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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
63/78

63 『空回る優しさ』

 まだ片付けていなかったテントの中へ、毒が回って動けず苦しんでいるラガサを運ぶヴァルゴ。手袋やウィンプルで出来る限り露出面を少なくするメリィ。

テントに二人を残して、ヴァルゴは外に出た。


「うぅ……、ぐるじいよぉ……痛いよぉ……気持ち悪いよぉ……」

「……本当にごめんなさい」


そう呟きながらメリィは慎重にラガサの症状などを見て、どんな毒に侵されているのか調べ始める。

 メリィが森の中に一人閉じこもってからというもの、生活すること以外に何もすることがなかった。趣味を楽しむなんて自分には贅沢だと思っていた部分があったかもしれない。

 そんな中でメリィは、自身の肉体が作り出す毒に関して研究していたことがあった。浅学だったメリィの努力だけではどうにもならなかったので、支援物資を送り届けてくれる配達人に手紙を出したことがある。

 聡慧の魔女ライザに宛てて、少しでも自分の毒と向き合い、その打開策を講じたいので毒に関する資料を譲ってほしいと願い出たものだ。

 もちろんその手紙を送るまで、消極的な性格だったメリィはおよそ半年もの間悩みに悩み抜いた。生かしてもらっているだけでも幸甚なのに、それ以上を求めるということがどれほどおこがましいことか。しかも金銭を支払うことが出来ないので、資料を譲ってくれという図々しい申し出だ。

 それでも生きている限り、生かしてもらっている限り、自身の毒に関して何も知らないままではいけない気がしてきたのだ。もしかしたらこうしている間にも、何らかの形でメリィの毒が周囲に影響をもたらすかもしれない。

 それを知る為に、把握する為に、少しでも自分のことを知っておく必要が出てきたと。そんな思いの丈を手紙に込めて、ライザへ手紙をしたためたのだ。


「ライザ様、感謝します……」


 ライザから送られてきた毒に関する様々な資料の中に、毒から作られる薬……血清に関する本があった。森に閉じこもっている間に、どうにか自分の各部位から作られる毒の種類、そしてそれに打ち勝つ為の血清を作ることが出来ないか。

 本に書かれていること以上の知恵が、残念ながら今のメリィにはなかった。専門的に学んだわけでもない完全な独学なのだから無理もないが、それでも持て余す時間を使ってメリィは自分の肉体を使って実験を繰り返した。

 メリィは薬師ではない。結局毒から薬に転じる術を見つけられなかった。これが現実だと思いながら、しかし自分の肉体からどんな毒が生成されているのか、ということだけは知ることが出来たのでかなりの進展だった。

 呼気から発せられる毒は、主に神経毒だ。リュックの中には色々な薬が入っているが、もちろん神経毒に効果のある特効薬が入っているなんて都合のいいことは起きるはずもない。

 だが一部の症状に対して効果のある薬を用いれば、今よりずっとマシにはなるはずだ。

 ラガサが訴えている症状は、全身に激しい筋肉痛のような痛みと頭痛、吐き気、高熱などだ。他にも手足の痺れやめまいなど。

 吐き気や痺れに効く薬は持ち合わせていないので、せめて痛みだけでも和らげようと鎮痛剤をラガサに飲ませる。

 酷い吐き気によって薬まで吐いてしまわないように、痛みを抑える為の薬だと言い聞かせる。すっかり顔色が青ざめてしまっているラガサであったが、意識はちゃんとしているようだ。なんとか薬を飲み、そのまま横たわる。

 どれ位で薬の効果が現れるのかは不明だが、少なくともラガサをここに一人残していくわけにはいかなくなった。

 ひとまずラガサの体調がマシになるまで薄手の毛布をかけ、すぐそばには簡易桶を置いた。嘔吐してしまっては薬まで吐き出すことになるだろうが、吐くことを我慢させられる程の軽い症状じゃないことはメリィにもわかっている。

 吐き出さないよう祈りながら、テントの外にいるヴァルゴに声をかけた。


 ***


「ふぇえ……、死ぬかと思いましたぁ」


 数十分後に鎮痛剤が効き始め、それから更に数時間後にはすっかり手足の痺れやめまいも治まっていた。メリィが想像していたよりずっと回復が早かったので、もしかしたら魔力の強い魔女は、毒に対する耐性がヴァルゴ同様に高い可能性があるのかもしれないと思った。

