ。そして、キミとボクの繋がりは、可能性そのものだ」
「……」
「キミがボクの創造物なんかに成り下がらなければ、ボクはキミを愛してるよ」
「だったら……。やっぱり生殖機能はいらなかった。構造上、残念ながら使い物にならない」
「肉欲でボクを求めたわけじゃないのだろう?」
「ぼくに家族はいなかった。だからきっと、先生が言っていたように、ぼくには欠けた部分があった」
「欠けていたんじゃない。キミには凹みがあった。他の誰かと繋がるための、大切な凹みだ」
「女の身体にされた後にその例え聞くとなんかエッ……」
「急に雰囲気を壊さないでくれたまえ。とにかく、キミはそのままでいいんだ」
無機物のパーツが増えた以外、ぼくは何も変わらなかった。生まれ変わったのは確かかもしれないが、それでも変わらない場合だってある。
身体は女の子みたいになったけど、先生のように髪を伸ばすこともしない。妊娠して母乳が出ることはあり得ないし、つまるところぼくは、性別という概念からほとんど追放された場所にいる。ただし、唯一ぼくを繋ぎ止めている存在がある。
先生だ。
彼女は浮世離れしたような人格だが、それでも人間の女性というカテゴリには留まっていた。
世界が壊れてからも、ぼくたちのDNAに刻まれた記録が生み出す「女らしさ」は人間がしぶとく生き残るのと同様に、残り続けた。
だが彼女は、ありのままでいいのだ、と言った。そのらしさが彼女を困らせたことも、助けたこともあったのだ、と。ぼくが先生のことを彼女と呼べる理由がそれだ。
だからぼくは男だった。
鏡写しではない掌と掌。木組みの建築のように、異なる存在だからこそ重なり合える。
ぼくはぼくのまま、先生と共にいた。
それから二年と半年と一週間が過ぎた頃。
先生は、いなくなった。
◆
「……お酒の味まで教わっちゃったな」
この身体はアルコールの分解が早いせいで、酔っぱらう感覚がわからない。
ボディが義体と化してからは、体内の不純物を透析で取り除く必要がある。しかし先生の腕前にかかれば、そのプロセスを効率化することも容易だったらしい。だからこうして有害物質を浴びるように接種しても、自家中毒の心配はほとんどない。
思い出すと、目頭が熱くなる気がする。
彼女は死んだわけじゃないが、生きているかはわからない。
ある朝、机の上に手紙を残して消えていた。なんてベタなやり口なんだ、と文句を垂れてやったが、彼女には聞こえていなかった。
涙腺は残っている。彼女曰く「感情のはけ口は重要だ」と。人間の身体が基本的に備えている機能の多くを、彼女はそのまま残してくれた。
しかし、酒場でいきなり泣き出すのも無粋だから、目を閉じて俯く。涙は幾許もせぬうちに枯れたが、これも彼女から教わった方法だ。感情の渦に巻き込まれる前に、思考を一旦箱詰めして、隅っこに置いておく。
忘れるわけじゃない。後で、然るべき場面で取り出すのだ。
ただ、俯いたせいで髪がグラスにかかってしまった。髪は手入れしているから、グラスの心配は必要ないが、その逆は心配だ。彼女が造ってくれた大切な髪が汚れぬよう、前を向く。
「……今頃は、何してるんだろうな」
この酒も、彼女から教わったものだ。
ジンをベースに、レモン、ソーダ水を少々。
炭酸水もレモンも、今の時代は簡単に入手できるものではないが、彼女が造った設備があれば年中生産ができる。ちょっと貴重な嗜好品だ。彼女のことを感じられる。
人間の身体に備わっている機能はほとんど残っている。
では、なぜ生殖機能は失われたのか?
「……今さら欲しくはないけど」
もはや聞く術はないので、これはあくまで想像でしかないのだが。
彼女もまた、生物学的な子どもを作る権利を有していなかったのではないだろうか。事故か、生まれつきかは知らないが。
だから、彼女が自分の遺伝子を後世に残す方法はない。
……そんなわけはないだろう?
あくまでも、DNAを繋ぐだけの古代的な生殖が不可能なだけだ。他にも子どもを作る方法は沢山ある。人工授精させて、人口子宮で育ててもいいし、あるいはクローンを作ってもいい。
でも、それは彼女の望みじゃない。
彼女はおそらく、自らの存在証明を、DNAの系譜ではなく文化の系譜に残したかったんだ。
文化的遺伝子を後世に残す。
母親として彼女がとった行動は、父親探し。
その相手こそ、かつての「ぼく」だった。
生殖機能が失われたのは、きっと彼女のわがままだ。生物的に遺伝子を残す術を失わせて。道連れを伴うようなものだ。
でも、それがありのままの姿だった。
少なくとも彼女はそう捉えている。
以前の「生物的に遺伝子を残せるぼく」と──
「文化上にしか遺伝子を残せない今のボクは……。何も変わっていない」
結局、主観の話だった。
身も蓋もないが、彼女とボクが信じる「ありのまま」がソレなのだ。
変わらないためには変わり続けなければならない。ありのままとは、そういうことなんだろう。
「ぼく」と彼女の遺伝子を植える胚として「ぼく」が選んだのは、ボクだった。
今ここにいるボクは、彼女の遺伝子を語り継ぐことが目的の半有機的生命体だ。
彼女がいなくなったのは、子育てを終えたからだろうか?
……巣立ったのはむしろ、ボクだったかもしれない。彼女なら、現実の位置情報にこだわって行動を選択したりはしない。物理的にその場から立ち去ったのが彼女の方でも、主観ではきっと、巣立ったのはボクの方なのだ。
彼女のように髪を伸ばしたり、身だしなみや態度に気を遣ってみた。「女らしさ」のアイコニックな部分を振り撒いて酒場に入り浸っていると、時々他の性別の方々に目をつけられるが、まあ気持ちはわからんでもないので、潰さない程度の金的で済ませている。
そういえば、昔は牛の睾丸を食べる風習があったらしいな。今じゃ牛を飼うのすら一苦労だから、ボクがソレを食えるのはいつになることやら。
ボクが後世に残せるのは、彼女と、「ぼく」と、それからボク本人。
これからボクが見聞きするものによって、彼女の存在証明はきっと編纂されてしまうだろう。でもそれでいい。それがありのままだから。
やる気が出たら続きのようなナニカを書くし、今の私は比較的やる気があるほうです。
このまま終わらせてもいいけど、それだと味気ないし……もともと長ーく書く予定のやつを無理矢理縮めたから世界観押し付けセルフィー極まってるし……(反省しています、これでも)