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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
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74 『隷属魔法』

 聡慧の魔女ライザは至って冷静に、悪びれた様子もなく笑みを浮かべながら話し続ける。

 その表情を見るに、彼女からは一切の悪意は感じられなかった。


「獣人国の方々は、私達と同じ言語を話せますが。自分達に都合が悪くなると、獣人同士で使う言語を使って場を乱すというきらいがあるんです。そうなると、もはや会話など成立しません。ですがルーシー、あなたの特性があれば獣人同士で使用する言語も通じる。だからこれはあなたにしか頼めないことなんですよ」

「……納得、出来ません。それに……、もしその嘘がバレたら……?」


 ルーシーは嘘が得意というわけではない。

 何でもお見通しであるニコラの前で嘘をついたところで、すぐに見破られてしまうから嘘をつくような機会はそうそうなかったが。

 もしかしたら自分が嘘をついた時、思い切り顔に出ていたのかもしれない。

 声が震えていたのかもしれない。

 だから自分の嘘はすぐに見破られてしまうのではないだろうかと、そう懸念したのだ。

 それ以前にルーシーは、獣人国の住民のことをよく知っているわけではないが、出来るなら嘘などつきたくはなかった。それがルーシーの本心だ。

 だからこそ、ライザによる依頼に抵抗がある。

 これまでニコラの下で修業をして、自分自身も精神面を鍛える努力を行なって来た。

 それによって動じない心を養って来たつもりだ。

 ニコラのように冷徹に、非情に接することが出来るよう心掛けて来た。

 しかし相手を騙し討ちするような真似は、到底容認出来そうにない。


 ルーシーの反論に、ライザはどうとでもなるといった風に嬉々とした口調で話し続けた。

 もはやそこにルーシーの気持ちなど、一切関係がない。問答無用という容赦の無さだ。


「大丈夫、それもあなたの特性でどうにかなるのですよ」

「だから! 私にその役は無理です! 荷が重すぎます!」


 そう反論して、これ以上は平行線だと感じたルーシーは師であるニコラに助けを求めた。

 国同士の戦争が勃発するかもしれないという事態に、自分は立たされている。

 いくら厳しい師であろうと、弟子をこんなことに巻き込みたくないと思っているはずだ。

 そう信じたい。

 しかしニコラが助け舟を出す前に、ライザが意気揚々と問題解決の糸口を話して聞かせた。ライザは終始、微笑みながら落ち着いた口調で答える。


 ルーシーがミリオンクラウズ公国を目指した目的を。

 聡慧の魔女ライザに会う為に、ここまで来た理由を。


「ルーシー、落ち着いて聞いてちょうだいね。あなたの特性は、ただ動物と会話が出来るだけじゃない。これまで動物達に依頼していた頼み事も、彼等が快く引き受けていたわけではないのです」

「……え?」


 静かな口調が、更に小さく、小声で伝える。

 ルーシーもニコラも、それを聞き逃すまいと耳を傾けた。


「あなたの特性は、獣を隷属させるもの。つまり……、あらゆる生物を自分の言いなりに隷属させる能力を持っています」

「隷……属?」


 言葉の意味がわかるようで、具体的に実感がわかない中……ニコラが声を漏らす。

 師には心当たりがある様子だった。


「まさか、ルーシーにそんな特性が? 隷属させる特性は稀有なものだよ。ましてや獣隷だって……? そんな特性、過去に一度聞いたくらいだ。それも神話クラスの代物じゃないか」

「そう、かつてこの世界を混沌に陥れた魔女……。あらゆる生物に隷属魔法をかけ、世界を滅ぼしかけた……。ルーシーは混沌の魔女と全く同じ特性を持っているのです。あなたの特性をこの目で見た瞬間……、肝が冷えました……っ!」


 話し終えて、ライザは肩の荷が下りたように冷や汗をかいていた。

 その微笑みには余裕がなくなり、わずかだが肩で息をしている。

 よほどのことを告白したのだと、誰が見ても察することが出来た。


「ルーシー、あなたの特性は世界すら滅ぼしかねない危険なものなのです。獣人国に住む国民全員を従えさせることが出来ますし、地上最強の生物であるドラゴンといった超生物や魔獣、神獣なども意のままに隷属させることが出来るのですよ」

