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氷の魔女は愛さない  作者: 遠堂 沙弥
遠雷の魔女は語らない
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44 『魔女の力』

いつもの場所へ行くシスティーナ。

だけどそこに、いつもの猫はいなかった……。

 ほとんど日課になったから、いつもみたいにパンと水を持って草むらの中に行くと、猫ちゃんはいなかった。

 猫ちゃんの声を聞かないで来たからかな?

 病気?

 毎日ずっと、同じようにしてたから急に違うことになると不安になる。

 

「猫ちゃん? 猫ちゃーん!」


 こんなことならヨキみたいに名前を付ければよかった。

 猫ちゃんが名前をわかる生き物なのかわかんないけど、猫ちゃんって呼ぶより良い気がしたから。

 どっかに隠れてる?

 木の上にいたりしないか、見てみたけどどこにもいない。

 いないならいないで、猫ちゃんにも事情があるんだと諦めれば良いのに。

 なんだか胸がドキドキして、暑くもないのに変な汗まで流れてきて、心配になってくる。

 そしてなんとなく、嫌な予感がしてきた。


 シスがオロオロしていると、遠くの方で子供達の笑い声が聞こえてくる。

 そういえばここに来る時に教会辺りで、子供達を見ていなかったなと思い出した。

 声の多さから、みんながいるような気がする。


 あっちの方は……、湖のある方向だ。

 神父様やシスターが溺れたら危ないって言って、近付いちゃいけないよって教えてくれた場所……。

 なんだか、呼吸まで早くなる。

 気付いたらシスは、湖のある方向へ走り出していた。


 ***


「あっははは、見ろよこいつ! 泳げないでやんの!」

「ジョニーはちゃんと泳げるのにねー!」

「どんくさいな!」


 草むらをかき分けて飛び出したら、目の前には子供達と……そして。


「猫ちゃん!」


 シスは泳げなくてバシャバシャしてる猫ちゃんを助けようと、気付いたら思い切り走っていた。

 早く助けたかったから、考えなんて浮かばない。

 シスは泳げない。

 ちゃんと言うと、泳ごうとしたことがないからシスが泳げるかどうかわからない。

 でも湖に飛び込んで猫ちゃんを助けないと死んじゃうって思ったから。

 ジャンプして足から湖に飛び込んだ。

 よかった、足がまだ付くからそんなに深くないや。

 シスは両手で水を掻くように、必死にもがいてる猫ちゃんのところへ急ぐ。

 両手で猫ちゃんを捕まえて、ケホケホして苦しそうな猫ちゃんを地面まで連れて行こうとした。


「いたっ!」


 急に頭が痛いってなった。

 硬いものが当たって、おでこから血が出る。

 見たら男の子達がシスに向かって、地面に落ちている石を持って構えていた。


「面白いとこ邪魔してんじゃねぇよ!」

「おも……しろい……?」


 何のこと?

 そう思っていると、また石が飛んできてシスの頭のてっぺんをかすめていった。

 びっくりしたけど猫ちゃんを落とさないように抱き抱える。


「猫が沈むとこ、見たかったのに!」

「な……に言ってる、の? 沈んだら、死んじゃうんだよ……?」

「だから見たかったって言ってんだろ! ほんとお前グズだな!」


 もしかして、だけど。

 まさかこんなに可愛い猫ちゃんを、殺そうと……した?

 シスがショックで猫ちゃんを抱き抱えたままでいると、いつまでそうしてるんだって思ったのか。

 男の子三人位が湖に入ってきて、シスから猫ちゃんを取ろうとする。


「ダメだよ、やめて! 今この子、とっても苦しんでるんだよ!? 乱暴しないで!」

「さっさと返せよ! こうなったら俺達の手でこいつを沈めてやる!」

「やめ……っ!」


 男の子の力強い手が、シスの頭を押さえて湖の中に突っ込んだ。

 あんまり突然の出来事で、まさかそこまでしないだろうって思ってたのに……!

