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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
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64 『フラスコの中の小人』

 ラガサに促され、メリィとヴァルゴがテントの外へ出て行くと上空には数名の魔女達が滞空していた。

 魔女達はそれぞれ違った雰囲気の恰好をしている。警備隊というから全員が同じ隊服を身に着けているものとばかり思っていたが、そもそもがラガサ自身異質な恰好をしているのだから、他の魔女全員がミニドレスを着ているとなるとそれはそれで異様な光景となっていただろう。

 二人がテントを出てから数秒、魔女達が降下して来る様子がないので不審に思う。


「なぜさっさと捕まえに来ないんだ」

「みんな毒が怖いんですよぅ」


 あっけらかんと答えたラガサが両手を振って何かしらの合図を送ると、上空で待機している一人の魔女が手に持っていた物を下に落とした。手から落ちて来た物は、ゆっくりと下降していく。

 風に乗るでもなく、まるで意思を持ったように一直線にラガサの方へと時間をかけて落ちていった。両手を精一杯上に突き出して、それを受け取ろうとするラガサ。

渡された物は少し大きめの巾着袋だった。どの家庭にもあるケトル一個は入っていそうな大きさだ。

そこから取り出したのは、丸みを帯びたガラス瓶が二本。口元は小さく、首元は小指の長さ程だろう。魔女が薬の調合や実験に使う時によく見かけるフラスコそのものだ。

 ラガサがフラスコを受け取ったことを上空から確認したのか、フラスコを渡した魔女が大声で「使い方はさっき説明した通りよ!」と叫んでいる

 何のことかわからないメリィとヴァルゴが首を傾げていると、ラガサは満面の笑みを浮かべながらフラスコの口元をそれぞれ二人に向けた。


「ヴァルゴ、メランコリン」


 ラガサが二人の名を口にした瞬間だった。

 ものすごい勢いでフラスコに吸い寄せられる二人は悲鳴を上げながら抵抗するが、まるで引っ張られるように凄まじい吸引力で成す術もない。

 両手も使えず、両足で踏ん張ることしか出来なかったのでさほどの抵抗も出来ず、気が付けば周囲の景色がまるで違って見えていた。


「え、これ……どういうこと?」

「まさか俺達は、さっきの瓶の中に……!?」


 そう察したヴァルゴの目の前に、巨大な顔がのぞいて来る。


「お~、しゅごい! 本当に瓶の中に入っちゃった!」


 そう感心しながらラガサはヴァルゴが入った瓶を軽く左右に振ると、中にいるヴァルゴは弄ばれるように右へ左へゴロゴロと転がってしまう。


「きゃははは! おもろ!」

「くっ……、遊ぶな!」


 そう叫んだ直後、ヴァルゴはハッと気づく。ラガサがもう片方の手に持っているフラスコの中、そこにはメリィがヴァルゴと同じように閉じ込められている姿が。

 しかしメリィの方は全く揺らすことなく、瓶の中からヴァルゴへ向かって何かを叫びながら片手で叩く余裕さえありそうだった。

 ひとまずメリィを弄ぶつもりはないようだとわかったヴァルゴは、観念したようにフラスコの瓶底であぐらをかいて両腕を組む。

 そういえばいつの間にかラガサによって拘束されていた光の環も消えていることに、今さらになって気が付いた。フラスコの中に人一人閉じ込めることが出来るのだ。光の環は必要ないと踏んだのだろうと納得する。

 こうなってしまっては本当にどうすることも出来ない。観念したヴァルゴはとにかく外の様子を窺う他ないと、睨みつけるようにフラスコの外で行われる展開を一部始終見守ることにした。


 ラガサが二人をフラスコに閉じ込めることに成功したと同時に、上空からようやく警備隊であろう魔女達が次々と降下してきた。


「ラガサ、ご苦労だった」

「しかし連絡が遅すぎる。一体何があった?」

「実はかくかくしかじかでしてぇ」

「はしょるな! ちゃんと説明しなさい!」


 彼女達はラガサの同僚というより、上の立場の魔女であるように聞き取れた。相変わらずおどけた調子のラガサではあるが、彼女達は至って真面目で事の顛末を説明しろと厳しく言い聞かせている様子だ。

