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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
獣人国の王子と毒疫の魔女
62/78

62 『ミリオンクラウズからの使者』

 毒疫の魔女メランコリンが閉じこもっていた森の外は、しばらく緑の平原が続くがそれも人間の足で三日程歩き続ければ、岩と砂の大地が増えていった。

 ミリオンクラウズ公国一帯の気候はかなり厳しいもので、日中はじりじりと照りつける太陽の熱で猛暑となるが、夜間になればほんの少し衣服を着込んだ程度では寒さで凍えてしまう程だ。

 昼夜の寒暖差が激しいので、育つ木々も他の地域と比較して珍しいものが多い。

 厳しい気候の中でも育つ植物しか耐えられないので、過ごしやすい気候の地域にとっては珍しい植物として名産となっている。


 長い間森の中でひっそりと暮らしてきたメリイにとって、森からミリオンクラウズまでの道のりは非常に厳しいものになっていた。

 途中の村々で馬を買おうとするヴァルゴに、無駄遣いは良くないと引き止めるメリィ。しかし彼女の体力では、首都に到着するまでに疲労で倒れてしまいかねないことも事実。

 馬を買えば確かに楽かもしれないが、結局馬の世話にかかる費用が発生するのでヴァルゴ達は仕方なく休み休み旅することにした。


 森を出て翌日のこと。

 野営した場所を綺麗に片付け、出発しようとしていた時だ。

 近くの川で鍋やカップを洗い流していた時に、テント付近からメリィの悲鳴が聞こえた。


「メリィ!?」


 この辺りは人の往来もあり、特に危険な場所ではないと油断したことに後悔する。ヴァルゴは野生の勘もそうだが、鼻や耳も人間に比べてかなり感覚が鋭い。

 人間を襲う狼や魔物が出るのなら、そのどれかでヴァルゴがいち早く察知するはずだった。しかし獣臭も殺意も何も感じなかったので、ここら一帯は安全だと油断した。


(そうだ、メリィは国の取り決めによって森を出るなと命令されている。彼女の口ぶりから、聡慧の魔女との口約束だという感覚でいたが……。国が絡むということは、それに逆らえば罪に問われるに決まってる!)


 そう察するが時すでに遅く、ヴァルゴとメリィは目に見える程の強い魔力の輪に捕らわれていた。四つ現れた光の鎖で両腕、胴体、そして両足を縛られる。

 身動きが取れなくなった二人が地面に横たわっていると、上空から一人の魔女が降下してきた。

 赤と黒を基調としたミニドレスに、まるでアクセサリーのように首や手足に鎖を巻き付けている。この炎天下の中だと鎖は熱せられるだろうが、その魔女が肌を露出している部分は顔のみ。その他の露出部分は、レース刺繍により保護されているからか。本人は熱がっていない様子だ。

 ホウキにまたがったその魔女が、倒れ込んだ二人の目の前に着地する。

 困った表情と悦楽に酔いしれた表情、そのどちらも共存した顔で上から見下す。


「あらあらぁ、ダメじゃないですかぁ。勝手に森を出るのは重罪ですよぉ? そういう決まりでしたよねぇ、毒疫の魔女さぁん」


 甘くねっとりとした口調で諭すも、二人を締め付ける魔力の鎖は緩める様子がない。むしろ少しずつ、じわじわと締め付ける力を強めているようにさえ感じられた。


「ご……っ、ごめん……なさい……っ! 話し、ますから……。だから……、これを……」

「ん~? どれをぉ?」


 にまにまと遊ぶように、楽しむように聞き返しながら魔力の鎖はさらに力を加えて締め付けてきた。


「俺達を拘束しているコレをどうにかしろと言っている!」


 明らかに楽しんでいると察したヴァルゴが声を荒らげる。怪力自慢のように見える彼ですら、魔力の鎖を解くことが出来ずにいた。多少の痛みなら耐えられるが、メリィはそうはいかないと思ったのだろう。

 彼女を案じて、ヴァルゴは普段あらわにしない気性をむき出しにした。それはひとえに、メリィを怖がらせたくないと思っていた為だ。しかし穏やかな口調で懇願したところで、きっとこの手の輩はすぐに聞き入れるはずがないだろうと、ヴァルゴはすでに直感していた。

 現に下手に出るメリィに対しては嗜虐生むき出しの表情で魔力を強めたことに対し、ヴァルゴの一喝では興醒めした顔つきになって二人を解放したのだから決定打である。


「あ~怖い怖ぁい。そんな風に言わなくてもぉ、ちゃぁんと解放するのにぃ」


 ようやく二人の身体を拘束していた魔力の鎖が消えて、締め付けていた部分を手でさすりながら地面に座り込む。ミリオンクラウズ公国が遣わした魔女であろう人物の登場に、メリィは青ざめていた。

