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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
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66 『獣人と人間の恋慕の果て』

 ライザによる突然の質問に、メリィもヴァルゴも酷く動揺するばかりだ。


「な、何をおっしゃるんですかライザ様! 私達は別にそういう関係では……っ!」

「俺はただ彼女に対して好感はあれど、そういった不純な気持ちは一切ないと誓うぞ!」


 さりげなくヴァルゴは自身の気持ちを肯定しながらも、やましい気持ちは全くないという言い回しをした。これは故意に出た言葉というわけではない。

 自分の中に芽生えた感情を否定したくないという気持ちと、それをメリィに知られたことにより彼女の自分に対する態度が変わってしまうことを避ける為だった。ヴァルゴ自身もよくわかっている。

自分とメリィとでは、人種の壁が厚すぎることに。到底叶う恋ではないと、十分過ぎる程に承知していた。

 それでも自分の気持ちを誤魔化すことなく肯定する言葉を選んだのは、ヴァルゴの意地のようなものだ。魅力的な世界地図に心を奪われ、好奇心を捨てらずに国を出て来た行動力とそれは全く同じ。

 自分の気持ちに嘘はつきたくない。納得する為に、満足する為に、自分の感情には正直でありたいと思うことこそ、ヴァルゴの性格なのだ。


 二人がそれぞれの言い分を口にして、それをうんうんと頷きながら聞くライザ。

反してその場にいることを許されていたラガサは、半笑いを浮かべながらメリィとヴァルゴのことをじろじろと眺めていた。その表情は、頭の中でめくるめくいやらしい妄想をしていますと言わんばかりのものだった。


ラガサが同席を許されている理由はもちろん、ライザの身の安全の為である。万が一にでも二人の内どちらかが抵抗の意を示した場合、即座に身体の自由を奪う為。

聡慧の魔女ライザの護衛には、緊縛の魔女ラガサと浄化の魔女マルタが付き添っていた。

建物に入る際に軽く紹介されたマルタは、呪いや猛毒などを浄化させる魔法のエキスパートだという。

猛毒を浄化出来る程の魔女が存在するのかと、一瞬喜んだヴァルゴであったが。だから何だというのか……、という空しい結論に気付いたヴァルゴがすぐに肩を落としていたことを、ライザは視界の端にしっかりと捉えていた。

メリィが振り撒く毒疫は、広範囲に渡り不特定多数の人間を毒に至らしめることが可能なのだ。マルタの魔法がどれ程の範囲に、人数に施せるものなのか。そこまで詳しく説明されてはいないが、マルタの存在があってなおメリィを森に軟禁させるということは。つまりそういうことなのだ。

浄化の魔女マルタがいたところで、メリィの毒疫を防ぐ解決策にはならないということ。

一瞬にして希望が砕かれ、萎えたところにライザによる唐突な質問。この落差に動揺しない者はいない。


 メリィは恥ずかしさの余り手袋をした両手で顔を隠す。最初から目元しか出ていなかったので、完全に衣類で覆い隠されてしまった。

 ヴァルゴは呆れたようにため息をつくと、それまでライザを前に緊張していた糸が切れてしまったのか。すっかり肩の力が抜けて、少しばかり楽な姿勢になる。

 それでも相手は一応公王の代わりとしてやって来た重鎮だ。獣人国の王子として、礼儀を欠くことはない。テーブルに両肘をついて組んだ手にあごを乗せる姿勢は、相手の話を聞く態度としてはまだ常識の範囲内といったところだろう。

 それに対し、ライザも特に気にしている様子はない。

 ヴァルゴは平静さを取り戻し、先ほどの質問の真意に触れた。


「異種族間での恋愛を忌避している、というわけではないのです」


 そう前置きしたライザは、柔和な笑みから至極真面目な、やや張り詰めた表情に変わる。

 様子が変わったことにヴァルゴもまた身構えた。


「まずは私のことをお話ししましょう。私は公王陛下の御側付きとして、主に知識面で力添えをしている者です。周囲からは聡慧の魔女と呼ばれる程度には、知識を蓄えております」


 ライザの話によれば、雑学から世界の歴史まで。その知識を幅広く記憶しているという。

 魔女の中には、特殊分野に精通している者が多く存在する。薬草学、医学、解剖学といった専門的な知識に特化した魔女達……。

 特に多い分野が薬草学であり、薬師と言えば魔女と連想する程度には有名な話だ。それもまた魔女の持つ特性にも大きく関係していた。

魔女とは、魔力を使ってあらゆる魔法が使えるだけではない。

 攻撃に特化した魔女がいれば、知識に特化した魔女もいるというわけだ。そしてライザはまさに後者による特性を有している。

 詳しく、具体的に話すことはなかったが、ライザの持つ特性はその知識面にあることを強調した。それによりライザの頭脳は人よりずっと記憶力があり、そこからあらゆる物事や事象を関連付けた仮説を立てるわけだが。

