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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
70/78

70 『クラウズキャニオン』

今回少し長いです。

どうかよろしくお願いします。

 ミリオンクラウズ警備隊の魔女達がメリィの毒疫で混乱している隙に、二人は彼女達の追撃を受けることなく脱することに成功した。

 ヴァルゴはメリィを抱き抱えながら、ひたすら身を隠せる場所を探しながら荒野を駆ける。


 ミリオンクラウズ公国のあるこの地は、生命が住むには非常に厳しい環境だ。

 それ故、この地域を往来する者は少ない。町や村、旅人用にあつらえた小屋も、他の地域に比べたら極端に少ないこともそれが理由だ。

 だがそれはかえって逃亡者という烙印を自ら押したヴァルゴ達にとって、むしろ幸いでしかない。巨漢の獣が少女を抱えて駆けているのだ。誰が見ても異様な光景にしか見えないだろう。

 ヴァルゴ達は、ミリオンクラウズ公国の北側に位置する断崖絶壁の山岳にまで辿り着くと、自然に出来た横穴を発見してひとまずそこへ身を隠すことにした。


 この地域の特徴として、まず昼夜の寒暖差が激しい。

 特に日中は今のメリィと同じような肌の露出が少ない格好をしなければ、皮膚の弱い人間だと日差しで肌が焼ける程だ。逆に夜間はぐっと気温は下がり、厚着しなければ凍えてしまう。

 断崖絶壁のクラウズキャニオンと名付けられた標高の高い山に囲まれ、盆地となったミリオンクラウズ地域ならではの気候というわけだ。


 クラウズキャニオンまで逃げ切り、日中夜の気候を凌げる横穴に身を隠したヴァルゴは早速頭を抱えていた。

 数年ぶりに森を出て、多くの魔女に出会い、ライザと再会し、そして自ら毒を放って逃走した出来事に、メリィも興奮が冷めてようやく落ち着きを取り戻している様子だ。

 メリィにとって刺激の強い出来事の連続だった。あまりに多くの出来事を経験したこと、そして毒疫という特性を利用した魔法を使ったことによって少々疲弊してはいるが、落ち込んでいるヴァルゴを気遣う心の余裕はありそうだった。


「あの……、ヴァルゴさん……? 大丈夫ですか?」

「俺はなんて短慮なことを……。もっと他に方法が、いや……あの場合はあれしか。だがしかし、これではただの犯罪者じゃないか……」


 公王の代理人として現れたライザの配慮を無視し、果てには国の警備隊に攻撃を加え逃亡したことを、ヴァルゴは今になって悔いているようだ。


「あの時、俺の頭は冴え渡っているようにさえ感じていたが、あれはもう理性的な行動とは言えない……。一国の王子である俺は、隣国に対して反逆を……」


 ぶつぶつと自分の行なった行動と、現状を口にしながらヴァルゴは悩む。

 そんなヴァルゴに、メリィは罪悪感を覚えた。


「ヴァルゴさん……、私のせいで……」

「それは違う!」


 心を痛めているメリィに、ヴァルゴははっきりと強く言い放った。

 大の男である自分がくよくよと情けないことを口にしたせいで、メリィが気に病んでしまったことを申し訳なく思う。


「メリィは何も悪くはない。これは俺が決めて行動したことなんだから、君が自分を責めることはないぞ」


 そう、これはヴァルゴ自身が良かれと思って行動したことだ。

 事の重大さに比べ、気持ちとしてはこれ以外に方法はなかった。黙って従っていれば、メリィは今度こそ森に一生閉じ込められる生活を強いられていただろう。

 そしてヴァルゴが再びメリィに会いに森へ行くことを、ライザは許可しないはずだ。

 獣人と人間の仲が必要以上に深まれば、――誰も幸せにならない。


(だが俺はそれでも……)


 不安そうなメリィを見て、ヴァルゴは弱気になっていた自分を恥じる。

 自分から決起しておいて今さら後悔するなど、男としてみっともない行為だ。ヴァルゴは愛する少女を守る為に、逃亡という選択をしたのだから。


 ヴァルゴはメリィの頬を優しく撫で、少しでも心が休まるように微笑みかけた。出来るだけ柔らかい口調で、宥めるように。


「少し休むといい。疲れただろう? 魔女は魔法を行使すると疲労すると、本で読んだことがある」

「前から思っていたことなんですけど。ヴァルゴさんって、読書家ですよね」


 会話の中でよく聞いた。

 ヴァルゴはメリィと違ってとても知識が深い。様々な知識を披露する度に、それ位たくさんの本を読んでいるのだとわかる程に。


「外の世界に関して、少しでも情報が欲しかったからな。三百年も鎖国していれば、獣人の中に外の世界のことを知る者はいないも同然だった」


 獣人の寿命は、人間よりほんの少しだけ長い。

 もちろん個体差はあるが、ヴァルゴのような猫科の獣人は他の種族と比べてわずかに寿命が長いとされている。

 現在の人間の寿命が八十年前後であるが、猫科の寿命は百年程ある。狼族やコボルトといった犬科の種族は五十~六十年前後だ。

 加えて鳥類とげっ歯類に関してはたったの二十数年前後が平均寿命なので、猫科と犬科の獣人が国を治めるようになるのはごく自然の流れだろう。


 獣人国が鎖国して、人間の世界を見聞きした経験のある者はもはや存在しない。

 話を聞こうにも獣人国から出ていないのだ。情報を得たかったら、過去に書かれた資料などを読む他なかった。

 それに加え非常に勉強熱心だったヴァルゴのことなので、外の世界への憧れの強さや情熱が読書家として成長させたこともまた自然の流れだった。


「知識は必要だからな。国を出て、見知らぬ土地を旅するには……」


 しかしまさか国が危険と認定する少女を保護し、反逆することになるとはヴァルゴも予想していなかった。

 あの時のメリィの眩しい笑顔を見た瞬間、全ての常識がどうでもよくなった。

 ぷつりと理性が吹き飛び、後先考える為の思考が一切働かなかったのが正直なところ。メリィを助けたいという思いのみに突き動かされ、メリィを連れて逃げることしか頭になかった。