 恐れていたことが、首都に入る前にやって来たのだから無理はないとヴァルゴは思う。メリィがどれだけライザとの約束を守ってきたか、森から出たらどうなるのか。想像しなかったわけじゃない。

 ただまさかこんなにも早く追手が来るとは、さすがのヴァルゴも想定していなかった。確かにいくつかの村々に立ち寄りはしたが、メリィの毒疫のこともあって他人と接触したり長居などは決してしなかった。

それどころか他人との距離感を恐れているメリィ自身は、村に入ろうとせずにヴァルゴが単身で買い物をしていた位だ。

何よりヴァルゴは自身が猫科の特性を持っているので、普通の人間と比較して警戒心がとても強い。相手の視線、気配に敏感なヴァルゴであるが、万能というわけでもない。

 むしろ森を出た直後に察知されても不思議はないと考えるべきだったと、今頃になって後悔していた。そのせいでメリィに痛い思いをさせてしまったのだから。


「俺は獣人国が王子ヴァルゴ、メリィのことは知っているな。さて、君は一体何者だ」

「礼儀正しいねぇ。さすがは王子様といったところかなぁ? 開口一番にお前は誰だ! って言ったらぁ、名前を尋ねる時はぁってお約束のアレぇ、したかったのにぃ」


 ふざけているのかわからないが、見ている相手を不快にさせるような笑顔を絶やさずにおどける魔女に、ヴァルゴは妙な心境だったがすぐさま安心した。

 人間の中でも珍しい種族と言われる魔女という存在、ヴァルゴはメリィに初めて会った時に特別な何かを感じていたことを思い出す。

 確信がなかったので考えないようにしていたが、後になって思えばメリィに対して他の人間とは異なる特別な感情をすぐさま抱いたのは、メリィが世にも珍しい魔女という種類の人間だからだったのではないかと、そう考えていた。

 獣人の間でも、希少種というものは存在する。そういった種類は珍重に扱われ、時に特別な感情を第一印象の時から抱く場合もある。

 ヴァルゴがメリィに感じた第一印象が、希少な魔女だからだとは思いたくなかった。

 しかし今目の前にいる二人目の魔女を見て、確信に至った。


(俺は間違ってもこの魔女に好印象は抱かないな……。むしろ不快感しかない。よかった、俺のメリィに感じた想いはそういうものではなかったんだ……)


 そんなヴァルゴの心中など当然意にも介さず、束ねられたボリュームのある銀髪の毛先をいじりながら魔女は答える。


「私はミリオンクラウズ公国に仕える魔女よぉ。みんなは私のこと緊縛の魔女ラガサって呼ぶけど、失礼と思わなぁい?」


 名は体を表すとは、よく言ったものだとヴァルゴは感心した。

 思えば毒疫の魔女メランコリンという名も、彼女の特性の恐ろしさを雄弁に語っていると言ってもいい二つ名だとさえ思う。

 ヴァルゴは余裕の笑みを浮かべながら、ふっと短く笑った。


「ぴったりな名前じゃないか。良かったな、ネーミングセンスのある者に名付けてもらって」


 彼の笑みと言葉を開戦の合図と捉えたラガサは、全身に巻き付けていた細長い鎖を魔力で操り揺らめかせた。


「待って、やめてください! 喧嘩はダメです!」


 そうメリィが叫んだと同時に、乾いた風が吹き荒れた。

 ラガサのいる場所は風下。メリィとヴァルゴの二人で野営をしていたので、完全防備でないメリィから発せられる体臭が、髪が、一気にラガサへと当てつけられる。

 突風により砂が目に入らないよう手で防いでいたが、途端に視界が歪んで膝をつくラガサ。ガクガクと全身が痙攣して、ひどい頭痛と吐き気が襲ってきた。


「あ」


 獣人族であるヴァルゴは毒耐性が強い方だとは思っていたが、魔女とはいえ一般人であるラガサの状態を見て全てを察する。

 気分が悪そうに倒れ込んでしまったラガサに気付いたメリィは、慌ててテントの中へと逃げ込んだ。彼女の判断は正しい。メリィの優しさが、ラガサにさらなる追い打ちをかけずに済んだということだ。


「メリィの毒疫が危険だとは聞いていたが、これ程の即効性があるとはな……」

「か、感心してないで……たしゅけてぇ……」


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