 その仮説はこれまでほぼ全て、事実に等しい結果をもたらしている。つまりライザが蓄えた膨大な知識によって、真実を言い当てることが出来るということだ。

まるでその当時に実在し、実際に見聞きしてきたかのように。ライザは時に、生きた歴史書とも云われている。


「三百年前、なぜ獣人国が人間との交流を絶ったのか……。それは一国の王子であるヴァルゴ殿、あなたに正確に伝えられていますでしょうか?」


 歴史の教師も、教育係も、大臣達も、そして父王さえも。誰一人として三百年前の、獣人国が鎖国を決定した明確な理由を話して聞かせる者はいなかった。

 訊ねても言葉を濁すか、秘匿情報といって決して他言されない。その事実は国の王となってから伝えられるものだと、そう言われ続けていたのだ。

 ヴァルゴは憮然とした表情になり、首を横に振る。仮にも王子である自分が何も知らされていないことに、しばし失望したかのような気分になる。

自国のことであるのに、国を背負う立場の者が何も知らされず、外の人間に教えられるという恥。――屈辱に近かった。

 それを察してか、ライザははっきりとヴァルゴに告げた。「恐らくその判断は正しいのかもしれない」と。


「獣人族にとって決して軽々しい内容ではありません。公表すべきではないと、私もそう思います」

「そういった心遣いはもう十分だから、はっきり言ってはもらえないだろうか。なぜ我々獣人族は、人間との交流を絶った?」


 二人の目線が交差する中、話題から少々外れてしまったメリィとラガサはすっかり萎縮してしまっている。高貴な存在である聡慧の魔女と獣人国の王子を前に、二人の少女は黙って話を聞く他なかった。


 マルタに至っては職務を全うしているからなのか、それとも全く話を聞いていないのか。すんとした表情で、ただまっすぐにヴァルゴのことを眺めているだけだった。

 まさかマルタが心中で「大きな猫……。もふもふ、かわいい。もふなで……、いえ……吸いたい……」など、妄想を膨らませているとは思わないだろう。


 そんな話題の蚊帳の外になってしまった三人の魔女をよそに、ちら……とメリィを一瞥したライザは一拍置いてから、ようやく口にした。

重々しい表情になりつつ、しかしこれから話す内容が嘘偽りのない真実に等しい答えだと示す為に。


「異種族間ではしばしば、種族の壁を越えた恋愛関係が成立していました。それは獣人族と人間に限ったことではなく、森の妖精エルフも……炭鉱の妖精ドワーフも然り。人間と性交して生まれたハーフは、どちらも異端児として忌避されてきました」


 その話はよく聞くものだ。今では交流など全くないが、伝承や童話などにもよく出てくる内容である。ハーフエルフは、気位の高いエルフや差別意識の高い人間から差別されていた……という内容は嫌という程、物語に登場したものだ。


「しかしエルフもドワーフも、人間と見た目はあまり変わりがありません。ハーフとして生まれたとしても、外見的特徴として耳が長いか小人か。そういった違いが生まれるだけですが……。では獣人と人間が交われば、どんな子供が生まれるのでしょう」

「それはもちろん、半獣人だろう? 人間の姿に耳や尻尾といった特徴が遺伝するのでは?」


 ライザに問われ即座に答えはしたが、ヴァルゴは若干動揺していた。思い返せば、半獣人に関する資料が、童話が、一作も見当たらなかったことに今さら気付く。

 ハーフエルフやハーフドワーフの話は出てくるのに、なぜ。


「答えは単純です」

「獣人と人間とでは種が違い過ぎて、子を成せないということなのか?」


 仮に獣姦があったとして、人間と動物が交尾をすれば妊娠するのか。答えは「在り得ない」だ。まず生物としての構造が違い過ぎる為である。

近種であれば可能性はゼロではないが、動物と人間とでは、行為自体は可能だとしても子孫を残すことは不可能とされている。

 ヴァルゴはその可能性を元に結論を急いだが、ライザは目を伏せながら首を横に振った。


「子は生まれます。過去にそういった資料が少なからず存在していて、私はそれを読んだ記憶がありますので。ですがそれは散りばめられた情報を、点と点を繋いで導き出した仮説に過ぎませんが。半獣人に関することもわずかに記述されていたので、間違いありません。どれ程の確率で妊娠、出産に至るのかまでは私にも不明ですが」


 獣人と人間が愛し合えば、性交すれば子は生まれる。その事実だけでも驚きの内容であるのに、ライザの表情はそれが全てではないことを物語っていた。

 そしてヴァルゴは最初に問われた内容に触れる。ここまでつらつらと説明するということは、獣人と人間が交わることに何かしら害があるとしか考えられないからだ。


「それで? 仮に俺がメリィとそういった関係だったとして、何が問題なんだ」


 その言葉にメリィは飛び上がる程に驚きながら、両手で覆っていた指の隙間からヴァルゴを見つめる。ハラハラ、ドキドキとした状態が瞳を見ただけでわかる位に、彼女はヴァルゴのことを意識していた。

 そんな初々しい様子を見せるメリィに、ライザは悲痛な面持ちで再び両目を伏せる。

 警告しなければいけない。その重荷と、メリィにまたしても孤独を味わわせるという宣告を再び自分がしなければならない。ライザの胸がちくりと痛む。


「獣人が人間と性交すれば、……理性と知性を失い、ただの野獣と化してしまいます」

「……っ!?」

「人間と交わった際、遺伝子に何かしらの影響があるのでしょう。人語どころか理性的な思考まで失われ、本能をむき出しにしたただの獣となり果てるのです。少なくとも私が過去に見た文献には、そのように記されていました」


 絶句するヴァルゴに、ライザは勢いのまま一気に情報を流し込む。

 この流れに逆らって言葉をためらってしまえば、もう良心がその先を告げることを許さないと思ったからだ。


「恐らく直後、愛し合っていたはずの相手をその場で食い殺す。半獣人を見かけることがないのは、そのせいです。受精の有無、妊娠の有無に関わらず……行為後に野獣と化した者が人間を食って、そのまま野生に戻ってしまう。獣人とは呼べない魔獣となって、野に放たれるのです」


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