「ただし、自身の魔力がそれらを上回る強さを備えていないと適わないがな」


 ニコラが付け加えた。

 あまりに突飛で、あまりに現実味のわかない内容にルーシーは言葉もなかった。

 頭の中で整理が追い付かない中、ルーシーは決断を迫られる。


「そんなあなたにしか頼めないことなのです。獣人が人間に牙をむけば、いくら強力な魔女を複数従えさせたとて適わないでしょう」


 人間の倍以上はある体格をした獣が、人間達を襲う光景を想像する。

 武器を持って対抗したところで、強靭な肉体を持つ彼等に敵うはずもない。

 ニコラから本を読むよう勧められ、獣人に関する資料を読んだことがあった。

 獣人は人間と比べあらゆる抵抗力が高く、魔法耐性も備わっているらしい。

 火炎系の魔法なら効果があるだろう。

 しかしこれまで旅を続け、魔女の夜会にも数回参加したことはあるが、攻撃的な魔法を操る魔女の方が圧倒的に少なかったことが判明している。

 魔女の本質は自然との調和、薬学、医学、そういったものだと教わった。

 ほんの一部の魔力量の高い魔女だけが、攻撃魔法を操れるのだ。


「二人も遭遇したのでしょう? ロック鳥は獣人国の国王が差し向けたものです。王子をすぐに返さなければ、ミリオンクラウズを襲撃するという威嚇攻撃。私はミリオンクラウズの国民を守る義務があります。どんな手を使っても、守らなければならないのです。わかってください」

「でも……、だけど……っ!」


 ルーシーにとって動物は、人間よりずっと身近な存在だ。

 友達になってくれたのはいつだって動物だった。

 そんな彼等の同胞に対して、嘘をつかなければいけないという心苦しさがルーシーを襲う。

 獣人に出会ったことはないが、だからこそ何の恨みもない彼等を騙すような行為がどうしても納得出来なかった。


「ルーシー、嫌なら断りな。この国の人間がどうなろうと、私たちの知ったことじゃないからね」

「ひどいわ、ニコラ! ここには百万もの民が住んでいるのよ? 仲間である魔女だってたくさんいるわ。これ程の命をニコラは見捨てるって言うの?」

「情に訴えかける相手を間違えているようだね。私は氷結の魔女ニコラだよ? 今さら人間が何百人死んだところで、罪の意識を感じるような温かい心は持ち合わせちゃいない」


 ん~と困った風な表情を作りながら、もう一度ルーシーを後押しするライザ。

 ニコラがあんなことを言えば、矛先がルーシーのところへ向くのは必然である。


「ルーシーは、そこまで冷血じゃないですよね?」

「……私、は」

「私は特性を教えてあげる約束をちゃんと守ったのに、あなたはそれを無下にするのですか?」

「でもそれは……っ! ミリオンクラウズ公国に来れば教えてくれるって話だったはずです! 交換条件で教えるなんて、聞いてません……」


 なかなか首を縦に振らないルーシーに、ライザは覚悟したように肩を竦めると、鐘を鳴らして侍女を呼んだ。

 こそこそと何かを話すと、侍女はお辞儀をするなり急いでどこかへ行ってしまった。

 それからライザは何も話すことも、訊ねることもせず、ただ黙って何かを待つ。

 一体何をする気なのだろうと、ルーシーが怪訝な表情をしているとぞろぞろと老若男女問わず、複数人の人間が静かにやって来た。

 彼等は全員、腕や足に包帯を巻いている。怪我人であることが一目でわかった。


「彼等は獣人国から遣わされた魔鳥や魔獣に襲われた、被害者です」


 ライザは被害を受けた国民を使って、ルーシーに訴えさせた。

 彼等はルーシーこそが、魔獣の進撃を食い止める要として説明されているらしい。


「お願いします、若き魔女様! どうか村を助けてください!」

「獣人国に近いってだけで、襲われたんです!」

「うちにはまだ小さい子供がいるんです! 子供が襲われでもしたら、生きていけません!」「どうか、魔女様!」「お願いしますっ!」


 必死に懇願してくる人間達に、ルーシーは言葉もなかった。

 それと同時にルーシーは、ライザのこの方法がただの悪手でしかないと思うも、あえて口にすることはない。


 ルーシーが動物より人間を優先することなど有り得ないと、いかな聡慧の魔女とて予想することは難いのだと……。

 心の奥底でルーシーは、自嘲するように笑っていた。

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