 ラガサは面倒くさそうにしながらも、メリィやヴァルゴを発見した時の状況や毒に侵されて動けなかったことなど。かなりかいつまんではいるが、事実を報告した。


「毒疫の魔女の毒に充てられていたのか、よく無事だったな」

「はいぃ、なんか助かっちゃったみたいです」


 魔女達の驚きの表情に、メリィが持つ毒の特性はやはり相当に危険視されていることがわかった。過去の話を聞かせてもらった時もそうだが、即時に生物を死に至らしめる程の猛毒なのだ。無理もないとヴァルゴは痛感する。


「ねぇ、そこの獣人が入ってるフラスコはともかく……。毒疫の魔女の方は栓を閉じた方が良くない? 毒がそこから漏れ出したら私達まで危険なんじゃ……?」

「そ、そうよね! だから私達、なかなか地上に降りられなかったんだもの! 早く栓を閉じて密閉した方がいいって!」


 慌てふためく魔女達の会話に、ヴァルゴは慌てた。フラスコの栓を閉じてしまっては、メリィは酸欠で窒息死してしまう。


「待ってくれ! メリィの毒は外まで漏れ出たりしない! ちゃんと完全防備していれば、毒を撒き散らすことはないから栓を閉じてしまうことだけは勘弁してくれないか!」


 そう叫ぶヴァルゴに、魔女達は物珍しそうな目をして中を覗き込んでくる。大きな顔がヴァルゴの周囲に集まってきて、まるで見世物扱いされているような気分になってこの上なく不快だった。何より自分よりずっと大きな巨人に囲まれているような光景となっているので、異様というより恐怖そのものだった。


「てゆうか、さっきも言ったけどどうして獣人がここに?」

「出撃前に報告があったの忘れた? 獣人族が検問所付近で目撃されて、観光目的で首都を訪れるかもしれないって」

「だから、その獣人族がなんで毒疫の魔女と一緒に?」

「喋る猫ちゃん可愛い! 飼いたいなぁ」


 次々と矢継ぎ早に言葉が飛んできて、そのどれもがヴァルゴの話に耳を傾けていないどころか、会話として成立さえしていなかった。埒が明かない、そう思ったヴァルゴは咄嗟にラガサの方へと視線を投げかける。

 メリィの毒に関しては多少ラガサに説明した。完全防備のことも、気を付けていれば周囲に毒の影響を与えないことも。その視線に気付いたラガサは、おろおろしながら何とかフラスコに集まる魔女達の話の中に入ろうとするが、これがなかなか上手くいかなかった。

 すでに収拾がつかないところまで来ていて、いつの間にか「誰がこの獣人を使役するか」という話題で持ちきりになってしまっている。

 そんな時、暴走する魔女達を一喝するように凛とした声が響いた。


「静粛に!」


 しん、とした瞬間。周囲を吹き付ける乾いた風の音と、パラパラと砂交じりの風がフラスコに当たる音だけがヴァルゴの耳に届いた。

 フードマントを着た女性が立っている。口元には花や蔦が刺繍されたフェイスベール、褐色の肌と長すぎる三つ編みの銀髪はミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 その女性が現れたと同時に、空気が変わったように感じられた。憂いを帯びたその表情は、悲しそうな赤い瞳でフラスコの中のメリィを見つめている。

 その場にいた全員が瞬時に畏まり、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をした。女性らしさや優雅さ、そして何より上品さを感じさせる、いわゆるカーテシーだ。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。聡慧の魔女ライザ様!」


 代表、あるいはこの隊の隊長であろう魔女がそう発言した直後に、全員が揃って「申し訳ございませんでした」と謝罪する。

 起きている出来事があまりに次々と展開されるので、何事なのかついて行くことが出来てないヴァルゴであったが、フラスコを持つ手が震えているラガサと、そして何より完全に顔色が蒼白になっているメリィの様子から、ようやく現れた女性がどういった人物なのか理解が追い付いた。


「まさかあれが……、メリィの言っていた聡慧の魔女ライザ……?」


 聡慧の魔女ライザと言えば、ミリオンクラウズ公王の御側付きだと認識している。そのように高位な者が、こんな場所まで足を運んだというのだろうか。その認識がヴァルゴの理解を遅らせた理由の一つでもあった。

 だがこの場にいる全員の態度と表情こそ、それが事実だと証明している。

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