 今後この結果が何かの役に立つかもしれないと、メリィは毒に関する勉強を始めてからずっと書き込んでいる手帳に「魔女は一般人より毒耐性が強い可能性大」と記録した。

 最初の出会いがまず拘束という、あまりいい出会いとは言えない形だったというのにラガサはそんなわだかまりは一切持たず、むしろ慣れ親しんだ友人との再会を楽しんでいるかのような態度で話しかけてくる。


「毒疫の魔女の名は伊達じゃないですね。まさか触らなくても毒に侵されるなんて、思わなかったですよぉ」

「君は俺達に何をしたのかもう忘れたのか? なぜそんなにフランクに接することが出来る」


 メリィが思っていたことをヴァルゴが口にした。やはり彼も同じように感じていたようだ。あくまでラガサは公国から遣わされた、いわば追手だ。もしかしたらこちらの態度や行動次第では処刑も命じられていたのかもしれない。

 立場は完全にメリィの方が分が悪いのだが、森を出たメリィを再び拘束しようとすることなく、ラガサは呑気に出されたお茶を飲んでヘラヘラと笑っている始末だ。かえってメリィやヴァルゴの方の調子が狂うというものである。


「だってぇ、私の命の恩人に対して無下に扱えるわけないじゃないですかぁ!」

「いえ、でも……。むしろ私の毒でラガサさんに危害を加えてしまってるんですから、怒って当然というか……。捕まっても仕方ないというか……」


 なぜメリィ側が法を重んじているのか。

 会話が嚙み合っていないような、感覚のズレに戸惑ってるような。そんな状況にヴァルゴは頭を抱えて黙りこくってしまっている――と。

 一瞬だった。ほんのまばたきひとつする瞬間に、メリィとヴァルゴは大きな光の環で上半身を締め付けられてしまう。


「んなっ!?」


 二人は座ったままの状態で拘束された。先ほどのように手足が全く動かせない程の拘束力はないものの、とりあえず両腕が使えない程度には自由を奪われてしまう。


「これは一体どういうことだ!? 命の恩人であるメリィのことを無下には扱えないと、さっき言ったばかりじゃないか!」

「ラ……ラガサさん、ひどいです……」


 二人が非難の目をしてラガサを見上げる。全身の痛みや痺れがなくなった途端に、ラガサは立ち上がって二人を見下ろした。にまぁと含み笑いを浮かべ、内股の状態で仁王立ちする。


「そです。無下には扱えないので、光の環は一個にしといてあげました」

「数の問題じゃない!」

「そちらこそお忘れじゃないですかぁ? 私はこれでもミリオンクラウズ警備隊の一員なんですよぉ? 国が、公王が、ライザ様が定めたことに反する者がいたら拘束するのが、私の務めなんですから。裏切者とかじゃなくてぇ、お仕事熱心だと言ってくださいよぉ」


 悔しいが、ラガサの言うことは何も間違ってはいなかった。その為、ヴァルゴですら反論することが出来ずにいる。むすっとした表情でラガサを見上げるに止めるヴァルゴに対し、メリィは懇願するようにラガサに縋った。


「お願いします、ラガサさん。ヴァルゴさんは獣人国から来た、ただの旅人なんです。ミリオンクラウズ公国を観光する為に、ここまで来ただけの……何の罪も犯してない一般人なんです。どうかヴァルゴさんだけでも解放してくださいませんか」

「メリィ! 今さらそんな言い訳が通用するとでも思ってるのか?」


 自分のことよりヴァルゴの自由を優先したメリィに、思わず声を上げた。本当に今さらだと、ヴァルゴは心底がっかりした。

 一緒に、共に世界を回ろうと約束したはずなのに。こんなことであっさりとヴァルゴだけ自由の身にするのか、と。ヴァルゴは最後の最後まで、どんなことがあろうとメリィと共に在ろうと覚悟していたのに……。

 そしてメリィの気遣いは空回りし、ただヴァルゴをがっかりさせるだけに終わってしまう。


「そこの獣人さんの言う通りですよぉ。一緒に森を出て来たということで、国としては毒疫の魔女を森から連れ出した共犯者だと認識してます。なので結局のとこ、獣人さんにも来てもらうことは前提になってるんですよねぇ」

「そんな……」


 気まずい、重たい空気がテントの中に充満する。二人が押し黙ってしまったことによって、話が前に進まないと思ったのか。ラガサはテントから出て、木の枝ほどの魔法の杖を空高く掲げた。

 杖の先から魔力の塊が発射されて、上空まで飛んでいったかと思うとまるで花火のように大きな光の粒となって四散した。


「大人しく連行されてください。命の恩人に手荒な真似はしたくないので」


 先ほどの花火は他の警備隊を呼ぶ合図なのだと、ヴァルゴはすぐに察した。

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