 本来のヴァルゴなら……。

 必ず保身も考慮するであろうヴァルゴなら、もう少しまともな作戦を考えていたはずだ。


(恋は盲目とは、よく言ったものだな……)


 もはや自分の気持ちを隠す必要はない。

 取り繕うこともなく、これはまぎれもなく恋愛感情なのだと……。

 今のヴァルゴははっきりと認めていた。


 ***


 横穴から外の様子を窺っていると、クラウズキャニオンから平地が一望出来る。

 それでもゴツゴツとした岩壁がいくつもあることで、上から見ても下から見ても横穴の位置は死角になっているようだ。

 そのおかげで平地上空を何人もの魔女がうろうろと飛び回って、明らかにヴァルゴ達を探している様子が観察出来る。

 ひとまず火を起こしたりなどしなければ、しばらくは見つかる様子はないだろうと判断したヴァルゴは再び横穴の奥へ戻っていく。


 横穴はそれほど深くない。暗がりを進んで行くと左曲がりになっているので、出入り口付近からちょっと覗いた程度では奥の方まで見えないようになっていた。

 隠れるにはうってつけの場所だが、むしろ巧妙過ぎて誰かが掘った穴なのではないかと疑う程だ。


「どうでした? ヴァルゴさん」

「そこら中を魔女が飛び回って、俺達を探している様子だ。まだしばらく出ない方がいいだろう」


 そうは言っても、いつまでもここに身を潜めているわけにもいかない。

 水も食料もないのだ。よく見れば穴の中には小さな虫などがいるが、それで食いつないでいこうとまでは思わない。まず水の方が先決だ。

 暗い穴の中に二人でいると、どうしても沈黙が続く。時々ぽつりと話したりするが、疲れが相当出ているのかもしれない。お互い気遣いながらも、返事は短く、会話はすぐに終わってしまっていた。

 そんな状態でおよそ一日が経過した頃、ふとメリィがあることに気付いた。


「ヴァルゴさん、そういえば……」

「ん? どうした、メリィ」


 メリィはウィンプルをずっと取った状態で、横穴で過ごしていた。

 狭い空間だ。メリィの吐く息や汗の臭いなどが、この中に溜まっていてもおかしくない。


「体調は悪くないですか? いつもの毒の症状とか……」

「いや、別に何ともないが。疲れはしているが、痛みや吐き気なんかは全く……」

「私の体から毒が、出てない……ということにはならないでしょうか」


 そう聞かれ、ヴァルゴは横になっていた体を起こす。

 言われてみれば確かに、メリィの家で一緒に過ごしていた時のことを思い返してみると、至近距離で長くいればわずかに症状が現れた程だ。

 だからメリィの作った試作の薬を定期的に飲んで、毒の症状を抑えていたところさえある。しかし今はその薬すらもう何時間も服用していない。

 それに加え狭い空間で、ずっと至近距離で過ごしているにも関わらず、ヴァルゴの体にはこれといった変化が見られなかった。


「毒の制御が……。いや、早計か? それとも俺の毒耐性が上がった?」


 色々と考えてみる。

 本当ならメリィに希望が持てるように、毒の制御が出来るようになっているのかもしれないと声をかけるべきだったのかもしれない。

 しかしその考えが誤りだった場合、再びメリィを悲しませる結果になってしまう。

 ヴァルゴは学者でもなければ医者でもない。判断出来るはずがなかった。


「ヴァルゴさん、私……今とても落ち着いてるんです。安心しているっていうか。家で過ごしていた時は、ずっと密林という檻の中で過ごしているような感じだったんです」


 メリィは嬉しそうな、悲しそうな。

 どちらともつかない表情で話し始めた。


「でも今は檻から出られたっていう感覚というか、あぁ……私は今、外の世界に身を置いているんだって思うと、心がとても軽くなるんです」

「実際、森に閉じこもった生活だったからな。精神的な意味で窮屈に感じていたんだろう」


 外の世界に出た今のメリィに、恐怖心は見られなかった。

 状況としてはずっと良くないことに変わりはないはずなのに。

 森から無断で出たこと、ミリオンクラウズ警備隊や聡慧の魔女ライザに謀反を起こしたこと、逃亡中であること。

 どれを取っても決して良い状態とは言えなかった。

 それでもメリィにとって長年の夢、自由になるということが実現して、気持ちが晴れやかになっているせいかもしれない。


「今、とても幸せなんです。変ですよね、ヴァルゴさんまで巻き込んで罪を犯しているのに。それでも……、大好きな人とこうやって外の世界で過ごしている事実が……。私はそれがとても幸せなんです」


 切なそうに、泣くように微笑むメリィに、ヴァルゴはたまらなく愛しくなった。

 これほど純粋無垢な少女がいただろうか。

 言うなれば、メリィもヴァルゴも悪事に手を染めていることになる。

 それでも幸せだと言えるこの純粋さがとてつもなく危険で、どうしようもなく甘やかに感じられた。

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