 空気を一杯吸ってから水の中に顔をつけたわけじゃないから、口を閉めて我慢してたけど、苦しくってすぐに空気を求めて口を開けちゃった。

 水がたくさん入ってくる。

 吸おうとしても水ばかりで、鼻の奥まで水が流れ込んで来て、頭がおかしくなりそうだ。

 シスは自分のことで精一杯になっちゃったから、気付かない内に猫ちゃんを離してた。

 

 ダメ、猫ちゃんが死んじゃう……っ!

 もうバタバタする力もなさそうだったのに。

 シスも、苦しくって両手をバタバタさせるだけで……他に何も出来ない。


 そしたらなんでかわかんないけど、急に髪の毛を鷲掴みにしてた手がシスの頭を引っ張り上げて湖から顔が出る。

 空気が入ってくる。

 口や鼻から水なのか、鼻水なのか、よだれなのかわからないのがダラダラ出てきた。

 だけどゲホゲホ咳き込みながらもどうにか空気を吸うことが出来て、そんなの気にしてられない。

 周囲から大笑いする声が聞こえた。


「あはははは! 見ろよ、こいつ鼻水でぐちゃぐちゃだぜ! きったねぇ!」

「ほら、システィーナ! お前の猫、ぐったりして動かねぇぜ!? 死んだんじゃね?」

「すげええ! 俺等、最強!」


 片手で持ち上げられた猫ちゃんを、シスは見た。

 周りで男の子達がバカみたいに騒いで笑っているはずなのに、シスの耳には何も聞こえない。

 ただ、ぶらんとした猫ちゃんだけが目に入る。

 大きく大きく、これでもかって位、シスは大きく目を開いて……それが嘘じゃないことを目に焼き付けた。


 そしたら、なんか……どこかでプツンって音がした。

 バチッ、だったかもしれない。


 全身から何かが出てくるような感覚だけがした。

 シスの頭を掴んでいた男の子。

 猫ちゃんを持ち上げていた男の子。

 お腹を抱えて笑っていた男の子。

 みんな目玉が飛び出そうな位、大きく目を見開いているのが見える。

 ダンスでも踊るみたいに全身をビクビクさせて……。

 それから喉の奥の奥まで見える位、大きく口を開けてた。

 

 シスはというと、掴まれてたのから自由になって、そのまま棒立ちになってた。

 だって、なんだか夢見心地みたいに、頭の芯がぼうっとしてたから。

 とろんとしたまま、だんだん男の子達がうずくまって、湖の中に入って、……浮かぶ。

 それでもガクガクブルブルは止まってない。

 全身をプルプルさせて、うつ伏せで浮かんでた。

 ぼうっとしたまま周囲を見渡すと、一緒に来てた女の子達がすごい顔をして走って逃げて行く。

 それから湖の方に目を移すと、何匹かお魚さんが浮かんでいるのが見えた。

 その中に、猫ちゃんが浮かんでいるのも見える。


「ね……こ、ちゃん……っ」


 一瞬でぼんやりしていたのが無くなって、足を動かす。

 猫ちゃんを両手ですくって、地面のある方へ連れて行って、それから胸の辺りに指を当てた。

 心臓がドクンドクンしてたら生きてる証拠だって、本にあった。

 でも猫ちゃんの心臓は、弱い気がした。


「やだ、やだやだ……っ! 死なないで……、 死んじゃやだ!」


 ごめん、ごめんね!

 シスがもっと早く助けてれば、こんなことにならなかったのに!

 

 誰か助けて!

 神父様、シスはどうやったら猫ちゃんを助けられますか!?


 お願い、誰か!

 神様!

 猫ちゃんを助けてください!


「……っ!?」


 猫ちゃんの胸に当てていた指の先が、一瞬だけピリって痺れた。

 シスの方が驚いて、猫ちゃんを見る。

 ケホケホしながら猫ちゃんが起き上がって、また倒れた。

 でもちゃんと息をしてるみたいだし、もしかして……大丈夫になった?


「猫ちゃん、よかった……っ!」


 あんまり強く抱きしめて痛い思いさせちゃダメだと思って、抱っこする手を緩ませながら猫ちゃんの背中をなでなでトントンする。

 そしたらまたケホってして、口から水が出た。

 よかった、本当によかった。


「シスター! あそこです!」

「みんなが……っ、シスに殺されちゃう!」

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